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第六話 熊耳の幼子-5

 *****



 宿場を出てから三日目。シュペナートの推測が当たっていれば、

 待ち伏せを受けるであろう場所を通る日。


 前日に寝て、夜もそれなりに眠れたからかコロコニはしっかり歩いている。

 待ち伏せがあるかもしれないとは伝えておいた。

 恐怖心はあるだろうが、それ以上に顔に出ているのは怒りだった。


 そろそろ夕方になろうかという時間だというのに、

 まだ森が途切れる気配がない。


 待ち伏せを考えるなら早めに留まるべきだ。

 だが、追われている事を考えるなら少しでも先に進みたい。


 全員が南の森の方を注視して警戒していたが、

 何らかの気配を感じる事はなかった。


「すまないな、余計な事を言ったかもしれない」


 無駄な警戒をさせた事の責任を感じてか、それとも蓄積した疲労ゆえか。

 シュペナートの声には気力がなくなっている。

 気にするなと声をかけようとした時、服の裾が引かれる。

 振り向くと、コロコニが険しい表情で森をにらんでいた。


「血の臭いがするの。それと、焼いた肉の匂い」


 コロコニは熊人との混血であるため、

 純粋な魔族ほどではないが熊の特徴が表れる。

 視覚が弱い代わりに、鋭敏な嗅覚。それが異常を知らせている。


「どっちからだ?」

「風上から」


 風はゆるやかな向かい風。つまり、ベンターナの方向。

 自分たちと同じような旅人が野営しているのか。

 頭に浮かんだ甘い考えはすぐに捨てる。

 待ち伏せと考えた方がいいだろう。


「臭いの元は分かるか?」

「何となくしか分からない。お父さんなら分かっただろうけど……」

「何となくでも分かれば十分だ」


 父親の事を思い出し、泣きそうになるコロコニの頭を優しく撫でる。


「待ち伏せだと思って動く、あの作戦を使うぞ。ライチェ、先頭を頼む」

「はい、任せてください!」


 ライチェは元気に返事をして先頭に立って歩きだす。

 昨夜、作戦を立案したシュペナートは難しい顔をしている。


 旅人の野営だった場合、勘違いでしたでは済まない。

 とんでもなく荒っぽい方法。

 説明された時には、ライチェとコロコニは揃って引いていたほどだ。


「舞台を整えて待ってるっていうなら、その舞台をひっくり返してやるだけだ」


 そう言っていたシュペナートの言葉を思い出して苦笑しつつ、

 不自然にならないぎりぎりの警戒をしながら、道を進む。




「止まってください」


 日が沈みかける夕暮れ時、ライチェの鋭い静止。

 コロコニを守る位置へとできるだけ自然に立つ。


「道を外れないでください、草を編んだ罠があります。

 道の先には浅い穴がいくつか」


 獣を狩るためや、村落を守ろうとする罠ではない。

 戦闘を有利にするための対人用の罠だ。

 つまり、待ち伏せされていた。


「コロコニ、大体でいい。臭いの方向は分かるか?」

「もうちょっとだけ先だと思う。強くはなってきているけど」

「よし、待ち伏せに気付いていないように自然な感じで進むぞ」

「一回くらい穴にはまった方がいいでしょうかね?」

「やらなくていいからな」


 緊迫した状況にもかかわらずどこか呑気なライチェに頭を抱えつつ、

 穴を避けながら進む。


 シュペナートは話に入らず、集中して口を閉じている。

 合図ですぐに作戦を実行する手はずだ。

 作戦の要となるのは敵の位置の把握。可能な限り正確な位置が知りたい。

 直接は森を見ないように、リレックとライチェは視覚、

 コロコニは嗅覚に神経を集中する。


 そのまま、どのくらい進んだろうか。

 太陽は地平線に隠れ、辺りが暗くなり始める。

 遠くに森の途切れ目が見えた。


「臭いが、少なくなった……」

「ライチェ、シュペ!」


 コロコニの呟きを聞き、二人に合図を出す。

 自然な動きなどかなぐり捨て、森に潜んでいるであろう敵を探す。


 風上からの臭いが減ったという事は、

 野盗どもが隠れている位置を通り過ぎたという事だ。

 シュペナートはライチェの後ろに素早く移動し、魔術の詠唱を始める。


「"大地よ猛り吠えろ、我らが歩んだ土の欠片を天に届かせよ……"」


 シュペナートが土の魔術を使うのに、ここまで長い詠唱をするのは珍しい。

 それほどの大魔術。


 その声を裂くような、かすかに聞こえた風切り音。続いて甲高い金属音。

 森から飛んできた矢を、ライチェがはたき落とした。


「敵はわたしの向いている方向です!」


 ライチェの言葉を聞き、シュペナートはその方向を見据えて詠唱を続ける。

 矢を放ってきたという事は明確に敵。遠慮など必要ない。


「"天へと至りし大いなる道、我らが前に現れたまえ。めくれそびえ立て"ッ!」


 魔術が完成すると同時に、リレックたちの目の前で地面が浅くめくれ上がる。

 それはあっという間に、豪農の村で見た巨大な畑を

 そのまま立たせたような高さの壁となる。


 その壁から矢が顔を出す。

 壁はただの土で薄く、人が体当たりでもすれば易々と突破される程度の物。

 野盗は焦って向かってきているだろう。壁で時間稼ぎをして逃げるつもりだと。

 しかし、この魔術師が考えた作戦は逃げるためのものではない。


「"倒れろ"おぉッ!」


 叫ぶような一言の詠唱。

 その瞬間、土の壁は崩れながら森の方向に倒れていく。

 コロコニの頭を抱きかかえ、身を屈めて庇う。

 恐ろしいまでの轟音と風圧、砂塵が体に叩きつけられる。


 砂埃が晴れるまで待つと、自分が採用した作戦ながらあまりの情景に呻いた。

 小規模な土砂崩れを起こしたようなものだ。

 頑丈でない木々は薙ぎ倒され、大量の土砂で埋まってしまっている。


 罠も待ち伏せもまとめて薙ぎ払い、

 更に戦闘用の領域を無理矢理に作り出すという荒業。

 周辺への被害を一切考えないからこそできた。

 村や町があってはこのような事をやっていいはずがない。


 一応警戒はしているが、これだけの土砂に襲われて無事だとは思えない。

 生きていても瀕死、最悪即死だろう。


 禁術使いから貰った魔道具の補助があってこそ可能だったという。

 一日に一度が限界だが、魔術を使う際の精神のタガを緩める宝石。

 補助があるとはいえ、やろうと思えばこれだけの大破壊を可能とする

 友の魔術に、リレックは畏怖すら感じるほどだった。


「"大地に抱かれし者、我が瞳に見せよ"」


 土砂に手を当てて探知の魔術を使うシュペナート。

 あれだけの魔術を行使したからか、疲労の色が濃い。


 土の魔術による探知は"土の中に埋まっているもの"でなければならないという

 妙な制約があり、索敵には使えない。

 自分で埋めて探知する方法を見たのは生まれて初めてだが。

 探知を終えたシュペナートは、リレックに怪訝な顔を向ける。


「反応が六。一人足りない」

「何だって!?」

「警戒は怠らないでくれ。野盗どもの位置は分かったから、掘り起こすぞ」


 これだけの大破壊からどうやって逃れたというのか。

 回避のしようがない攻撃だったはずだ。


 魔術によって、土に埋まっていた野盗どもが畑から生える芽のように出てくる。

 全員辛うじて生きているようだが、確かに六人しかいない。


「いない! あたしたちを騙したあいつが!」


 野盗どもの顔を見たコロコニの叫び。

 彼女は親玉の顔を知っている、見間違えるはずもない。


 ライチェに周囲を警戒させ、

 シュペナートに野盗の一人を少しだけ癒してもらう。

 頬を張ってやると、すぐに目を覚ました。


「お前らの親玉はどこにいる、答えろ」

「言う気がないなら、お前はもう一度埋めて他の奴に聞くだけだがな」


 シュペナートと二人で頭に土をかけながら恫喝すると、

 男はあっさりと喋り始めた。


 親玉に言われて待ち伏せはしていたが、親玉自身は残ったのだという。

 森に仕掛けた罠に踏み込んでくるような馬鹿なら自分一人で余裕だと言って。


 話した男を殴り飛ばして再度気絶させ、

 別の男を起こして聞いたところ同じ内容を喋った。

 彼らに聞かされている情報はこれだけと考えていいだろう。

 後からこっそりついていったり、

 自分だけ単独行動する位なら共に行動して統率した方がいい。


「親玉の筋書き通りに事が運んだというわけか」

「どういう事だ、シュペ?」


 忌々しいと言わんばかりに吐き捨てられた

 シュペナートの呟きを聞き、説明を求める。

 これは推測も入るがと前置きがされた。


「捕まえたあいつの話だよ。

 今回が終わったら南で商売でも始めるつもり、というあれだ。

 最初からそのつもりだったんだ。

 要らなくなったこいつらを捨てて自分だけさっさと逃げるのさ」


 コロコニを仕留められるならよし、

 護衛に返り討ちにされても邪魔な部下を始末してくれただけ。

 血気にはやり森に突撃されたとしても、

 親玉は既に逃げているのだから護衛と警備隊が何人来ようが関係ない。

 そして何より奪った金品を独り占めできる。

 その金で店でも始めるのだろう。自分一人で。


 推測を聞いた野盗は激しくうろたえ出す。

 親玉が全ての金品を管理していた事を思わず漏らすほどに。

 その様を、コロコニは凍り付くような冷たい目で見ていた。


「多分もう大丈夫だと思います。

 獣の類も逃げてしまって、この辺りには何もいませんね」


 警戒していたライチェが寄ってくる。後は野盗どもをどうするか。

 殺してしまうのが一番手っ取り早く確実だが、

 そうするとコロコニは自分で手を下そうとする。

 こんなクズどもの命を背負わせたくはない。

 しかし見逃す事は決して納得しないだろう。


 ならばリレックたちの故郷の流儀でやる。

 コロコニに命を背負わせず、それでいて見逃さない方法を。


「シュペ、もう一働きできるか? "穴の裁き"だ」

「随分懐かしく感じるな。ぎりぎりいけるが、終わったら寝るから背負ってくれ」

「"穴の裁き"?」


 聞きなれない言葉に首を傾げるコロコニに、リレックは苦笑して答える。


「オレたちの故郷で、重犯罪者に行われた処罰さ」




 野盗ども六人を集め、魔術で深い穴の底にゆっくりと沈めていく。

 放り込んで死なせては意味がない。


 十分な深さにまで下ろしたら、

 余分に持ってきていた保存食と水の一部を放り込む。

 量としては一人の二食分。六人で分ける事もままならないだろう。


「"細き回廊を残し、穴よ閉じろ"」


 続けて魔術で穴の上部を狭め、

 口が細い花瓶のような形にして野盗どもを中に閉じ込める。

 最後に、近くの倒れた木に文章を刻んで完成。

 "これは穴の裁き。下にいるのは野盗、助けるべからず"。


 疲れて寝てしまったシュペナートを背負い、

 穴から聞こえる口汚い罵倒の声からさっさと離れる。

 コロコニはあまり納得がいかないようで、難しい顔をしてリレックを見ていた。


「オレたちの故郷は鉱山の村でな、

 酷い犯罪者の集団は鉱山にある穴に入れられて裁かれたんだ。

 裁きだからな、全員で協力すれば一人か二人は出られるようになってる。

 出られたなら無罪放免だ」

「そんな!? それじゃ逃げられちゃう!」

「安心してください、無理ですよ。

 すぐに死んだ方がマシだったって惨状になりますから」


 慌てるコロコニに対し、

 野盗への呆れというには冷たすぎる声色で説明するライチェ。


 まず、光の当たらない暗闇の密閉空間はそれだけで精神を疲弊させる。

 穴の底から何とか脱出しようとするだろうが、

 連中はまず誰が出るかで争い始めるだろう。

 全員で協力すれば一人か二人は出られるという事は、

 脱出した者が他を見捨てて逃げ出せば、残りは死を待つだけとなるからだ。


 罪を犯す者は緊急事態に陥ると人を信じない。

 そういう者を食い物にしてきたのだから、信じられるはずがない。


 そうして貴重な時間を無駄に浪費しながら、争いは更に激化する。

 今度は食料と水の配分で。

 言い争いならまだいいが、一旦手が出てしまえばもう止まらない。

 食料と水を奪い合い血みどろの殺し合いが始まる。

 誰かが死んだ時点で脱出の目が潰える事も忘れて。

 それを見越して、わざと食料と水を与えてあるとも知らずに。


 生き残った者は血と死の臭いが漂う闇の中、

 息が苦しくなっていく事に気が付く。

 リレックやライチェはその理由を知らないが、

 とにかく呼吸ができなくなっていくそうだ。


 そのまま生き残りは、先に死んだ方がよかったと思えるほどの

 恐怖と絶望と苦痛の中で死んでいく。

 これが"穴の裁き"。

 裁きなどと名はついているが、実際は残忍極まりない処刑だ。


 淡々と語られるおぞましさにコロコニの顔から血の気が引いていく。

 この恐ろしい裁きこそ、村人が集団で村長に抗わなかった理由。

 集団で反抗して中途半端に失敗しようものなら、この裁きを受ける事になる。

 リレックが物心ついてから七回行われたが、生きて出た者はいなかった。


「犯した罪の分、勝手に殺し合わせたらいい。

 死ぬ間際に反省くらいするだろう……でしたっけね」


 今となっては懐かしさすら感じる、あの村長らしい傲慢な言い回し。

 話を聞き終えたコロコニは、身震いをしながらも深く頷く。


「ただ殺したら、それで終わりになっちゃう。そういう方法もあるんだね……」


 そう呟いたコロコニの瞳は、

 獲物を定めた獣のような鋭い光を放っているように見えた。


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