表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/39

第七話 貴種の責務-2

 *****



 次の日、日が昇る頃に起きて準備をしておく。

 リーネアの言葉を信じる事にはしたが、警戒をしない事とは別の話だ。

 いざとなれば窓から離脱する事も候補に入れてある。


 朝食として保存食を齧っていると、酒場の方が騒がしくなる。

 耳を澄ませて音に集中する。

 酔っぱらいたちが騒ぐ声ではなく、複数の派手な金属音。

 金属鎧を身に着けた集団。


 その集団が来たすぐに怒号や悲鳴が響き、

 静かになったと思ったら金属音が二階の宿に上がってくる。


「ライチェは扉の近く。シュペは窓の側。扉はオレが開ける」


 リレックの指示通り、すぐに配置に着く二人。

 金属音はリレックたちの部屋の前で止まり、扉が軽く叩かれた。


「早朝に申し訳ない、話を伺いたいのだがよろしいか」


 扉を蹴破ってくるような荒っぽい連中でなかった事に安堵する。

 あえて返事はせず、扉を開ける。

 そこにいたのは板金鎧を身に着けた生真面目そうな男。

 警備隊とは違う、王城で見た兵士とよく似た立ち姿。


「話ってなんだ?」

「その前に聞きたい事が二つほど。

 可愛らしい声をした案山子の魔導人形、というのはいるか?」


 少し口籠ったのは、彼にはそんなもの本当に存在するのか分からないのだろう。

 ライチェに手招きをして、こちらに来てもらう。


「声がどうかは分かりませんけど、案山子の魔導人形というなら多分わたしです」


 男はライチェを見つめて何度も頷いている。

 本当にいたのかと驚いているようだ。

 暫くそうしていたが、

 我に返ったのか咳払いを一つすると、リレックに向き直った。


「もう一つ。青い目の娘にお代として何か持っていかれなかったか?」

「腸詰め一切れなら。別に盗みで警備隊にどうこうとかは考えてねえ」


 旅人どころか、町人ですらそんな事で警備隊に駆け込みはしない。

 どう考えても面倒臭さの方が上だ。


 そんな事より、あまりに具体的すぎる質問の方がずっと気になる。

 リーネアの名前を出すかどうかは迷う。

 あの少女と目の前の兵士が結びつかない。

 リレックの返事を聞いた男はほっとした様子で、笑顔すら見せた。


「あなた方で間違いないようですね。

 私と一緒にベンターナ邸までご足労願いたいのですが」

「どうして俺たちのような旅人を? 吟遊詩人のような真似はできないぞ」


 シュペナートも近寄ってくる。

 相手に敵意がないと判断して、詠唱の準備も止めたようだ。

 リレックたちが事情を理解していない事を察すると、

 男は大きなため息をついた。


「また説明なしだったのか。

 自分が分かる事は他人も分かると思うのが悪い癖……おっと、失礼。

 簡単に言いますと、目撃証言をしてほしいのです」


 誰かに対し相当の鬱憤が溜まっていそうな愚痴をもらしつつ、男は言う。

 流石にここまでくればリレックの頭でも分かる。

 少女に覚えてくれと頼まれた事。


「プント坊ちゃん……プント様の名前を使う偽物についてだな」

「偽物だとご存じでしたか」

「あれが本物だったらベンターナ領が次代で終わるよ」


 リレックの言葉に続いて、シュペナートが容赦のない評を加える。

 男は苦笑した。


「その偽物を捕縛し、屋敷に運んであります。

 素直に認めるとは思えませんので、尋問の際に証言をお願いしたいのです。

 大掛かりで趣味の良くない尋問に驚かれるかもしれませんが」

「こ、公開処刑みたいなのじゃありませんよね?」


 再度深くため息をつく男の言った事に怯えるライチェ。

 その様を見て男は少しだけ笑った。


「ああ、心配いりません。尋問というより物語の真似なので。

 本物の犯罪者と素人だけを使う演劇は初めてですがね。

 それで、ご同行願えますか?」


 リーネアがどういう立場の人間か分からないが、屋敷に合法的に入れる。

 恐らく聖火も見せてくれるだろう。

 ここまでお膳立てされては、信じるしかない。


「分かった。オレたちはすぐにでも同行できるが」

「すみません、酒場で朝食を食べてからでお願いします。

 朝から何も食べていなくて……」


 申し訳なさそうな男の姿がおかしくて、三人で笑った。

 どうせなら一緒に食べようと誘い、酒場に行くと随分と荒れていた。

 複数人が暴れ、何者かが取り押さえたかのような破壊の跡。

 店自体に大きな被害がなかったのが幸いか。

 店主は惨状に気落ちしながらも、リレックたちに美味い朝食を作ってくれた。

 


 ***



 屋敷に到着すると、裏手の勝手口に案内されて中へと入る。

 そのまま住み込みで働く使用人の部屋へと通され、少し待つように言われた。

 部屋にはお茶と茶菓子が置いてある。客人として扱ってくれるらしい。

 狭い部屋なので優雅とは程遠いが、貴族の屋敷でのお茶をしばし楽しんだ。


 シュペナートが胡散臭い貴族の真似をしながらお茶を飲み、

 ライチェが笑い転げていた時、扉が控えめに叩かれた。

 こちらの返事を待たず扉が開く。


 入ってきたのは、使用人の女性に手を引かれた美しい少女だった。

 煌びやかな衣装を身にまとい、

 その衣装を十全に着こなす気品を感じさせる少女。

 その目は閉じられたままで、最高級の人形を思わせる。


「貴方がたが協力者ですね。

 兄の名を騙った不届き者を懲らしめるため、よろしくお願いいたします」

「は、はい。全力で務めさせていただきます」


 慌てて立ち上がり、頭を下げる。国王陛下との話の時も緊張はしたが、

 貴族の令嬢とこんな至近距離で話す事などなく、やはり緊張する。

 リレックたちの姿に、少女は余程可笑しかったのか吹き出した。


「態度違い過ぎじゃない?

 昨日はちょっとお話しただけで蹴られそうになったのに」


 少女の言葉使いにはっとして顔を上げる。

 目を開いた、碧眼の少女がこちらを見て笑っていた。


「リーネア!?」

「私の名を覚えてくれていて光栄ですわ。領主の五女、リーネアと申します」


 優雅に挨拶をするリーネア。

 昨晩の野暮ったい少女と、目の前の令嬢が同一人物だと頭で理解できない。

 彼女の透き通るような碧眼だけが、それが事実だと示してくれていた。


「あの時言ったじゃない、令嬢と同じ名前のリーネアって。ね、案山子ちゃん」

「あう、うう、あわわ……ご、ごめんなさい……」


 にやにやと悪い笑みを浮かべながらライチェの顔をつつくリーネア。

 ライチェは無礼を働いた事にすっかり縮こまってしまっている。

 同一人物なのだから、同じ名前なのは当然だ。


「無礼をお許しください、リーネア様」

「今日は私の事を信用してくれるのね。嬉しいわ、魔術師殿。

 でも、いつも通りの喋り方、呼び捨てでいいわよ。

 貴方たちに丁寧な言葉遣いをされると、昨日との落差で可笑しいんだもの」


 朗らかに笑うリーネアに対し、シュペナートの笑みは引きつっている。

 魔術師である事も、魔術を使おうとしていた事もバレていたらしい。

 こうなったらもう、腹をくくるしかない。


「オレはリレック。魔術師がシュペナート、案山子がライチェ。改めてよろしく。

 それで、オレたちは何をしたらいいんだ? 偽物の目撃証言と聞いているんだが」


 自己紹介をしてから本題を切り出すと、

 リーネアは心から楽しそうな笑顔になる。

 悪戯を仕掛ける子供のような無邪気な笑顔。


「貴族に生まれたからには、一度はやってみたい事だったの!

 段取りを説明するわね、まずは……」


 説明を聞いていくと、迎えに来てくれた男が

 "趣味の良くない"と形容していた理由が分かった。

 リレックも知っている物語にそっくりだが、

 まさか本物の犯罪者を使って実際にやってみようとする者がいるとは。


 最初は呆れたが、楽しそうに説明するリーネアにつられてか、

 リレックも何だか楽しくなってきた。

 こういう事が好きなライチェはすっかりその気で、

 シュペナートも割とやる気だ。


 一生に一度体験できるかどうか分からない、本物を使った演劇。

 どうせやるなら、楽しんだ方がいいに決まっている。

 子供のように盛り上がる四人を、使用人は苦笑しながら見守っていた。



 ***



 件の演劇は、想像以上に上手くいった。

 偽物一行の姿を覚えておいて欲しいとはこういう事だったのかと納得する。

 連中の人数は少し減っていたが、酒場で何をしていたかはきっちり証言した。


 屋敷に連行されてもなお虚勢を張る偽物一行は、

 仕掛け人だとも知らずリレックたちに罪を被せようとしてきた。


 そこへ登場する目を閉じたリーネア。

 偽物一行は口々にリレックたちへの罵声を飛ばし無実を訴える。


「こいつらと一緒に青い目の女の子がいたんです! 彼女なら証明してくれます!」


 震える声で顔を背けるライチェに対し、

 案山子の泣き落としを嘲り笑う偽物一行。

 実際はこみ上げてくる笑いを抑えるのに苦労していただけなのだが。

 リレックも体が震える。気を抜けば即座に笑ってしまいそうだ。


「青い目の女なんていねェよ! ならそいつをここに連れてきてみろ!」

「そうだそうだ!」


 物語ではお決まりの台詞。

 連中は必ず同じ事を言うと、リーネアは話していた。


 そんな事はできないと知っているから。

 自分たちが上であるように錯覚できるから。

 所詮錯覚でしかないのだ。

 だから本当に連れてきた時、思考が追い付かなくて停止する。


「ご要望に応じて来てあげたわよ、"お兄様"?」


 目を開けるリーネア。驚愕の悲鳴を上げながら

 腰を抜かす偽物一行を見て、笑いを堪えるのに必死だった。

 柄の悪そうな男はでたらめだと喚きながらリーネアに掴みかかろうとしたが、

 あっという間に兵士二人の剣で床に押さえつけられた。


「たくさん聞かせてほしい事があるわ。

 可愛い妹の頼みですもの、話してくれますよね?」


 寒空のような青の瞳に見据えられ、

 自分がこれからどうなるのかを理解したのか。

 偽物の坊ちゃんは声にならない悲鳴を上げながら連行されていった。




「ぷっ、あはははは!」


 誰からともなく、四人で笑い転げる。完璧な大成功で気分がいい。

 周りの兵士たちが呆れ顔でこちらを見ているが、そんな視線が気にもならない。

 息が苦しくなるほど笑った後、リーネアは優雅なお辞儀をする。


「ありがとうございました。貴方がたのお陰で、よい劇になりました」


 すぐに姿勢を正してひざまずく。

 咄嗟にその行動をとらせる気品に満ちた姿。


「お、お役に立てて光栄です、リーネア様」

「もう劇は終わったのよ、呼び捨てでいいって言ったじゃない」


 先程の劇を思い出し、再度笑い出すリーネア。

 まるで二人と話しているような気さえしてくる。

 どちらが本当のリーネアなのか、判断がつかなかった。


 兵士と使用人たちは自分たちの持ち場へ戻っていき、

 それぞれ一人ずつが残っている。

 リーネアの世話係と、リレックたちの見張りだろう。


「勇者の聖火が見たいのよね。ついて来て、案内するわ」

「俺たちのような旅人に見せてもいいのか?」


 言うが早いか歩き出しているリーネアの背に向かって、

 疑問を口にするシュペナート。

 リーネアは足を止める事すらせず、ひらひらと手を振って答えた。


「私、一度交わした約束は必ず守る主義なの」




 リーネアに案内されてやって来たのは、屋敷の裏手にある小屋だった。

 中に入ると、調度品の類はないが小奇麗な部屋であり、

 中心に金色の器が置かれていた。

 器を軽く撫でながら、令嬢は厳かに告げる。


「これがベンターナ家に伝わる"勇者の聖火"よ」

「絶えぬ火じゃなかったんですか!? 火が消えちゃってますよ!?」

「ふふ、案山子ちゃんならそういう反応してくれると思った」


 絶えぬ火どころか薪すら入っていない器の事を指摘するライチェ。

 リーネアはそれを予想していたようで、嬉しそうに笑う。

 そんな二人を尻目に、器の表面をじっと見つめるシュペナート。


「何かあるのか、シュペ?」

「勇者、記する、火、守る……いや、命令形だから守れか。

 古語の共通語で文法もほぼ同じ、これが勇者の聖火で間違いないだろうな」


 今まで見てきた二つの洗礼の地でも、人魔戦争時代の単語が書かれていた。

 勇者という単語。確かにこれが聖火……を灯す器なのだろう。


「ご先祖様……初代ベンターナが三百年前にこの地に来た時には、

 すでに消えていたらしいの。

 はっきり言ってただの器よ。魔力も一切ないらしいから」


 手入れは行き届いており雑に扱われている訳ではないのだが、

 意味がある物とは扱われていない器。

 洗礼の地が適当に扱われているのはどういう事なのか、

 それを考え始めてすぐ止めた。

 リレックたちに必要なのはそんな情報ではない。


 小屋への入口は一つで窓も小さい。

 屋敷の裏手はそれなりに隠れる所があり、待ち伏せには最適と言える。


「ここが領主屋敷の敷地内でさえなけりゃあな……」


 最大の問題が口からもれる。

 どこの馬の骨とも分からぬ旅人が居座っていたら即座に牢屋行きだ。

 ならば方針は一つしかない。


「リーネア、ありがとう。オレたちは明日出発するよ」


 最後の目的地へと向かうが、正直な所望みは薄い。

 勇者の情報がここまでないのは異常だ。

 どこかですれ違ったか、もしくは身を潜めて違う道程を辿ったか。

 それならそれでいい。

 必ず大聖剣を抜きに帰ってくる王都で待つだけだ、と考えていたのだが。


「その旅立ち、一日待ってもらってもいいかしら。

 今日と明日仕事を請けてくれれば、私が集めた勇者の情報を渡すわ。

 もちろんそれとは別に報酬も出す」


 突然の提案に驚いたが、豪農に同じような事を言われたのを思い出した。

 進む先の様子が分かっているという精神的な影響は大きい。

 情報はぜひとも欲しい。


「情報の精度は?」

「貴方たちが勇者を探している事が分かったのはどうしてだと思う?

 勇者の動向に関しては些細な情報でも集めているからよ。

 尾行されてたの気付かなかったでしょ?」


 恐らくこの屋敷に聖火の事を聞きに来た時点で、目を付けられていた。

 リーネアはリレックたちが勇者を探しているのを最初から知っていて、

 声をかけてきたのだ。


 尾行を一切気付かせない技量の者を使った情報収集。

 情報の精度はこちらの聞き込みとは比較にならないだろう。


 しかし相手は貴族の令嬢、農民とは違う。

 わざわざ旅人を雇わなくても、兵士や使用人は好きなだけ使える。

 それができない仕事。荒事は間違いなくあるだろう。

 非合法なものかも知れない。


「内容次第だ。内容が話せないってんならできねえ」

「当然ね。内容も聞かずに請けるなんて言われたらこっちからお断りだったわ」


 リーネアは器の前で優雅に立つと、豪快に自分の胸に手を置いて言った。


「二日間、私のわがままに付き合って」

「はあ!?」


 驚きか呆れか分からない妙な声が、三人揃って口から出てしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ