表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/39

第一話 絶対にぶん殴る-3

 *****



 目覚めた時は既に夜で、

 心配そうに覗き込むライチェの顔を見てリレックは吹き出した。

 片方の眉がないライチェは、少し不機嫌になりながらも無事を喜んでいた。


 隣には、肩に包帯が巻かれたシュペナートが寝ている。

 土の魔術には、癒しの魔術もある。

 リレックの体に痛みがあまりないのは、そういう事だろう。


 自分より他人を優先する。シュペナートが癒しの魔術を

 もっとも得意とする理由の一つなのかもしれない。


「リレックさんが気を失った後、何があったかなんですが……」


 ライチェが話し始める。リレックが気を失った後の事を。


 重傷者をシュペナートが簡単にだが癒し、死者は出なかった。

 目を覚ました村長が、どんな理不尽で無様な言い訳をするかと

 村人全員が想像し期待していたのだが、

 ただ一言、あいつらの勝ちだ、とだけ言って家に帰っていったという。


「勝ったんですよ……わたしたち」

「全部終わったみたいに言ってるが、これからが旅の始まりだ」


 全部終わったようにしみじみとするライチェの頭を撫でる。

 勇者をぶん殴るため、村を出るために村長と戦っただけで、

 まだ何も始まってすらいない。


「傷が癒えたら、わたしの足を直してくださいね。一緒に行きますよ」


 何となく、ライチェはそう言ってくれると思っていた。

 リレックの畑は今の作物を収穫し終えたら使われなくなるだろう。

 案山子の彼女が村に留まる理由がない。


「シュペさんは……一緒に来てくれません、かね?」


 期待と、多分無理だろうという諦めを乗せて口籠るライチェ。

 横で眠るシュペナートを二人で見つめる。

 リレックのわがままで、危うく死にかけるような傷を負った。

 そんな事に巻き込んだ愚か者と、それでも共に行きたい酔狂者がいるだろうか。


「オレの所為でこんな目にあったんだ。別れは寂しいが……」

「人の意見を勝手に決めないでくれ」


 突然、話を遮られて驚く。いつの間にか、シュペナートは目を開けていた。


「俺も一緒に行くぞ。お前たちと一緒の方が面白そうだしな。

 せっかく旅をするんだ、色んな魔導書を探しながら行こう」


 本当はそっちこそが目的ではないかと疑うほどにいい笑顔。


「目的を忘れてないだろうな、シュペ?」

「クソガキを殴って人生を終えるわけじゃあるまい。

 先の人生をより良くしながら旅してもいいだろう?

 目的は一個じゃないといけないなんて誰が決めた」


 そういえばそうだ、と魔術師の口車につられ納得していた。

 優先順位をつければいいだけで、目的が複数あってもいい。

 ついでに自分たちがやりたい事をやりながら、勇者を殴りつけに行く。

 そういうのが自分たちらしいなと、リレックは笑った。


「あの化物ジジイの気が変わらないうちに村を出たいな。

 明日から忙しくなりそうだ、今日はゆっくり休もうぜ」

「わたし、あんなのともう一回戦うなんて絶対いやですよ」


 ライチェに倒された弟子の二人も

 そう思っているのではないかと考えたが、言わずに目を閉じる。

 疲労が抜けきっていないのか、すぐに眠りにつく。

 三人で共に旅立てる事への喜びを感じながら。



 ***



 村長との戦いから七日後。

 癒しの魔術も駆使して、怪我が気にならないほどに治療できたのが三日前。

 ライチェの足と眉を作り、農地の引継ぎを村人に頼み、旅の準備をした。


 雑貨屋では、ぼろぼろの外套や腐りかけの保存食などを

 売りつけられそうになったが、それを阻止したのは村長だった。

 それどころか、村長は掟の撤廃を宣言したのだ。


「掟には"誰が"村から出てもよい、かは書かれておらん。

 だから誰でも出て行っていい」


 息子は自分たちの権力を捨てるような行為に泡を吹いて倒れ、

 村人は歓喜に沸いた。


 そんな村長の姿に皆が噂した。

 頭を殴られておかしくなったのだろうか、精神を操作された、

 実はあの時死んでいて魔術で動かされている、など。

 シュペナートは村人に詰め寄られ、

 魔術にそんなものはないと何度も怒りながら説明する羽目になった。


 リレックは何となく感じていた。あれは元に戻ったのだ。

 畑の件で問い詰め、殴りつけてやろうかとも考えたが止めた。

 既に一撃はくらわせた。これ以上殴るのは報復ではなく私怨になりかねない。

 正気に戻った今、やって来た事の全てが老人を苛み苦しめ続ける。

 それが罰でいいだろう。



 ***



 早朝、村の入り口で、三人と降参の宣言をした男が村を見つめている。

 どれだけ忌々しくてもリレックたちにとっての故郷。

 男にとってはあまりにも長く無為だった修行の場。


 旅装束に身を包んだ男がリレックに向き直る。


「君たちは、ツィブレを追うんだね」

「ああ。あいつの顔面に拳を叩き込んでやる。

 母さんの畑を滅茶苦茶にした罰は必ず受けさせる」


 それを聞くと、男はゆっくりとリレックの前に立った。


「私もそれに加担した。だから、私にも罰を与えてほしい」


 リレックはライチェ、シュペナートと顔を見合わせ、頷いた。

 軽い平手打ちが男の頬を張る。


「二度と自分のやりたい事を妥協するな。それがあんたへの罰だ」

「……すみませんでした!」


 深々と頭を下げる謝罪。実直な男は、何があろうとそれを守り続ける気がした。


 罰とは言ったがリレック自身のための宣言でもあった。

 村長と戦った時のように、二度と諦めて妥協したりしない。

 槍の切先は地に下げない。

 地につけるのは成し遂げて旅を終えた時、畑を耕す鍬だけだ。


「俺達は東の王都に向かうんだが、そちらは北に行くのか」

「ああ。武芸者が多く集まるという国があるらしいから、そこへ」


 そうだ、と何かを思い出し、男が取り出したのは

 あの時吹っ飛んで行ったライチェの片眉。

 偶然拾って、返そうと今まで持っていたらしい。


「もう、新しいの作ってもらっちゃったんです」


 ぴょこぴょこと両眉を動かすライチェを見ながら、リレックは笑う。

 今更返されても困る物だ。


「あんたにやるよ、記念に」

「わたしの眉が記念品にされる……」

「あの戦いを思い出すには最適かもしれないな、有難く貰っておくよ」


 どこか釈然としないライチェを気にせず、男は片眉を懐にしまった。

 それが何だかおかしくて、四人で笑う。


「君たちの目的が果たされる事を祈っている。村長のように戒めてやってくれ」

「あんたも、元気でな。二度と農民より武芸者じゃない奴にならないでくれよ」


 しっかりと握手を交わすリレックと男。

 そして、三人と一人は別々の方向へと歩き出した。それぞれの目的へ向かって。




「あの夜に話した事、覚えてるか? 目的が複数あってもいいっていう」


 リレックの唐突な言葉に、ライチェが頷く。

 シュペナートは言葉の先を待っている。


「オレ、最高の畑を作りたいんだ。今はまだ、どんなのか分からねえけど。

 最高の畑を作って、そこで農民として作物を作って生きていきたい」


 村長との戦いで改めて分かった。自分には戦いなど性に合っていない。

 作物が育つのを見ている方がずっと好きだ。

 畑を耕し、友と笑い合い、家族と慎ましやかに暮らす生活こそ望むものだ。

 その畑が、作物が最高のものであるなら、これ以上の幸福などあるものか。


「いいですね! 最高の畑、凄くいいじゃないですか!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、満面の笑顔を見せるライチェ。

 案山子の彼女にとっても栄誉なのだろう。最高の畑を守る番人である事は。


「なら、色々と見て回って見聞を深めよう。

 どうせ旅をするんだ、色んな畑を見て世界最高を目指そうじゃないか」


 シュペナートも笑顔で応援してくれる。

 きっとあの夜に話をしたのは、リレックが目的を見出すのを願っていたのだろう。

 報復でない、リレックの生きる目的を。


「だが、まずは……」


 三人で東に拳を突き出す。王都にいるであろうクソガキに向かって。


「「「勇者様をぶん殴る!」」」


 言葉が重なる。リレックは改めて思う。

 この二人がいてくれれば、どんな所でも笑っていられると。




 *****




『木板の騎士』


 北方の王国に伝わる、ある剣士の物語。


 偶然王国に立ち寄った剣士は、何者かに追われる少女を救う。

 彼女は王国の第五王位継承者であり、

 王の権力を狙う宰相の手下に追われていたという。

 母が隣国の姫だったゆえに他の継承者からは命を狙われ、

 後ろ盾がないゆえに宰相からは傀儡として身柄を狙われる王女。


 王国の全てが敵となった王女を、剣士はひたすらに守り続けた。

 剣士は全身に傷を負い、盾すら砕け、木板を盾として戦い続けた。


 隣国へ逃げのびる最中、王女は涙ながらに剣士に言う。

 なぜそこまでしてくれるのか、見ず知らずの私のために。

 剣士は答える。それが自分のやりたい事だからだ。

 もう二度と、自分のやりたい事を妥協しないと誓ったからだと。


 隣国との国境線を間近にして追い詰められた二人。

 剣士は王女に奇妙な木片をお守りだと言って渡し、

 単身で敵を足止めし王女を逃がした。



 そして、この物語は時勢によってうつろう。

 悲劇が好まれれば剣士は敵を道連れに力尽き、

 英雄譚が好まれれば剣士は生き延びて、王女を娶り新王となる。


 本当はどちらだったのか分からない。本当にあった話なのかも。

 だが、北方の民は言う。彼が物語中では剣士としか呼ばれないのに題名は騎士、

 それこそが本当の物語を示していると。

 彼らが愛し語り継ぐ、騎士の物語の結末はこうだ。



 剣士は生き延びて、継承権を放棄して市井の人となった妻だけの騎士となった。

 めでたし、めでたし。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ