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最終話 勇者様をぶん殴る!-2

 *****



 村から慌てて避難する人々とは逆に向かい、

 リレックたちは村の南端に辿り着く。

 ウーズィはいささか乱暴にツィブレを地面に落とした。

 どういう神経をしているのか、

 ツィブレは首根っこを掴まれた状態で寝ていたのだ。


 自分で歩くより楽でいいとでも思ったのだろうか。

 ウーズィが苛立つのもよく分かる。


「痛いだろ、もっと優しく降ろせよ!」

「誰の所為でこんな事になってるのか、

 少しでも考えてると思ったわたしが馬鹿でしたよッ!」


 ライチェが激怒の声と共に近くの樽を蹴りつける。

 哀れな樽は吹き飛ぶ事さえできず、

 上部分に抉ったような穴を開けられてしまった。


 あまりの威力にツィブレは小さな悲鳴を上げ、メルカの後ろに隠れてしまう。

 これからそれ以上の敵と戦うというのに。リレックは頭を抱えた。


「ウーズィ、村からは出ないのか?

 ここでは家などに被害が出るのを避けられないが」

「吾輩はそれでいいが、貴公らが戦うならここがいい。

 魔術師は特に、障害物で身を守りながら戦うのだ。

 ギゥルレークは大剣と短剣の二刃を使うが、

 大剣を自由に振るわせたなら間違いなく命を落とす」


 シュペナートに答えつつ、地面に座り込んで話を続けるウーズィ。


 魔将ギゥルレークは特殊な力や魔法を使わない純粋な剣士。

 人魔戦争の時には捨て身に等しい技で数多を斬り捨てた、

 決して死なぬ不死身の魔将。


「しかしギゥルレークの不死身にはからくりがあってな。

 勇者よ、こちらに来て短剣を抜くのだ」


 しぶしぶといった感じで、ウーズィの前で聖なる短剣を抜くツィブレ。

 短剣は淡い橙色の光を放っており、

 ツィブレが所有者だと認めているように見えた。


「絶対に短剣を離すなよ」


 ウーズィは短剣を握っている右手に自分の手を重ね、

 ツィブレが短剣を落とさないようにする。

 何をするのかと思う間もなく、

 ウーズィはツィブレの左腕へと全力で噛みついた。

 竜人の噛みつきなら人間の腕など一瞬で食い千切られる。


 腕を噛まれた痛みと驚きで悲鳴すら上げられないツィブレ。

 リレックたちも突然の暴挙に理解が追い付かない。


 その時、ツィブレの腕が淡い橙色の輝きに包まれる。

 ウーズィが牙を離した腕は、

 服がずたずたになっただけで掠り傷一つ見当たらなかった。


「な、な、な、何するんだこのトカゲぇぇ!」


 ツィブレは凄い速度でメルカの後ろへと隠れてしまう。

 メルカは優しく慰めているようだ。

 いきなりあんな事をされては当然の対応だろう。


「百聞は一見に如かず、その短剣がギゥルレークの不死身の理由だ。

 いかなる傷をも瞬時に再生する魔道具。

 首を落とされようが、心の臓を抉り取られようが、すぐに再生し絶対に死なぬ」

「ちょっと待ってくれ!

 何で聖なる短剣が、三魔将の不死身と関係してんだよ!?」


 うっすらと理解してはいたが、聞かずにはいられなかった。

 何を今更といわんばかりに苦笑するウーズィ。


「その短剣の真の名は、吾輩たちの言葉で"ルークノーシ"。

 元々は魔王様がギゥルレークのために作った魔道具。

 本来はギゥルレークにしか使えないはずの物だったのだ。

 先代の勇者が短剣を盗み取り、

 なぜか使えてしまった不死の力を頼りに魔王様を暗殺した」


 思わず頭を抱える。ウーズィの言う事を頭ごなしに否定したくなってしまう。

 だが、頭の冷静な部分がこれは事実だとやかましいほどに告げている。

 考えてみれば当たり前の事だ。

 禁術が試行錯誤の段階である人魔戦争時代、

 魔道具は魔族でなければ作れないのだから。


 王城でウーズィが言った、"誇りさえあれば誰でも勇者になれる"という言葉。

 自身が誇り高く生きようとしているからだけではなかった。

 先代勇者の事を知っていたからでもあったのだ。


 魔将から不死の短剣を盗み取り、魔王を闇討ちした人間。

 勇者や聖なる短剣というのは、作られたでっち上げの物語だった。


「じゃあ、あいつの持っている短剣って、

 勇者の証でもなんでもないじゃないですか!?」

「その通り、勇者の証なぞありはせん。

 短剣を盗んだ者は、短剣を使えたから勇者なのではない。

 魔王城に単身で忍び込み、魔王様を討ったから勇者になった」


 いくら死なぬ身とはいえ短剣が奪われればそれで終わり。

 それでも魔王を討つために命を懸け、成し遂げた。

 どんな理由があってそんな事をしたのかは知る由もないが、

 やった事は紛れもなく勇者の行いだ。


 だからウーズィは言うのだ。

 "誰であっても魔王は討てる、勇者であろうとするのなら"と。

 短剣を盗み出しただけの誰かが勇者になったように。


「そんなのでたらめだ! これは聖なる短剣で、僕が勇者なんだ!

 村の連中もそうだけど、そいつの言う事を全部信じてもいいのかよ!?

 僕らを騙してるかも知れないんだぞ!?」

「魔法を使えないギゥルレークが短剣の魔力を辿れるのはなぜだと思う?

 ギゥルレークは短剣と対になる魔道具を持っていて、常に場所が分かるからだ。

 そもそもの話、強力な魔道具は吾輩たち魔族にしか作れんのだぞ。

 聖なるも何もあるまいよ」


 勇者である事を否定されたツィブレが声を荒げるも、

 ウーズィは平然と受け流す。

 少女の背に隠れて喚き散らすだけの悪童など、

 何があっても勇者ではあり得ないだろうが。


 リレックたちは洗礼の地を見てきたからこそ言える。

 あれはただの観光地でしかない。

 大聖剣も恐らくそう。短剣以外は何の意味もないものでしかなかった。


 短剣の話は驚きだったが、

 それよりも聞いておかなければならない事がある。

 リレックは南の方角を見ながら、ウーズィに聞く。


「ウーズィ、その魔将はあとどの位でここに来るんだ?」

「そこまで時間はない。

 今一番高い位置にある太陽が沈むまでの時間、その半分ほどだろう。

 吾輩たち三魔将は、お互いの位置が分かる魔道具を持っている」


 そう言ってウーズィは奇妙な紋章が刻まれた石を見せる。

 石は、ウーズィの右大腿部に埋め込まれていた。

 三魔将に与えられた、常にお互いの位置を把握できる魔道具。

 魔王の首輪、とウーズィは称する。

 三魔将が自分の所有物だと示すためだけの、情けない代物だと。

 決して捨てる事ができない石を見ながら。


「戻って来いという連絡など、いつもなら聞き流して終わるのだがな。

 ギゥルレークが来るとあってはそうもいかん。

 気に入らなければ非戦闘員だろうが友軍だろうが、

 お構いなしに殺す奴だからな」


 恐ろしい暴虐の魔将について話しているはずだが、

 ウーズィの口調は手のかかる弟か妹の事を語っているようだった。

 そのギゥルレークという魔将の人となりは、

 今のリレックたちにはどうでもいい事だ。


 そいつがツィブレを狙ってきていて、

 倒さなければ復讐の機会は永遠に失われるというだけ。


「ライチェ、シュペ。オレたちは周囲を見ておく。地形を覚えておくぞ。

 一人で逃げたら三魔将と一騎討ちする羽目になるんだからな、

 逃げるんじゃねえぞツィブレ」

「だ、誰が逃げるかよ!」


 ツィブレの目は激しく泳いでいる。半分くらいは考えていたようだ。

 メルカはツィブレの事をどう思っているのか分からない。

 後で聞いてみようと思った。


 準備や場所の下見を時間ぎりぎりにはしたくない。

 ウーズィに見張りを頼み、すぐに周囲の探索を開始する。

 端的に言えば普通の田舎村。

 リレックたちが今いる辺りは家が少し密集している。


 相手の得物は大剣と短剣の二刃。

 大剣を振り回しにくくなる狭い場所をよく覚えておく。

 リレックの武器も長物の槍だが立て直す時などに使えるだろうし、

 魔術師が立つ位置としては攻撃を受けにくい場所がいい。


 村長との戦いで投擲短剣を避けられなかった

 シュペナートの姿が思い出される。

 ましてや相手は三魔将。地の利は最大限に生かしたい。

 短い時間だが、地形を頭に叩き込んでおく。


 ツィブレやメルカにもやってほしかったが、ツィブレは一人にしたら逃げる。

 何とかなるだろう、きっと平気だろう、許してくれるだろう。

 そうやって十四年生きてきたのだから。

 空を見上げると、日がかなり下がっている。そろそろ戻った方がよさそうだ。


「リレックさん、お帰りなさい」


 ウーズィたちの所へ戻るとライチェが出迎えてくれた。

 シュペナートもいるのでリレックが最後のようだ。


 ツィブレは暇を持て余しているか、恐怖で震えているかと思っていたが、

 メルカの膝枕の上で気持ち悪い猫撫で声を出していた。

 そんな彼女はツィブレの頭を優しく撫でている。

 まるで恋人同士のように見えなくもない。


 なし崩しでこんな戦いに連れてきてしまったが、彼女はそもそも何者なのか。

 一つ心当たりがあった。


「メルカさん、だったよな。あんたが勇者の供をしてる人か?」

「はい。陛下と父の命により、勇者ツィブレ様の供に任命されました」


 優しく微笑むメルカ。ツィブレは寝ころんだまま、彼女の腰にしがみ付く。

 メルカは自分のものだとでも言いたいのだろうか。

 思わず頭を踏みつけたくなったが、必死に衝動を抑え込んだ。


「王都から数十日、これのお守りとは同情するよ。

 貴女のような優秀な魔術師が……」

「これなんて言ってはいけません。ツィブレ様は必ず勇者として立つお方。

 それを支えるのが私の使命です」


 同情するシュペナートにきっぱりと返すメルカ。

 ごまかしや取り繕いではない、はっきりとした意志を感じる物言い。


「王都で滅茶苦茶して、姫様にまで酷い事したこいつが?

 ウーズィさんの話を聞いたでしょう、こいつ勇者じゃないんです。

 庇わなくてもいいんですよ」

「ツィブレ様は私を必要としてくれて、認めてくれた方です。

 きちんと話をすれば分かってもらえます。

 この村では酷い事なんてしていないでしょう?」


 メルカの物言いにライチェが後ずさるほど引いている。

 ツィブレの何をそこまで信頼できるのか分からない。

 確かに王都での所業と違い、プルエバ村では直接的な暴挙はしていない。

 メルカが諫めていたのだろうか。


「私に父のような才はありませんでした。

 それなのに、そんな私がいいんだと言ってくれた

 ツィブレ様の供ができて幸せですよ」

「メルカの父親はあの宮廷魔術師なんだってさ。

 僕はメルカがいいんだから、そんなのどうでもいいのに」


 故郷の村で、宮廷魔術師がツィブレを冷たい目で見た理由が分かった。

 娘を人身御供にしたからだったのだ。

 娘と悪童がこんな関係になるなど思ってもいなかっただろうが。


 メルカは三つの魔術を使う才をもっているらしいが、

 彼女の父である宮廷魔術師は四つの魔術全てを操る稀代の才の持ち主。

 生まれながらに定められた目標があまりに高すぎたがゆえの劣等感、

 そして周囲の目。ほとんど自己否定に近いものだったろう。


 ツィブレに必要とされる事でその劣等感を埋めたのだ。

 クズの勇者を献身的に支え導く者という唯一無二の役割で。

 そしてツィブレの方もメルカに母性のようなものでも感じているのか、

 べったり甘えている。


 お互いに快適な事この上ないだろう。

 誰もが逆らえぬ権力を振るう愚者を導く、優越感と承認欲求を満たす今は。

 決して自分を否定せず、常に優しく導いてくれる人と共にいる今は。

 割れ鍋に綴じ蓋。そんな言葉がリレックの頭に浮かんだ。


「三魔将が相手だが、戦えるのか? 無理そうなら隠れていても構わねえけど」

「ツィブレ様が戦うのに私だけ隠れていられません。

 それに一手でも多く手数が欲しいのではないですか?」


 なぜその意志をツィブレなどに向けてしまったのか。

 メルカのはっきりとした言葉に、リレックは内心で深くため息をついた。

 それはともかくメルカは間違いなく優秀な魔術師だろう。

 彼女の言う通り遊ばせておく余裕などない。


「戦闘の時はオレの指示に従ってもらって構わないか? ツィブレ、お前もだ」

「僕にお前が従えよ、リレック!」

「ツィブレ様、戦闘指示は面倒で大変なんですよ。

 彼に任せて私たちは楽をしましょう」

「それもそうか。おいリレック、ちゃんとやれよ」


 膝枕の上で寝転がるツィブレの頭を

 蹴っ飛ばしてやりたくなったが我慢して頷いた。

 プルエバ村では今のようにメルカが上手く操縦し、

 ツィブレの好き放題を最低限に抑えていたのだろう。


 苛立つ心を必死で抑えながら、地形と作戦を説明する。

 前衛がリレックとライチェ、後衛にシュペナートとメルカ。

 真ん中辺りにツィブレ。

 ウーズィは考えがあるという事なので、陣形からは外した。


 ツィブレに戦闘などできるはずがないので、

 標的として魔術師を守らせる事にした。

 メルカは自分が守るとツィブレが息巻くが、

 本当にそんな事ができるのかは疑わしい。


 説明を終え、背の槍を取り布を外す。

 青い目の意匠を施された黒い刃が日に照らされ鈍く光る。


「青目の槍だなんて、随分と不吉な物をお持ちですね」

「不吉なもんかよ、これはただの折れない槍だ」


 露骨に嫌そうな顔をするメルカ。

 王城の宮廷魔術師を父に持つ彼女なら知っていて当然か。

 戦場での青い目は不吉の証。

 そんな物を味方が持っていて気分が良くなる者はそういない。


 誰に何と言われようが知った事ではない。

 リレックにとっては青い目の令嬢から貰った折れない槍、ただそれだけだ。


「スィーニーグラースではないか、残っておったのだなあ」


 青目の槍を見たウーズィは、そう言って懐かしそうに目を細めた。


「ウーズィさん、この槍の事知ってるんですか!?」

「吾輩たちの言葉で"青き目"を意味する"スィーニーグラース"、

 それがその槍の名前だ。

 実はな、ただの折れぬ槍ではないのだぞ。

 リレックよ、槍を構えて名を唱えてみよ。青き目という意味をもってな」


 驚くライチェをつつきながら教えてくれるウーズィ。

 言われた通りに槍を構えてみる。

 意味をもって唱える、恐らく力ある言葉と同じ事。


「"スィーニーグラース"!」


 名を唱えると同時に、目の前の色彩が薄くなったように感じる。

 心配して近寄ってきたライチェを見ると、光る点がいくつか見える。

 ウーズィやシュペナートは足の一部がわずかに赤い。光点も見える。


「吾輩たちの一部分が赤く見え、光る点が見えるはずだ。

 赤くなっている所は負傷や消耗している箇所。

 赤が濃ければ濃いほど負傷も大きい。

 光る点は弱点。それを可視化する魔道具だ」


 そう言われてみれば、シュペナートに出ている光点は人体の急所ばかりだ。

 ライチェとウーズィは驚くほど光点が少ない。


 ライチェの胴にある光点に石突で軽く触れる。

 ライチェはびっくりした様子でじっとリレックを見て言った。


「そこ、わたしの核となる結晶がある場所です」


 リレック自身も驚いていると、

 ウーズィは巨大剣を抜いて刃の腹をリレックに向けた。

 鏡のように映るリレックの目は、青くなっていた。


「吾輩直属の精鋭二十騎が使っていた槍でな。

 魔道具として使うと瞳の色が一時的に青に変わるのだ。

 頼り過ぎは禁物だが、ギゥルレークとの戦いには必ず役に立つ」


 ウーズィの説明を聞いて、

 戦場での青い目が不吉と呼ばれた理由が何となく推測できた。

 竜人騎士が率いる青目の精鋭。

 敵として現れたならこれほど恐ろしいものはない。


 かの令嬢はもう豪農の所へ嫁いだろうか。

 その目が不吉な物でないという事を伝えてやりたい。

 そのためにもまずは勝つ事だ。

 魔将に勝って勇者を殴り、復讐の物語を終えてからだ。


「……休憩は終わりのようだぞ」


 ウーズィが立ち上がり南の方を見る。

 目を凝らして見てみると、何者かが歩いてきていた。


 旅人かもしれないと一瞬考えたが、すぐに違うと分かる。

 大剣を抜刀した状態で歩いてくる旅人などいないだろう。

 その人物は左腕一本で軽々と大剣を持ちながら、

 真っ直ぐにこちらへと向かってくる。


 目で合図をする。流石に寝転んでいる場合ではないと判断したのか、

 ツィブレもすぐに立ち上がった。

 もう撤退の道はない。三魔将と戦うだけだ。


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