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最終話 勇者様をぶん殴る!-3

 *****



 リレックたちからそこそこの距離を取って止まる人物。

 雌獅子の頭の魔族。

 最低限の部分鎧だけを身にまとった軽装に、不釣り合いな大剣。

 左手に大剣を持ち、右脚には鞘に入ったままの短剣。

 短剣が右の珍しい持ち方。左利きなのだろうか。


「私の短剣を返してもらうわ」


 三魔将ギゥルレークは他の者に一切目もくれず、ツィブレだけに言った。

 その視線を遮るように立ち、

 巨大剣の切先をギゥルレークに向けて突き付けるウーズィ。


「ギゥルよ、貴公と一騎討ちを所望する」

「い、いやいや、馬鹿じゃないの!? せっかく六対一なんだぞ!?」


 ウーズィの突然の提案に驚くツィブレ。

 数で勝り、魔術の援護を受けながら戦う方が圧倒的に有利だ。

 思い切り馬鹿と罵倒されたウーズィは気にした様子もなく笑った。


「吾輩が勝てばそれで良し。負けたなら死力を尽くして戦うがいい、勇者よ。

 リレックよ、すまんな。このわがままは押し通させてもらう」

「あんたが殺されても手は出さねえぞ」

「ありがとう。しかと見届けてくれ、その青き目で」


 未だに喚き散らすツィブレを尻目に、ウーズィを一騎討ちへと送り出す。

 リレックの復讐と同じ、竜人の譲れない誇りなのだ。

 誰が何を言おうと止められるものではない。

 スィーニーグラースの効果を発動したままにしろと暗に言っているが、

 戦いの最中に何かがあるのだろう。


 ライチェと共に、シュペナートの所まで下がる。

 二人とも少し呆れたような顔で苦笑していた。


「魔王様の御前で戦った事は何度もあったが、死合うのは初めてだな」

「戦績は覚えているんでしょう?」

「吾輩の三勝二十七敗。もちろん不死の短剣抜きで」


 ウーズィの言った勝敗数に背筋が凍る。

 あの竜人騎士が、三十戦の中でたった三勝しかできていないなどと。

 そんな事はどうでもいいとばかりに、巨大剣を八相に構えるウーズィ。

 対するギゥルレークは激しい怒りと苛立ちで顔が歪んでいる。


「お前が必要だって魔王様が言うから、手柄をくれてやって

 さっさと帰参させようと思って誘ったんだけど」

「魔王様から、しつこいくらいに帰って来いと連絡があったよ。

 当然知っていただろう? 帰る気などないと分かってほしかったな」


 二人の話は、気さくに話せる同僚との会話のようにも思える。

 気の弱い者なら卒倒しかねない、凄まじい殺気さえなければ。


「人間の味方をするの? 魔王様を裏切るんだ」

「言い訳はしない。ただ誇り高く生きたいだけだ。

 この世界に来た時の、愚かで無様な自分に戻りたくないだけだ」

「お前の格好付けに付き合う暇はないんだよッ!」


 構えさえとっていない状態からいきなり、逆袈裟斬りに振るわれる大剣。

 得物で受け止めたウーズィの体勢が揺らぎ、巨大剣が跳ね上げられる。


 そこから更に遠心力も重量も無視したかのような追撃、

 まったく同じ軌道を通る袈裟斬り。

 黒鉄の鎧と竜鱗が薄布のように斬り裂かれ、鮮血が飛び散る。


 更に追撃。袈裟斬りの勢いを乗せた拳がウーズィの顔面に打ち込まれる。

 ウーズィは大きくよろめきながらも巨大剣を横薙ぎに振り、

 それ以上の追撃を凌いだ。


 一旦間合いを取り仕切りなおす二人。その場にいる誰もが言葉を発せなかった。

 尋常の剣術ではない。

 あんな風に大剣を片腕で振ろうものなら、三合と持たず腕が壊れる。

 それを振るい続けられるからこそ御伽噺の登場人物、三魔将と呼ばれる者。


「カアァッ!」


 雄叫びと共にウーズィが炎を吐く。地面を炙るように広がる炎。

 ギゥルレークは一瞬身を屈めたかと思うと、

 前に跳躍してウーズィに襲い掛かる。

 それを予測していたのか、巨大剣を構えて待ち受けるウーズィ。


 横薙ぎに振られる巨大剣と、真っ直ぐ振り下ろされる大剣の激突。

 金属が悲鳴を上げるような音が響く。

 威力はほぼ互角。どちらも弾かれる事なく剣を振り切る。


 剣と足を地につけた瞬間、まるで氷の上を滑るように体を一回転させて

 ウーズィの胴を薙ぎ、振り下ろされる巨大剣から逃れるギゥルレーク。


 剣技や格闘術はいくつか見てきたが、

 ここまで肉体を酷使する技は見た事がない。

 先程の打ち合いは、空中のギゥルレークが不利だったはず。

 それを身体能力だけで互角にまで持っていったのだ。


「あれじゃダメです……武器の相性が悪すぎますよ」


 ライチェの呟きに同意して頷く。

 ウーズィの巨大剣と戦い方は対多数、軍勢を薙ぎ払うための武器と技。

 大してギゥルレークは少数の強敵、特に一対一の戦いを想定している剣技だ。


 凄まじい瞬発力で動き回る相手に、巨大剣では小回りが利かない。

 素手で戦った方がいいかもしれないとさえ思う。


「お、おい! 一騎討ちとか馬鹿な事言ってないで、

 全員でかかった方がいいんじゃないのか!?」

「邪魔にしかならねえよ……黙って見てろ」


 リレックの一言でツィブレが黙る。素直に黙るなど初めてではないだろうか。

 素人目にも分かるからだろう、目の前で繰り広げられる戦いの凄まじさが。


 リレックやライチェが隣にいても邪魔にしかならない。

 ウーズィの広域を薙ぎ払う戦い方では、隣に誰かがいては戦えない。

 魔術による援護も難しい。

 ウーズィを巻き込んでいいなら使えるだろうが本末転倒だ。


 矢継ぎ早に斬撃を繰り出すギゥルレークに対して、

 ウーズィは巨大剣を大盾のようにして凌ぐ。

 攻めを完全に捨てた防御専念。

 それでは勝てないのはウーズィ自身がよく分かっているはず。


 致命傷こそ避けてはいるが、

 全身の赤い竜鱗が裂かれ傷だらけになっていく。

 青目の槍が見せる。ウーズィの体中が濃い赤に染まっていく。

 それでも目を逸らす事はしない。見届けてくれと言われたから。


「本当に苛々するのよ、あんたの面ァッ!」


 斬撃でウーズィの防御を崩し、吠えながら顎に蹴り。竜人の上体が傾ぐ。

 その状態で放たれる、苦し紛れにも見えたウーズィの逆手の拳。

 当たらないと思われたそれは、ギゥルレークの足をかすめた。


 姿勢を崩しつつも地面へ手のひらを叩きつけ、

 ウーズィの足を斬りつけつつ間合いを取るギゥルレーク。


 リレックはその時初めてギゥルレークの方を注視して、目を疑った。

 ギゥルレークの全身が、ウーズィ以上の濃い赤に染まっている。

 一切傷を負っていないはずなのに。


「それは残念だ、これでも容姿には自信があるのだが」


 血塗れの傷だらけでありながら、不敵な態度を崩さないウーズィ。

 防戦一方だったのはギゥルレークの消耗を待っていたからだ。

 肉体を限界まで酷使する捨て身の剣術、

 三魔将とはいえ体が耐えられないのだ。


 だから不死の短剣を求めるのか。

 常時再生し続ける不死身の体、捨て身の剣術との相性は最高だろう。

 絶対に奪い返される訳にはいかない。ここで倒さなければならない。


 リレックたちは恐らく全員、

 ウーズィがこのままギゥルレークを倒してくれる事を願っている。

 あんな相手と戦うなど、命が数百個あっても足りない。


「格好付けのためだけに魔王様を裏切ったの?」

「吾輩に付き合う暇を作ってくれるのか。

 そもそも吾輩は、魔王様を裏切ったつもりはない。結果的にそうなっているが」


 間合いを取ったまま話しかけるギゥルレークに、

 自嘲したような笑いを向けるウーズィ。

 ギゥルレークは平然としているが、回復のための時間稼ぎで間違いないだろう。

 ウーズィも自身の回復のため、それに乗った。


「吾輩は魔王様に刃を向ける気はないし、人間の味方をするつもりもない。

 それでも貴公と戦うのは、少々ずるいと思ったからだよ」

「ずるいですって?」

「命の保険に不死の短剣。

 死を直前で留める魔道具に、そもそも死ななくなる魔道具。

 その身一つ、その命一つで死地に臨む者たちと比べて卑怯に過ぎる。

 片方くれてやってもいいだろう。

 吾輩たちがこの地を踏んだ理由は、あまりにも下らないものだったのだから」


 三魔将であるウーズィは、当然ながら魔王と共にこの世界にやって来た者。

 なぜ魔族が異世界から突然この世界にやって来たのかは、

 どんな伝承にも語られていない。

 今、刃を交えている二人はその理由を知っている。

 当事者なのだから当たり前だ。


 そんな状況でないと分かっているが

 話の続きを待つリレックたちの思考を、ギゥルレークの表情がさえぎった。

 憤怒。見慣れぬ獅子の顔でも一目見れば理解できる、凄まじい憤怒。


「渡す訳ないでしょう。

 その短剣は魔王様が私の、私のためだけに作って下さった物!

 不死の魔力などその事実に比べたらどうでもいい。

 あんたには理解できるはずもないよねェェッ!」


 目を疑った。ギゥルレークの全身は濃い赤に染まっているはずなのに。

 消耗しているはずなのに。


 瞬きの間に間合いが詰まっていて、大剣は振り切られた後。

 そして上段への蹴りがウーズィの顎をとらえる。

 ウーズィの巨体がぐらりと傾ぎ、仰向けに倒れた。

 横一文字に斬られた腹から血が噴き出す。

 声を出す事もできず、ただ呻くウーズィ。


 剣士の極みの一つ、守るも避けるも能わずの神速剣。

 息もしているし腸が外に出ている事もない。致命傷は避けたように見える。


「あんたなら死にはしないでしょ? 魔王様が残念がるからね、あんたがいないと。

 勝手にいなくなった癖に、今でも魔王様の寵愛を受けて……この阿婆擦れッ!」


 ウーズィを何度も踏みつけるギゥルレーク。ある種の狂気すら感じる。

 消耗しきった体を動かす原動力が何なのか、今までの言動から想像はできる。

 崇拝に近い魔王への愛情。

 それが全身を消耗の真っ赤に染めて、なお神速たる剣士の根底か。


 踏みつけられるウーズィを助けようと声をかける事も、

 動き出す事もできていない。

 そうすればあの剣がこちらに牙を剥く。

 竜人騎士を斬り伏せたあの剣が。


 この場に立っている事のほぼ全てを後悔している。

 引き返す機会は山ほどあったというのに。

 だが友は言っていた。

 何を選んでも後悔するなら、自分が信じる道を行って後悔すると。


 槍を構え、一歩前に出る。

 隣のライチェもリレックに従い歩を進めてくれる。

 魔将の姿は真っ赤で違和感が凄い。

 どうやれば元に戻せるのか聞くのを忘れていた事に今更気が付いた。

 些細な事だ。勝ってから聞けばいい。


「大事な短剣を奪い返しに来たんじゃねえのか」


 リレックに声を掛けられ、ギゥルレークの動きがぴたりと止まる。


「まともに動けなくなってから向かって来てくれればありがたいけどな。

 ウーズィとの戦いで全身がたがたじゃねえか」

「……余程苦しんで死にたいみたいね。

 さっさと逃げれば、何も分からないままに殺してやったのに」

「そんな事されたら化けて出ちゃいますね」


 冗談を言いながら構えるライチェ。

 魔導人形の彼女にそんな事が起こりうるのかは知らない。

 彼女が魂と意志を持ち、いつもリレックの隣にいてくれる事は信じている。


「場所は頭に叩き込んであるな? しっかりやれよ、勇者様」

「くっそお、分かったよ! あと命令すんな!」


 シュペナートに悪態をつきながら短剣を抜き、

 魔術師の二人を守るような位置に立つツィブレ。

 メルカの事は守ると思うが、シュペナートを守ってくれるとは思えない。


 同じ考えだったのか、

 シュペナートはツィブレたちから離れて民家の陰に陣取る。

 ギゥルレークはどこか冷めた表情でリレックたちを見ていた。


「準備は終わった? じゃあ死ね」


 一瞬で間合いが詰まる。ウーズィへの初撃と同じ、大剣の逆袈裟斬り。

 槍の柄で受け流す。尋常でない威力が手の痺れから伝わる。

 しかし槍を弾き飛ばすほどの威力ではない。槍は手から離れていない。

 返しの袈裟斬りはなく、ギゥルレークは地面を滑るように間合いを取る。

 一瞬遅れて、ギゥルレークがいた空間をライチェの蹴りが通り過ぎた。


「……なるほどです」


 小さく呟き、リレックに向けて頷くライチェ。

 リレックの言葉と相手の動きで察知したらしい。


 ウーズィとの攻防と比較すると、見て分かるほどに技の切れが悪くなっている。

 万全の状態だったなら、ライチェの蹴りが届く前にリレックは両断されていた。


「鬱陶しいんだよォォッ!」


 腰に下げていた短剣を抜き放ち、二刃で襲い掛かってくるギゥルレーク。

 リレックが前に出て横薙ぎの大剣を受け流す。

 即座に右の短剣が突き出され、脇腹を皮一枚裂いた。


「"土の腕、空へ突き出よ"!」

「"彼の者の背に現れ出でて燃えよ炎、爆ぜて焼け"!」


 シュペナートの魔術、足元から突き出る岩の腕。

 ギゥルレークは後ろに飛んで躱す。


 その直後に背中で炎が爆ぜる。メルカの魔術だ。

 派手さの割に威力は小さいが、明確に姿勢が崩れた。


 すかさずライチェが渾身の上段蹴りを放つ。

 ギゥルレークは爆発の衝撃に耐えて踏ん張り、蹴りを躱しつつ間合いを取る。

 ライチェへ攻撃を仕掛けてくれれば

 リレックの槍がどこかを貫いていたが、そこは流石の読みか。


「大丈夫ですか!?」

「平気だ、肉まで届いてねえよ」


 心配そうに声をかけてくるライチェに答える。

 痛みはほぼないし、血もにじむ程度。

 青目の槍で見ても赤くなってすらいない。

 短剣は刺突に特化した物で、ギゥルレークが万全の状態なら

 心臓か腸に突き刺さっていたであろう鋭い一撃だった。


 ギゥルレークの苛立ちは頂点に達しそうで、

 歯ぎしりの音がここまで聞こえてくる。

 本来の全力ならとっくにリレックとライチェを斬り捨て、

 ツィブレを捕まえているのだから当然だろう。


 同じ三魔将との戦いで消耗しきった状態だから、

 リレックでも辛うじて相手になる。

 矢継ぎ早の猛攻だった先ほどとは違い、

 間合いを取って体を休めている事からも明らかだ。


「気は抜くなよ、さっきのは小手調べ程度だろうからな」

「でも、時間をかければかけるほどこっちが有利になるんじゃないですか?」


 相手は大声で話しても聞いているとは思えない形相をしているが、

 聞こえないようにライチェと小声で話す。

 消耗が戦闘中に治るはずがなく、

 戦闘を続ければリレックたちが有利なのは間違いない。

 しかし。


「それまでにオレが耐えられるか分からねえし、

 ウーズィを斬ったあの一撃がある。

 時間をかけて頭に血が昇ったなら、

 奴は消耗なんぞお構いなしでもう一度使うぞ」


 大剣を受け止められるのは武器を持ったリレックだけだ。

 魔導人形とはいえ格闘術を使うライチェでは難しい。

 リレックは槍術士としては良くて二流。

 あの恐ろしい剣技を何度も凌げるような実力はない。


 そしてウーズィを斬った神速の剣。

 あれを使われたら、この身が両断される事は容易に想像できる。

 消耗など一切考えない激情の一刃。

 使われる前に、まだ奴の頭に冷静さが残る間に仕留めたい。


「分かりました、もう一歩踏み込みます」

「無茶だけはするなよ。前衛がオレ一人になったら終わりだ」


 頷くライチェを横目に見ながら、ギゥルレークに集中する。

 作戦としては守勢に徹し、

 反撃で痛打を加えた所を一気に畳みかけるというもの。

 シュペナートとメルカは家の陰などの障害物の側から動かしたくはない。

 必然的に敵が攻めるのを待つ戦法になる。


「鬱陶しい……鬱陶しい……!」


 憎悪に満ちた低い声を漏らしながら、せわしなく視線を動かすギゥルレーク。

 自身の消耗と、リレックたちの陣形の隙を分析している。

 それだけの冷静さがまだある。


 やがてしびれを切らしたか、再度突っ込んでくるギゥルレーク。

 横薙ぎに振るわれる大剣。

 受けて凌ぎ、すぐさま後ろに下がって体勢を立て直す。

 しかし離れる事はなく、一気に間合いが詰まる。

 突き出された短剣が左腕を浅く抉るが、構わずに槍を振るう。


「"大地よ、窪め"!」


 槍の突きは躱されたが、

 シュペナートの魔術で現れた穴に足を滑らせ、体勢を崩すギゥルレーク。

 その隙を逃すはずもない。

 ライチェの腕、鋼鉄の棒がギゥルレークの頭を強かに叩く。


「"彼の者の背に現れ出でて燃えよ炎、爆ぜて焼け"!」


 たまらず後ろへ飛び退いた所へメルカの魔術。

 先ほどと違い、爆発に自ら飛び込んだ形になり大きくよろめく。


 このまま決めるべく踏み込み、光点に向かって渾身の突きを放つ。

 しかし命中の直前、槍が横方向に弾かれる。

 ギゥルレークが槍頭を拳で殴りつけ、無理矢理に逃れた。


 体を一回転させながら即座に薙ぎ払われる大剣。

 咄嗟に躱したが左胸をかすめる。

 大振りで振られた大剣に牽制され、ライチェも近づけない。


「"掴め土の腕、捕らえ放すな"ッ!」


 逃がすまいとギゥルレークの足を土から現れた腕が掴むが、

 即座に大剣で斬り払われる。

 自身の足さえ傷つける荒々しい大振り。

 このまま間合いを離されてはいけないと直感で悟る。

 大剣は振り切っていて使えず、短剣は槍の間合いで届かない。


「おおおおぉぉッ!」


 気合と共に槍を突き出す。光点を捉えたと確信した瞬間。

 腹に激しい衝撃。鈍器が突き刺さったかのような威力に体が曲がる。

 昼に食べた物が口から飛び出しそうになり、

 口と喉に焼けるような酸っぱさが広がる。


 ギゥルレークの蹴り。

 身をよじって槍を躱し、倒れそうな姿勢での強引な一撃。

 すぐに体勢を立て直したが、

 ギゥルレークも地面を転がり跳ねるように立ち上がる。


 完全に間合いを取られ、体勢も立て直された。

 これ以上の追撃は自殺行為になる。


「……くそッ!」

「何やってんだよ! 余裕で決められただろ!?」

「うるさい! 何が余裕なもんですか、口で言うだけなら簡単でしょうねッ!」


 口元を拭いながらツィブレの罵倒とライチェの怒鳴り声を聞く。

 リレックも腹は立ったが、

 奴の祖父なら決めていただろうと思ったので反論はできない。


 一連の攻防の中で決めなければいけなかった。

 リレックの推察が当たっていれば、

 ギゥルレークは感情の高ぶりが剣技の冴えに直結する剣士だ。

 冷静さを保ちつつ怒りと侮りで隙が多い、

 先ほどの攻防こそが最大の好機だった。


 圧倒的に格下と思っていた相手に傷つけられたのだ。

 もはや冷静さどころか理性にすら期待できない。

 次の一撃は、消耗の一切合切を無視した最大の威力で振るわれる。


「ガアアアァァァッ!」


 獣の咆哮。

 激怒を示すかのように地面に叩きつけられる大剣。

 次の瞬間、ギゥルレークが視界から消えた。


 とっさに槍を防御の体勢で構える。

 視界の端に辛うじて捉えた、姿勢を限界まで低くして突っ込んでくる姿。

 ウーズィを倒したあの一撃、神速の横一文字斬りに備える。

 槍を弾かれても二の刃は躱せるよう、飛び退くように後ろへ下がる。


 その直後、腹に巨大な鉄塊がぶつかってきたかのような衝撃。

 吸った息が全て無理矢理に吐き出される。

 直接当ててきた右肩だけではない、全身をぶつけるような体当たり。

 あまりの威力に体が地面から浮く。


 槍で受けるのはこれで四回目。

 三魔将が何度も同じ手に対応できないような相手であるものか。


「邪魔ァァァッ!」


 リレックを助けようとしたライチェに、身を一回転させての凄まじい斬撃。

 ライチェの左腕と頭が斬り飛ばされ宙を舞う。

 続いて背中に感じる衝撃。

 リレックが地面に倒れるまでの時間しか経っていなかった。


 ギゥルレークの顔が見える。

 もはやリレックとライチェの事を見てもいない。

 魔将の目に映るものはただ一つ、短剣とその持ち主だけ。


 遮る者がいない空間を一気に駆けるギゥルレーク。

 何とかして止めろと指示したつもりだったが、

 声にならない湿った音が血の味と共に出ただけ。


「"土よ壁となれ"ッ!」


 シュペナートの短い詠唱で、ギゥルレークの目の前にせり上がる壁。

 体当たりで壁を突っ切られる。障害物にすらなっていない。


 ツィブレは背を向けてメルカの元へと逃げ出している。

 身を盾にして守るのが役目だとあれほど言ったのに。


 大剣を振りかぶりながら一気に距離を詰めるギゥルレーク。

 首を落とされても死なないとウーズィは言っていたが、

 恐らく短剣を持っていなければ不死の効果は消える。

 逃げる事しか考えていないツィブレは、その命綱を地面に落としていた。


 必死に走るツィブレがメルカに手を伸ばす。

 ギゥルレークはすぐ側まで迫っている。


 とっさの判断だったのだろうか。

 メルカはその手を掴んで引き寄せ、

 ツィブレを抱きとめるように体勢を入れ替える。


 直後に襲い来る神速の横一文字が、

 彼女の背を深々と斬り裂き法衣を赤く染めた。


「こんのおぉッ!」


 ライチェが地面に転がっていた自分の頭をギゥルレーク目がけて蹴り飛ばす。

 追撃をしようとしていたギゥルレークはそれを裏拳ではたき落とす。


「"土の壁、激流の如くに押し流せ"ッ!」


 その隙を見逃さず、破られた土の壁が波となってギゥルレークにぶつかる。

 諸共に少し離れた民家の中へなだれ込み、派手な音を響かせた。


 痛む体を必死に起こし、ツィブレの元に駆け寄る。

 メルカは生きているのが奇跡といった状態だ。


「メルカ、メルカッ!?」

「上半身をゆっくりおろせ! そのままうつ伏せに寝かせろッ!」


 悲鳴のような声を掛けるツィブレに、メルカは答えない。

 シュペナートに怒鳴られ、素直に従うツィブレ。

 理由はリレックにも分かっていた。

 メルカの体があり得ない角度で曲がっていたのを見たから。


 シュペナートは癒しの魔術なら相当の凄腕だが、

 背骨を断ち斬られた者など癒せるのだろうか。

 青目の槍は、目に痛いほどの濃赤で彼女の負傷状態を伝えてくるというのに。


「"母なる大地よ、癒しの……"」


 シュペナートが魔術を使おうとした瞬間、凄まじい速度で飛んできた鍋。

 射線に割って入り体全体で受け止める。

 幸いにも前に出した槍に当たり、手が少し痺れるだけで済んだ。


 民家の中からゆっくりと出てこようとしているギゥルレーク。

 シュペナートは詠唱を中断する。


「何で癒さないんだよ!? メルカが死んじゃうだろ!?」

「あの化物相手に、癒しの魔術なんて悠長に使ってる余裕はねえんだよ……!」


 一言すら喋る余裕のないシュペナートに代わり、リレックが答える。

 ツィブレはメルカとギゥルレークを交互に見て涙を溢れさせた。


「こうなったらもう陣形なんぞ二の次だ、狭い場所で戦う! 大剣を振らせるな!」

「はい!」


 槍を構え直しライチェと共に突っ込む。

 頭と左腕のない彼女の姿は痛々しいが、リレック一人では勝ち目などない。


 民家の中であれば十全に長物は使えない。

 そんな程度の事に頼るしかない現状に目眩さえしてくる。


 走り出す瞬間、ツィブレの小さな呟きがやけにはっきりと聞こえた。


「あいつの動きを止めればいいんだよな?」


 その声は耳障りな悪童のものではなく、

 旅で出会ってきた誇りある者たちと同じもののように感じた。


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