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第三話 竜人騎士の誇り-3

 *****



 彼らとの出会いは劣勢極まる戦場。

 魔族たちはウーズィの指揮も聞かず散り散りに逃げ出し、

 竜人がただ一人で戦線を支えている状態。

 その状況であっても、迫り来る敵兵を

 百ほど討ち取って逃げるくらいの余力はあった。


 これからどうするかと思案していた時、現れたのが二十人の兵士たちだった。

 配属されてそこまで時間が経っていないのか連携はばらばら、

 誰かが英雄のような強さを持つわけでもなかった。

 恐怖に身を震わせるただの兵士。それなのに彼らは魔将に挑んだ。


 二人をまとめて横薙ぎに両断しながらウーズィは問うた。

 なぜ非力な身で挑むのか。

 兵士の一人が答える。誰かがやらねばならぬから自分たちが死ぬのだ。

 半数を失い、そのまた半数が負傷で動けなくなっても、

 彼らは戦いを止めなかった。


 最後は四人がかりで組み付かれ、吐息を放ち邪魔な一人を焼いた瞬間。

 灼熱の炎を突っ切る槍に喉を貫かれた。

 見事だ、と言ったつもりだったが、潰れた喉で勇士たちに聞こえただろうか。


 そこで意識が途切れ、次に気が付いた時には魔道具の中にいた。

 魔王の魔力をもって稼働する癒しの水晶。

 死の淵にあったウーズィは水晶の中で体を癒す眠りについた。


 本来は五十日で水晶から出られるはずだったが、

 竜人が討たれてからわずか十日後に魔王は倒された。

 その結果、水晶の中で長い眠りについてしまい、

 出られたのは魔王が復活したしばらく後、今から二年前だった。




「貴公の姿に、彼らを思い出したよ」


 リレックを見つめるウーズィの目は、二十人の勇士を映しているように見えた。

 そして騎士たちを一瞥した後、王と向き合う。


「騎士が二十人、魔術師が六人。もし彼らに加勢したのなら吾輩を討てただろう。

 しかし動こうとすらしなかった。

 リレックたちにやってもらおうとした。勇者もそれと同じ事だ。

 吾輩は人間の意志と誇りによって討たれた。

 彼らを統べる者ならば、その騎士ならば、誇りを持っていると思っていた」


 それが、ウーズィが先ほど言った失望なのだろう。

 己がやらねばならぬから、とは真逆。勇者がやってくれるから。

 だからこそ必死にご機嫌取りをして、どんな悪行も咎める事ができなかった。

 思う所があったのか、

 騎士たちも、魔術師たちも、王も黙して何も言わなかった。


「もう一つのお話は、また戦いの事ですか?」

「戦の話とは少し違うな。

 そこまで興味を引けるとは、吾輩の話も捨てたものではないな!」


 話を催促するライチェに対して嬉しそうに笑うウーズィ。

 五百年前の戦い、その生き証人の話だからという推察は言わないでおいた。

 ウーズィは気を良くしたまま、もう一つの話を語りだす。




 優勢と劣勢が紙一重で移ろう人魔戦争の中期。


 ウーズィの部隊が敵陣へと攻め入っていた所、

 魔王による広域攻撃魔法に巻き込まれ大被害を受けてしまう。

 人間たちの陣は破壊できたものの部隊は壊滅し、

 ウーズィも瀕死の大怪我を負った。


 身を隠しつつ洞窟に逃げ込んだが、そこには先客がいた。

 人間の男。いかな魔将とはいえ瀕死の状態ではどうしようもない。


 三魔将には魔王からある魔道具が渡されている。

 死の直前に癒しの水晶に強制転送させる魔道具。

 一度限りだが命の保険がある事が、命への執着を薄くしていた。

 討つなら討てばいいとウーズィは叫ぶ。


 しかしその男はウーズィに簡単な治療を施すと、

 火にかけられた鍋のスープを差し出してきたのだ。


 戦争当時の魔族は食材を生で食べるか火で炙るくらいしかしない。

 血肉となればそれで良いし、それがもっとも美味いと信じられてきたからだ。

 そんな概念を吹き飛ばすほど、そのスープは美味かった。


 男は従軍している料理人だった。

 同時に美味を求める探究者でもあり、

 洞窟で珍しい食材を見つけ採りに来ていたのだという。

 なぜ自分を殺さなかったのかと聞くウーズィに男は言った。


「今ここでお前を殺したら、お前は必ず言い訳をする。

 この怪我さえなければ人間などに負けなかったと。

 言い訳の余地など与えてたまるか。

 そんな事をしなくても人間はお前に必ず勝つ」


 まるで命の保険を見透かしたような言葉に、ウーズィは激しく動揺した。

 そのような事が言える理由を聞くと、男は鞄に食材を詰めながら答える。

 今まで見た誰よりも気高く。


「俺が作る料理を食う人間が、味の何たるかも知らない魔族に負ける道理はない」


 それだけを言って、スープの入った鍋を残し男は洞窟を後にした。

 その時に初めて、魔将ウーズィは"誇り"というものを理解したのだ。


 本拠に帰還したウーズィは、攻撃魔法に巻き込まれたのは

 三魔将の一人リエーヴがわざと仕向けた事を知った。

 常に先陣を切り武勲を挙げるウーズィへの嫉妬がそうさせたと聞いた。


 悪びれるでもなく話す同僚、全て無かった事のように振舞う魔王。

 そして命の保険に甘えた情けない己。

 力が強いだけで、あの人間と比べてなんと弱く無様な事か。


 武と闘争に生きる者として強くありたい。

 もしあの男が言ったように人間に負けたなら、その真似をしてみようと思った。




「そして吾輩は二十人の勇士たちに負け、こうして人間の真似をしておる。

 誇り高く生き、美味い料理を食べ、人間のように強くありたいがゆえに」


 魔族の将、竜人の騎士が人間を強いと評し、人間の真似事をしている。

 料理人に教えられた誇りを己のものとして更なる高みを目指すために。


 その話の中リレックは考えていた。

 どうしてもツィブレを殴らないと気が済まない、

 この激情の元となるものは何か。

 それは"誇り"ではないのか。


 母の作った小さな畑は村長へのささやかな抵抗であったのだろうが、

 それこそが母にとっての誇りだった。

 村人があまり食べなくても、

 正直を言えばリレックも大して好物ではない野菜を作り続けたのは、

 それが母と己の思い出で、母の誇りだったからだ。

 壊されて許せるはずがない。きっと王都の人たちも、王だってそのはずだ。


 商人が苦労して手にした誇りたる店を荒らし、

 料理人の経験と技術の結集、誇りたる料理を踏みつけ。

 王の誇りたる国を、その法を愚弄し、民を好き勝手に苦しめて娘まで辱めた。


 それなのに何の罰も受けないなど納得できるはずがない。

 それでも耐えた。守るべき何かのために歯を食いしばって。


 ならば、リレックがやればいい。

 きっとツィブレは、あのクソガキは

 リレックがどんな想いを背負って拳を振るうかなど考えやしない。

 下らない事で勇者に刃向かい、復讐に来た狂人としか思わないだろう。


 狡猾なツィブレは殴られた程度で勇者を完全に止めるとは言わない。

 絶対の権力は勇者であるがゆえ、それを故郷での経験で熟知してしまっている。

 怒りはリレック一人に向き、それで終わる。

 必死の思いで耐えた王都の人たちの意志は無駄にならない。


 ウーズィを見上げる。

 敵地の中心にありながら威風堂々と立つその姿に、

 自分もそうありたいと思った。

 竜人が料理人の姿に誇りを見たように。

 勇者を殴った大罪人となろうとも、誇り高く堂々と立っていたい。


「度重なる無礼、ご容赦を。しかし言わねばなりませんでした。

 魔将たる吾輩の前で無様な勇者の事を話し、

 勇者を討たせるなどという他力本願には応えられませぬゆえ」

 

 王の目が見開かれる。心の奥底の何かに初めて気が付いたように。

 そう言われればその通りだ。

 魔将の目の前で勇者の居場所を教えようとするなどあり得ない。

 聖剣を持たない勇者を見つけ、殺してくれと言わんばかりではないか。

 抑えつけていた憎悪が無意識に噴き出したのか。

 それをはっきりと指摘したウーズィを王はじっと見つめている。


「魔の刃など借りずとも、ここに報復の拳がある。

 殺すのではない、ただ一撃だけ殴ると言った誇りの拳が。

 棒きれで吾輩に真っ向から挑んだ、この者の姿を忘れないでほしい」


 ウーズィはリレックの右腕を軽く掴み、天に向けてかざす。

 王と目が合う。決意が伝わるように、その目を見つめ返した。


「魔族に打ち勝ったのは人間の意志と誇り。

 それがない勇者では魔王様を討てない。

 逆に言えば、誰であっても魔王様は討てるのです。

 聖剣などなくとも、勇者であろうとするのなら」


 ウーズィはそう言って喉を撫でる。

 名も知られぬ兵士たち、彼らの誇りに貫かれた喉を。

 騎士たちも、魔術師たちも、ただ魔将の言葉に聞き入っていた。


「魔族の戯言、心の片隅にでも留めておいていただければ幸いです」


 王が深く頷いたのを見て、ウーズィは騎士の礼をもって話を締めくくった。


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