異世界転生
「………何が起きたんだ?」
理解が追いつかない。
俺はついさっきまで東京の道路を歩いていたはずだ。
強い衝撃を感じた次の瞬間には、この真っ白な空間に立っていた。
暑さも、寒さも、風も、何一つとして感じない。このどこまでも広がる何もない空間は一体何なのだ?
そう不思議に思っていた時だ。目の前に光が集まってきた。
黄色い光は時間と共に増えていき、やがて人の形を作ると同時、それと入れ替わるようにして一人の女性が現れた。
「―!?」
純白の髪の綺麗な女性だ。彼女は驚く俺を無視して話し始めた。
「初めまして、藤井煉さん。」
どうして俺の名前を知っているのだろうか。いや、深く考えなくてもいいかもしれない。これは夢という可能性もある。
「は、初めまして。……これは夢なのでしょうか?」
「いえ、夢ではありません。現実です。…端的に説明しますと、ここは“死後の世界”なのです。」
「―! てことは……」
「はい、お察しの通りです。煉さん、あなたは死んでしまったのです。飲酒運転による交通事故に巻き込まれたと冥府の神から伺っております。」
「そう、ですか…。」
ここに来る直前に感じた強い衝撃。あれは車の激突によるものだったのだろう。
「それであなたは?」
何となく察しはついているが、一応尋ねておく。
「申し遅れました。私は魂を司る女神、リスタと申します。」
やっぱり。
「これからあなたの今後について説明させていただく予定です。」
リスタが淡々と続ける。
なぜだろうか、俺の心は不思議と落ち着いていた。死を告げられた時も、状況を説明された時もなぜかすんなりとその事実を受け入れてしまった。自分が自分でないような、そんな感覚だ。正直、自分のことが少し怖い。
そんな俺のことなど気にも留めず、リスタは話を続けた。
「あなたには本来2つの選択肢が与えられます。この地球で再び生を受ける、異世界に転生する、の2つです。」
「本来は?」
「ええ。本来はこの2つの中からどちらかを選んでいただくのですが、今回はそれが出来ません。あなたの魂は地球で何度も転生を繰り返しているようなので、魂がすり減っているのです。もう地球での転生には耐えられません。」
「そんなことをした覚えはないんですけど…。」
「それは当然です。あなたの前世の存在が、記憶を消しての転生を望まれたからです。ですからあなたは転生したことを忘れていますし、ゼロからの状態で人生を歩んできたのです。…ですが、どんな転生をしようと、魂の本質は変わりません。転生を繰り返すたびにすり減ってしまうのです。なのであなたには異世界に転生するという選択肢しかありません。」
「そ、そうですか。何か難しいですね。」
魂がどうとかいうのは正直ピンとこない。要は「これから異世界に転生させるね」ということだろう。
よくアニメとか漫画とかで見る話だ。
実在したことが驚きだが、とりあえず話の続きを聞こう。
「それで転生に際してですが、煉さんは今の記憶を残したいですか?」
「…はい。俺はまだ20歳です。やり残したことが、やりたいことが沢山あります。それを成し遂げるまでは死ねません。」
「もう死んでるんですけどね。」
リスタが馬鹿にしたように笑う。この女神、思ったより性根が腐っているかもしれない。
「…まあそう言うと思いました。ではそのように転生を行うとしましょう。」
「ありがとうございます。」
「はい。では、準備に取り掛かりますが、最後に一つだけお話があります。」
「…何でしょう。」
「異世界レヴィンスタの人類は、魔王からの侵攻を受けています。どうか、彼らを救っていただきたいのです。」
「…それって女神様が何とか出来ないんですか?」
「神は地上の人類にあまり干渉してはいけないのです。神々の世界にも色々ありまして…。だからこうしてあなたのような転生者にお願いしているのです。」
「……嫌です。」
「……え?」
「だから嫌ですって。なんでわざわざそんな危ないことしなきゃならないんですか。」
「え、その、記憶を残して異世界転生をされる方にはこれを約束してもらうのがルールになっているんですけど…。」
「それってつまり、今まで何人も異世界に送り込んできたけどまだ魔王は倒されてないってことですよね? 余計に嫌です。」
「……分かりました。皆さんは快く約束してくれたのですが、あなたは違うようですね。では特別にスキルを3つ差し上げます。だからどうか魔王を討伐してください。私としてはレヴィンスタの人類が滅ぶのは見たくないのです。」
「スキル?」
「はい。あちらの世界で使える特殊能力のようなものです。普通は1つしか与えないのですが、あなたには特別に3つ差し上げます。だからどうか、魔王討伐を約束してくれませんか?」
「…そこまで言うのなら。分かりました、約束します。」
「ありがとうございます。」
よし!
魔王討伐など誰がするものか。約束など嘘に決まっているだろう。
無償でスキルとやらが3つも手に入ったのだ、これで安全に暮らせるはずだ。
「では、一応監視役をつけておきますね。約束を守ってもらうためにも。」
「え、ちょ、監視?」
「では、転生させるので心の準備を。」
リスタは俺の言葉を無視して両手を顔の前で合わせた。それと同時、俺の体がフワフワと上に向かって浮かび始めた。そして段々意識が遠のいていき―
「待ってくれ! 監視役とか、聞いて、な—」
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