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第二話 荒れ狂う大蛇-2

 *****



 結局、野菜泥棒の親子は強制労働という事になり、

 リレックたちと共に働く事になった。

 父親の方は堤防の整備、娘は収穫の手伝い。


 娘はミーテという名前で、

 泥棒は父親に強要されたのだろうと分かる真面目な子だった。


 軽い罰に、これでいいのかと聞いてみたリレックに対し、

 ゲシェムはこう返した。

 もうすぐ大蛇が暴れる、罰は人足として働かせてからでも遅くはないと。

 人手が増えたからか収穫は二日で終わった。


 小雨の降る中わざわざ外に出て村で見るべき物もなく、

 リレックたちは宿にいた。


「どうだ、ライチェ?」

「ばっちりですよ、ありがとうございます」


 貰った木材で作った新しい頭と腕をぐるぐると回す、嬉しそうなライチェ。

 炎の魔術で焼かれたので、どうせ暇ならと新しく新調する事にした。


 隣のテーブルを見てみると、

 シュペナートが魔導書の一冊を開いてミーテに色々と教えていた。

 技術や知識というよりは心。魔術師とはどうあるべきかを説いているようだ。


 リレックたちが勇者をぶん殴るために旅をしている事を話した時は、

 酷く怯えて自分が殴られないかびくびくしていたが、

 今では興味深そうにシュペナートの講釈を聞いている。

 シュペナートには、ミーテが善人だと分かっていたようだ。


 魔術師が殺傷力の高い魔術を使おうとする時、

 傷つける事に抵抗のある者は魔術の威力を大幅に減衰させてしまう。

 意志にためらいが生じるためだ。


 至近距離の炎の爆発でありながら、

 軽く燃えただけの魔術を見て分かったらしい。

 ミーテにためらいがなければ、ライチェの頭は吹き飛ばされていたという。


「炎の魔術に癒しか、体を暖めるのも癒しと言えるんじゃないか」

「そう言われれば、そうかも……」


 シュペナートは癒しや守り、絡め手の魔術を得意とし、

 殺傷力が高い土の魔術を使う所は見た事がない。

 癒しの魔術について話している二人ともに、きっと優しい魔術師なのだろう。


 ゆったりとした時間を過ごしていると、

 雨に濡れたゲシェムが宿へと入ってくる。

 布で体を拭くのもそこそこにリレックたちの所へとやってくる。


「すまない、魔術師さんにちょっと聞きたい事があるんだがいいか?」


 開口一番に呼ばれたシュペナートは頷く。

 ゲシェムが聞いてきたのは魔術でどんな事ができるかだった。

 大地の癒し、土や岩を操る魔術。

 しかし、リレックが知る彼の魔術より弱いものを話している。


 そういえば、先ほどミーテに話していた。

 魔術師にとって己の最大の術は武芸における奥義と同じ、

 余程親しくなければ明かしてはいけないと。

 そのミーテも、自分が未熟ながら炎を操る魔術師だと話している。


「なら、頼みがあるんだ。もちろん相応の金は払う。

 堤防が決壊するかもしれない、あんたの魔術を貸してくれないか」


 予想以上に雨が長く、強くなりそうで堤防が耐えられるか分からない。

 村の男衆が総出で整備しているが、

 時間がないので大地の魔術を借りたいという。

 シュペナートはリレックを見る。言外に、判断は任せると言ってくれている。


「シュペ、手を貸してやってくれ。オレとライチェも行く」

「あ、あたしも行きます!」


 すぐに椅子から立ち上がるリレックたちに少し遅れて、ミーテも席を立つ。

 父親が気になるのと、

 自分も何かしたいという両方の気持ちから言ったのだろう。

 リレックが連れて行ってもいいのかを聞く前にゲシェムは頷いていた。

 外套を羽織り、外に出る。雨足は徐々に強くなってきていた。




「大蛇……」


 川の様子を見たライチェが漏らした呟きの通り、それは荒れ狂う大蛇だった。


 まだ堤防に余裕があるとはいえ、増水した濁流が荒々しく川を流れる。

 曲がり角の堤防に水を叩きつけながら流れる川は、

 正に"大蛇"と呼ぶに相応しいもの。

 強くなる雨の中、男たちが堤防の修繕と強化を行っていた。


「それで、どうしたらいい? 土を指定した場所に運べばいいか?」

「青い服の男に聞いてくれ、あいつが作業のまとめ役をしてる。

 話は通してある」


 足を滑らせないようにしながらも、早足で歩いていくシュペナート。


「リレックさんたちはおいらと一緒に来てくれ。

 土の入った袋があるから、それで少しでも堤防を高くする。

 お嬢ちゃんはあっちの屋根がある所で火の番をしてくれ。

 雨が吹き込んで火が弱いんだ」


 全員が頷き、それぞれの作業を開始する。

 シュペナートが魔術で土を持ち上げ、堤防の上に乗せる。

 それを全員で固めていく。

 村に水が来ないように、少しでも高く、強く。

 そんな中、リレックはある事に気付いた。近くにいたゲシェムに声をかける。


「向こう岸はいいのか? あっちが決壊したら、畑が水浸しだ」


 畑がある方の川岸にある堤防は一段低くなっていて、

 まったく手を付けられていない。

 居住地を優先するのは当然なのだろうが、

 完全に無視するという事には疑問がわいた。

 ゲシェムがあの顔をする。諦めと受け入れの混じった顔。


「あれは意図的にそうしてあるんだ。

 村に水が流れる前に、向こうに水を流すように作られている」


 川と共に生きる農民の覚悟。

 水が近いのはいい事ばかりではない。

 ゲシェムが言った事がようやく理解できたような気がした。


 恵みの雨と川が畑を押し流す。

 どうする事もできない諦めと、それを受け入れて生きる意志。


「ゲシェム! あの野郎が火の所で暴れてる、旅人さんたちに頼めないか!?」


 乾きたての外套を雨に濡らし、村人が伝えに来る。

 あの野郎。おおよその見当はついた。


「リレックさん、行きましょう! シュペさんは手が離せないそうです!」


 びしょ濡れになったライチェが走ってくる。

 ゲシェムが頷くのを見て、冷えた体を温めるための火がある場所に向かった。




 案の定、暴れていたのはミーテの父親だった。

 娘と口論になり、激昂して手を出したのが始まりらしい。


 疲れ果てていた村人たちでは止めようがなかったが、

 音も無く近づいたライチェが脇腹に蹴りを叩き込むと大人しくなった。


 罪を犯したなら罰を受け償うべきと言うミーテに対して、

 なぜ自分を逃がさないのかと喚き散らしていた父親。

 娘を逃がそう、娘と共に逃げようという言葉は一切出なかったという。


「川に放り込んだらいいんじゃないですか」

「ごめんなさい! どうかそれだけは、どうか……」


 親子以外の全員が危うく頷きそうになったライチェの発言に慌て、

 父親を庇うミーテ。


 その姿に村長の弟子だった彼が重なる。

 師か親かの違いはあれど、それに縛られて顔色をうかがい、

 諦めながら言いなりになって日々を過ごす者。


 それをリレックは母に重ねてしまう。

 蟻地獄から抜けられなかった母のようにさせたくないと強く思う。


 ライチェが父親を作業場へと連行していく。

 容赦の無さを知っているからか、ライチェの前でだけは大人しくなるからだ。


 そんな父親の姿を悲しそうに見つめる少女。

 目元を拭うと、引っ叩かれた赤い頬を気にする事なく、火の前で詠唱を始めた。

 声をかけたくても、何を言っていいのか分からなかった。



 ***



 雨がさらに強くなり、辺りも暗くなってきたので、

 堤防の近くにいるのは危険と判断されて全員が撤収。

 リレックたちも宿に戻ってきていた。


 その宿は随分と騒がしい。

 色々な物が二階に運ばれていき、食料などが袋に詰め込まれていく。

 宿の店主がリレックたちに気付き声をかけてくる。


「お帰り、旅人さん。

 急いで荷物を取ってきた方がいい、避難する事になりそうだから」


 水没とまではいかないが、浸水は覚悟した方がいいらしい。

 村に水が来るという事は、畑の方は濁流に飲み込まれる。

 自分が心血を注いできた畑が一夜でなくなる。恐ろしさに身震いがした。

 それと同時に沸き上がる怒り。あの憎たらしい顔。


「リレックさん、早くしましょう。考えるのは動きながらでもできます」

「そうだな」


 ライチェに言われ、思考を打ち切る。準備は早くするに越した事はない。

 避難を知らせる鐘が鳴り響いたのは、

 ちょうどリレックたちが用意を済ませた時だった。




 村の長老に先導され、数十人の村人たちと共に避難所へと向かう。

 旅人はリレックたち三人と野菜泥棒の親子だけ。

 他の旅人は水害を避けてさっさと村を離れたらしい。

 向かう場所は少し高台になっているようで、登り坂を歩いている。


 そんな中、ミーテの様子がどこかおかしい。

 最初は何か気になる事があったのか首を傾げ、

 次にそれが何かを気付いたのか挙動不審になる。

 そして今は青ざめた顔で震えている。

 雨で濡れた寒さではなく、何かに怯えている。


 少女を気にかけつつもしばらく歩いた後、避難所に到着した。

 森の近くに作られた大きめの倉庫といった印象。

 村を一望できるくらいの高台にあり水は届かない。

 ここから見えるナハルの大蛇は、今にも堤防を食い破らんと荒れ狂っている。


「早く体を乾かしたいです……」


 すっかり水を吸った木材の体を重そうに動かすライチェ。

 雨の中の強行軍だったので全員ずぶ濡れ。

 このままでは体調を崩す者が出てもおかしくない。


 避難所に入ると、慌てた様子の村人たちが話していた。

 置いてあった薪がほとんどない、これでは暖炉に火をつけられないと。

 錠前は焼き切られており、何者かが入り込んでいたという事も。


「ご、ごめんなさい! それ、その薪、あ、あたしたちが……!」


 膝から崩れ落ちるように、床に頭をこすりつけて謝るミーテ。

 そういえば親子がどこにいたのかは一切聞いていなかった。


 金が無いのに宿に泊まるはずがない。

 村の畑を何度も狙うのに遠くから来るはずがない。

 拠点があって当然だった。それがよりにもよって避難所だとは。

 炎の魔術を扱うミーテならば、鉄の錠前だろうと簡単に焼き切れるだろう。


「よさげな所にあったからよ、ちょっと使わせてもらっただけだって。

 仕方なかったんだよ」


 本当に旅人なのか疑わしい、へらへらと笑ってまったく悪びれない父親。

 リレックですら感じる村人たちの怒りを感じ取れないなど。


「リレックさん、どうしましょう……」


 小声で、リレックとシュペナートにだけ聞こえるように言うライチェ。

 村人の怒りが愚かな父親だけに向かうならいいが、

 娘のミーテにもそれが向いている。

 それどころか、同じ旅人であるという理由で

 リレックたちにまで敵意を向ける者までいる。

 ミーテは助けてやりたいが、

 下手な事をすれば自分たちまで同罪のように扱われるだろう。


 それ以上に、皆ずぶ濡れの状態で火がおこせない。それが何よりの問題だった。

 そんな時に肩を掴まれる。振り向くとシュペナートがリレックを見ていた。

 何かを決意したような目。ライチェもそれに気が付き、三人で目を合わせる。


 リレックは軽く微笑み、力強く頷く。

 お前の思う通りにやってくれていいと思いを込めて。

 ライチェも同じように頷く。信頼の証として。


 それを見てわずかに微笑んだシュペナートは、

 謝罪の言葉を繰りかえし続けているミーテに歩み寄る。


「ごめんなさ、あぐッ!?」


 シュペナートは少女の胸ぐらを掴んで無理矢理に立ち上がらせる。

 そのまま引きずるように暖炉の前に歩いていく。

 殺気だっていた村人たちは、

 魔術師の気迫に押されてか何も言わず道を開けた。


 突き飛ばすようにミーテを暖炉の前に押し出す。

 突然の暴挙に少女は何度も咳き込んだ。


「薪がないなら作る。

 幸い森が近い、男衆が総出でやれば

 一本の木を半日分くらいの薪にできるだろう」

「何言ってんだ!? それじゃ生木だぞ!?」


 シュペナートの提案に驚く村人。

 生木は非常に燃えにくく、火をつけたとしても大量の煤を出す。

 暖炉で使えるものではない。


「ここに炎の魔術を使える奴がいる。炎の魔術なら生木でもちゃんと燃やせる」


 そう言ってシュペナートの指はミーテを示した。

 その場の全員の視線が少女に集中する。少女は何度も首を横に振った。


「あ、あたし、そんな魔術使った事ない……それに、できるかどうか」

「何にでも最初はある。魔術師ならばできる、やれ。誰の所為でこうなった」


 言い訳を容赦なく突っぱねる言葉に、ミーテは口籠りうなだれた。


「それじゃ、早く木を切りに行こう!

 魔術師さんが言うんだ、信じてみようじゃないか!」


 ゲシェムが言うと、男衆が頷いて行動を開始する。

 彼らは堤防の強化の際にシュペナートの魔術を見ている。

 信じるに足ると判断してくれたようだ。

 このまま怒りをぶつけた所で薪が土から生えてくる訳がない。

 やれる事は試すべきという事だろう。


 村長や女性たちが暖炉に少ない薪を入れる。

 火打石を使う前に、呟くような一言の詠唱でミーテが火を入れる。

 一瞬で火がついたのを見て、村人たちも確信を得たようだった。


 備え付けられていた斧を手に取った男衆が避難所の外に出ていく。

 リレックたちも後に続こうとしたが、

 しれっと座り込んで服を脱ぎ始めている父親が目に入る。


「あなたに休む権利なんてありませんよ」


 村人たちの激怒を代弁して、案山子が奏でる凍った鈴のような声。

 愚かな男は悲鳴を上げながら外に出ていった。

 リレックたちも続いて外に出る。隣に走ってきたシュペナートに声をかけた。


「シュペ、あの子にできる事なのか?」

「手練れだと言っただろ? 俺より魔術の才は上だよ。

 俺に似たような事ができて、あの子にできない理由がない」


 友がここまで信じるのなら自分も信じてみようと思った。

 生木で火をおこせたのなら、あの少女に酷い罰が加えられる事はないはず。

 ならば自分のできる事で手を貸す。全力で薪を作るだけだ。




 男衆が木を切り倒し、全員で暖炉に入る位に細かくしていく。

 備え付けの斧は三本しかなかったが、

 今作業をしている者は土で出来た斧を持っている。


 土の魔術で作られたそれは、斧として機能する

 最低限の物でしかなかったが十分だった。


 魔族たちの使う"魔法"は何でもできる上、魔力を留めておける。

 武器の切れ味を鋭くしたり、刃こぼれを自動で修復する剣などの

 魔道具はほぼ魔法によるものだ。


 対して、人間の使う"魔術"は魔力が残らない。

 維持するためには魔術師が魔術を使い続ける必要がある。


 シュペナートは雨の中ずっと詠唱を続けている。

 一言でも詠唱が途切れれば、斧は土くれとなって崩れ去るだろう。

 十数人分の土の斧を維持するのは辛いのか、顔が苦しそうに歪んでいる。

 そんな状況でどのくらい作業したのか。


「これだけあれば十分だ、運ぶぞ!」


 その号令と同時に土の斧が崩れ落ちる。

 シュペナートがふらつき、膝をつく。

 リレックとライチェがすぐに駆け寄り肩を支える。


「……ここからだ。

 リレック、ライチェ、あの子の意志を引き出すのを手伝ってくれ」

「そんなのあるんでしょうか?

 親とはいえ、あんなのと一緒に野菜泥棒までした子に」


 世界を変える意志。魔術師にとって、もっとも必要なもの。

 ライチェの疑問も当然だと思う。

 状況と父親に流され、少女には意思すら感じられないように見えるからだ。

 だが、シュペナートは確信をもって笑顔を見せる。


「意志のない奴が、何もない空中で炎を爆発させられるものか」


 いきなり炎が爆発するなどあり得ない。それができるだけの意志を持っている。

 だが、それは怯えで隠されている。

 それを引き出せれば、生木の薪は燃え上がる。


「分かった、やれるだけやってみる。できる限りを尽くすぞ、ライチェ」

「はい。とりあえずこんな感じで気を紛らすとかどうでしょう?」


 説得のような事は苦手だが、やるしかないと腹をくくる。

 くるくると踊るように回るライチェに苦笑しつつ、避難所に戻った。


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