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第七話 貴種の責務-4

 *****



 町を楽しむと言っていたリーネアだが、

 やはり店や食べ物などには目もくれない。

 代わりに見ているのは窓だ。ベンターナを象徴する、色とりどりの硝子窓。

 時折立ち止まっては硝子窓を眺めて目を細める。


 何となくではあるが、窓そのものを見ている訳ではないような気がした。

 窓を通して何かを見ているような。


「ライチェに使用人の服を着せたのは、襲撃者に目印を与えるためだな?」

「私の青い目だけじゃ見つかりにくいから。

 使用人服の案山子ちゃんは一目でわかるしね」


 ライチェが着ている服の袖をつまんで聞いたシュペナートに、

 淡々と答えるリーネア。


 町をうろついていたのも計算づくの行動だった。

 思い返せば同じ区域をぐるぐる回っていた気がする。

 あの場所に誘い込む気だったのだろう。

 撒き餌として着せられていた事にがっかりして気落ちするライチェ。


「ごめんね、案山子ちゃん。どうしても今日中に連中の拠点が知りたかったの。

 貴女の大手柄よ、ありがとう」

「そ、そうですか? えへへ……」


 あっさりと機嫌を直すライチェ。

 彼女の単純さより、リーネアの言い方が上手いと感じる。


 事実と理由を簡潔に述べ、非を認め謝り、褒めて礼を言う。

 これができない者がどれだけいる事か。


「今晩に私の目的と、行動の理由を話すわ。空き部屋があるから泊っていって。

 夜に秘密の話をするのって、

 物語の登場人物になったみたいでわくわくしない?」


 子供のように目を輝かせるリーネアだが、

 リレックの頭に浮かんだのはまるで別の事だった。


「下らない話をしながらの酒盛りなら、シュペと時々やってたぜ」

「すぐに話す事がなくなってお開きになるけどな。

 男同士で会話なんて続かないし、田舎村には話題もない」


 田舎村の庶民らしいと苦笑されるかと思ったが、

 リーネアは寂しそうに微笑んでいる。


「わたしは割と楽しみですよ、夜にお話する事はあまりないですから」

「男二人で案山子ちゃんに聞かせられない話でもしてるの? いやあね」

「してねえよ! ライチェは基本的に畑にいるからだ!」


 くすくすと笑うリーネアに反論する。

 声を荒げたら図星をつかれたように見えてしまうと

 気付いたのは言ってからだった。


 案の定、何を話しているのかを根掘り葉掘り聞いてくる。

 この令嬢に口で勝てる気はしない。

 何とか話題を変えようと辺りを見渡すと、見た事のある場所だと気が付いた。


「ちょっと寄っていきたい所があるんだが、いいか?」

「いいわよ。面白い所かしら?」

「多分休業中の雑貨屋だから面白くはねえと思うが」


 雑貨屋という単語でライチェとシュペナートも気が付いたらしく、

 何とも言えない顔で小さく頷いている。

 リーネアだけは意味が分からず、きょとんとしていた。




 雑貨屋に着くと、店は開いていた。

 前掛けをつけた熊耳の少女が店番をしている。

 リレックたちが店に近づくと、彼女の方から声をかけてきた。


「リレックさん、いらっしゃい!」

「もう店開けてるのか、コロコニ」

「うん、休んでいてもどうしようもないし……。

 店番くらいなら、あたしもできるから」


 自分なりに今できる事をやろうとしているコロコニ。

 表情からしてまだ完全に立ち直ってはいないのだろうが、

 悲しみに沈んでいるよりはいいと思う。


「そちらの人も旅人さん?」

「私はこの町の住人よ。リーネアっていうの。よろしくね、小熊ちゃん」

「……は、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 つっかえながら頭を下げるコロコニ。

 妙な呼び方に面食らったらしい。


「リレックたちは小熊ちゃんとどういう知り合いなの?」

「ちょっとこっちに来てくれ」


 シュペナートがリーネアを引っ張り、少し離れた所で説明をする。

 どうやって出会ったか。

 数日前に両親を失った少女に何度も聞かせたい話ではない。


 二人が離れたのを確認してから、

 コロコニは心配そうな顔をして小声で話しかけてくる。


「あの人、嗅いだ事のない匂いがするの。

 嫌な臭いじゃないから、多分だけど身分の高い人だよ。大丈夫?」

「ああ、心配しなくていいぜ」

「やっぱりそうなんだ。知ってるならいいの、余計なお節介になっちゃったね」


 どう返事をしていいのか分からず、コロコニの頭を撫でる。

 目を細めて嬉しそうにする少女を見ながら、リレックは肝を冷やしていた。

 心配して助言してくれたのは確かなのだが、

 たった一言の返事で言質を取られた事に顔が引きつる。


 コロコニの言った事をそのまま肯定してしまったら、

 リーネアが身分の高い人物だと暗に言っているようなものだ。

 わざと言ってくれた"やっぱりそうなんだ"がなければ

 それにすら気付かなかった。


 リレックが十歳かそこらの少女に手玉に取られていると、

 離れていた二人が戻ってくる。


「ねえ、夜に見たら腰を抜かすようなお面とかあるかしら?」


 開口一番、リーネアは突拍子もない事を言う。

 赤の他人が同情しても傷を抉るだけで意味はない。

 だから単なるお客として接しようとしたのだろう。


 リーネアは悪戯っ子のような笑みを浮かべていて、

 店になさそうな物を言ってコロコニをちょっと困らせようとしたのか。


 それを気にすることなく、コロコニは店の奥から一枚の仮面を持ってきた。

 そのまま下を向いて仮面をつけ、こちらをびっくりさせようとしている。

 一応心構えだけはしておく。

 大の男が仮面を見たくらいで悲鳴など上げるわけにもいくまい。


「ばあ」

「ぎゃあああぁぁッ!?」


 コロコニが顔を上げたと同時に、耳をつんざく二つの悲鳴。

 シュペナートとリーネアが怯えて後ずさる。

 リレックとて少女の前で無様を晒せないと声を必死に止め、

 足を動かさないよう耐えただけだ。

 顔の造形に感情を抱く事のないライチェだけが平然としていて、

 今だけはそれを羨ましいと思った。


 怖い。ただ怖いのではなく生理的な嫌悪感すら感じさせる造形。

 各部位単体で見ればそうでもないのだが、

 全体としてみると驚くほど気持ち悪い。

 夜にこんな仮面をつけた者が声を掛けてきたら、迷わず槍を手に取る。


「ご注文の品は、こちらでよろしかったですか?」


 仮面を取り、愛嬌のある笑みを浮かべるコロコニ。

 リーネアたちは予想通りの反応を見せたらしい。


「え、ええ……想像以上よ。それをいただこうかしら」


 それを聞き、手慣れた手つきで仮面を包装するコロコニ。

 どうやら彼女も怖いらしく、表は見ないようにしている。


「何でそんな物が店にあるんだ……」

「おばあちゃんが何枚か買ってきたの。

 南方の食物神を象った仮面らしいんだけど、怖いから店先にも置けなくて。

 ずっと店の隅にしまってあったんだ。ふっふっふ、どうでしょう?」

「ふふ、私の完敗ね。追加で同じ物を二枚いただけるかしら」

「はい、まいど!」


 悪戯を逆手に取って驚かし、得意げなコロコニ。

 少しだけ悔しそうに、それ以上に楽しそうに笑うリーネア。

 その様子は仲のいい友人同士のようで、馬が合うのかもしれないと思った。


 買い物も終わろうかという頃、砂糖菓子の入った瓶をコロコニに渡す。

 元々そのために立ち寄った。


「え? あの、ありがとう、リレックさん!」


 一瞬だけ視線を逸らし、頬を赤くして嬉しそうに瓶を抱える少女を見て、

 渡してよかったと思う。


「そういうごまかしは駄目よ、小熊ちゃん」


 しかし、リーネアの冷淡な言葉が容赦なくリレックとコロコニに向けられた。


「ちょっと失礼なんじゃないですか?

 欲しくない物を無理して喜んでるみたいに聞こえますよ」

「嬉しいとは思うわ。でも、大切な人が相手ならごまかしは駄目。

 ばれた時にお互いを酷く傷つけるだけだから」


 ライチェの抗議をやんわりと押しのけ、

 諭すような口調でじっとコロコニを見つめるリーネア。

 リレックは意味が分からず困惑するしかなかったが、

 コロコニは店の一角を指差した。


 そこにあったのは、リレックが持ってきた物と寸分違わず同じ砂糖菓子の瓶。

 付けられていた値札は、リレックが買った値段の半額だった。


「ベンターナでは一般的なお菓子だから、雑貨屋なら置いてない所はないと思う。

 で、でも、嬉しかったのは本当だよ!?」


 今にも泣きそうな顔で焦るコロコニを見ながら、

 瓶を渡す時に一瞬視線が逸れた理由が分かった。

 屈んで目線を合わせる。


「大した値段でもないんだから、

 同じ物が売ってるって笑ってくれてもよかったんだぞ」

「だって、せっかく貰った物なのに……」

「それ、倍の値段で買わされたんだ。教えてくれなきゃまた大損する所だったぜ」


 気にするなという思いを込めて笑うリレックを見て、

 コロコニも少しだけ笑った。

 そして、リーネアの言葉の真意を理解した。


 もし後から知ったなら、

 分かっていて嘘をついたのかと嫌な気分になったはずだ。

 コロコニの方も、リレックにごまかしがばれないか

 内心ずっと怯える事になってしまう。

 ごまかさずに、今知ったからこそ笑い話にできる。


「ごまかすのは優しさじゃない、ただ怯えて逃げただけよ。

 大事な人には正直にぶつかりなさい」

「……はい。ありがとうございます、リーネアさん」

「嫌な気分にさせてごめんね。お詫びにいい情報を教えてあげる」


 リーネアはコロコニの熊耳をちょんとつまみ、

 リレックたちに聞こえないよう小声で何かを話す。

 コロコニは興味深そうに、食い入るようにその話を聞いている。

 内緒話が終わると、リーネアは軽く手を振って微笑んだ。


「それじゃ頑張ってね、小熊ちゃん。

 リレックたちは明後日の朝に旅立つ予定よ」

「ありがとうございました、今後ともご贔屓に!」


 コロコニに手を振りながら店を後にする。

 店が見えなくなってから、リーネアは静かに呟いた。


「小熊ちゃんのお店、贔屓にしてみたかったな」


 いつも自信に溢れた令嬢の寂しげな声に、

 何を話したのか問い詰めようという気にはなれなかった。


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