第七章
それから何事も無かったかのように、家で仕事を続けていた。
一族の土地の買い手は、案外すんなり見つかっていく。
高津家のかつての事業関係者側が、いざというときのパイプとして繋がっていたい、という考えがあるのだろう。
抱えている土地や財産が多すぎるので、一時的に預かっていた倉根は、会社を設立してそれらを管理していた。
「税務署に目を付けられても厄介なのでそうしました。名義は私でしたが、こうなった以上、更夜様が代表取締役として登録したほうが良いかと存じます。ちなみにうちの部下は当たり前ですが、医者が大半を占めていますので、皆病院勤めに戻っています。知り合いの伝手で何とか数名雇って管理していましたが、関係性が分からない状態で、以前の取引先とのやり取りを任せるのが未だに不安です。まぁ、私も高津家の者ではないので、知らない会社が多いのですが、そのあたりどうお考えですか?」
御三家が一度に無くなれば、こうなることは想定していた・・・
「・・・出来うる限り、俺が管理する。まぁ今もそうしてる通り、今後は白夜が残していたリストをもとに、関わる会社は絞っていく。あいつは人を見る目だけはあった、怪しいと思った所とはやり取りさえ残していないから、見たこともない会社から連絡があっても無視だ。」
「承知しました。」
俺はメールの受信箱を開いて眺めた。
「とは言っても・・・手が足りないのは事実だな・・・。」
島咲家はただの医者集団、雇われた医者やたまたま長く務めるようになった倉根のような一族が、本家の人々の主治医をしていた。
本家が無くなるとわかった時点で、彼らには自分が働きたい病院や場所へ行けるよう援助をした。
手元に残る部下など倉根くらいだ。
「一番労力がいるのは、選択と判断を下す者です。それを更夜様にお任せする以上、肩代わり出来る管理は致します。」
「わかった・・・。とりあえず人手に関しては早急に・・・手が打てなくとも考えておく。」
俺は電話を切り、一服するために外に出ることにした。
「お父さん?どこか行くの?」
リビングにいた小夜香がひょこっと顔を出す。
「ん、庭で一服するだけだ。」
「別にいちいち外で煙草吸わなくてもいいんだよ?」
そう言いながら小夜香は、何やら口をもごもごしている。
「・・・わかった、一服じゃなくてお茶にする。何食べてるんだ?」
そう言って立ち上がると、ポケットに入れたスマホにメッセージの着信音がした。
「こないだ倉根さんにもらった手土産のお菓子、おいしいよ?お父さんモナカ食べれるっけ?」
「ん?ああ、食べられないことはないな・・・。」
リビングの椅子に腰かけながら、スマホの連絡アプリを開くと、橘さんからだった。
いつもの他愛ないメッセージと画像が届いていた。
「・・・ね、お父さん。」
紅茶と菓子を俺の前に置く小夜香が、そっと声をかけた。
「ん?」
「合コンで知り合った人と連絡してるの?デートくらい誘った?」
「デート・・・いや?」
小夜香は平然と答える俺をじとっと睨みつけた。
「何のために連絡先交換したの?その人のこといいな、って思ったんならデート誘わなきゃ!」
「あ?ああ・・・わかった。」
仕事のことで頭がいっぱいだったが、まぁ言われてみればそうだな、と思った。
「す~ぐお父さんはさーーー。仕事のことばっかりになってさ~!プライベートも家庭も蔑ろにしてたよね?」
「・・・痛いとこつくなよ・・・。」
意地悪そうな笑みを浮かべる小夜香を見やりながら、俺は橘さんに返信することにした。
文面から恐らく、仕事が終わったところなのだと思う。俺は丁寧に文章を作った。
「お父さん、取引先に宛てたメールみたいにしちゃダメだよ?」
「わかってるよ・・・。」
そもそもデートに誘う、というところから人生初な気がする。
まぁ何でもダメ元でやってみるべきだな。
そんな想いで送信ボタンを押した。
「お疲れ様で~す。あ、先輩、お疲れ様です。」
「美緒ちゃんお疲れ。ん・・・?・・・え!!!!?」
「びっくりしたぁ・・・どうしたんですか?」
「二人ともお疲れ~っと。ん?どしたの小百合ちゃん。」
「あ、麗華さん、なんか橘さんスマホ見てフリーズしました。」
「フリーズ?どした?」
「あ・・・ああ・・・・あの・・・デートに誘われました・・・。」
「・・・・・・・・え!?」
「え~!誰ですか?イケメンですか?!」
「誘われたって・・・こないだ言ってた高収入、高学歴、高身長でおまけにイケメンの島咲さん!?」
「え!?何ですかそれ!?どこの誰ですか?先輩の意中の人ですか!?」
「二人とも!ちょっと静かに・・・」
「あ、ごめんね?「すみません・・・」
「・・・どうしよう・・・どうしましょう私!」
「どうもこうも・・・行ったらいいじゃない、気になってるんでしょ?その人のこと。」
「先輩、千載一遇のチャンスってやつですよ。」
「うう・・・そう・・・ですよね・・・。わかりました!返信します!・・・えと・・・ありがとうございます・・・是非・・・。」
「とうとう小百合ちゃんにも彼氏が出来るのねぇ。」
「そんな3高が揃ってるイケメンって、この世にまだ存在してるんですね・・・。」
「そうねぇ・・・よっぽどいいとこのお坊ちゃんとか?あ、でも医者集団の合コンに行ってたから、医者の家系で、ってことかもね。」
「それであっても、高身長と顔もイケメンってなかなかのハイスペックですよね。」
「よし!返信出来た!」
「お~「やったわね。今日はどうする?久しぶりに三人で飲みに行く?」
「あ、いいですね~。私焼肉行きたいです!」
「あ、ごめんなさい。ちょっとこれから色々予約入れたりしなきゃなので、今日は遠慮しときます。」
「あらそう?じゃあまた今度ね、じゃあ美緒ちゃん、どこかで飲みましょうか。」
「先輩!お付き合い出来たら絶対報告してくださいね!」
「う、うん、それじゃあ、お先に失礼します。」
「お疲れ小百合ちゃん「お疲れさまです~」
「はぁ・・・どうしよ・・・。えっと、服はこないだいくつか買い足したし・・・。あ、美容室とエステと・・・ネイルも予約して行かなきゃ。新しいコスメもチェックしておこうかな・・・。行きたいところがあれば付き合うって言われちゃったけど・・どこがいいかなぁ・・・。ウィンドウショッピングしながらぶらぶらするのもいいし・・・。ていうか島咲さんいつもどこで買い物とかするんだろう・・・。買いたい物とかも聞いてみよう・・・。日にちも時間も合わせるって言われちゃったけど、お昼くらいからでいいのかな・・・。うう・・・デートなんて年単位でしてないよ・・・」
「お父さん!デート服はさすがに買わなきゃだね!」
届いた返信を報告すると、小夜香は胸を張って手を腰に当て、目をキラキラさせていた。
「・・・いいんじゃないか?別にあるもので・・・。」
「お父さんはいつもそうやって適当過ぎるの!洋服でだいぶ印象変わるんだから!目一杯カッコイイ恰好して、橘さん?を落としちゃお!」
そう言いながら小夜香は、自身のスマホで通販サイトを開き、洋服を物色し始めた。
「落としちゃおって・・・。」
娘のイキイキした様子が、少しおかしく思えて笑えた。
俺のことでいちいち嬉しそうにしている小夜香を見ると、ふと気になることがあった。
「小夜香・・・、俺に相手を見つけさせようと必死だけど、自分はどうなんだ?」
「ん~?私~?別に今のところ特にないよ?」
小夜香はスマホを操作しながら、どうでもよさげに答えた。
「そうなのか・・・。彼氏を連れてきてもおかしくない年頃に思うがな。」
頬杖をつきながら、横目でそう言ったが、小夜香はこれと言って反応を見せない。
「いないものはいないんだも~ん。何?連れてきてほしいの?」
口先をとがらせて、小夜香も横目で視線を返した。
「いや・・・まぁ・・・ほしい、というほどでもないが・・・。」
いざそう言われると何とも答えづらいと気づく。
「ふふ、何それ。・・・でもねぇ、正直なこと話してほしい?」
「・・・なんだよ・・・。」
俺は少し身構えた。
「あのね・・・まだね、好きな人を見つけられるメンタルに戻ってない、っていうのが今の気持ち。」
小夜香は自分の髪の毛を触りながら、目を伏せる。
こんな風に自分の気持ちを話してくれるようになるまで、かなりの歳月がかかったが、それを聞いて何となくどういうことかは察した。
「そうか・・・。」
小夜香はまたスマホを何気なく操作し始めた。
解体された御三家には特別使用人がいた。
それらは極秘の研究によって生み出された、クローンのような存在だった。
それを成功させたのは、15代目高津家当主、白夜と、この俺だった。
明らかに違法な研究であるが、御三家のそれを利用する意図があった国側は、それを容認していた。
というか、500年の歴史があるあの本家の中では、むしろ法律など機能していなかった。
平気で人は殺されるし、利用されるし、それを研究材料として使っていた。
高津家の当主は、医療器具メーカーの社長などではなく、まさにマッドサイエンティスト・・・ちゃんちゃらおかしいその響きは、あながち本人に合わないほどでもなかった。
俺が言えた義理ではないが・・・。
白夜とともにそれを生み出した理由は、俺が白夜の本当の意図を知ったから。
そしてその目的は見事に成功を納め、その礎となるかのように、生み出した彼らは死んでいった。
俺が生み出したその使用人は、癒多という。
情を持つまい、と思いながらも、俺が娘を護るために生み出した。
白夜に唆されたから、というのもある。
癒多はとても優秀で、本家の外でも内でも、上手く周りと合わせながら仕事をこなしていた。
小夜香と兄弟のように仲良く過ごし、支えていてくれた。
しかし本家が無くなるとき、それは彼らの死を意味していた。
歳をとらない彼らは、外で生きていくのは難しい。
俺は彼らの事情を小夜香に説明し、無理やり別れを告げさせる結果になった。
それは約半年前の話。
小夜香をとても慕っていた癒多は、それが人間でいうところの、どういう気持ちなのかわからないままだっただろう。
小夜香もきっと、幼いながら、淡い恋心があったのかもしれない。
大事な家族を亡くすことは、小夜香にとって二度目になった。
俺は散々後悔した。泣きじゃくる小夜香を見て、自分のしたことを恥じた。
けれども、その別れを経験した後、小夜香は急に吹っ切れたように、俺と住むことを受け入れ、共に過ごせなかった時間を取り戻すように接するようになった。
癒多の存在が、小夜香を大きく変えることになったのだろう。
無理に明るく振舞っている時もあった、俺に無理をさせないために振舞っているのだろうと思うときもある。
俺は時々それらを、どこまで気付かないフリをすればいいのかわからない。
俺は、楽しそうに服を見つけては画面を見せる小夜香を、複雑な思いで見ていた