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第五話 豊穣の禁術-3

 *****



 しばらく歩き続けていると、自分達以外の声が聞こえてくる。

 人数は五人のはずだが、一人だけが大声で喋り続けているようだ。


 音をできるだけ立てないように近づく。

 放棄された木の伐採場らしい、少し開けた空間。そこに五人の野盗がいた。

 先程から聞こえていた声は親玉らしい男が発していたようだ。

 森で狩った獣の肉を食いながら、上機嫌に話している。


「連中はこっちに気が付いてねえみたいだな。どうやって……」


 奇襲するのかと聞く暇すらなく、フネラルは力ある言葉を詠唱する。


「"水よ、我が敵を囲むが如く縄となりて飛べ"」


 開けられた水袋から飛び出した水が音もなく飛び、

 伐採場を縄で囲むように濡らす。

 野盗どもは一切気付いていない。

 リレックも詠唱を聞いていなければ

 一瞬過ぎて何が起きたか把握できなかった。


「仕込みは終わったからもう大丈夫、彼らと交渉しようか」

「え、ちょっとお!?」


 ライチェの制止も間に合わず、悠然と伐採場に踏み込むフネラル。

 リレックたちも慌てて後を追った。


「こんにちは、僕はトリステ村の魔術師です。野盗の方々ですか?」


 あまりにも呑気な挨拶をするフネラル。野盗たちは一瞬呆気に取られていた。

 しかし親玉らしい男がふてぶてしい笑みを浮かべ、置いてあった長柄斧を取る。

 親玉以外は非常に若い。父親と四人の子供のように見える。


「お前みたいな優男が噂の?

 まあいい、てめェを殺ればおれの名もますます広まるってもんよ」


 親玉と共に、リレックと同い年くらいの男女が立ち上がる。

 得物は剣と槍。

 野盗の物とは思えないほどによく手入れされていて、動きにも無駄がない。

 相当の手練と見ていい。槍を持つ手に力がこもる。


 今はある程度の距離があるが、その気になれば一呼吸で詰めてくるだろう。

 それを知ってか知らずか、フネラルは微笑みを崩さずいつも通りに話す。


「僕の質問には答えてくれないのかな? その子たちも野盗なんですか?」

「こいつらはおれのガキさ。ガキだからって侮ってると痛い目見るぜ」


 二人の幼い少女が大型の短剣を構える。やはり手練の動き。


「……うん、分かったよ」


 フネラルの顔から微笑みが消える。

 殺気というにはあまりに無機質な何かを感じているのは、

 リレックたちだけなのか。


 五人全員が野盗だとフネラルに宣言したも同然。

 その意味を知らず、豪放に笑う親玉の男。


「それじゃあてめェの首は頂くぜ、この"鋼割り"の……」

「"水よ、貫き食い千切れ"」


 男の言葉が終わらぬうちに詠唱を終えるフネラル。

 野盗たちはすぐさま防御の姿勢を取る。

 短い詠唱を聞いて、まずは避けるなり耐えるなりするのが最良と判断したか。


 フネラルの隣には槍を持ったリレックがいる。

 強行突破よりも確実さを取る、野盗とは思えないほど堅実な行動。

 相手がそこそこ優秀な程度の魔術師だったなら、だが。


 フネラルが左手を振ったと同時に、鋭い風切り音が連続して響く。

 次の瞬間、伐採場の四方八方から襲い掛かる何かが、

 親玉の体を真っ二つに引き千切った。

 他の四人は苦痛の声や悲鳴をあげる。

 両腕と両足を撃ち抜かれ、身動きが取れなくなっているようだ。


「必要なのは三つなんだ、お前は要らない」


 まだ辛うじて息がある親玉の前に立ち、

 詠唱しつつ水袋から一滴だけ水を垂らすフネラル。

 その一滴が視認できないほどの速度で落ち、

 親玉の頭を貫いて地面に穴を開けた。


 先程の魔術の正体をようやく理解した。水滴の矢だ。

 人体を容易く貫通するほどの超高速で放たれる水滴。

 最初に伐採場の周りを濡らしたのはこれが目的だった。

 周囲のどこから飛んでくるか分からない必殺の矢。

 回避などできるはずがない。


 何よりも恐ろしいのは水晶の光が消えていない事。

 これが禁術ではなく通常の魔術だという証明。

 魔術というものはここまで殺傷力を上げられるものなのか。寒気がした。


「それじゃ、交渉に入りたいんだけどいいかな?」


 フネラルの顔に微笑みが戻るが、野盗たちは恐怖しか感じていないだろう。

 あまりに凄惨な死に様に、味方のリレックすら吐きそうになっているほどだ。


 手練特有の不敵さは既になく、ただその場に座り込んでいる。

 後ろから、横から水滴の矢が襲ってくる可能性もある。

 身動きすらできないのだ。


「この杖の水晶が光っているだろう? 禁術の贄にするための魂が入ってる。

 三つ空きがあるから、君たちのうち三人の魂が欲しいんだ。

 本人の同意がないと贄にはできないからね」


 おぞましい事を言いながら、フネラルは水袋の中身を彼らの前にぶちまける。

 中身は当然ただの水。


 しかしこの魔術師を前にしては、

 人体を容易く両断するほどの武器を突きつけられるに等しい。


「そ、そんな事……」

「嫌ならこの場で殺すだけだ。それでも別にいいよ、まだ七つあるから」


 少女の抗議を容赦なく遮るフネラル。

 淡々とした口調が、嘘やはったりでないと何よりも物語る。


「この水晶に入れても、魂は生きてるよ。そうでないと禁術には使えないからね。

 早い者勝ちだ。

 魂だけでも生きるか、そこの死体みたいになりたいか、選んでくれ」


 冷静に考えれば救いなどではないが、

 それが分かるのはリレックが傍観者だからだ。


 親玉の凄惨な死体。それを害虫でも潰すかのように行った魔術師。

 自分たちは四肢を貫かれ、身動きすらできず出血で死を待つばかり。

 その状況で脅されたらどうなるか。


「日が暮れるまでに帰りたいし、もういいかな。じゃあ……」

「ま、待って! わ、分かったから! 殺さないで!」


 槍を得物としていた女が恐怖と焦りに耐えかねたのか、ついに同意する。

 即座にフネラルは女に杖をかざす。


 女の体から光る何かが現れ、

 杖に取り付けられた八つ目の水晶に吸い込まれていった。

 女は糸が切れたように倒れる。文字通りに魂が抜き取られたのだ。


「お、おれも助けてくれ! 魂だけでもいい、死にたくねえ!」


 女が一切苦痛の声を上げなかった事に安心したのか、男も同意する。

 フネラルは同じように杖をかざし、九つ目の水晶に男の魂を入れた。


 残すはまだ幼い少女二人。

 庇護者がいなくなってしまい、怯えた目でフネラルを見ている。


「後一人だよ」

「わ、私を助けて! 贄でもいいから!」


 少女たちへの冷徹な宣告。少しだけ年上に見える方が咄嗟に叫んだ。

 同じように杖をかざされ、杖の水晶は十個全てが淡い光を放つ。


 最後に残されたのは、一番幼い少女だ。

 迫りくる死の恐怖に怯えながらも、フネラルから目を離そうとはしない。

 いや、離せないのか。


 フネラルの右手が再度印を結ぶ。

 それを見た時、何も考えず彼の右腕を掴んでいた。


「この子も殺す気だな」

「そう言わなかったっけ?」

「もう"交渉"とやらは済んだ! この子まで殺す必要ねえだろ!?」


 親玉をおぞましい方法で殺して見せて、

 絶対的な力の差を見せつけ恐怖を煽る。

 拠り所を突然失い、今にも襲い来る死との二択を迫られる。

 抗える者がどれだけいるだろうか。


 しかし、それももう終わった。これ以上、杖に魂は入らない。

 死に怯える少女をわざわざ殺す事に、何の意味があるのか分からない。


「君ならきっとそうすると思っていた。

 だけど君は、次の言葉で僕の腕を離すだろう」


 いつもの微笑みではなく、

 悲しみと寂しさが混じったような表情を向けてくるフネラル。


「これは僕の"復讐"なんだ。君は復讐を止めろと言われて止められるかい?」


 それを聞いた時、リレックの手から力が抜ける。

 止めろと何人に言われてきたか。それでも止められないから今ここにいるのに。

 少女を残酷に殺そうとする禁術使いが、自分と重なって見えてしまった。


 フネラルの予言通りに手を放してしまう。

 よろよろと後ずさりするリレックを、ライチェが支えた。


「……だが、四肢を射た傷は意図的に癒せる物にしてある。

 貴方ほどの水の魔術なら、癒せないはずがない」


 シュペナートの声は震えている。

 フネラルの心持ち一つで周囲から水滴の矢が飛んでくる状況、

 恐怖を感じない者はいない。

 それでもリレックの肩を震える手で掴み、命懸けで言葉を紡いでくれている。


「命を助けてもいいと思っている証拠じゃないのか?」


 自分でも苦しい詭弁だと思っているのか、シュペナートの表情は暗い。

 大雑把に狙って射ただけという方がよほど説得力がある。

 リレックの良くはない頭ですら、そう思うのだから。


「なるほど、君は癒しを得意とする魔術師か。

 僕はやる気なんてないけど、その子の傷は君に癒せるかい?」

「……完治とまではいかないが」


 シュペナートに掴まれている肩が痛む。

 その原因は恐怖か、リレックへの非難なのか。


 フネラルは返答を聞き、左手をゆっくりと下ろした。水滴の矢は飛んでこない。

 しかし、彼の右手は未だに印を結んでいる。


「じゃあ、彼女に機会をあげようか。

 僕が殺さなくてもいいと思ったなら見逃そう」

「気分次第なんてあてにならねえ」

「なぜそう思ったのか、理由もちゃんと説明するよ」


 リレックの制止が伝わったのか、シュペナートの詭弁に乗ってくれたのか。

 フネラルは怯える少女をじっと見据える。少女は声すら発さない。


「さて、聞いての通りだ。これからいくつか質問をさせてもらう。

 返答次第では生きていられるかもしれないよ、しっかりね」


 まるで他人事のように言うフネラルに対し、涙を浮かべながら何度も頷く少女。

 リレックたちにはこれ以上どうする事もできない。ただ見守るだけだ。


 フネラルはリレックたちに背を向けているが、攻撃するような理由はない。

 少女は明確にこちらを殺そうとしてきた野盗の一人なのだから。

 意味もなく殺されるのを見ているのは、寝覚めが悪かったというだけ。


「僕は君のお父さんを殺したけど、僕が憎くはないかな?」


 少女は激しく首を振る。

 今は憎しみより恐怖が先に立っているのか、本心のように見える。

 それとも、ここで憎いなどと言ってしまえば

 即座に命がなくなる事を分かっているのか。


「お母さんとか、親族は"あれ"以外にいないかな?」

「い、いない……お母さんの話、一回も聞いた事ない……」


 わざと挑発するように親玉の死体を"あれ"呼ばわりするフネラル。

 挑発に気付く余裕すらないのか、少女は素直に答える。


「最後の質問だ。物心ついてからずっと、お父さんと一緒に野盗をしていた?」


 少女は口をぱくぱくと動かし、激しく視線を動かす。

 どう返答すれば助かるのか、それを必死に考えている。


 その姿にいたたまれなくなる。

 リレックがやった事は、死刑執行までの時間を

 少しだけ伸ばしただけなのかもしれないと。


「ほ、他の事は、教えてくれなかったから……」

「そうか」


 少女の答えに、フネラルは深いため息をつく。

 次の瞬間、水滴の矢が少女の頭と心臓を射抜いた。


「なら、君を生かす意味はない」


 フネラルは少女の死体を一瞥してリレックたちの下に歩いてくる。

 ほんの数歩だというのに、その時間はあまりにも長く感じた。

 リレックが口を開く前に、フネラルは話し始める。


「理由を説明しておくよ。

 さっきの質問で、あの子は野盗以外何もできないと分かった。

 父と姉を殺されても保身を優先する意志薄弱さ、親族のいない天涯孤独。

 その状態で野盗以外何もした事がないなら、野盗しかできないからね。

 だから殺した」


 口に出そうとしていた抗議が、喉から出る前に消えた。

 実際に彼の言う通りだろう。

 他に生きる術を知らない子供が、野盗以外の事をできるはずがない。


 大蛇の村で出会った火の魔術を操る少女とは違う。

 あの子は外道に堕ちずとも一人で生きる術をちゃんと知っていた。


 血だまりに倒れ、もう動く事のない野盗の少女は奪う事でしか生きていけない。

 それが理解できてしまうから、言葉が消えてしまった。


「……他の事ができるようになったかもしれないだろ!?」


 自分の口から、驚くほど白々しい抗議が出てきた。

 それを見透かしたかのような、フネラルの冷たい目がリレックを見据える。


「そうだね。君の復讐相手もきっと改心しているよ」


 あまりに白々しい二人の言葉に、ライチェとシュペナートは何も口を挟まない。

 どちらもそんな事は欠片も思っていない。

 たとえその言葉が真実だったとしても、復讐に何の関係もないからだ。


 ツィブレが改心していようがリレックは殴りに行く。

 改心と罪に対する罰は別物だ。

 同じく、フネラルにとって野盗の将来など知った事ではない。

 今、野盗だから殺すだけ。


 彼なりに精一杯の恩情を与えたのだろう。少女はそれを掴めなかっただけだ。

 分かってはいるが、感情はどうにもならない。


「それじゃ、獣が食べるといけないから埋めようか」


 フネラルの詠唱と共に、水の大刃が地面を深々と抉り取る。

 その穴に野盗の死体を放り込み、土を被せる。


 最後に死んだ少女の顔は、一瞬だけ見えた救いを掴めたとでも思っていたのか、

 安堵のような表情を浮かべていた。


 どうせ死ぬのなら訳も分からないまま死んでいた方がよかったのか。

 ただ恐怖を長引かせ、存在しない希望に縋らせただけだったのか。

 答えが出るはずもない問いを、土を運びながら悶々と続けた。


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