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第七話 貴種の責務-1

 *****




 貴族。


 特権を備えた名誉や称号を持ち、他の社会階級より上に置かれる者たち。

 生まれながらに財産や特権を行使できる彼らは、

 市井の者たちからあらゆる感情を向けられる。

 大抵は妬みや嫉み。時には憎悪。物語の上ですら、彼らは丁度良い悪役だ。


 富も特権も、容易に人を腐らせ狂わせる。

 貧困が人を腐らせ壊していくのと同じように、どこにでもある話。


 だから大半の者は知らない。わざと知らずにいる。

 貴族にはそれ相応の責任と義務が生まれながらに付随する事を。


 他人が受ける恩恵だけを見て羨み、責務や苦悩は知らぬ見えぬと無視をする。

 どこにでもある話。




 *****



 ベンターナ。精巧な美しい硝子ガラス細工で有名な町。


 元々は違う名前の村だったが、領主として特産品の硝子を見出し、

 村を繁栄させ町へと大きくした初代ベンターナによって改名された。

 家々には色とりどりの透き通った硝子窓があり、見る人の目を楽しませる。


 今や王都に次ぐ町とまでいわれ、

 南方のベンターナ領への交易路もあり行き交う人々で賑わう。


 交易路の拠点でありながら基本的に治安も良く、

 物価が高い以外は住みやすい町とされている。

 周辺に農地や牧草地に適した土地がなく、

 遠方から運んでくるので新鮮な野菜や肉が少ないのが悩みの種とか。




「一体どうなってるんですか、誰も聞いた事がないって……」


 困惑からか、空を見上げて肩を落とすライチェ。

 聞き込みをしていたのだが、勇者の情報が何も出てこない。

 王都から来た旅人の噂くらい。

 勇者が現れたらしい程度のとっくに知っている情報だけ。


 最後の目的地、ベンターナの西にあるプルエバ村とは

 人の交流があまりないらしく、そちらから来た人とは会えなかった。


「有用なのは、洗礼の地の情報くらいか。

 決して消えない"勇者の聖火"。場所が分かってもどうしようもないがな」


 そう言ってシュペナートが見つめる先には、

 町を見下ろす小高い丘に建つ巨大な屋敷。

 ベンターナ邸。この地の領主ベンターナの一族が住まう場所である。


 勇者の聖火は屋敷の中にあり、

 代々の領主が絶えぬ火を守り続けているのだという。

 一介の旅人が入れるような場所ではない。

 王城に入った時のような助けは期待する方が間違いだ。


 駄目で元々と聖火を見せてもらえるか聞いてみたが、

 あっさりと門前払いされた。


 魔王復活の緊張感もあって整然としていた王都と異なり、

 賑やかで人も多いベンターナでの聞き込みは精神と肉体の両方を疲弊させる。

 辺境の田舎村出身のリレックたちは、

 活気があり過ぎる人混みには慣れていないからだ。


「聞き込みするだけで変な物買わされそうになるし、参ったぜ……」


 商人の押しに負けて買わされた、

 小さい硝子の星のような砂糖菓子が入った瓶を眺める。

 旅立つ前に、あの熊耳の少女にでも渡そうか。


 別れの直後にまた会うのは少々気恥ずかしいが、

 様子くらいは見ておきたかったので丁度いい。


「明日にでもプルエバに向かった方がいいかもしれねえな」


 無駄に疲労して時間を費やすくらいなら、

 プルエバ村に向かって進んでしまった方がいいかもしれない。

 大きな町で全て回ったとは言い難いが、

 情報がないという事はベンターナに到着している可能性は低い。


 王都を出発して四十日前後。

 順調に進めばとっくにトリステ村にいてもおかしくないはずなのだが。

 洗礼の地ではない、全然関係のない場所に行っているのだろうか。

 ツィブレならやりかねないのが怖い所だ。


 不安が増してくるが、それを考えていてもどうにもならない。

 ならば自分の目と耳で確認するだけだ。

 最悪、洗礼を終えて王都に帰ってきた所を殴ればいい。


「そろそろ夕方だ、今日は宿をとって休もう。人に疲れたよ……」

「わたしもです……」


 シュペナートとライチェはぐったりしていて、それを見てリレックは思う。

 自分たちには都会暮らしなど性に合わないなと。


 確かにベンターナは活気があるいい町なのだろう。

 だが、ここに住む事はないなと思った。

 リレックが在るべき場所は、

 のんびりと慎ましやかな暮らしができる田舎の家と最高の畑だから。



 ***



 宿に併設された酒場で夕食をとるが、失敗だったかと悔やむ。

 満員の席で立てられる音、音、音。

 特に酷いのが酔っぱらい共が大声でまくし立てる、呂律の回らない大声。

 王都の酒場でも人自体は多かったが、

 ここまでの騒音ではなかったと記憶している。


 耳を塞ぐ事ができず、

 ほぼ全ての音を聞き取ってしまうライチェは相当参っている。


 さっさと食べ終えてしまおうと料理を食べ進めていると、

 扉が壊れそうなほど勢いよく開いた。

 ほぼ満席の酒場に入ってくる数人の男女。騒音は一瞬にして静寂に変わる。

 リレックたちを含め、即座に反応したのは旅人だろう。

 厄介事に対して臨戦態勢をとる。


 その男女のうちの一人、いかにも柄の悪そうな旅人風の男が

 店主に近づき、袋を渡した。

 細かな金属音と、袋の歪なふくらみ。金か銀かは分からないが、硬貨だろう。

 袋の中身を見て驚く店主を尻目に、男は酒場の客に向き直り高らかに宣言する。


「次期領主、プント坊ちゃんの奢りだ!

 お前ら、好きなだけ飲み食いしていいぞ!」


 その大声の後に一団の優男が仰々しい態度で片手を上げると、

 酒場は先ほどに倍する歓声に包まれた。

 我先に酒と食い物に突撃する客たち。

 プント坊ちゃんと呼ばれた男は女を侍らせ、

 酒盛りをそれなりに楽しんでいるようだ。


 次期領主と言うからにはベンターナの貴族のはずだが、

 なぜこんな市井の酒場にいるのか分からない。

 物語などでよくあるお忍びだろうか。


「よう、兄ちゃんたちはタダ酒飲まねえのかい?」

「明日出発する予定だし、もう腹いっぱいなんだ」

「そりゃ運がなかったな。兄ちゃんたちの分も飲んでおいてやるからな」


 声をかけてきた髭面の町人に適当な返事をすると、

 彼は坊ちゃんの元へと向かっていき媚を売っている。


 本当の理由は違う。酒場が騒がしすぎてライチェを長居させたくない事が一つ。

 もう一つは、あの坊ちゃんとやらが好きではないからだ。


 お忍びで市井に遊びに出掛ける貴族。

 民の暮らしを理解するという善き統べる者の条件を、実際に見せる事ができる。

 しかし、酒場に金をばらまき、

 侍らせた女と共に酒盛りに興じる姿には下品さしか感じない。


 誇りをもって生きる者たちを見てきたリレックには、

 貴族としての誇りどころか品性すらなくした男にしか見えなかった。


「ねえ、貴方たち。ちょっといいかしら?」


 坊ちゃんとやらの取り巻きをしていた女が、リレックたちに声をかけてくる。

 年は少女といってもいい年齢だと思うが、

 野暮ったい厚化粧をしていて服も薄汚れており、場末の娼婦を連想した。


「飲まないの? せっかくお兄様が奢ってくれるっていうのに」

「お嬢様のお誘いは嬉しいが、結構だ」


 少女は酒瓶を持っていて、リレックに勧めてくるが断る。

 少女が言ったお兄様という呼称に、

 気分だけでも令嬢でいたいのかと苦笑しながらそれっぽく答えた。

 それを気にする事もなく、少女はリレックたちの隣に椅子を持ってきて座る。


「それならそれでいいわ。ねえ、どうして貴方たちは旅しているの?

 ちょっとだけお話ししましょうよ」

「……わたし、今すっごく機嫌が悪いので、あなたの頭を蹴るかもしれませんよ」

「あら、可愛らしい声なのに怖い案山子ちゃん」


 殺気立つライチェに対しても平然としている少女。

 鈍感なのか大物なのか、判断がつきかねる。


 シュペナートは既に食べ終わっており、リレックを待っている状態。

 リレックの皿にあるのも、腸詰めが一切れとなっていた。


 だが、なぜかは分からないがこの少女が気になる。

 少女はリレックに触れてさえいないのに、

 席を立たないよう押さえつけられているような感覚。


「畑の復讐だ。畑を潰した奴を一発ぶん殴るために旅をしている」

「なんで畑?」

「オレの畑だったんだよ。オレは農民だからな」


 嘘を言う理由もなかったので正直に答えた。

 殴る対象が勇者だと言わなければ、別に不利益がある訳でもない。

 大抵は微妙な顔をされたものだが、少女は興味深そうに頷いていた。


「そいつをぶっ殺すとかじゃなくて、一発殴るだけでいいんだ」

「殺したい訳じゃねえし、殺す訳にはいかない奴だからな。それでいい」


 会話を終えようと、最後の腸詰めを口に運ぶ。

 少女は酒瓶をゆらゆらと動かしながら、取るに足らない事のように言った。


「それはまあ、勇者を殺す訳にはいかないわよね」


 客の熱気で暑いくらいだった空気が、一気に冷える。

 手から腸詰めを取り落としてしまう。腸詰めは幸運な事に再度皿に乗った。


 ライチェとシュペナートの顔は強張っており、

 恐らくリレックもそんな顔で少女を見ているのだろう。

 復讐の相手が勇者だとは一言も言っていない。

 聞き込みこそしたが、なぜ少女がそれを知っているのか。


 そんな三人を見て、少女はくすくすと笑う。


「こんな簡単に態度に出るなんて、もうちょっと隠したらどう?

 そんな事じゃ、ベンターナでは旅人も農民もできないわよ」

「オレたちに何の用があるんだ」

「酷い人達ね、せっかく勇者の聖火を見る機会を持ってきてあげたのに」


 目に手を当てて泣く真似をする少女。

 あからさまな演技のそれが、リレックたちを苛立たせる。


「その代わりに何をしろっていうんですか?」


 冷たい声のライチェ。

 ただでそんな機会が訪れるなどない事くらいは知っている。

 内容によっては多少荒事になっても少女を拘束する必要がある。


 先程から黙っているシュペナートは、恐らく机の下で印を結んでいる。

 酒場には土がないので、不得手な水を使うしかない。

 詠唱のために一言さえ惜しいので、言葉を発していないのだろう。


 少女がプント坊ちゃんを指差す。


「あいつらの容姿を覚えて、朝になっても宿を出ないで。

 そうしたら聖火を見せてあげる。

 それと一つ忠告、あいつらの施しは絶対に受けないで。

 さっさと部屋で寝なさい」


 軽薄な雰囲気は消え、冷徹な少女の言葉と視線がリレックを射抜く。

 透き通るような青い瞳。

 リレックはそれほど多くの人物と会ってはいないが、見た事のない珍しい色。


 快晴の空を映したような碧眼に見据えられ、

 理不尽にも思える命令に黙って頷いた。

 命令に慣れた者の言葉だ。横暴さによる強制ではなく、自然と人を動かす類の。


「それじゃ、また明日会いましょう。忠告のお代にこれ貰っていくわね」

「名前くらい名乗ったらどうだ」


 腸詰めを皿から掠め取り、去ろうとした少女に名前だけでも聞く。

 素直に喋るとは思えないが。


「リーネア。領主のご令嬢と同じ名前よ、凄いでしょ」


 それだけを言うと、少女は振り向きもせずに坊ちゃんの一団に戻っていった。

 あっさりと名前を教えたが、

 令嬢と同じ名前というのが信用に値しないと公言しているようなものだ。

 シュペナートが手を下ろし、深く息を吐く。


「ライチェ、シュペ。部屋に戻ろう。あいつの事も話したいしな」


 ライチェを背負ってやり、足早に酒場を後にして二階の宿屋へと向かう。

 少女の言った通りに、プント坊ちゃんとやらの一団はきっちり覚えておいた。

 三日くらいなら忘れる事もないだろう。




 二階の部屋は喧騒から離れ、静かだ。

 小さな明かりの前で、三人で顔を突き合わせている。

 あの少女が言った事について、どうするか。


「夜の間に逃げてしまうのもありだな。胡散臭すぎる」


 シュペナートの言う事が正しいのだろうと思う。

 少女の言う通りにする理由がない。

 リーネアという名前も本名とは思えず、何もかもが胡散臭い。


 こちらが勇者を追っている事をなぜか知っており、

 それどころか聖火を見たがっている事も知っていた。

 どうやって知ったのかは分からないが、真っ当な町人でないのは確かだろう。


 しかし、聖火を見る機会が他に訪れるとも思えないし、

 勇者の情報も全く得られていない。


「でも、リレックさんは逃げる気なさそうなんですよね。どうしてですか?」


 首を傾げるライチェが言った通り、なぜか逃げる気は起きなかった。

 少女の胡散臭さより、勇者に対する復讐心が勝ったという訳でもない。

 逃げる方が状況を悪化させる可能性だってある。

 昨日の夕方に町に着いたこちらの事を調べ上げる情報網を持っているのだ。

 そこまで考えて結局の所、留まる理由を探していた事に気付く。


「リーネアの青い目が、嘘言ってるように見えなかったんだ」


 誇りに生きる竜人騎士を思い出させる、強い意志に満ちた碧眼。

 それを信じてもいいと思った。

 そう言うと、ライチェとシュペナートは顔を見合わせて呆れながら笑った。


「じゃあ、仕方ないですね。信じて留まってみましょうか」

「朝は早く起きて準備だけは済ませておくぞ。いつでも町から逃げられるように」


 てきぱきと準備をし始める二人。

 勝手な事ばかり言って申し訳ない気持ちばかりがわく。


「すまねえ、いつもいつも勝手で」

「そうだな。だから気にするな、いつもの事さ」


 それだけ言うと、さっさと寝床に入ってしまうシュペナート。

 いつも通りの声色からして怒っている訳ではなく、

 明日に備えて万全の状態にしておくため。

 ライチェは両腕でリレックの手を優しく挟む。


「いいんですよ。それが嫌ならわたしたちはついて来ていないんですから」

「ありがとうな」


 ライチェの頭を撫でてやり、二人に礼を言って寝床に入る。

 不安とわずかに聞こえる酒場の喧騒で眠れないかとも思ったが、

 すぐに眠気はやって来た。


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