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第三話 竜人騎士の誇り-2

 *****



 歩いているだけで呼吸も心臓も止まりそうな、王城の廊下を進む。

 周りには鉾槍と剣で武装した騎士が八人。

 何か不審な動きをすれば即座に刃が突き付けられるだろう。

 見た事のない豪華な装飾や調度品に目移りしてしまうが、

 ただ前を歩く騎士についていく。


 普段ならはしゃぐライチェも完全に無言。

 シュペナートはいつも通りに見えて、体が小刻みに震えている。


「ただの謁見にそう緊張するな! 処刑台に向かっている訳でもなかろう!」


 竜人、魔将ウーズィが大声で笑う。

 一歩間違えれば、処刑台送りどころかこの場で斬り殺されかねないのだが。

 騎士たちが殺気立っているのがはっきりと分かる。


 ウーズィが三魔将だというのが本当かどうか、

 リレックたちには判断がつかない。

 だが、こうして城の中に入れているという事実が正しさを証明していた。


「三魔将だなんて、聞いてねえぞ……」

「びっくりしただろう?」

「びっくりどころじゃありませんよ!」


 恨みがましい事を呟くリレックに、豪快に笑いかけるウーズィ。

 ちょっとした悪戯が成功したような言い方にライチェが声を上げて抗議する。


 周囲の騎士たちが一斉にライチェを見る。

 その威圧感に委縮して、彼女はリレックの背にしがみ付いた。


「案山子が主人に守られてどうする、ははは!」


 自分の状況を理解しているのか疑わしい、会った時から一切変わらない豪快さ。

 かなり危険だとは言っていたが、まさかここまでとは想像の外だった。


 魔将と共に王との謁見。何かあった時の対処法がまるで思いつかない。

 魔術で何とかできるかもとシュペナートに縋るような視線を向けたが、

 魔術師は唸りながら必死に対処法を考えている最中だった。


 それを見て気合を入れなおした。やけくそに行こうと決めた。

 自分たちは田舎村から出た事もない農民に魔術師。

 英雄や策士のように頭など回らない。

 結局なるようにしかならないのだから、覚悟を決めて行くだけだ。


 先頭の騎士が足を止め、周囲の騎士たちが大扉の前で整列する。

 ここが謁見の間らしい。ついに来たその時に膝が震えた。




 謁見の間へ続く大扉が開かれる。

 中に入り、扉が閉まる音を背にしながら周囲を見渡す。

 御伽噺で聞いていたような数百人が入れる大きさの部屋ではないが、

 それでもリレックの家より大きい。


 正面には玉座があり、国王が座っている。

 近くには村で話した宮廷魔術師の男もいた。

 そして完全武装の騎士が二十人。

 魔術師の法衣をまとっている者がその後ろに五人。


 護衛というにはあまりにも物々しい、

 何かあれば即座に相手を殺すための警備。


 部屋の中心に移動し、ひざまずく。

 礼儀作法が合っているかどうかの自信は全くない。

 ライチェはリレックの動きを慌てて真似し、妙な姿勢になってしまっていた。


 いっその事、それを笑われるなり怒られるなりしてくれればよかったのだが

 場は無言の緊張感で包まれていた。

 注意のほとんどは騎士の礼をするウーズィに向けられている。


「早速本題に入ろう。どのような用件で私に会いに来たのだ、魔将ウーズィよ」


 王の声を聞き、まるで魔術のように自然と頭が下がる。

 静かでありながらよく通る、王者の気品に溢れた声。


「突然の来訪、ご容赦願いたく。

 しかしまずはこれなる者、リレックの話をお聞きください」

「彼らは人間のようだが、そなたとはどのような関係なのか?」

「一つ恩義がありましてな。

 ほれ、リレックよ。貴公が聞きたい事を話すがよい」


 ウーズィがリレックの腰をつつく。

 恐る恐る顔を上げると、玉座の王と目が合った。

 あまりの事態に、床に頭を叩きつけて

 誰にだかわからない謝罪をしそうになったが、堪えて踏みとどまる。


「話してみよ」


 威厳と気品に満ちながらも、どこか優しげな促し。

 堰を切ったように言葉が溢れだしてくる。


「無礼をどうかお許しください。

 オレ……私は、勇者ツィブレと同郷の農民、リレックと申します」


 宮廷魔術師が王に耳打ちをする。彼はリレックの事を覚えていたようだ。


 そしてリレックは今までの事を全て話す。

 勇者の所業、畑の事、復讐を決意した事。

 そのために旅をしている事。勇者を殴るため、居場所が知りたいという事。


「馬鹿な事を言っているのは分かっています!

 しかしどうか、教えてはいただけないでしょうか!」


 王の返答を聞くのが恐ろしい。

 下らんと一喝されても文句がいえない事を言っている。

 しかし王は、玉座に深く座りなおすとゆっくりと息を吐いた。


「リレックよ、王都での勇者の評判は聞いたであろう?」

「はい。その、酷いものでした」

「では、なぜ私がそれを放置しているかは分かるか?」


 優しく諭すような王の質問。なぜかといわれれば理由は一つしかない。


「ツィブレが勇者だから……魔王を倒せる、唯一の人間だから」

「そうだ。何があろうと、勇者には魔王を倒してもらわねばならん。

 今一度人魔の戦争を繰り返せばどれだけの命が失われるか。

 それは避けねばならない。

 聖剣を抜かないと勇者に言われたら、我々はどうしようもないのだ」


 王の声には疲労と無力感がにじんでいた。

 三十日近くツィブレに好き放題され、

 ご機嫌取りまでしなければならないなど苦痛でしかないだろう。


「私の娘も辱めを受けたが、民に耐えよと命じた身で怒るなどできなかった」

「お姫様まで!?」


 驚愕のあまり大声を出してしまうライチェ。

 しつこく迫るツィブレを強く拒絶した姫は、

 城の廊下で服を剥ぎ取られるという辱めを受けたという。


 確かにツィブレは悪童ではあったが、

 リレックが知る限りそこまで酷くはなかったはずだ。

 陰湿な行為こそすれど、人に直接危害を加えるような事だけはしなかった。

 城下町での無法といい、明らかにタガが外れてきている。


 何をやっても咎められないし罰せられる事がない。

 そんな状況に置かれて良識を保てる者がどれだけいるのだろうか。

 ましてや善悪を理解しているとは言い難い十四の子供が。


「過ぎ去った嵐だと思って、耐えてはくれぬか」


 激怒を抑え込み、世界のため、民のために勇者の横暴に耐える王。

 城下町の人々も仕方がない事だと諦め、

 ただ嵐が過ぎ去るのを待っていたのだろう。

 荒れ狂う大蛇と共存するあの村の人々のように。


 一介の農民を相手にここまで真摯に対応してくれた王の言葉に、決心が揺らぐ。

 王命に逆らってまでツィブレを殴る意味はあるのか。

 潰された畑はもう元に戻らない、ならば諦めてもいいのではないか。

 あんなクソガキの事など忘れ、三人で世界を巡り、

 最高の畑を求めた方がずっと楽しいだろう。


 夢が甘くささやく。無意味な復讐など止めればいい、

 あんな奴の事など忘れてしまえばいいと。


 分かりました。その言葉を出そうとした時、王と目が合った。

 あの村の人たちと同じ、諦め。

 いや、あの村の人々とは違う。その瞳に見えるものが足りない。

 受け入れ。仕方ないと諦めるだけでなく、

 それと共に在るがゆえに生きていけるという納得。


 城下町の人々もそうだった。

 ただ我慢していただけで、受け入れていたわけではない。


「それは、できません」


 自然と言葉が出ていた。王命に反する言葉が。

 それでも恐怖はなかった。どうしても言わなければいけないから。


「畑が嵐で潰れたのなら仕方ない事です。

 ですが、その嵐を魔術で起こした奴がいたなら絶対に許せない。

 仕方ないと納得できるわけがない。

 人の大事なものを身勝手に壊した奴がいるのに!

 後で似た畑を作れても同じものじゃない!

 畑を潰された事の慰めになんてならない!」


 あの村の住人もきっとそう。自然の水害だから受け入れていた。

 それを起こした何者かがいたのなら、決して許す事はないだろう。


「どんな理由があろうと、そんな奴が罰も受けず

 好き勝手やっているなんて、オレには耐えられない!

 城下町の人たちだって、姫様だって、陛下だって本当はそうなんでしょう!?」


 リレックの非礼を咎めようと騎士の一人が一歩前に出る。

 しかし、王はそれを手で制した。騎士は驚きつつも指示に従い下がる。


「誰もやらないならオレがやる!

 やっちゃいけない事があるって分からせるために!

 それ以上に、あいつの顔面に一発叩き込まないとオレは納得できねえ!」


 床に拳を叩きつける。

 水滴が床に落ちるのを見て、初めて自分が悔しさで泣いている事に気が付いた。


 誰にも戒められなければ、故郷の村長のように変われやしない。

 だから村長の弟子だった男はリレックに戒めてやってくれと言った。

 誰にも叱られなければ、それが悪い事だと理解できない。

 一夜のあいだ炎を燃やし続けた少女が別れ際に言ったように。


 勿論それも心にあるが、もっとも強い思いは納得したいからだ。

 これだけの罰を与えたから、もういいと思える何かが欲しいだけ。

 目元を袖でこするが涙は止まってくれない。


 リレックの背にそっとライチェの腕が添えられる。

 冷たく固い鉄の棒であっても彼女の優しさは伝わる。


「だから、お願いします! ツィブレの行き先を教えてください!」


 床につきそうなほど深く頭を下げる。

 その両隣でライチェとシュペナートも同じように頭を下げた。

 断られて当然の王を前にしての非礼。それでも言わなければいけなかった。


「……顔を上げよ」


 王の声は冷酷な拒絶ではなく、やんちゃな子供をたしなめる親のようだった。

 声に従い顔を上げる。王は優しげに苦笑を浮かべていた。


「リレックよ、私はそなたの願いを聞いてやる事はできん。しかし……。

 しばらく後に庭園で娘が独り言を喋るので、それを聞かれては困ってしまうな」


 あまり頭に自信がないリレックでも、その言葉の意味は理解できた。

 姫が喋る独り言が勇者が向かった洗礼の地の情報。

 自分たちは一切関与しておらず、

 リレックたちが城に忍び込み勝手に盗み聞きした事にすると。


「陛下……!」

「そなたたちの道は辛いぞ。助けは望めぬ。

 勇者が言うのなら、そなたたちをお尋ね者にもするだろう。

 勇者を殴れたとて栄光などない、ただの犯罪者だ。それでもか?」


 真剣な表情の王。

 その言葉に脅しや偽りがない事を表情が語る。


 シュペナートを見る。少し呆れたような、いつも通りの笑み。

 ライチェを見る。決意を込めた満面の笑顔。


 王に向き直るリレック。再度、頭を深く下げた。

 それでもかと問われたなら、それでもその道を行くと決意を込めて。


「ありがとうございます、陛下!」

「私は願いを断ったのだから、礼を言ってどうするのだ」


 王が笑う。そういえばそうだったとリレックは頭をかいた。

 目元をこすって立ち上がる。

 もう涙はない、勇者を殴るための道を進むだけだ。


「よかったな、貴公ら」


 ウーズィが豪快に笑う。

 リレックが礼を言おうとするとそれを制し、竜人は王に向き直る。

 後回しにしていた用件を伝えるつもりなのか。

 豪放な陽気さは消え雰囲気が真剣なものへと変わる。


「吾輩の用件は、ただ人間の王が

 どのような人物なのか知りたかっただけでしてな。

 無礼を承知で言うならば、善き人で、善き王。

 ……しかし、失望の方が大きい。

 人間の王ならば、誇り高き者であると思っていましたゆえ」


 その場の視線が一気にウーズィに集中する。

 主君への侮辱に周囲の騎士たちが一斉に殺気立つ。

 王も険しい顔になるが、それは侮辱に憤るものとは違う気がした。


「吾輩の心に強く残る人間は誇り高き者たちだった。

 彼らを統べる者はどれ程かと期待しておりました。

 それなのに勇者の機嫌取りに終始しての他力本願。

 勇者だけを戦わせれば民が傷つく事はない。

 民の命を守る善き王ではありましょうが、それが悲しい」

「おのれ、黙って聞いていればッ!」


 騎士の一人が鉾槍を構えようとした時、ウーズィはその騎士を睨みつける。

 直接見られている訳でもないリレックでも感じる、凄まじいまでの威圧感。

 鉾槍を構える事なく騎士が後ずさる。


「そうだ、吾輩はお前たちの王を侮辱しておる。

 ならばこの身に挑んで討ち果たしてみせるか?

 剣は持っておらぬが、この拳と竜の吐息があれば

 この場の人間全て、皆殺しも容易いぞ」


 はったりや妄言ではない。

 それを為せるだけの力を持っているからこその言葉。


 騎士たちは王を庇うように動くが、竜人に近づく者はいない。

 挑めば命を失う。相手は三魔将、魔族の頂点に立つ将軍の一人なのだから。


 それでもリレックはその前に立った。

 ライチェはそばに寄り添い、シュペナートは少し離れて。


「荒っぽい事はしないし、手を出さないって誓ったよな?」

「こちらからは、と言ったがな。

 相手が手を出すのなら無抵抗でいるつもりはないぞ。

 連中、吾輩を殺してやりたいと先程から睨んでおる」


 顎をしゃくって一人の騎士を指すウーズィ。

 その騎士は鉾槍を構えており殺気も出していた。

 しかしその足は動かない。鎧の継ぎ目が死への恐怖で小刻みな音を立てている。


 リレックとてそうだ。

 体が震えるのは、あまりにも恐ろしい相手と対峙している恐怖からだ。

 それでも。


「これ以上、陛下に喧嘩を売って荒事にしようっていうなら、

 オレがあんたを止める」


 ライチェの左腕、その肘から先を外して関節部分をはめ込む。即席の連接棍。

 いざという時にはこうやって武器にできるよう、

 取り外しできるようになっている。

 ライチェが蹴りを主体とするのは、これが理由の一つでもあった。


「死ぬぞ」


 魔将の宣告。

 万に一つも勝ち目などない、そんな事は分かっている。


「さっき言ったよな、誰もやらないならオレがやるって。

 それだけじゃねえ、あんたが城に入るなんて言い出したのはオレの所為だ。

 陛下にあれだけ言ったオレが、責任も果たさずに逃げられねえだろうがッ!」


 体の震えは止まらない。目前に迫った死が恐ろしい。

 だが、ここで怯えて逃げ出したのなら、嵐が過ぎ去るまで耐えるのと何が違う。

 それはできない、耐えられないと拒んだ身で逃げるなどできるものか。


 竜人を見据える。黒鉄の鎧に真紅の鱗。

 世界最高の武器ですら傷をつけられるかどうか。

 狙うなら目、もしくは吐息を放つ瞬間の口の中。

 姿勢を下げる。飛びついて目か口に連接棍を叩きつけるしかない。


 そんなリレックを見据える竜人の表情がふっと緩み、威圧感は消え失せた。


「すまんすまん。手も吐息も尻尾も出さんから安心してくれ。

 王よ、無礼ついでに吾輩の話を聞いていただけませんか。

 吾輩の心に残る人間の話を二つ」


 両手を上げて軽く謝ると、

 ウーズィはリレックをやんわりと退かして王の前にひざまずく。

 騎士たちは口々に無礼を咎めたが、王は無言でただ頷いた。


「まずは一つ目。吾輩を討ち倒した二十人の兵士たち。

 記録などは残っておりませぬか?」


 その場がどよめく。少なくとも御伽噺では語られていない。

 王も宮廷魔術師も驚いた顔をしている。

 魔将がどうやって倒されたかは詳しく分かっていないのだという。


「それは残念。ではこれから記録に残していただけるとありがたい」


 ひざまずいた姿勢から立ち上がり、ウーズィは懐かしむように話し始める。

 自分を討った者の事を話すというのに、英雄の武勇伝を歌う吟遊詩人のように。


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