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最終話 勇者様をぶん殴る!-4

 *****



 民家の中に飛び込んでみれば、そこに待つのは死の気配だけだった。

 確かに大剣は封じた。しかしそれだけだ。

 圧倒的なまでの短剣の技と格闘術が、

 家の中に押し込むどころか拮抗さえ許してくれない。


 浅い膝蹴りで槍を跳ね上げられ、胸へ短剣の刺突。

 後ろに下がって躱したものの、左腕を裂かれる。

 これで民家に入ってから幾度目の傷か、もう数えてすらいない。

 辛うじて致命傷だけは避けているだけだ。


 ライチェの動きも鈍い。

 片腕なのでどうしても行動が単調になってしまい、

 行動を見切られ続けている。

 二人ともどんどん後退している。このままでは外に出てしまう。


「大剣が使えない私になら勝てるとでも思ったの、雑魚共ォッ!」


 吠えながら、ギゥルレークがライチェの蹴りを掴む。

 右手の短剣はいつの間にか鞘に収まっている。

 そのままライチェを振り回し、

 周囲の壁にぶつけながらリレックに向けて放り投げた。


 狭すぎて避ける空間がない。

 抱きとめるように受け止めたが、激突の衝撃で吹っ飛ばされた。

 背中に感じる土の感触で、外に出てしまった事を悟った。


 ギゥルレークが民家から出てくる。こちらは起き上がれてすらいない。

 獅子の顔は怒りと、邪魔者を始末できるという残忍な喜びに歪んでいた。


 リレックの物語は、復讐も果たせずこんな形で終わるのか。

 そんな事すら考えてしまった時。


「おい! 魔王とか名乗ってるゴミみたいな盆暗魔族のしもべ!」


 突然の罵倒に、ギゥルレークはぴたりと動きを止めて声のする方を見る。

 リレックもそちらを見ると、

 ツィブレが家と荷車の陰に隠れながらはやし立てていた。


「これは僕の物にする事にしたから。ほらこれでもう僕の物だねー」


 ツィブレは短剣の鞘を見せつけるように舐める。

 それをじっと見ているギゥルレーク。

 隙だらけのようだが、後ろに下がる事も攻撃する事もできない。

 少しでもリレックたちが動けば、即座に大剣を叩きつけてくるだろう。

 そんな中でツィブレの罵倒は続いていく。


「魔王なんて結局、人間一人にぶっ殺された雑魚魔族でしょー?

 農民でもやれそうだもんねえ。

 さぞ惨めな命乞いしたんだろうな、色んなもの漏らしながらさ。あはははは!」

「何やってるんですかあいつ! 頭がおかしくなったんですか!?」


 故郷で散々やっていたように相手を馬鹿にするツィブレを見て、

 理解ができずに困惑するライチェ。

 しかし今の相手は権力や武力でひれ伏す村人ではなく三魔将。

 罵倒などすればどうなるかは分かりきっている。

 そんなもの知った事かとばかりに、次から次へと罵倒を重ねるツィブレ。


 人が嫌がる事をさせたなら、生まれながらに天賦の才を持つといわれた悪童だ。

 表情、声色、選ぶ言葉、言い方、どうすれば相手が苛立つかの見極め。

 その全てで人を苛立たせる事にかけて右に出る者はいない。


 現に罵倒は魔王を蔑みあざ笑うもので、

 ギゥルレーク本人の事をまったく言っていない。

 本人より崇拝の対象をあざける方が苛立つ。

 大事な物を邪険に扱われて、怒らない者は存在しない。

 それをきっちり理解しているからこそ。


「よくよく見たら悪趣味だし、こんなの要らないや。靴磨きにでも使ってやろ」


 へらへらと笑いながら短剣の鞘を地面に落として踏みつけるツィブレ。

 ギゥルレークはもうリレックたちの方を見てもいない。

 憎悪に溢れた顔は獣どころか異形の何かだ。


 ツィブレは両手をひらひらさせて陰険な笑みを浮かべる。

 そこで不死の短剣を持っていない事に気付いた。


 狭い所にいるから攻撃が届かないと高を括っているのか。

 そんな甘い相手ではないのに。

 槍を使うリレックには分かるのだ。

 斬撃が障害物に阻まれても、一点を貫く突きならば通る。


「うわ、汚い。はははは!」


 土で汚れた鞘を汚物の如くつまみ上げるツィブレ。

 その笑い声が限界点を突破した合図だった。


「ギィィィダァァァギャァァァァァッ!!」


 もはや意味を成しているのかすら分からない咆哮と共に

 ギゥルレークが突っ込む。

 恐ろしい速度で距離が詰まる。

 ずっと片手て持っていた大剣を両手で持つ、騎兵槍の突撃のような構え。


 その一瞬、ツィブレの顔が見えた。

 いつもの嫌味な顔ではなく、恐怖を押し殺し覚悟を決めた者の顔。


 身動きすらしなかったツィブレは、あっさりとその身を大剣に貫かれた。

 刃のほとんど全てが体を貫き通している。

 不死の短剣も持っていない。助かりようがない。

 そのはずなのに。


「……お前には勿体ない剣だから、僕によこせ」


 ツィブレは自身を貫く大剣の柄を両手で掴み、

 苦痛に顔を歪ませながら笑った。

 傷口からは淡い橙色の光が漏れており、

 不死の短剣が効果を発揮している事を示している。


「魔王様の短剣!? ど、どこに持っている!?」

「体に触ってればいいらしいからさ……僕の腹の中に埋め込んでやったよ!」

「でたらめをォォッ!!」


 大剣を引き抜こうとするギゥルレークだが、

 ツィブレに柄を握られているうえに刃が深々と突き刺さっており

 そう簡単には抜けない。

 さらに不死の短剣で再生する体が大剣を押さえ付けていて、

 ツィブレが手を離さなければ抜くのはまず不可能だろう。

 意図的に突きを誘ったのだ。この状況を作り出すために。


「リレック、案山子女、魔術師野郎ッ!

 こいつの動き止めてやったぞッ!」


 ツィブレの叫びに跳ね起き、ライチェと共に駆ける。

 シュペナートはメルカの元に急ぐ。

 ギゥルレークの大剣は完全に封じられている。

 そして大剣から手を離す様子もない。


「このォォッ!」

「魔王から貰った大事な剣、手放しちゃうんだ?

 僕が魔王をぶっ殺すのに使ってやってもいいよ」

「ふざけるなァァッ!!」


 一瞬、大剣から手を放そうとしたギゥルレークを挑発するツィブレ。

 崇拝とは時に妄執となる。ギゥルレークはもう大剣から手を離せない。

 何があろうと決して大剣から手を離さない姿を見て

 魔王が渡したものだと察したのだろう。

 見事に正解だったようだ。


「おおおおぉぉッ!」


 走ってきた勢いを乗せて槍を突き出す。守りの事を考える必要はない。

 渾身の突きは、ギゥルレークの左肩を削るように抉った。

 左手は大剣から離さず、右手に再度短剣を構えるギゥルレークだが、

 リレックに攻撃はできない。


 槍が届くぎりぎりから放った。

 限界まで足をのばして蹴ってきても届く位置ではない。

 相手は動きと姿勢が大幅に制限されている。最大の機会と言っていい。


「アアァァァァッ!」


 リレックとライチェの攻撃を躱しながら、

 ギゥルレークは短剣でツィブレの手や頭を幾度も突き刺す。

 不死とはいえ痛みは感じるだろうし、恐怖も生半可ではないだろう。

 しかしツィブレは柄から手を離さない。


「どうせ治るんだから僕に構うな! さっさとこいつを何とかしろよ!」


 いつものような頭ごなしの命令だが、怒りは一切感じなかった。

 苦痛と恐怖に耐え、魔将の動きを封じる姿がそこにあるから。


「復讐で殴る分には入れねえぞ!」


 ギゥルレークの光点だけに集中する。

 リレックの槍術では何回か躱されツィブレを傷つけるだろう。

 しかしあの悪童がそれをしろと言った。その覚悟には全霊をもって応える。


 一切の躊躇をせず槍を突き出す。

 槍はギゥルレークの左脇腹を斬り裂き、ツィブレの腹をも裂いた。

 そのまま二度、三度。渾身の突きを繰り出し続ける。


 圧倒的に有利な状況だというのに致命打が当たらない。

 何度突いても細かな傷で凌がれる。

 その間もツィブレは短剣で滅多刺しにされていて、気だけが焦る。


 気力の限界がきたのか、柄を握るツィブレの手から力が抜けていく。

 目を見開き、大剣を一気に引き抜こうと踏ん張るギゥルレーク。


 その軸足を、魔将の死角から襲い掛かった鋼鉄の棒が圧し折った。

 じっと機会を待っていたライチェの、会心の一打。

 右腕を地面に突き立てて軸に、全体重と加速を乗せた下段への蹴り。

 頭の分、一回り小柄になったライチェを視認できなかったのだ。


「リレックさんッ!」


 ライチェの叫びと同時に槍を突き出す。

 ギゥルレークは完全に体勢を崩していて回避などできない。

 槍は狙い違わず、腹の光点を刺し貫いた。


 ついに大剣から手を離し、仰向けに倒れるギゥルレーク。

 自分の敗北が理解できていないのか、

 感情が抜け落ちたような困惑の表情でリレックを見ている。

 槍を構え直し、ギゥルレークの心臓に狙いを定める。


「待てよ、リレック」


 ツィブレの声で槍を止める。

 自身を貫いていた大剣を体から抜き、重そうに両手で持っている。


「農民は引っ込んでろよ、魔将を仕留めるのは勇者に決まってるだろ」

「……分かった。任せるぜ、勇者様」


 傲慢不遜な言い方だったが、不快感はなかった。

 後ろに下がるとライチェが隣に歩いてくる。


「いいんですか? 自分一人でやったって言いそうですけど」

「勇者だから、それでいいんじゃねえかな」


 リレックの言葉に体を揺らすライチェ。頭があれば首を傾げていたのだろう。

 三魔将を討ったとなれば、英雄のような扱いを受ける事は必至。

 それは魔王との戦いに巻き込まれる事をも意味する。

 農民としての暮らしは望めない。


 だからリレックに止めを任せなかった。

 今のツィブレなら、半分くらいはそう考えているような気がした。


「とっとと、くたばれ」


 お互いに話す事もなく、ただ一言だけを告げて

 ツィブレはギゥルレークに大剣を突き立てた。

 ギゥルレークは一度だけびくりと体を震わせ、しばらくすると動かなくなった。

 魔将を彩っていた赤が元の色に戻っていき、光点も全て消える。死した証。

 三魔将ギゥルレークは、勇者ツィブレによって討たれた。


「メルカは!?」


 シュペナートが癒しているメルカの元へ、ツィブレが駆け出していく。

 リレックとライチェも後を追う。

 辛うじて起き上がれるまでに回復したのか、ウーズィも自力で歩いてきた。


 竜人はギゥルレークの死体を見て驚き、悲しそうに首を振っていたが

 その意味は分からなかった。


「魔術師野郎! メルカは治ったんだよな!? 生きてるんだよな!?」

「安心しろ、死んでねえよ。傷も見当たらねえ」


 シュペナートの肩を掴んで揺さぶるツィブレを止める。

 リレックには分かるのだが、体が赤くなってはいないし

 光点も消えておらず生きている。

 しかしシュペナートの表情は暗い。

 手にはあの宝石が握られており、彼が使える限界の癒しを使った事が分かる。


「傷は塞いだが……いや、それよりもちゃんとした場所で寝かせる必要がある。

 リレック、できるだけ姿勢を保ったまま運びたい」

「分かった、全員で村長の家まで運ぶ。ライチェは村長に報告してくれ。

 ウーズィ、あんたの剣を貸してくれるか?」


 ウーズィが頷くのを見て、すぐに行動を開始する。

 避難している村人の所へはライチェが走っていき、

 ウーズィの巨大剣に布をかけ、メルカを乗せる。

 四人で四方を持って運んでいく。

 先頭を歩くツィブレは何度も振り返り、メルカの名前を呼んでいた。


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