第六話 熊耳の幼子-3
*****
コロコニを伴い、市場で必要な物を買い揃えていく。
ぼろぼろだった服を頑丈な旅装束に。子供用の小さめな外套も買う。
その度に申し訳なさそうな顔をして、
それはなくても大丈夫、もっと安い物でいいと止めてくるコロコニ。
母親の節約思想が染みついてしまっている事を感じさせた。
「必要な物を買ってるんだ、無駄遣いしてるわけじゃないぞ。
一人の不備は全員の負担になるからな」
三人で旅をしてきて、リーダーをなし崩しにやってきて、強く感じた事だ。
旅慣れない時は多々あった。王都へ向かう馬車で旅装束の尻の部分が破け、
裁縫用の道具がない事に気付いたり。
ライチェの足の部品がなくなりかけ、揺れる馬車の中で苦労して作ったり。
旅というものは何が起こるか分からない。だから準備は万全にしておく。
コロコニの親を悪く言いたくはないが、必要な物まで削ってはいけないのだ。
「いい感じです、似合ってますよ」
肌を露出しない旅装束と外套。
地味ながらコロコニに合った色合いの服をライチェが褒める。
我ながらそれなりにいい色を選んだと自賛する。
ライチェは色が分からないので、服の色や柄はいつもリレックが決めている。
シュペナートは商人に勧められ、
魔導書の切れ端を束ねたような冊子を興味深そうに見ている。
「それは無駄遣いだ」
振り向いて何かを言う前に容赦なく拒絶する。
面白そうな魔導書と見ればとりあえず欲しがる、シュペナートの悪い癖だ。
そもそも小さな宿場で売っている冊子に書かれた事など
たかが知れている。あの禁術でもあるまいに。
シュペナートは駄々をこねる子供のような顔でリレックに反論してくる。
「こういう物にこそ面白い事が書いてあるという事もなきにしもあらず……」
「風の初等魔術が?」
冊子をちらっと流し読みしたコロコニの一言。
早口で言い訳を並び立てていたシュペナートが、びくっと体を強張らせる。
「読めるのか!?」
「うん。魔術は使えないけど」
賢い子だとは思っていたが、この年で魔導書まで読めるとは思わなかった。
リレックは簡単な単語しか読めないので、証拠を示してくれたのが有難い。
そもそも使えもしない風の魔術が書かれた魔導書は一冊持っていたはず。
その魔導書もどきをどうするつもりだったのか。
言い訳を看破されたシュペナートはこっそりと商人に冊子を返している。
丸見えだが。
そんな情けない大人をよそに、
コロコニは水につけられた植物の茎をじっと見つめていた。
「欲しいんですか?」
「あ……ううん、そうじゃないよ」
ライチェの問いかけに首は振っているが、視線は茎から外れていない。
その辺りはやはり子供なのだなと安心した。
商人に聞いてみると、この茎は近くで栽培している食べ物らしい。
他の具と共に煮て食べるという。
それに興味がわいたので三人分を他の食材と共に買う。
「あ、あの、これって、無駄遣いなんじゃ……」
リレックの服の裾を引っ張って、おずおずと言うコロコニ。
先程魔導書を無駄遣いと断じたので、
あっさり茎を買った事に疑問があるのだろう。
「これは美味いし、好きなんだろ?」
「う、うん。でも……」
「だったら無駄じゃねえ。好きな美味い物を時々食うくらい無駄なもんかよ。
子供の頃から何もかも我慢してたら人生辛いだけだ」
そう言ってコロコニの頭を撫でると、
困った顔でリレックと野菜を交互に見始めた。
今まで親から教えられた事と真逆の事を言われているのだから仕方ないが。
リレックが喋った理由は半分だった。
もう半分は、昨日両親を失った子に言える事ではない。
"好きな物は時々食べろ。そうすれば次に食べる事を楽しみにできて、
どれだけ辛くても生きていける"。
子供の頃は母が好物を買う口実だと思っていたが、今なら分かる。
これは明日をも知れぬ旅人の心得であり、今のコロコニに必要な言葉なのだと。
「必要な物は買い揃えたし、明日は早い。
宿に帰ったらさっそくこいつを料理してみようぜ」
早朝に出発する事は伝えてある。
簡単な説明だったが、コロコニはそれだけで大まかに理解したようだった。
明日からは町まで一切気が抜けない状態になる。
野盗がいつ気付いて追ってくるか分からない。
こちらは子供を連れているので、どうしても移動距離が少なくなってしまう。
旅慣れないリレックたちが追手を常に気にかけながら、
五日間の旅をしなければならない。不安だらけだ。
それでもやるしかなく、不安など気にしていられない。
自分たちができる準備は全てやったのだから。
裾を掴んでいたコロコニの手を握り、手を繋ぐ。
リレックたちに命運を託すしかない小さな手。
何としても守ってやりたいと思った。昨晩なし崩しに助けた時とは違って。
大切なものを奪われた者が、その上で理不尽に死ぬなど許せなかった。
リレックの復讐が無為に終わると嘲笑うように襲い来る、
コロコニの死を払いのけなければならなかった。
宿の厨房を借りて三人で料理を作る。
ライチェは厨房に入る訳にいかないので、
日当たりのいい席で日向ぼっこをさせる。
自分たちで作った料理に加え、他の物もいくつか注文する。
これからしばらくは固くて塩辛い保存食が中心となる、
ちゃんとした料理はしっかり食べておきたい。
コロコニは物が食べられないライチェに遠慮していたようだが、
「わたしはお日さまの光を食べているんですよ」
そう言って夕日を浴びる案山子の姿に納得したのか、
既に食べ始めていたリレックたちに続いて料理を口に運んだ。
茎を使った料理は素朴な美味しさで、コロコニにとっての家庭の味なのだろう。
美味い事を伝えるとコロコニは安心したように笑顔を見せた。
それなりに楽しい夕食を終えて席を立とうとした時、服の裾が引かれた。
「リレックさんは、どうしてあたしを助けてくれるの……?」
コロコニの疑問はもっともだ。リレックたちに彼女を助ける義務はない。
報酬となりうる物は一切持っていないだろうし、
そもそも報酬の話をしてすらいない。
だが、理由ならある。
今の彼女を前にしてはぐらかす気も、嘘を言う気もなかった。
「オレ自身のためだ。昼に言ったよな、復讐する気持ちは分かるって。
お前を見捨てたら、オレの復讐も成し遂げられずに終わりそうで嫌だった。
自分勝手な野郎の酷い理由さ」
護衛に裏切られて両親を失ったコロコニに、嘘やごまかしは言いたくなかった。
きっと今でも恐怖と不安に必死で耐えている。
この上に疑心暗鬼など足すわけにいかない。
幻滅されるだろう。だがそれでも正直に答えた。
自分勝手な理由だからこそ、死力を尽くして守る。ただそれだけ。
返答を聞いたコロコニは、ライチェとシュペナートに視線を移す。
二人はどう思っているのかを知りたいのだろう。
「考えるのは苦手な人ですからね。だから、心にもない事は絶対言いません」
「考えつかないの間違いだろ?
理由はどうあれ、君は何があっても守る。そういう宣言だよ」
呆れたように言っているが二人は笑顔だ。
リレック以上に、リレックという人物について理解しているような気さえした。
コロコニはしばらく目を閉じ、
何かを決意したようでゆっくりと目を開け、リレックを見た。
「あたし、ベンターナまで必ず辿り着く。いつか復讐するためにも。
だから……どうか、あたしを守ってください」
「任せてくれ」
リレックはコロコニに右手を差し出す。その手を握るコロコニ。
子供相手に適当な事を言うようなものとは違う、契約の証として。
***
翌朝、まだ日は出ていないが空が明るくなりかけてきた頃。
昼頃ならそれなりに暖かいのだが、今はまだ肌寒い。
村の出口には隊長が見張りとして立っている。
「準備はできてるな?」
「ばっちりです。足も新しいのに変えましたしね」
昨晩、足の部品を全て新しくしたライチェはご機嫌のようで、
くるくると踊るように回っている。
普通に旅をするなら何も問題はなかったが、これからの五日間は違う。
最高の状態で出発したい。
「確認するぞ。オレが先頭で、コロコニ、シュペ、ライチェの順番で進む。
シュペは南の森に寄ってくれ」
全方位を見渡せるライチェを先頭にしたい所だが、野盗が来るなら背後から。
そのため、いつもと逆の隊列になっている。
南は森になっていて、北はそれなりに開けた地形。
北からくれば先に発見できる可能性が高い。
逆に言えば、奇襲されるとしたら南の森から。
できるだけ護衛対象のコロコニを森から遠くに配置した隊列だ。
「手を塞ぐわけにはいかねえし、疲れの事も考えたら
お前にも歩いてもらう事になる。いいな、コロコニ?」
「うん、大丈夫。この宿場までほとんど歩いてきたから」
力強く頷くコロコニ。緊張こそあるが落ち着いている。
生来の強さゆえか、意志と決意ゆえか。
自分たちもこの冷静さを保たねばならないと気を引き締める。
「よし、出発するぞ!」
頬を叩いて気合を入れなおす。隊長に会釈をして通り過ぎる。
「幸運を」
ただ一言リレックたちにかけられた言葉には、
何もできない自分への憤りと悔しさが満ちていた。
隊長の前でコロコニが立ち止まる。
「ありがとうございました、隊長さん。
お父さんとお母さんを迎えに来た時は、またよろしくお願いします」
コロコニの両親の遺体は警備隊が簡易な埋葬を済ませている。
正式に弔いたいという事だろう。
礼を言われた隊長は何も言わずに、警備隊の礼でリレックたちを見送った。




