表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/39

第一話 絶対にぶん殴る-2

 *****



 明朝、村の広場。

 村人たちがほぼ総出で見物に来ている中、リレックと村長が対峙していた。


 村長の後ろには五人の弟子。

 三人は全身鎧に身を包み、二人は小手と具足のみの軽装。得物は細身の両手剣。


 そして村長。六十を過ぎているというのに未だ衰えず、筋骨隆々の肉体。

 愛用の両手剣は、叩き斬る用途に使われる直剣としては異様なほど鋭利な刃。

 人を斬る度に研がれ、鋭くなっていったという殺人剣。


 リレックの装備は槍。防具は皮の手甲と具足で、金属で覆う部分すらない軽装。

 その後ろには、ライチェとシュペナートがいる。

 ライチェはいつも通りの姿。

 シュペナートは魔術の力を高めるらしい法衣を着ている。


「そいつらは何をしている」

「俺とライチェも一緒に戦うんだよ、見てわかるだろう」

「何を馬鹿な事を! 魔術師と案山子なんぞが出る幕ではないわ!」


 シュペナートの回答に怒る村長。

 そんな程度の怒りなど届かないと言わんばかりに魔術師は続ける。


「掟の全文は昨日確認したはずだ。

 村長と弟子五人を倒せば村を出てもよい、だったな。

 この掟には"挑戦者の人数"が指定されていない。

 一度に何人で戦っても掟には反しない。

 それでも三対六だ。

 一人に六人がかりでなければ勝てないというなら、武芸者を名乗るな」


 反論ができずに歯を食いしばる村長。

 この戦いは村人のほぼ全てが見ている。

 己が弱者と見られるような事を何よりも嫌う老人は、

 シュペナートの言い分を通すしかない。

 こちらの数が多すぎると戦い自体を拒否されかねず、

 村人たちに助力を求める時間も無いので、三人で戦う。

 昨晩聞いた作戦通りに、このインチキのような提案は通ったようだ。


「本来なら一人ずつ、一対一の勝ち抜き戦なんだよな?

 面倒だ、全員まとめてかかって来い。集団戦というのも面白いだろう?」

「そのよく回る口、すぐにでも塞いでやるわ……!」


 怒りで村長の顔が赤く染まる。シュペナートの作戦通りに事が進んだ。


 一対一の戦いでは村長の強さで負ける可能性があるし、

 魔術師が武芸者と一人で戦うなど愚行でしかない。

 弟子たちを速攻で倒し、三対一の状況に持ち込む。

 リレックが三人いても不可能だが、二人がいればできる。


 槍を構え、戦闘態勢をとる。村長たちも剣を構えた。

 ライチェが軽く地を蹴る。

 シュペナートの右手が複雑な印を描き、力強い詠唱が始まる。


「は、始めッ!」


 村長の息子である雑貨屋店主の宣言で、戦闘は始まった。




「"彼の者たちを抱け大地よ、その身の奥深くまで"!」


 シュペナートの魔術が発動し、村長たちの足元に落とし穴が出現する。

 村長と軽装の弟子二人は飛び退いて難を逃れたが、

 重装備の弟子たちは哀れにも穴に落ちた。

 彼が得手とする属性、土の魔術。


 詠唱に意味はあまりないと聞いた事がある。

 魔術に使う"力ある言葉"は、意味さえ理解していればどんな言語でも構わない。

 重要なのは意志。魔術師が思い描いた通りに

 魔術を生み出す意志こそが重要だと、得意げに話していた。


 リレックは魔術師ではないが、思い描く勝利がある。そのために駆ける。


「"閉じろ"ッ!」


 全ての落とし穴の壁が、開かれた本を閉じるように中のものを押し潰す。

 これで弟子五人をまとめて一掃するのが理想だったが、

 そう楽はさせてくれない。


 それでも三人は行動不能になった。

 残りの弟子はライチェに任せ、リレックは村長へと向かう。

 自分たち以外は誰も知らない、彼女の強さを理解しているから。




 不格好な走り方であるのに、猛烈な速度で迫り来る案山子。

 現実感はなく、悪夢のようだ。


 人ではない人形に遠慮はいらないと、

 弟子の一人は無防備に突っ込んでくる案山子に袈裟斬りを放つ。

 しかしその姿は突如として消え、剣が空を切る。視界の下端にちらりと映る頭。


 次の瞬間、おぞましい音と共に案山子の足払いが男にめり込んだ。

 足元に飛び込み、自分の右腕を杭のように地面に立て、それを軸にした足払い。

 しかし、足払いというには位置に語弊がある。

 踏み込んだ足の、脛の中間に打ち込まれた蹴り。


 案山子の膝から下は鋼鉄の棒になっている。

 彼女の全体重と加速が乗せられた一撃は、容易く骨を蹴り砕いた。

 転ばせようとした足払いではない、足を破壊するための蹴り。


 激痛に叫ぼうとする男だが、開いた口に容赦なく突き入れられた

 案山子の左腕が、声を出すどころか倒れる事さえ許さない。

 姿勢すら気にせず、いつの間にか立ち上がっている案山子は無表情を崩さない。


「こ、この化物ッ!」


 もう一人の弟子が、案山子の背に突きを放つ。

 それが分かっていたかのように、案山子は右の裏拳で剣を軽く弾く。

 バランスを崩した突きは、

 案山子に盾にされた同僚の脇腹を深々と突き刺してしまった。


 案山子に振り払われながら崩れ落ちる同僚、

 突き刺さった剣に引っ張られ大きく崩れる体勢。

 そして、足を振り上げようとしている案山子。

 口が微かに動くだけの時。助けてくれ、という言葉を言うにはまるで足りない。

 案山子の蹴りが、左腕を圧し折った。

 痛みで絶叫し、同僚から抜けない剣を手放し、尻もちをつく男。


「ま、待て、待ってくれ!

 ツィブレと村長に命令されたんだ、仕方なかったんだよ!

 見ての通りもう戦えない! たかだか畑一つじゃないか、もういいだろう!?」


 必死に右手を前に出し、言い訳を始める。

 武芸者として、あまりに無様な命乞い。

 いや。恐ろしい師に怯え、たかだか十四歳の少年に使われ、

 夜に畑を荒らした者などもう武芸者ではない。


「そうですね」


 凍った鈴が鳴るような声。

 くるりと背を向ける案山子に、許されたのかと安堵する男。

 次の瞬間、案山子の後ろ回し蹴りが男の右肩を砕く。


「畑を潰すような害獣は、駆除しなきゃいけませんね」


 案山子は畑の守り手。畑を破壊した者への怒りを示せるなら、どうなるのか。

 ましてやそれが、彼女に意思が芽生えてからずっと、

 共に笑いあった人の愛したものだったなら。


 あまりに遅すぎたが、ようやく男は自分がやった事を理解した。

 重い風切り音と共に振り下ろされる案山子の腕。

 頭への衝撃を感じ、男は意識を手放した。




 鋭い横薙ぎの斬撃を槍頭で受け流す。

 柄の部分で受け止めようものなら、諸共に両断されかねない。

 巨漢と言ってもいい村長の、重く隙のない一撃。

 弟子たちとは比べ物にならない。


 村長の稽古場には師範代がいない。

 何故なのか弟子の一人に理由を聞いた事があった。

 村長が教えるのは中伝まで。奥伝の剣技は決して教えてくれないので、

 誰も皆伝に至れないと言っていた。


 何となくその理由を察する。

 きっと怖かったのだ、弟子が師を超える事が。

 自分が最も強き者でなくなる事が。

 だから村人も無理矢理に繋ぎ止めた。

 誰もいなくなったら自分が一番強いと誇れないから。


「"大地の怒り、腕と為し振るえ"!」


 地面から現れた岩の腕が村長に振るわれる。

 逆手一本。岩の腕が真っ向から受け止められた。

 すかさず胴を狙った突きを放つ。隙だらけのはずなのに、躱された。


 反撃の突き。辛うじて躱したものの、右の二の腕が裂ける。

 咄嗟に後ろへ飛び退くと、

 目の前を横に薙がれた両手剣の切先がかすめていった。


「火や風なら……!」


 悔しそうに呟くシュペナート。

 土の魔術は攻撃するのならどうしても土や岩になり、

 搦め手も大半が地面からに限定されてしまう。

 防御ができない火や風の魔術なら効果的なのだが、彼には使えない。


「くそったれ……何て強さだよ……!」


 全身に細かい傷を負い、荒い息のリレック。

 先ほど傷ついた右腕は痛みこそあるがちゃんと動く。


 ここまでは作戦通りに進んでいた。

 弟子五人を一気に倒し、三人がかりで村長を倒す。

 弟子たちの強さはある程度知っていた。

 ライチェなら二対一でもあっさり勝つだろう。


 しかし、肝心な所で見誤った。

 猜疑心と高慢さだけを膨らませた老人だと思い込んでいた。

 村長があまりに強すぎる。

 シュペナートの魔術で援護してもらっていなければ、既に負けていた。

 ここまでの強さを持ちながら、辺鄙で小さな村の王でいる事を望んだのか。


 昨晩家を訪ねてきた弟子の寂しそうな笑顔が思い浮かぶ。

 既に倒された弟子たちの中にはいなかった。ならば、どこかで見ているはず。

 ただの農民に負ける程度の老人だと証明できたなら、

 彼は武芸者に戻れるのだろうか。


 中段の突き、もう一度中段。間合いは詰めず、村長を押し込むように攻める。

 視界に映った彼女の間合いへと。

 リレックは更に突きを上段へと放つ。村長が身を引いて躱す。


 しかし、身の引き方が異常。

 まるで背後にいる何かに突っ込むかのように距離をとる。

 背後から村長の脇腹に打ち込まれる回し蹴り。


「分からんとでも思ったか、案山子ィッ!」


 それを意に介した様子もなく、村長は背後にいる何かへと剣の柄を叩きつける。

 顔面をしたたかに打たれ、片方の眉がどこかへと飛んで行った。


「こっちを見てもいないのに……!?」


 片眉になってしまったライチェは、ふらふらと体勢を立て直す。


 威力を考えて回し蹴りを放ったのが裏目に出た。

 至近距離に入られ、足先や脛でなく太腿が当たっていた。

 あれでは威力など二割も出ていない。


 槍を避け、味方を巻き込みかねない魔術を使わせず、

 背後から襲い来る蹴りを封殺する。それを一瞬の判断で行う強者。


 だが、リレックとライチェは村長を挟み討ちにしていて、魔術の援護もある。

 相当に優位な状況。それなのに不安が消えない。


「二人とも、いくぞ!」


 リレックが号令をかける。きっちりと連携をとり、この一合で倒すため。

 それを聞いてにやりと笑った村長が懐に手を入れ、

 何かを取り出しざまに投げつけてくる。

 二本の投擲短剣。体を屈め、辛うじて躱す。


「ぐあッ!?」


 後ろで聞こえた声。咄嗟に動きを止めてしまうリレック。

 ちらりと見た。シュペナートの右肩口に短剣が突き刺さっている。

 目の前のリレックではなく、動かない魔術師を仕留めるための物だったのか。


「木偶がァッ!」


 体全体を使う振り向きざまの斬撃。ライチェの両脚が根本から斬り飛ばされる。

 即座に胴への蹴り。受け身も取れずに吹っ飛び、地を転がる案山子。


「ライチェ、シュペ!?」

「ぐ……俺は問題ない、集中しろ!」


 一合の攻防で連携をとるどころか、三人のうち二人が戦闘不能に追い込まれた。


 魔術を使うには手で複雑な印を結ぶ必要がある。

 肩口に短剣が刺さった状態では簡素なものしか使えないはずだ。


 そして、返事も返さずぴくりとも動かないライチェ。

 人間ならば激痛で気を失うだろうが、彼女に触覚はほとんどなく、

 痛覚もないに等しい。足の切断が原因ではないだろう。


 捕まえた女魔法使いは言っていた。

 胴に埋め込んだ魔道具の結晶が核で、それが人でいう心臓だと。

 生半可な衝撃では壊れないと豪語していたが、

 先ほどの一撃は生半可なものではなかったはず。

 様子を確認したいが、できるわけがない。目の前の老人を倒さない限りは。


「儂に、奥の手まで使わせるとはな。煩わしい連中よ」


 村長がリレックに向き直る。

 切り札は使わせたそうだが、それが何だというのか。

 ここまでの戦いで槍をかすらせる事すらできていない。

 槍頭が地面に触れそうなほど下がる。


 三人でこれなのに、一人でどうやって勝つというのか。

 最初から戦わず諦めた母の槍術で、ただの農民が。

 視線が下がる。諦めるための言い訳が次から次へと頭の中に浮かぶ。


「前を向けッ!」


 シュペナートの声が無理やりに前を向かせてくる。

 その姿を見るために振り向く事はできない。


「……次の一撃で決めてやれ。ライチェと俺がついている」


 シュペナートの苦しそうな声。村長の足元に転がるライチェの足だった棒。


 槍を回し、逆に持った。槍頭を後ろに、石突を前に。

 守りの事など一切考えない。この一撃で倒すと決意したから。


 村長は剣を上段に構える。もはや殺意を隠そうともしていない。

 どうせ負ければ、生きながら死んでいるような人生。

 良き人生を進んでいきたいから。


「おおおおぉぉッ!」


 吠える。地を蹴り突進する。槍の間合いよりもっと前へ、剣の間合いまで。

 村長が動く。全力で殺人剣が振り下ろされる、その瞬間。


「右を向けぇッ!」


 魔術師が叫ぶ。リレックは向きを変えない。

 村長もそんな下らない惑わしに引っかかるはずがない。


 村長の、大きく踏み込んだ袈裟斬り。

 しかし、そこに居るはずのリレックが突如消えて空ぶる。

 困惑の暇すらなく、村長は何かを踏みつけて足を滑らせ、体勢が大きく崩れる。

 踏んだのは案山子の足だ。何故か、村長の"右の足元"にあったそれを踏んでいた。


 地面に立つ対象の向きを瞬時に変えるだけの、悪戯のような土の魔術。

 魔術に疎い村長は知る由もないが、

 諦めかけていたリレックの向きを変えたのもこの魔術だった。


「おああああぁぁッ!」


 村長の左から聞こえる咆哮。

 崩れた体勢、袈裟斬りに振り切った剣では何もできない。

 リレックの渾身の突きが、村長のこめかみを打ち抜いた。


 しばしの静寂の後、恐るべき強さを誇った老体は

 剣を手から離し、力を失い地面に倒れた。

 槍を回し、老人の喉に槍の切先を突きつけるリレック。

 しばらくそうしていた後、槍を高く掲げる。勝利の証として。


 村人たちの大歓声。真っ向から理不尽に立ち向かった者たちへの凱歌。

 それを遮るように声を上げる、村長の息子。


「まだ弟子じゃない奴が一人、戦っていたんだ! まだ終わってない!」


 そう叫びつつ、近場にいた弟子の一人をリレックたちの方に押し出す。

 昨晩リレックたちの家に来た男だった。


 顔は腫れ、痣もいくつかある。

 勝手な事をしたため村長たちに暴行を受けたらしい。

 それでも男は言葉に従い、剣を抜いてリレックに近づいてくる。


 ライチェはまだ微動だにしない。

 シュペナートもうずくまり、痛みに身を震わせている。

 リレックは傷だらけの満身創痍。

 そろそろ立っているのも辛いほどなのに、もう一人などと。


「ふざけるなーッ!」


 地を揺らすほどの怒号。

 リレックたちの炎が燃え移ったように、村人たちが怒りを爆発させる。

 掟の前提すらひっくり返す暴挙に、村人たちの我慢も限界に達した。


「待ってくれ!」


 今にも手近の物を投げ、あるいは殴りかかろうとする村人たちを制止する男。


 逆上した村人の一人が男へ石を投げつける。

 避けようともせず、石は男の額を打った。

 血を流しながらゆっくりと歩く男の姿に

 何かを感じたのか、声は止み静寂が訪れる。


 男がリレックのそばまで歩み寄る。

 既に槍の間合いだというのに、ただ歩いてくる。

 男は、清々しい笑顔で言った。


「やっと気付いた。私は、君よりも武芸者で在りたい」


 男が頷く。リレックは男の胴を、石突で触れるように押す。

 男は剣を放り投げ、勢いよく仰向けに倒れた。


「参りました!」


 地面に横たわりながら、心から嬉しそうな敗北の宣言。

 とっさに一人と明言してしまった事を逆手にとった、

 リレックたちの勝利を宣言する言葉。


 再度の大歓声。村人たちが我先にと駆け寄ってくる。

 あまりに下劣な物言いをつけた息子は

 激怒した数人の村人に囲まれ、怯えながら村長に助けを求めている。


「な、なに、なに!? あ、あれ、わたしの足、ない? リレックさん!?」


 村人たちに抱えられ、リレックの元に運ばれる途中で動き出すライチェ。

 苦しそうな顔をしながらも、顔を上げ笑うシュペナート。

 二人の無事を確認して、全身の力が抜ける。

 倒れていた男が抱きとめてくれた所で、意識が途切れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 紹介文だけ見て、オズの魔法使いの農民版?とか思ったのですががっちりハードボイルドな展開ですね。続きを楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ