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第五話 豊穣の禁術-5

 *****



 窓から差し込む朝日で目を覚ます。

 子守唄のお陰でぐっすり眠ってしまったようだ。


 扉にもたれかかるように寝ているライチェと、

 道具の陰になっている位置で寝ていたシュペナートを起こす。

 ここが禁術使いの家だという事を忘れてはいない。

 リレックたちに何もしないのは確信しているが、備えを怠るのはただの阿呆だ。


 居間に行くと、フネラルが朝食の支度をしてくれていた。


「またシチューかよ、どれだけ作ったんだ……」

「三日分くらいかな? 一人だと面倒臭いんだよね」


 これで三食目になる同じシチューについ愚痴が漏れてしまったが、

 フネラルは気にしていないらしい。


 手の込んだ料理でも作ったらどうかと思ったが、

 彼にとっての食事は生命を維持するためのものでしかないのだろう。

 自分へ復讐している者が、自分に快楽を与えようとするはずがない。

 変わり映えのしないシチューを口に運んでいると、フネラルが話し出す。


「昨日は屈託のない意見をありがとう。

 一晩考えてみたけど、やはり僕は復讐を止める気はないし禁術も使い続ける」

「だろうな」


 最初から分かっていた。

 彼の復讐も、リレックの復讐も、

 誰に何を言われようが止まるはずがないのだから。

 復讐を完遂するまで終われない。


「報酬はこの宝石と、本棚の青い魔導書でいいか?」

「うん、それで構わないよ。それとは別に貰ってほしい物があるんだ」


 シチューを平らげたフネラルは、

 紙束を纏めただけの冊子をシュペナートの前に置く。

 そして、異形の杖に埋め込まれていた水晶の一個を外し、その隣に置いた。

 水晶は淡い輝きを放っていて、中に魂が入っている事が分かる。


 ライチェが怯えた様子でリレックの背中にしがみ付く。

 この冊子、いや魔導書が何なのかはっきりと理解した。


「力ある言葉が書いてあるだけでも、案山子さんには分かるのかな。

 彼女の察した通りさ。

 これに書いてあるのは禁術の力ある言葉だ。贄にする魂も必要だろう?」

「……なぜこれを俺に?」

「もっと強力な魔術をって思った事ない? 僕は禁術を使わずに後悔したから」


 フネラルの差し出す冊子をじっと見つめるシュペナート。

 よく見れば冊子は裏返しで、白紙の面を見せていた。

 いつもならリレックの方に視線を送り判断を任せてくれるのだが、

 冊子から目を離す様子がない。


 ライチェが体を揺すってくる。

 止めなくていいのかを言外に聞いているのだろう。

 そんなライチェの頭をそっと撫でてやる。

 リレックが口を挟む事ではない、友が決める事だ。


 シュペナートが手を出し、冊子に触れる。

 そのままフネラルの方に冊子を押し返した。


「結構だ。俺は己の意志だけで世界を変える、魔術師の誇りと共に在る」

「きっとそうするんじゃないかと思っていたよ」


 禁術使いへの侮辱ともとれるシュペナートの言葉を聞いて、

 フネラルは少しだけ寂しそうに微笑む。

 生まれからその誇りを持てなかった故の憧憬か、

 自分と同じ思いをする事になるかもしれない魔術師への哀れみか。


「君たちはこのまま村を出るのかな?」

「村長連中と会いたくないからな。あんたの事を口外するつもりもないぜ。

 あんたがいなくなったら、この村はお終いだろうからな」


 森にはフネラルを倒すために野盗がやってくる。

 フネラルがいなければ真っ先に狙われるのはトリステ村だ。

 腕自慢の荒くれ者どもを、小さな村の自警団が相手にできるとも思えない。


 あの村民たちなら禁術使いのフネラルを即座に討伐しようとする。

 後でどうなるかを考えもせずに。

 その上、リレックたちに討伐させようとしてくるだろう。


 こちらを易々と皆殺しにできる魔術師が、無抵抗で殺されるのが目に浮かぶ。

 そんな後味の悪い事をあんな連中のためにやってやる義理など欠片もない。


「僕がいなくなったら……そうか、考えてなかった。

 何か考えて適当に手を打っておくよ」


 家の鍵を閉め忘れた時のような気軽さで笑うフネラル。

 彼にとっても村民はどうでもいい存在らしい。


 シチューを平らげ、荷物を担いで家の外に出る。

 隣の畑は昨日と寸分違わず豊穣を保っていた。


 フネラルが手を差し出してくる。

 少しだけためらったが、その手をしっかりと握り返した。


「また……はない方がよさそうだね、お互いに。

 君の復讐が正しく果たされる事を祈っている。

 僕のような愚かな殺戮者にはなっちゃいけないよ」

「ああ。あんたも……その、気をつけてな」

「やっぱり親子だね、君と案山子さんは」


 生を望んでいない相手に"元気で"などと白々しい事は言えず、

 妙な言葉を選んでしまったリレック。


 それをライチェのお父さん呼びと重ねたのか、

 フネラルは微笑みでなく声を上げて笑った。

 つられてリレックたちも笑う。

 出会いはどうであれ、別れの時くらいは笑っていたいと思った。


 扉を開けて外に出る。

 振り向く事はせずに歩き出すと、すぐに扉は閉められた。

 それは拒絶ではなく、お互いに相手の事を考えた故だと分かっていた。



 ***



 村民に見つからないよう村の外周を回って、

 次の目的地であるベンターナへと向かう。


「そういえば、あれって相当珍しい魔導書だったんじゃ?

 よく欲望に負けませんでしたね」


 若干からかうようなライチェの言葉に、

 シュペナートは報酬として受け取った宝石を触りながら答える。


「悩んだよ。禁術を使えたらどうにかなったって場面もあるかもしれない。

 そうなった時に後悔しないように受け取る選択肢もあった。

 だが禁術を使ったら、誇りも可能性も捨てて禁術に縋ったと後悔しただろう」

「どっち選んでも後悔するんじゃないですか」

「だから……どうせ後悔するなら、俺の信じる道を進みたかっただけだ」


 ライチェと話しているようで、

 その言葉はリレックに向けられているような気がした。


「自分で選んだ道の先で後悔した方が、ずっといい」

「……そうかも知れねえな」


 どんな事柄であっても、後悔のない選択などきっとない。

 ならば己で選んだ道を貫く。復讐の拳を叩きつける。

 その結果が禁術使いのような酷い後悔だとしても、それと共に生きる。

 改めて決意を固めた。


「ベンターナに今度こそ手がかりがあるといいんですけどねえ」


 西を見ながら呟くライチェ。

 この村で待ち伏せるのがいいのか、先に進むべきなのか。

 情報は数日も前の事。当てにできるかと言われれば自信はない。


「進んでみなけりゃ分からねえよ。だが必ずあいつはぶん殴る、それだけだ」


 二人の前を歩きながら言う。きっとそれでいいんだと思いを込めて。

 ライチェとシュペナートはリレックを挟むように、苦笑しつつ隣で歩き出した。




 *****




『死せる土』


 村周辺の野盗を狩り禁術の生贄にしていたという、

 忌むべき魔術師が作っていたという畑の土。

 数年に渡り禁術を浴びたとされる土は命の気配を感じさせず、

 どんな草や虫でも育たない。


 この土に興味を持ち調べていたある魔術師は、

 指のかすり傷にこの土を触れさせてしまい、

 十日後に全身が壊死して死んだという。


 禁術に使われた魂が命を喰らう、件の禁術使いがそういう禁術を使った。

 数多の説と、好奇心に駆られたそれ以上の死者を出したが、

 真相は明らかにされていない。


 現在では国の管理下に置かれ、厳重に封印されている。



 死せる土を作り出した禁術使いが殺害した者の数は数百にも上り、

 絶大な威力の禁術を振るっていたといわれている。


 十年近く住んでいた村を恐怖で支配していたという彼は、

 唐突に村から姿を消した。

 自ら騎士団へと己の向かう先を通報し、

 彼はある山間の砦を目的地と定めていた。


 騎士団ですら攻略を諦める難攻不落の砦に住まう、

 百人を超える大規模な山賊団の住処。

 小さな村なら地図から消すとまで称された、残虐にして無双の山賊団。

 その砦に向かった騎士団が見たものは、凄まじい光景だった。


 砦どころか山肌すら滅茶苦茶に抉られ、

 微塵に引き千切られた人体が散らばる屍山血河の中で一人立つ男。

 異形の杖を持ったその男こそ、禁術使いだった。

 抵抗を一切せずに騎士団に拘束された禁術使いは、王都にて火炙りにされた。



 愚かしい魔術師たちは彼の禁術をこぞって求めたが、

 その全ては偽物でしかなかったという。

 騎士団に拘束される前、

 彼は禁術に関するあらゆる物を処分し、残していないからだ。


 唯一残っていた杖も彼と共に燃え尽き、

 彼が存在していたと示す物は騎士団のわずかな資料と"死せる土"だけとなった。


 まるで禁術を破棄したがっていたような行動に、

 彼がどのような目的を持っていたかは未だに考察され続けている。


 良心の欠片が残っていた、禁術への独占欲だった、

 証拠を処分して減刑を狙った……。

 あるいは滑稽無形な説として、

 自分自身の存在をこそ殺したかったから、とも。


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