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ソフィア帰郷譚  作者: 四月一日ジロー
1/3

花火と時間と旅の途中

「はなび?」

 小さな雑貨屋の中、白い髪の旅人は店主から受け取った携帯食料を鞄につめながら、聞き返した。大柄で筋肉質な店主は、その体躯に似合う大きな声で答えた。

「ああそうだ花火だ。今日の夜にあるんだが、どうだ? 旅の思い出にもなるだろ」

 旅人の肩に止まる鳶が、首をかしげながら問う。

「なあおっちゃん、それってどんなんだ? 楽しいもんなのか?」

 店主は少し考えながら、そうだな、と話し始めた。

「花火自体は楽しいっつうより、綺麗なもんだな。うぅん、楽しいと言えば一緒に開かれる祭りが、まぁ楽しいかもしれんな。ほれ、チラシ」

 店主は手元から一枚の紙を取り出し、旅人に渡した。旅人はそれを受け取り、携帯食料の代金と笑顔を置いて、礼を言った。

「ありがとう。興味が湧いたら行ってみる」

 旅人が店を出ると、ただでさえ狭い道を占拠するかのように、馬と荷馬車が停まっていた。上には煙草を咥えた行商人が座っていて、ちょうど赤紫色の煙を吐き出しているところだった。

「やっと出てきたか。欲しいものは買えたか? ソフィア」

旅人をソフィアと呼んだ行商人は、咥えていた煙草の火を消し、ごみの入った箱に投げ込んだ。ソフィアと呼ばれた旅人はそれを睨み、すぐに呆れた顔をした。体に悪いからあれほどやめてと言ったのに、そう言いたげな表情を見て、行商人は片手をひらひらと振った。彼がソフィアに対してだけ使う降参の合図だ。

「怒るなって。今日はもう吸わないからさ」

 ソフィアは荷馬車の後ろに乗り、苦言を飛ばした。行商人は御者台に移り、馬に鞭を打った。

「グラス。今日はもう吸わないってことより、今日一本でも吸ったことが問題だと思うなー私は。禁煙する気ないでしょ」

 揺れる荷馬車の上で鳶に生の鶏肉を与えるソフィアの方を見るようなことはせず、グラスと呼ばれた行商人は乾いた笑いを響かせた。

「安心しろ、これでも吸う本数は減ってるんだ。そのうち吸わなくなるさ」

「はぁ……今日はもう仕方ないけど、明日は一本も吸わないこと。私が寝てる間もだめだからね、ソロモンに見といてもらうから。それに、臭いでわかるし」

 はいはい、と諦めた返事をするグラスの背中を見ながら、ソフィアは先ほど店主から貰った紙を開いた。黒い背景に色鮮やかな放射状に伸びる線で描かれた花のような絵と、この国で花と火を意味する文字が書かれている。記された日にちが今日であることは店主の話から分かるが、時間の方はわからない。紙の色からして日が落ちた後だろう、とソフィアは推察し、見せろと頭をつつく鳶に紙を渡した。

「ね、グラス。はなびって知ってる?」

「はなび? ああ、花火な。そういえばそんな時期だったな。気になるのか?」

「ん、ソロモンがね」

 何食わぬ顔で肩にとまる止まる鳶に擦り付ける。その様子が可笑しくて、グラスは笑った。そして、馬を操りながら花火について話し始めた。

「この国の花火は、火薬と金属……あれだ、一番簡単なのは銅だな。それを粉にして混ぜて、玉に詰めたやつのことを言うんだ」

「なんだよ、それじゃ爆弾と変わんねぇじゃんか」

 ソロモンが文句を挟み、頭をつつきに行こうとソフィアの肩を離れた。

「そうだな、打ち上げる前はただの爆弾とあんまり変わらないかもな。ちょっ、ソロモン痛っ、いててててて」

「打ち上げ? あ、グラス。それもしかして、空中で爆発させるの?」

 ソロモンがつつくのを止め、飼い主の方を見た。まさかそんなはずはないだろうと呆れた眼差しを向け、グラスは片手でソロモンを頭から降ろした。

「言い方がちょっと引っかかるけど、まぁそんな感じかな。まぁ、いい機会だし見てみるか? 綺麗だぞ」

 ソフィアは右のこめかみに中指を当てて目を閉じた。彼女が悩み、考える時の癖だ。グラスにその姿は見えていないが、彼は静かに答えを待った。だが、彼には答えが分かっていた。長くないとはいえ、旅を共にする仲だ。彼女の価値観ならどうするか、どうしたいか。そんな単純なこと、ほとんど初対面の相手に商売することと比べればグラスにとっては数倍簡単だった。

「おい草」

「なんだよ鳥」

「そういえば入国した時と荷物がかなり違うみたいじゃねーか。何売ったんだ?」

「ああ。大量の火薬と銅の鉱石さ」


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「本当に良かったのか?」

 濃紺に染まり始めた草原で、行商人は荷馬車に乗る旅人に問う。旅人は先ほどまで滞在していた国の領土壁を見つめながら、それに答える。

「うん、いい。それに門番さん言ってたでしょ? 壁の外からでも見えるって」

 行商人は答えない。ただ馬を巧みに操り、見えない道を進んでゆく。

 しばらく馬を歩かせて、淡く微かに青く光る木の横に荷馬車をつけた。国からはさほど離れていない、しかし簡単には戻れないような距離だ。行商人は買い込んでおいた野菜を馬に与え、水を飲んだ。

「今日はここで野宿だな。飯はどうする?」

「ん、はなび見てからがいい」

「そうか」

 旅人は依然として内と外を隔てる壁を見つめている。行商人には今の彼女がどうやっても、内側にいる年頃の少女と変わらないように見えた。

「もうそろそろだな」

 行商人は、手元に握られた時計を見た。買った時に読み方を教えて貰ったため、普段はわからないあの国の時間が、今だけは知ることができた。

時計を確認して数瞬のうちに、一つ目の花が空に咲いた。鮮やかで、煌びやかで、大きな花だった。それから次々に、花が遠くの夜空を彩り、国の外側には領土壁の影を作った。

「綺麗なものってさ」

 旅人が話す。

「遠くから見るのが、一番いいと思う」

 ぽつりぽつりと、言葉をこぼす。

「ほら、星に詳しい国で言ってたじゃん。月は綺麗だけど、近づいたらそれは岩の塊だって」

 遠くの空の色が変わる。

「はなびも一緒。あの国で見たら、きっとよくない一面まで見えちゃってたと思う」

 光の勢いが増す。

「だから、出てきたの」

 一瞬空が白く染まり、やがて静かになった。

「終わっちゃったかな。ねぇ。時計持ってるでしょ。あの国では今どのくらいの時間なの?」

 暗くなった世界で、行商人は口を開いた。

「さあな。始まった時に壊しちまったから、分からない」

「え、なんで?」

「思い出になるだろ?」

 彼は旅人に、壊れた時計を投げた。

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