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夜更けの空  作者: 理春
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第三章

小夜香が入学式を終えた頃、俺も新しい就職先である病院に勤務しだしていた。

何となく予想はしていたが、俺の家の話も広まっていたせいで、他の医師と看護師たちからだいぶ距離を取られていた。

外科の医師は確かに少なかったが、腫物扱いが故に、あまり仕事は回ってこなかった。

その割には院長からの頼みで得意先との会食に同席させられたり、海外出張に同行させられたりと、外科医とは思えない仕事だった。

人が足りてないというのに、当直も回ってこなかった。


そんなある日、同僚の外科医から話しかけられたのだが・・・


「あの、島咲さん。倉根さんから例の件頼まれて、主催するの僕なんですけど・・・。」


職場とは思えないよくわからないことをいきなり言われた俺は、何のことか気づくまで数秒を要した。


「・・・・あ・・・、そうなんですか。お手数おかけしてます。」


恐らく彼も、島咲の本家で一医者として共に働いてくれていた一人なのだろう。

うちには仕事をしに来ている医者の出入りが激しかったため、さすがに全員の顔を覚えていなかった。


「当主様のお眼鏡に叶う方を揃えられているか僕も不安なんですけど・・・。何とか知り合いの伝手でいい人見つけられたので。」


同僚はそう言いながら、ぐっと親指を立てた。


「はぁ・・・。あの、もう当主ではないので、敬語使わなくてもいいですよ。」


そんな会話を職場でしながら、病院とはこうも居心地の悪いものか・・・と思うばかりだ。

その後、午後の手術の予定表を確認していると、新人が助手に入るため手術を見ていてほしいと同僚に頼まれた。

了承してミーティングに参加し、その後手術室の上の階から見学することになった。

同じく何人か関係者がいたので、軽く挨拶をすると、眼鏡をかけた倉根のような男性に声をかけられた。


「おや・・・島咲家の元当主様。今日は院長のご子息の初助手ですよ。」


「・・・ああ、そうなんですね。まだほとんど医師を把握できていなくて、どなたか存じ上げませんでした。」


男は眼鏡を持ち上げながら、無表情に俺を見据えた。


「貴方がいらっしゃってから一度も執刀されているのを拝見しておりませんが・・・どうしてですかね。」


嫌味なのか単純な疑問なのかわかりづらいな・・・


「はは、さてね・・・。俺が一番聞きたいです。」


俺が適当にいなすと、男は軽くため息をついて手術室に視線を戻した。

その後手術は問題なく終了した。なんというか可もなく不可もなく、といったところだ。

その後ナースステーションに戻ろうとした頃、内線に着信があり院長室に呼ばれた。


わざわざお呼びとは・・・


病院内をかなり歩いて、やっとついた院長室の前でノックをし、足を踏み入れる。


「更夜くん、呼び出してすまないね。」


何やら上機嫌の古狸は、コーヒー片手に椅子に座っていた。


「何ですかね、ご用事は。」


「うむ、君のおかげでねぇ。取引先とうまいこと話がまとまったよ。高津家の代わりになる医療器具メーカーなんていないと思っていたが・・・。いや、良い交渉をしてもらった、と思ってね。」


俺は視線をそらし、顔をかきながら口元を上げた。


「そりゃあよかったですね。危うく枕営業までさせられるんじゃないかとヒヤヒヤしましたが・・・。これで俺も、お役御免、ってとこですか?」


高津家へのパイプは俺だった。それを解散させたのも俺。この病院に呼ばれたのは、謂わば失ったものを取ってこい、とさせたかったのだと、はなからわかっていた。


「そこまでではないけどねぇ。君は外科医としても優秀だと聞くし、うちの医師の後続の育てとして仕事をしてもらうもよし・・・はたまた経営補佐としてうちを支えてくれてもまた助かるんだけどね。」


あくまで使う側はそっちだ、ってか・・・?


「院長には優秀な後続がいるでしょう・・・。拝見しましたよ、ご子息の手術。」


古狸は相変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。


「おお、そうかい。あれはそこそこだけどもね・・・更夜くんから見てどうだった?」


「どうもこうも・・・。経営の方を学ばせてあげてください、問題なさそうに見せるのは得意みたいですけど、執刀医としてやれる未来が見えませんよ。」


俺が大真面目にそう言うと、さすがに狸も表情を曇らせた。


「・・・そうか・・・やはりそう思うか。」


「あと、俺は育てにも経営にも向いてません。ご存じの通り、歴史に葬られた一族の、お山の大将だったんでね・・・。」


院長は黙って俺を見ていた。

利用価値はあっても引き留めるほどでもないだろう。


「俺は降ります、院長。仕事らしい仕事もさせてもらえないんじゃ、腕もなまりますし。内科医として開業する方がまだましです。」


「ふむ・・・そうか。まぁいいよ、悟くんにも君にもずいぶんお世話になったからね、うちに縛り続けようなんてはなから思っていなかったから。好きになさい。」


「・・・ではそうさせていただきます。まぁどうしても人員が足りなかったりしたら、ヘルプくらいはします。」


そう言って話を終え、静かに院長室を後にした。

使われた分、どう使い返してやろうかとも考えたが、底の知れない子悪党に付き合ってやるほど暇じゃねぇ。


白衣のポケットに両手を入れて、息をつく。


「一服するか・・・。」


何にも仕事してない状態で吸う煙草なんて、味気ないことはわかっている。

けれども、自分の進路に悩む学生のように、煙と考えを巡らせながらぼーっとするのも、悪くないだろう。


それからしばらく俺は、かつての一族が保有する土地、資金、株などの管理と運営をすることにした。

今までは倉根を中心とした信頼を置く使用人たちに任せっきりにしていたものなので、以前本家で医者をしていた時と同じように、倉根を秘書とし、御三家に残ったものを引き継いでいた。

と言ってもそのほとんどはパソコンで行えるものなので、在宅ワークとなった。


「本格的に外科医に戻る気が失せてきたな・・・。」


そんな独り言を書斎で漏らしていたある日、倉根から一本の電話が入った。


「更夜様、悪いニュースと良いニュースがございます。どちらから聞きたいですか?」


倉根は大真面目にふざけた問いをしてくる男だ。


「どちらでもいい。なんだ?」


「では良いニュースの方から・・・例の合コンの件ですが、日取りと時間、お店も決定いたしました。」


「・・・ん?・・・あぁ、そうか。」


「更夜様?今一瞬合コンのこと忘れていませんでした?」


倉根の素早い指摘が飛んでくる。

俺は片手でパソコンをタイピングしながら答えた。


「まぁ・・・忘れるだろ・・・。それで?いつだ。」


俺は倉根から日時を聞き、とりあえずスマホの予定に打ち込んだ。


「更夜様、間違っても和装で行かないでくださいね。」


「誰が着るか、和服なんて今は着る機会すらない。」


本家では仕事中以外は当たり前に和服で過ごしていたが、今や高い着物たちは箪笥の肥やしになっていた。


「更夜様ただでさえ目立ちますからね、シックでモードな恰好をされていたら、悪目立ちしませんから。」


倉根のいつもの悪そうな笑みが浮かぶ。


「まるで本家でも悪目立ちしていたような口ぶりだな・・・。」


「それで、悪いニュースの方ですが・・・。」


そう言って倉根は以前と同じく、伝え方を思案していた。


凛音(りおん様の行方を掴めまして、現在は都内に戻ってきていらっしゃいます。」


俺はスピーカーモードで通話しながらタイピングしていた手を止めた。

椅子の背もたれに体を預け、以前聞いた話や、凛音の人物像を頭の中で整理していた。


「凛音は海外に行ったり来たりしていた、と言っていたな。監視をつけていたなら、そのすべての経路を報告してくれ。」


「はい、本家解体の正式な報告ののち、篝家かがりけ一族に一旦の解散を指示、その後御三家の重要人物の徹底的な警護を配置させ、まずは千葉に向かっています。その後こちらが慌てて監視を向かわせ、その後一度都内に戻り、そして三日後成田空港からカナダへ、そして帰国後大阪、福岡に。そして今回こちらにお戻りです。現在篝家の一族が仮拠点としている某所に滞在中です。」


「そうか・・・。やはり・・・追い回しているんだな。」


「考えたくはないですが、どうやらそのようですね。ちなみに今現在更夜様や小夜香様に、うちの部下が何人か警護に付いていますが、篝家の者も見受けられたと報告が・・・」


頬杖をつきながら、思わず眉間に力が入る。


「馬鹿者・・・。そこで揉められても俺は困るぞ。」


「はい、申し訳ありません。特にもめたなど報告はありませんが、まぁ元々あまり雰囲気がいい関係でもないのは事実です。」


凛音め・・・ここまで想定したか?


「仕方ない、凛音を俺のところに呼びつけろ。ただし、呼んで即日家に来る、なんてことはさせるな。」


「かしこまりました。」


倉根と通話を終え、再びコーヒーに口をつけた。

パソコンの画面はもう、ただの文字の羅列にしか見えず、内容は入ってこない。

かしゃかしゃとキーボードを軽く指で叩きながら、頭の中でシュミレーションする。


間違っても、小夜香と篝家を接触させたくはない。



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