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第六話 熊耳の幼子-6

 *****



 野盗どもを穴に放り込んだ日も警戒はしたが、

 結局親玉が襲撃してくる事はなかった。


 次の日も何事もなく快調に進み、

 明日にはベンターナに到着するであろう所まで歩いて野営をする。

 ベンターナへの到着予定は明日の夕方。

 護衛の旅での最後の夜、気を緩めず見張る。


 焚火の音だけが夜の闇に響く。

 ふと隣で寝ているコロコニを見ると、起きていた彼女と目が合った。


「眠れねえのか」


 リレックが手を差し出すと、コロコニはそれを小さな両手で握った。


「これからの事を考えてたら眠れないの」


 町には母方の祖父母がいるとは聞いているが、両親はもういない。

 そして逃げた親玉への復讐。

 幼い少女には助けとなりうる者があまりにも少ない。


 リレックたちは所詮行きずりの旅人、コロコニをずっと助ける事はできない。

 だから、伝えられる事は伝えておきたい。


「オレは復讐のために旅をしてるが、目的がもう一個ある。最高の畑を作る事だ」

「それは……いいの?」

「前に言われたんだ、目的は一個じゃないといけないなんて誰が決めたって。

 自分たちのやりたい事をやりながら勇者をぶん殴りに行ってもいい。

 オレはそうしてきた。

 お前だって同じなんだ。復讐だけのために生きなくてもいい、

 優先順位さえきっちりつければいいだけだ」


 あの時のシュペナートはこんな気持ちだったのだろうかと思い出す。

 復讐のためだけに生きては、終わった時何も残らない。

 復讐とは違う、生きる目的を見出してほしい。


「何か、復讐以外にやりたい事はあったりしないか?」


 コロコニは静かに目を閉じる。眠った訳ではなく、思考に集中している。

 彼女が答えを出すのをリレックはじっと見守った。

 焚火の薪がぱちりと爆ぜる。コロコニが閉じられていた目を開く。


「……お父さんとお母さんのお店を、国一番のお店にしたい」

「コロコニならきっとできる」


 彼女がもう一つの目的を見出した事が嬉しく、握られていた手を握り返した。

 しばらく握り続ける。町に着いて以降は助けになれないが、

 せめて少女の目的が果たされるようにと祈りを込めて。


「ねえ、最高の畑ってどんな物なの?」

「まだ分からねえ。だけど、何となくこれだってものが見えてきた気がする」


 純粋な興味で聞いたのだろうコロコニに対し、正直に答える。

 明確にこれだと言えるものはないが、今までの旅で輪郭だけは見えてきた。

 出会ってきた人たちが教えてくれた。コロコニもその一人だ。

 だから、それがはっきりと分かった時にまた会いに来ようと思った。


「じゃあ、国一番のお店に売りに来てね。

 その時はお得意様価格でちょっとだけ色を付けるから」

「最高の畑で作った、最高の野菜を売りに行くぜ」


 二人であまり声は出さずに笑う。実現できるかどうか分からない約束。

 それがあるからこそ実現させようとお互いに進む事ができる。

 そういう約束だった。


 安心したのかコロコニは寝息を立て始める。

 両手はしっかりとリレックの手を握ったまま。

 手を解く気はなかったので、交代時間までそのまま手を繋いでいた。



 ***



 五日目も何事もなく、夕方に城塞で囲まれたベンターナの町へと到着した。

 門の警備隊にコロコニが事情を説明すると、

 すぐにリレックたちは町に入る事ができた。


 警備兵の一人と共にコロコニの家へと向かう。

 小さな雑貨店だった。質素でも、コロコニの両親が守り育てようとしていた店。

 警備兵が扉を叩くと老婆が顔を出す。


「……おばあちゃん!」


 コロコニが老婆に抱き着き大声で泣き始める。

 孫娘を優しく抱きとめつつも彼女は困惑している。

 その泣き声に何事かと思ったのか、老人が着の身着のままで慌てて出てくる。

 彼がコロコニの祖父だろう。


「オレは旅人のリレックといいます。

 その、辛い事をお伝えしなくてはいけません」


 老夫婦はリレックの言葉と、

 コロコニが一人で帰ってきたという事実で全てを察したようだった。




 一晩泊っていって話を聞かせてほしいと頼まれ、雑貨店に一泊する事にした。

 老夫婦は見るからに憔悴し、

 料理すら上の空という状態だったのでリレックが代わりにやったほどだ。

 勇者の噂は知りたかったが、

 こんな状態の老夫婦にそれを聞く気は起きなかった。


 夜も更け、雑貨店の一室。

 三人が寝るには少し狭いが、

 屋根と壁がある安全な場所というだけで落ち着ける。


 ふと、扉が軽く叩かれる。

 音は弱く、精神の状態を物語るようだ。


「皆さん、お時間よろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 部屋に入ってきたのはコロコニの祖父。

 少し飲んだのだろう、酒の臭いがして顔が赤らんでいる。

 素面ではとても聞けないような話を聞きに来たという事。


「娘夫婦とあの子に何が起こったのか、詳しく聞かせていただけないでしょうか」


 リレックは経緯を全て話す。

 商人夫婦は護衛を装った野盗に殺され、コロコニだけは何とか逃げ出せた事。

 偶然コロコニを見つけた自分たちが彼女を助け、ここまで護衛してきた事。

 野盗どもの処分、逃げ出した親玉、コロコニが決意した復讐、何もかも。

 話を聞き終えると、強く握られた老人の拳が震えだす。


「私は……私は、救いようのない愚か者だ。

 倹約しろ、倹約しろと娘に教え続けたばかりに……!」


 絞り出すような嘆きの声。それは違う、とはリレックには言えなかった。

 親の教えを忠実に守った結果殺された娘。結果だけを見ればそうなってしまう。

 野盗が悪いと言っても、運が悪かったと言っても、

 今の老人には何の慰めにもなりはしない。

 だから、まだ残っているものの事を話す。


「コロコニは、この店を国一番の店にしたいって言ってた」


 リレックが言った言葉に、はっと顔を上げる老人。


「あの子はびっくりするほど賢いから、きっとできると思う。

 あんたがやる事は自分を責める事じゃない、

 あの子のために何をすればいいかを考える事だろ」


 優しさから出た言葉ではない。他人事だから言える冷たい突き放し。

 コロコニは祖父母を罵倒するような子ではない。

 彼女の怒りと憎しみは野盗の親玉にのみ向けられるもの。


 罵倒されたかったのだろう。

 無意味な自傷行為でしかないが、愚かな自分を断罪してほしかったのだ。

 リレックの言葉は、そんな事に付き合う気はないと一蹴したものに過ぎない。


 あの禁術使いのようになってはいけない。

 彼にはまだ孫娘が残っているのだから。

 老人の拳がゆっくりと解ける。その手が上がり、彼自身の頬を叩いた。


「……そうでした。あの子にはもう、私たちしかいないのですね」


 老人の目に力が戻ってくる。惑い嘆く者の目ではない、決意の目。

 彼はそれ以上何も言わずに頭を下げ、部屋を出て行った。


 ライチェたちが静かな事に気が付いて二人を見てみると、

 二人ともぐっすりと眠っていた。



 ***



 翌日。今までの疲れが溜まっていたのか、目覚めたのは昼前。

 昼食をご馳走になってしまった。


 老夫婦とコロコニの様子は、悲しみが癒えてこそいないが、大丈夫そうだった。

 店の外に出て、改めて外観を見てみる。

 現状は質素なものだが、これがどれだけ大きくなるかは楽しみだ。


「リレックさん。護衛の報酬、あんまり多くは出せないけど」


 コロコニが小袋を差し出してくる。

 受け取るべき物はちゃんと受け取る、遠慮をする意味もない。

 礼を言って受け取ろうとしたのだが、

 なぜかコロコニは小袋をずいぶん下に持っていて、

 立ったままでは受け取れない。


 屈んで中腰になるとコロコニがいきなり抱き着いてくる。

 そして、頬を軽くぺろりと舐められた。


「お、おい!?」

「……絶対忘れないよ。本当にありがとう!」


 驚くリレックを尻目に、

 顔を赤くしたコロコニは恥ずかしかったのか店に戻っていってしまった。

 最初からこうするつもりで小袋を下に持っていたらしい。

 老夫婦に目をやると彼らは微笑んでいた。


「重ね重ね、ありがとうございました」


 深く頭を下げて店に帰っていく老夫婦。

 妻の方が何かを思い出したようにこちらを振り向く。


「あの子は小さくても熊の子ですからね?」


 それだけを言って夫婦は店に入っていった。

 リレックは中腰のまま呆然と見送る。


 後ろを振り向きたくない。

 二人がどんな顔をしているか想像するだけで頭が痛くなってくる。

 しかしずっとこうしている訳にもいかないので、

 覚悟を決めて立ち上がり振り向く。


 ライチェはわくわくして、話でしか聞いた事のない色恋沙汰に興味津々。

 シュペナートはもう見るからに意地の悪そうな笑顔であり、

 リレックの予想通り過ぎた。


「あぁ、と、ところで、小さくても熊の子ってどういう意味なんだ?」

「熊の習性だな」


 話を逸らそうと、先ほど別れ際に言われた事を聞いてみる。

 シュペナートがすぐに答えてくれた。


「熊は最初食べたものに執着してそればかりを食べ、

 自分の物と認識したら決して手放さない、と本に書いてあった」

「食べられちゃいましたねえ」


 しみじみとリレックの頬をつつくライチェ。

 絶対忘れないというのはそういう意味だったのか。

 あの夜に交わした小さな約束だと思っていたのだが。


「頬をぺろっとされた時ってどんな気持ちでした? 教えてくださいよー」

「俺も聞きたいなー」

「あーもう、うるさい! さっさと宿を探して、勇者の話を聞きこみに行くぞ!」


 三人で騒ぎながら、ベンターナの町を見て回る。


「大人になったら本当に好きな男ができるだろ。

 オレみたいなろくでなしじゃなくて」


 大きくなって後からゆっくり考えてみれば、やっぱりないなと思うだろう。

 自分がその程度の男だという自覚はある。


 それでいい。コロコニには大きな幸せが訪れるべきだ。悲劇の分、幸せが。

 彼女の夢と復讐が共に成し遂げられる事を強く祈った。

 同じく夢と復讐を目的とする者として。




 *****




『微笑む女熊』


 ある町に居を構えていたという、混血の女商人。

 熊人との混血であり、熊の耳からこの名で呼ばれる。

 一代にして莫大な財を築き、

 王国で知らぬ者なき大商人となった彼女には、大量の逸話がある。


 孤児院に惜しげもなく寄付を行い、子供たちを救う聖人。

 需要と供給、市場の動きを完全に見極めて莫大な金を儲ける大商人。

 他にも挙げればきりがない。

 その中でもっとも有名な逸話が、復讐者としての彼女だ。



 彼女は幼い頃に野盗に襲われ、両親を亡くしている。

 野盗の親玉だけがどこかに逃げ、彼女は両親の仇を取る事を誓った。


 その時から二十年後。大商人となっていた彼女は、

 金とあらゆる人脈、伝手を使い親玉の事を徹底的に調べ上げた。

 親玉は南の村で店を構えていた。特に目立つ事もない、ありふれた店。

 両親から奪った命と金で作られた店を、彼女が許すはずもなかった。



 彼女が最初にやった事は、男の店を除いた村の全てを手中に収める事だった。

 金、人脈、情。あらゆる手段を用いて、それは半年で成し遂げられた。


 そのしばらく後、男の店でご禁制の品が発見される。

 本当に取引をしていたのかは定かではない。

 しかしこれを口実として店は売却され、男は村を追われた。

 知人も、友人も、親友と思っていた者ですら彼の味方をしてくれず、

 容赦なく責め立てる有り様だったという。


 そんな男の元に何者かが襲い来る。

 二十年の月日は腕を鈍らせ、命は奪われなかったが身包みを剥がされる。


 辛うじて辿り着いた町で、彼は旅人に追われる事となる。

 必死に逃げた先で彼が見たものは、正確な自分の似顔絵が描かれた指名手配書。

 罪状は強盗殺人。生死を問わず、報酬は目を疑うような金額だった。


 野盗のような襲撃者と何も持たぬ身を恐れて町からは出られず、

 町では誰一人として信用できない。

 かつて野盗、旅人として培ったものは年月で錆び付いて役に立たず、

 彼はただゴミ溜めに身を潜めて恐怖するしかなかった。


 そんな生活が数十日続いたが、彼はついに捕らえられ、

 女商人の元へ連行された。

 室内だというのに帽子を被っている美しき女商人は、男の前で種を明かす。


 全て自分が仕組んだ事だ。

 ご禁制の品が見つかったのも、村に誰一人味方がいなかった事も、

 都合よく命だけ奪わなかった襲撃者も、一枚しかない特製の指名手配書も。

 そしてお前がこの町で過ごした恐怖の日々も。

 人を雇って監視させ、わざと今日まで逃がしていたと。


 声にならない声で、なぜこんな事をと叫ぶ男。

 女商人は微笑みながら帽子をとった。

 彼女の頭には熊の耳。

 それを見た時の男はどんな気持ちだったのか、知る者はいない。



 その後、男はある貴族に売られたという。

 善良で真面目な女性であったが、一つ厄介な趣味を持っており、

 使用人たちを困らせていた。


 貴族の趣味は加虐であった。

 とはいえ一月に一度、跡が残らない程度にする良識は持っていた。

 女商人はそこに目をつけ、男をその趣味用に売りつけたのだ。


 貴族はいくら痛めつけても構わないその男を愛し、

 使用人たちは痛い思いをしなくて済む事と、

 自分たちの主人が生き生きと仕事をする事に喜んだ。

 貴族が老衰で没する六年後まで、毎晩のように男は愛されたと伝わっている。


 女商人の復讐はこうして成し遂げられ、

 彼女は"微笑む女熊"と呼ばれるようになったという。


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