表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/39

第七話 貴種の責務-3

 *****



「ご令嬢のわがままねえ……」


 朝と同じ使用人の部屋で、リレックとシュペナートは茶を飲んで待っていた。

 わがままに付き合う。

 非合法な事はしないし、もう嫌だと思ったら

 その場で破棄してくれていいという話ではあったが。


 その条件で請けた。

 リーネアならば自分たちに滅茶苦茶はしないと判断したのもある。


「貴族の考えって奴はさっぱり分からねえな」

「わがまま令嬢なんて、物語の中だけだとばかり思っていたよ」


 少し呆れ気味のシュペナートに同意しながら、茶菓子を口に放り込む。

 仕事を請けると言った直後からリーネアはわがままを発揮し、

 ライチェをどこかに連れていった。

 一緒に行こうとしたのだが、リーネアの言葉で断念せざるをえなかった。


「殿方の前で着替えろというのかしら?」


 こう言われてはどうしようもないので、大人しく待っている。

 ライチェは心配だが、魔導人形といっても自己判断ができるし、

 何よりリレックより強い。

 いざとなったらリーネアを蹴り飛ばして逃げてくるだろう。

 そうなれば確実に犯罪者だが。


 二杯目の茶を飲み終えた頃、扉が軽く叩かれてすぐに開いた。


「ふふ、お待たせ」


 入ってきたのは、昨晩見た野暮ったい厚化粧の少女。

 服装も地味な町人の物になっている。

 声と碧眼でリーネアだとは分かるのだが、雰囲気などが別人にしか思えない。


「案山子ちゃん、入ってきて」

「ええっと、その……ど、どうでしょうか?」


 呼ばれて部屋に入ってきたライチェは、使用人の服を着ていた。

 いつもの農作業用の服でないからか、随分と印象が違って見える。

 可愛らしいと褒めてやると、ライチェは嬉しそうに笑った。


「それにしても、なぜライチェにそんな服を?」

「昨日は使用人の子に危険な事をさせちゃったから、

 案山子ちゃんが使用人の代わりって事で」


 そう言いながらライチェの頭を撫でるリーネア。

 質問をしたシュペナートはしばし考え、何かに思い至ったようだ。

 リレックにも何となくは分かる。

 偽物の一行にいた女たちの中に、お目付け役の使用人がいたのだろう。


 護衛の兵士もどこかにいたとは思うが、

 荒事とは無縁の使用人では想像以上の恐怖を感じるはず。

 むしろそれを一切感じさせない態度だったリーネアが異常なのだが。


「気に入ったならその服持っていく? どうせお古を私が直した物だし」

「いいんですか!?」

「もう要らなくなっちゃうから、いいわよ。

 案山子ちゃんもたまにはお洒落しないと」


 確かによく見れば、目立たないようにつぎはぎの裁縫が施されている。

 とても素人仕事とは思えない出来栄えに、

 ますます貴族令嬢リーネアという存在が分からなくなった。


 苦労して修繕したであろうその服をもう要らないといい、

 案山子のライチェに着せる。

 細かな違和感が積み重なっていくが、その正体はまるで分からない。


「それで、わたしたちは

 お嬢様のどんなわがままを聞けばよろしいのでしょうか?」


 使用人の真似をするライチェが聞くと、

 リーネアは窓の外、町の方向を指差した。


「当然、お忍びで町に繰り出すのよ!」


 物語から飛び出してきたようなわがまま令嬢の姿に、

 リレックは苦笑するしかなかった。




 賑やかな町を変装したお嬢様と歩き回る。

 物語の登場人物になったような気がしてくる。


 しかしリレックの知っている物語と違い、

 リーネアは淡々と歩いているように感じる。

 下々の珍しい物や食べ物などに見向きもせず、

 ただそれを眺めているだけだ。


「ああいうの食べてみたりしないんですねえ」


 肉の串焼きを売っている屋台を通り過ぎた時、ライチェが呟く。

 リーネアの答えは素っ気ないものだった。


「家で食べた方が美味しいだろうしね。私は雰囲気を食べる方じゃないし」


 祭りの食べ物は雰囲気で美味しく感じるという。

 雰囲気なくして令嬢が普段食べている物と比較したら、

 安い肉が勝てる訳もない。


「じゃあ何しに町に来たんだよ」

「案外お堅いのね、確固たる目的が無いと町に出ちゃいけないの?」


 茶化すように笑うリーネアだったが、突然足を止める。

 道の真ん中で止まってしまったので何かあったかと思ったが、

 彼女はある店を指差した。


「あの焼き菓子が食べたいから、魔術師殿が買ってきて。

 私たちは先に行ってるわ」

「なんで俺指定なんだ……」


 いかにもわがままさに溢れた要求に、シュペナートが渋々従おうとした時。

 わがまま令嬢の陽気な声が

 内緒話のように小さく、冷徹な貴種の物へと変わる。


「後ろは見ないで、尾行されてるから。

 リレックは私を守る事を優先、案山子ちゃんは敵を制圧して。

 魔術師殿、店で品物を見てる女はうちの密偵。

 "右肩がゴミで汚れている"って伝えて。

 悟られないように、今まで通りの言動で動くわよ」

「……はいはい、それじゃ買ってきますよ」


 わざと大きな声で返事をして、シュペナートは店の方へと向かう。

 視線を一切動かさず店だけを見ているのは逆に不自然だが、

 リレックたちに完璧な演技を求められても困る。


 戦力の振り分けは理にかなっているし、

 リレックもそうしただろうとは思う。

 しかしここまで自信をもって行動できたかどうか。

 改めて目の前の少女が貴族なのだという事を実感する。

 人に命じ、人を動かし、人を統べ導く者。


「そこの裏路地に入るわ。襲ってくるまでは槍に手を掛けないで」


 満面の笑顔でリレックと腕を組みながら、

 小声で冷静沈着そのものの指示を出すリーネア。

 表情と喋る内容をここまで変えられるものなのかと、軽い恐怖さえ覚えた。




 裏路地に入ってしばらくすると、少し開けた場所に出る。

 人目に付きにくく、周囲を家と壁に囲まれている小さな広場のような空間。

 表通りの華やかな硝子窓も無く、高い位置にある小さな柵のある窓だけ。

 治安が良くない。襲撃するにはちょうどいい場所だ。


「この先は行き止まりだから、そっちから誰か来る可能性は低いと思う」

「分かった。ライチェ、オレの後ろに」


 ライチェを後ろ、つまり襲撃者が来るであろう方向に移動させる。

 襲撃者が魔導人形の事を知らなければ、

 全周囲を見渡せるライチェに後ろから襲い掛かるだろう。


「じゃ、ここできゅうけーい! 疲れちゃった、お菓子まだー?」


 いかにもわがまま娘が言いそうな事を口にして、リーネアはその場に座り込む。

 一見普通に座っているようだが壁を背にしており、

 リレックから見ると即座に立てるような姿勢を作っている。


 ライチェが足で石畳を叩く。戦闘態勢の合図。

 声を発さずに背を狙って襲ってきた男に、スカートをひるがえし後ろ回し蹴り。

 男の脇腹に鋼鉄の足先がめり込み、その体がくずおれる。

 膝をついた男を叩きつけるように蹴り飛ばし、

 広場の入口に向かって突っ込むライチェ。


 襲撃者の人数は四人、既に一人減って三人。

 槍を手に取り、ライチェの横を通り抜けようとした魔族に突きの一撃。

 肩口を斬り裂かれて姿勢を崩した魔族は後ろに下がる。


 ライチェが前で格闘戦を行い、リレックが槍で後ろから援護する。

 普通なら仲間を誤って攻撃してしまう危険から、まずやらない戦闘方法。

 しかしリレックはライチェがどう動くか把握しているし、

 ライチェは後ろのリレックの動きが見える。

 一切躊躇せずに攻撃を繰り出す二人を前に、

 襲撃者たちは戸惑いながら傷を増やしていく。


 ライチェの腕が魔族の頭をしたたかに打ち据えた。

 死んではいないようだが意識は手放している。


 リレックはその隙に屈んで通り抜けようとした男の顔面を蹴り、

 頭の上から石突で叩く。潰れた声を上げて男は石畳に突っ伏した。


 突破は無理と判断したのか、襲撃者の一人が逃げる。

 狭い路地に逃げ込まれ、倒れている三人の男が邪魔で追いかけるのは難しい。

 シュペナートがこちらに向かっているはず。

 途中で鉢合わせて挟み撃ちにできるだろう。


「案山子ちゃんは多分強いと思ってたけど、リレックも結構強いのね」

「こいつらが弱いだけだな。オレの槍なんて大した事はねえよ」


 謙遜で言った訳ではない。

 暴力沙汰には慣れていたようだが、戦闘経験は皆無な連中だった。


 ライチェに前方を警戒させ、手早く襲撃者たちを後ろ手に縛りあげる。

 ちょうど全員を縛り終えた所で、前方からゆっくり歩いてくる足音がする。

 ライチェが身構えないのを見て、シュペナートだと分かった。


「シュペ、そっちに男が逃げて行ったはずだが、どうした?」

「逃がした。密偵の人が後をつけていったよ」


 満足そうに頷くリーネアを見て、彼女の指示によるものだと把握する。

 わざと逃がしたのだろう。連中の拠点を突き止める算段だろうか。


「予定通りね。これで今日はもうできる事もないし、町を楽しみましょう」

「こいつらはどうしたらいいですか?」

「警備隊に任せればいいかな。町で会ったら話しておくわ」


 裏路地に横たわる襲撃者たちをちらっと見て、町の方へと歩いていくリーネア。

 その青い瞳に映っていたものは恐怖や蔑みなどではなく、

 何かを成し遂げたいと願う祈りのようなもの。


 色々と聞きたい事や言いたい事はあるが、

 先に行くリーネアを追って裏路地を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ