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第五話 豊穣の禁術-2

 *****



「どうぞ。これでも料理には自信があるんだよ」


 男が食卓についたリレックとシュペナートの前に野菜シチューの皿を置く。

 その言葉通り美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。


「あの、これ、野菜……」

「案山子さんには何か分からないか。こっちの四角く切ってあるのは……」

「そうじゃなくって!」


 呑気に具を説明する男に、悲鳴のような声を出して首を振るライチェ。

 知りたいのはそんな事ではない。

 この具は、あの畑から採れたものなのかという事だ。

 そんな物を口にして無事で済むとは思えない。


 しかしリレックには確信に近いものがあった。匙に具をすくい、口に運ぶ。

 それを見てシュペナートも覚悟を決めたのかシチューを食べる。

 ライチェは泣きそうな声でうろたえていた。


「禁術を使った畑で採れた物を、よく口にできたね?」


 男がついに禁術の事を口にするが、リレックは落ち着いていた。


「そんな野菜入ってねえよ。畑自体に足跡どころか野菜を収穫した痕跡もない。

 あんた、あの畑の野菜を一回も収穫した事ねえな」


 収穫すれば実はなくなる。

 全部食べられる野菜などはもう一度植える必要がある。

 それなのに、あの畑はきれい過ぎた。

 人の手が一切介在していない畑などあり得ない。


 禁術の畑で作られたのだとしても野菜自体は恐らくただの野菜。

 切っても即座に元の形に戻る野菜など料理しようがない。

 料理にも使えるし、当たり前だが腐る。

 新鮮な物を用意するのなら畑に入らなくてはいけない。


 なのに畑には足跡一つない。

 ここ数日はずっと晴れだったので、雨で流れたという事もない。


「そして、今オレたちが食ったのはあの畑になかった野菜だ。

 村で買ってきたやつだろ。オレみたいな農民は騙せねえぞ」

「そもそも来客なんか想定していない自分用の食べ物だろう。

 食べられない物が出てくるはずもない」


 農民とは土と共に生きる者。土の魔術師もそう。だからこその自信と誇り。

 男はやはり微笑んだままだったが、どこか嬉しそうだった。


「わざわざ食べてから指摘する必要なかったと思うんだけど」

「腹が立ってたんだよ。腹が減ってもいたけどな」


 リレックがそう言って男をにらみつけると、男はごめんごめんと気さくに謝る。


「こんな風に人と一緒に食事をするのは久しぶりでね、

 つい意地悪したくなってしまったんだ。

 案山子さんには悪い事をしてしまった」


 ライチェを見てみると、へなへなと床に崩れ落ちている。

 腕を握って起こしてやると結構強めに肩を叩かれた。


「そういう事は先に言ってくださいよぉ! わたし、わたし、本当に……」

「悪かったよ、だから叩くのは止めろって、痛い」


 子供をあやすように抱きとめる。

 ごく稀に、ライチェの感情が爆発してしまった時などは

 こうしてなだめたものだ。

 大抵はツィブレに畑を荒らされた怒りだったような気がするが。


「ははは、女の子? を泣かせちゃ駄目だよ」

「誰の所為だと思ってるんですか……!」


 呑気にシチューを食べながら笑う男。

 殴りかからんとするライチェを押し留める。

 男は怯えも逃げもせず、悠然とシチューを平らげた。

 そしてリレックたちを見る。相変わらず微笑んだまま。


「先ほど言った通り、あの畑は僕の禁術で豊穣を維持している。

 魂一人分につき二百日の豊穣を保つ魔術だ。

 いかなる害からも守られ、雑草も生えてこない」

「その魂は、どこから入手してるんだ」


 人の魂がその辺りに生えているはずがない。

 どこかから調達する必要がある。


 男は椅子から立ち上がると、立てかけてあった杖を手に取る。

 杖には無理矢理埋め込んだかのような十個の水晶があり、

 異形と呼ぶにふさわしい。

 水晶の七つは淡く輝いており、三つはただの水晶に見えた。


「この魔道具も禁術で作られた物なんだけどね。

 一つの水晶につき一人分、人の魂を保管しておけるんだ。

 ここに野盗や山賊の魂を入れておいて、必要な時に使っているんだ」


 男はおぞましい事を言いながらも微笑みを崩さない。

 リレックたちを残り三つに入れる事もできる。

 それができるだけの能力を持っているだろう。

 そう考えて、匙を口に運ぶ動きが止まってしまう。

 その様子を見て、男は微笑みながら首を横に振った。


「野盗じゃない君たちにそんな事しないよ。そもそもできないからね。

 禁術の贄にするには当人の同意が必要なんだ。

 泥酔させたり、朦朧とさせた状態では駄目。

 はっきりと、自分の意志で同意する必要がある」


 シュペナートに目をやると、小さく頷いて肯定の意を示す。

 もちろんシュペナートは禁術など使えやしないが、知識としては知っている。

 知っていなければ危険かどうかも分からない。彼の母の口癖だった。


 しかし、そうなると疑問が残る。

 野盗たちはなぜそんな事に同意したのだろうか?

 少なくとも七人が禁術の生贄になるのに同意したという事だ。

 理由が分からない。


「君たちのような、確固たる意志を持つ人が相手だと絶対に無理な方法さ」


 リレックの心の中を見透かしたような男の言葉に、息を飲む。

 相変わらず微笑んだままの男の中に、凄まじい憎悪を感じたような気がして。

 自分自身をも破壊しかねないほど巨大な、リレックが心に持つものと似たもの。


「何となくだけど君とは似たものを感じるんだ。僕はフネラル、よろしく」


 禁術使いフネラルもリレックに対して同じ事を感じていたようで、

 気さくに自己紹介してくる。


「あ、ああ。オレは……」

「待った、それ以上は言っちゃいけない。魔術師さんなら当然知ってるはずだ」


 こちらもと自己紹介しようとしたリレックを止めるフネラル。

 シュペナートは難しい顔をしてフネラルを見ている。

 相手の意図が分からないといったところか。


「相手の名を知っていれば意志を乗せやすい。

 名前も力ある言葉の影響を受けるからな」


 シュペナートの説明を聞き、

 あっさりと自身の名前を教えたフネラルをまじまじと見つめる。

 こちらを信用している証なのか、余裕の表れなのかは判断がつかない。


「禁術使いに名前を教えるのはお勧めしないよ、碌な事にならない」

「自分で言うんですか……」


 呆れ声のライチェ。まさか禁術使い本人直々に言われるとは思いもしなかった。

 フネラルはそれを気にした様子も無く、相変わらず微笑んでいる。


「そうだ、僕の頼み事を請けてくれないかい? ちょっと人手が欲しかったんだ」

「悪いが、オレたちは急ぐ旅なんだ」


 即座に断る。

 急ぐ旅なのは本当だが、それ以上に一刻も早くこの村から離れたかった。

 村長たちにこの禁術使い。関わり合いになって得な事は何一つない。

 畑につられてここに来てしまった、己のうかつさを呪った。


「よければ、その目的を教えてもらってもいいかな?」

「復讐だよ。オレの畑を潰した奴をぶん殴るために、急がなきゃいけないんだ」


 これも即座に答える。

 言い淀んだら方便だと思われるだろうし、

 とっさに嘘をつけるほど頭は回らない。

 ずっと微笑んでいたフネラルが初めて驚いたような顔をした。


「でも、僕の畑を見に来る時間はあるんだろう? 一晩だけお願いできないかな。

 要らない魔道具とか、もう読まない魔導書とか持っていっていいからさ」

「魔導書か……」


 痛い所をつかれた上に、シュペナートが興味を示す単語が出てきてしまう。

 禁術使いが持っている魔導書となれば珍しい物がある可能性は高い。


 リレックの肩に手を置くシュペナート。

 ライチェが引きはがそうと頬を押しているが力を込めて抵抗している。

 肩に置かれた手を力いっぱい握ってやると痛がって手を離した。


「内容次第だ。話せないような事じゃないよな?」

「ちょっと、リ……えと、ええっと……お父さん!?」


 話を聞く姿勢を見せるリレックを咎めるライチェ。

 名前を呼びそうになって、

 とっさに出てきたのがよりにもよってお父さんらしい。

 確かに案山子としてのライチェはリレックが作ったので、

 父親というのも間違ってはいないが。


 案山子の言葉選びが面白かったのか、

 フネラルは微笑みでなく声を上げて笑った。


「野盗の討伐に同行してほしいんだ。と言っても君たちはいるだけでいい。

 人数で警戒させて初動を抑えたいんだ、

 いつもは僕一人だから交渉に難儀しててね」


 単独で野盗どもを殲滅してくるという事は村長も言っていた。

 危うさなど一切感じさせない絶対的な自信。

 リレックと同じく気になった単語があったようで、シュペナートが口を挟む。


「交渉とは? 戦わないように取引でもしているのか?」

「ちょっと説明しておくよ。近くの森に住み着いた野盗なんだけど、

 和解するような交渉は通じない。

 連中は度胸試しと箔をつけに来ているようなものだから」


 フネラルが近くの森で幾度も野盗どもを殲滅し、

 トリステ村の村人がそれを広めてしまった。

 自分たちの村周辺は安全ですよ、と宣伝しているつもりだったのだろう。


 それを聞いて調子に乗った者、腕試しも兼ねて森に来る者、

 フネラルを倒し箔をつけようとする者など、無法者が集ってくるようになった。

 それら全てを殲滅し続けたフネラル。


 今や噂は尾ひれ背びれどころか、

 得体の知れない尻尾が十本くらい生えているような有様。

 森の野盗も後を絶たないのだという。


「僕としては禁術の贄が向こうから来てくれるんだから有難いんだけど、

 定期的に駆除しないといけないのは面倒かな」


 野盗とはいえ人には違いないのだが、

 フネラルの言い方は野菜についた害虫を払うのと同じもの。

 リレックたちに対する態度と決定的に違う。その疑問を言ってみる。


「野盗と何かあったのか?

 確かに迷惑な犯罪者連中だが、それだけとは思えねえんだが」


 最初に会った時、

 フネラルは野盗や賊でなければ危害を加える気はないと言った。

 逆にいえば、野盗や賊だと冗談でも言ったならば即座に攻撃してきただろう。


 リレックの質問を聞いたフネラルは、

 ずっと貼りついていたような微笑みを無表情に変えた。


「……五年前に妻と娘が野盗に殺されてね。

 僕が野盗を贄にするのは、復讐なんだ」


 ぞっとするほどの殺意と憎しみ。

 彼がどれだけ妻子を愛していたのかが、容易に想像できる。

 愛すれば愛するほど、それを奪った者への憎悪は大きくなる事を知っている。


「最初は単に人手が欲しくて言ったんだけど、君は目的が復讐だと言ったよね。

 なら見てほしいと思ったんだ。僕の復讐は正しいのか、間違っているのか」


 同じ復讐者であるリレックに、

 自分がやっている復讐の是非を判断してほしいと。

 憎悪の大きさがあまりに違い過ぎ、そんな判断ができるか分からない。

 リレックの方は大切にしていたとはいえ畑。

 フネラルは何よりも愛していた妻子。


 なによりリレック自身、この復讐が正しいかどうかなど分かっていないのに。

 だからこそ、だろうか。ライチェをじっと見つめたのは。


 リレックが何を言いたいのかを察したライチェは

 頭を抱えながらも、反対はしなかった。


「オレがそれを言ったとしても、オレ個人の意見でしかないんだぞ」

「もちろん分かっているよ。それでもだ」

「なら、請ける」

「ありがとう。よろしくお願いするよ」


 フネラルが差し出した手を握り返す。

 彼の無表情だった顔に再度微笑みが戻った。


 シュペナートは部屋の棚にある魔導書ばかりちらちらと見ており、

 ライチェに怒られている。


「それじゃ善は急げだ、日が落ちる前に終わらせようか。早速行こう」


 杖を手に立ち上がるフネラル。

 急いでシチューをかきこみ、リレックたちも続く。


「日が落ちるまでに野盗を見つけるなら、

 広域を感知する魔術でもないと無理だが」


 シュペナートの指摘に対し、フネラルは手で印を作る。

 彼が軽く息を吐いただけでコップの水が浮かび、

 くるくると回ってからコップに戻っていった。


 水の魔術。

 言葉すら発さずに行使されたそれを見て、シュペナートは青ざめている。


「大まかな位置には目星をつけてあるし、僕が水の魔術で探知するよ」


 とんでもない相手と関わってしまった事を今更ながらに実感する。

 だから言ったのにと言外に非難してくるライチェの冷たい視線から、

 シュペナートと共に目を逸らした。



***



 フネラルの家から少し歩いただけで森に入る。

 勝手知ったる場所なのか、フネラルは獣道を何事もないように歩いていく。

 どこから野盗が襲ってくるか分からない森の中。一応、周囲を警戒はする。


 まるで散歩でもするように歩いていくフネラルについて行くと、

 少し開けた場所に出た。

 薪の集積所として使われていた場所なのか、

 壁が朽ちて内装が見える古びた小屋と、小さな井戸がある。


 フネラルは備え付けてあったぼろぼろの桶に水を汲み、

 小屋にもたれかかって座り込んだ。


「よし、それじゃ詳細な位置を探知するから、少し休んでいて」


 小屋の中で休もうかとも考えたが、

 カビと埃まみれで変な虫までいたので入るのを止めた。


 ライチェは小屋に背を預けて立っている。

 その姿は場所と相まって、使われなくなって放棄された案山子を連想させた。


 もしリレックとシュペナートが旅の途中に死んだなら、

 彼女はどうするのだろうか。

 自由にしたい事をするのか、新しい畑や主を探すのか、

 このような場所でただ朽ちるのを待つのか。


 そんな事を考えながら見つめていたリレックに気付き、

 ライチェはきょとんとしていた。


「"水よ、爆ぜて見えぬ薄き布となり空に混ざれ。汝が届く限りに世界を教えよ"」


 フネラルの詠唱と共に桶の水が浮き上がり、一切の音を立てず爆発した。

 体が一瞬だけ濡れるような感覚。

 服や体を触ってみても、濡れてなどいなかった。


「水でできた見えないほど薄い布で、この辺り一帯を覆うような探知魔術だ。

 探知の範囲が尋常じゃない。

 この森の半分近くが範囲に入っているんじゃないか」


 もはや驚愕を通り越して、呆れたような口調で説明してくれるシュペナート。

 その凄さをリレックが理解できないでいると、フネラルが口を開く。


「……見つけた。北東の方角に五人、予想通りの場所だ。行こうか」


 詠唱を終え、立ち上がるフネラル。

 リレックたちも休憩を終え、彼に再度ついて行く。

 槍を手に取る。野盗の所に向かっている以上、背にしておく理由もない。


「多分槍を振るう事にはならないと思うよ」

「そうなんだろうが、いきなり弓矢でも射られたら危ねえからさ」


 ライチェほど正確無比ではないが、

 リレックも飛来する矢を槍で弾く事くらいはできる。

 いざとなればライチェと前に出るつもりだ。

 フネラルは微笑みの中に少し困ったような様子を加え、リレックに言った。


「君なら、僕がやる事を必ず止めようとするだろう。

 だけど一切手を止めるつもりはないからね。何を言われようとも」


 警告というよりは宣言。フネラルが何をするのかは分からないが、

 リレックがそれを止めても怒りはしないだろう。


 何を言われようと実行する。覚悟を語っただけだ。

 その覚悟は、邪魔をするなら

 お前を殺してでもとすら言っているような気がした。


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