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ソフィア帰郷譚  作者: 四月一日ジロー
3/3

恋人を買う国(前編)

 延々と広がる緑の真ん中、白い線を引いたようにまっすぐと道が伸びていた。

 そこには息を切らして歩く姿がひとつ。黒のパンツに白のブラウス、その上から若草色のロングコートを羽織って、左腕には鷹狩り用の手甲を着けている。そしてその少女は、瑠璃のような瞳を持ち、少しウェーブのかかった白い髪を後ろでひとつに結っていた。

 誰が見ても美しいと言うような容姿の旅人は規則正しく動かしていた足を止め、指笛を吹いた。高く大きなその音は澄み切った青空に響き、やがて一羽の鳶が降りて彼女の左腕に止まった。

 旅人が問う。

「ねぇソロモン、あとどのくらい?」

 鳶は淡々と答える。

「この調子じゃあと半日は掛かりそうだな。もっと早く歩けないのか?」

 旅人は落胆した。既に日は高くなっていて、今から半日掛けると次の国へ着く頃には日は暮れている。

「はぁ、仕方ない。ソロモン、野宿できそうな場所探してきてよ」

 旅人はソロモンに干し肉を一欠片与えて、空に放った。

「俺干し肉あんまり好きじゃないんだけどな」

 ソロモンがボヤく。それを聞いて旅人は、

「だったら返して!」

 と叫んだ。干し肉は貴重な携帯食である。

 逃げるように高く飛んだソロモンは、旅人の遥か後方にこちらに向かってくる馬車を見た。荷台には樽などが積まれているが、人ひとりを乗せる隙間くらいはある。

「ソフィア、行商人だ! あと一時間くらいでここに来るぞ!」

 ソロモンは叫んだ。

 旅人は空に向けてひらひらと手を振り、鞄の側面から小さな円盤を引っ張り出した。時計のように見えるが、そう呼ぶには針が二本足りない。ただ一本、分針だけが静かに時を刻んでいた。

「一時間ねぇ……。歩くより、待ってた方が早いかな」

 ソフィアは立ち止まり、額に滲み始めた汗を拭った。鞄から団子状の携帯食を取り出し、口に放り込む。独特の粉っぽさと酢のような酸味が口内に広がり、ソフィアは急いで水を飲んだ。

「これ買ったの失敗だったかなぁ。不味い……」

 ソフィアは二つ目を食べようとして、やめた。そして携帯食の容器を鞄の奥底に押し込んだ。

 荷物の整理をしたり、極東の島国で教わった紐を使う遊びをしたり。行商人が追いつくのをただひたすら待つ。結局追いつかれるまで、ソロモンが言った程の時間は掛からなかった。

「ねぇ行商人さん、次の国まで乗せてってよ」

 ソフィアは馬車の荷台に乗り込みソロモンを呼び、積荷を物色しながら到着を待った。


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 目的地に到着したのは、空の茜色が端から濃紺に変わり始めた頃だった。

「入国を希望ですか?」

 国境壁の門番が問う。

「はい、観光と休養で四日ほど。この子もいいですか?」

 ソフィアが肩に乗るソロモンを指す。門番は頷き、ソロモンの脚に許可証を括り付けた。

「もちろん。凶器になり得る物は何かお持ちですか?」

「護身用に、この短剣だけです。だめですか?」

 ソフィアは鞄の底面に括り付けられている綺麗なそれを示した。氷の結晶の様な彫刻が施されていて、柄には黒い革が巻かれている。

「いえ、そんなことは。この国では刃物の携帯は許可されていますが、正当防衛以外の抜剣は犯罪に当たります。ご注意ください」

「分かりました。どうもありがとう」

 門番は最後に、この国で使われている通貨が世界で最も信頼されているオアであることが書かれた紙を手渡した。

「それでは、ごゆっくり」

 ソフィアは軽く頭を下げ、受け取った紙と短剣を鞄の中に押し込み、領土壁の門をくぐり抜けた。

 土の匂いが薄くなり、代わりに排気ガスの臭気が濃くなった。中心部の街には高いビルが建ち並び、夜が迫った世界を輝かせていた。

「さて。宿探そっか」

 ソロモンを空に放ち、歩き始める。

 領土壁の近くには旅人用のホテルや宿がある国が多い。その中からそれなりに安くて質の良い宿を探すのが、ソフィアとソロモンが入国してまずする事だ。

「ソフィア。あのタコの看板出てるとことかどうだ?」

「んー、ちょっと高そう。あの帽子のマークのところは?」

「あー? 安そうだけど窓の外から見た感じ、質は悪いぞ?」

「やめとこ」

 相談をくり返し、結局日が完全に落ちるまで探し歩いたふたりは、スズメ館という宿を見つけた。それなりに安く、値段の割に質も良い。ソロモンも泊まれると言われ、ソフィアは三泊分と今晩の食事の代金を払った。夕食は白身魚のグラタンと、生の羊肉だった。

 ふたりは夕食を堪能した後、スズメ館の主人にこの国のことを聞いた。

「この国ってどんな国なの? 観光しておいた方がいい場所とか、知ってれば教えて?」

「そうだなぁ……。まぁ教えてやっから、そこの椅子座りなぁ」

 死んだ目をしたアフロヘアの男が答える。見た目とは裏腹に優しく深みのある声だ。

 主人はソフィアが椅子に座ると、落ち着いた様子で話した。

「この国はなぁ、旅人さん。この国は、簡単に言えば恋人を買う国だなぁ」

「うーん、つまり?」

「自分を買いたい人に自分を売る、もしくは、買いたい人を言い値で買う。そして恋人になる。そんな国さぁ。十年くらい前だったかなぁ。当時の首相がそんな法律を作ったのさぁ」

「なるほどなるほど。それで?」

「その法律ってなんだ?」

 もっと話すように、とソフィアとソロモンがせがむ。しかし、主人は首をゆっくり左右に振り、話を終えた。

「これ以上はなぁ、旅人さん。あんたらが街の人達に直接聞いた方がいいだろうなぁ。おれぁそんなアホみたいな法律ができる前に結婚したから、感想も何も言ってあげれねぇんだぁ」

「そう……アホみたい、ね。うん、ありがと。明日街に出るから、その時聞いてみるよ」

 ソフィアは笑顔と五百オア硬貨を置いて、用意された部屋に上がった。シャワー付きで、そこそこ広いベッドが置かれた部屋だった。

 ソフィアはシャワーを浴び、ソロモンを洗面台で洗い、すぐにベッドに潜った。

「寝るの早いな。俺が暇になっちまうじゃねーか」

 ソロモンはひとり呟き、眠るまでの間梟の真似の練習をしていた。


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