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第四話 自由な奴隷-1

 *****




 奴隷。


 名誉、権利、自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる者たち。

 彼らは物でしかない。主の気紛れで命が左右される存在。


 それでも彼らはその地位に甘んじる。何もかもが足りないからだ。

 金、力、知識、そして意志。

 何も持たぬがゆえに奴隷として留まり続けるしかない。


 意志なき奴隷が突然自由になったなら、その末路はより悲惨なものだ。

 持たざる者がただ何となくで生きていけるほど、この世界は甘くない。




 *****




 王都から徒歩で八日。目的地であるビリエット村が見えてくる。

 多少旅慣れてきた事を実感する。足の痛みも旅立ちの頃と比べれば少ない。

 景色を楽しむ余裕さえあった。今も村近くの景色に圧倒されている。


「すごい……どれだけあるんですか、この畑」


 大きく腕を広げるライチェ。

 目の前に広がる畑は、横幅が腕の長さの数十倍はあった。

 リレックの畑とは規模が違い過ぎる。

 整列した野菜が生えていなければ、道か平野にしか見えないくらいだ。

 しかもそれが、見えるだけで三枚。十数人の人々が畑で水やりをしていた。


「奴隷をこんなに使っているのか、豪農だな」


 首に手を当てるシュペナート。それを聞いて改めて人々を見てみる。

 鍵付きの首輪をつけていた。奴隷に付けられる証のようなもの。

 奴隷たちは大人から子供まで様々で、農業に精を出していた。


 その様に違和感を覚える。奴隷は何度か見た事があるが、目がまるで違うのだ。

 人形と言ったら魔導人形に失礼なほどの、意思も感情も持たぬ虚ろな目。

 それが今まで見てきた奴隷だった。


 しかし今目の前で働く奴隷たちの目には、はっきりとした意思を感じる。

 そして何より奴隷を監視する者がいない。これでは逃亡し放題ではないか。


「……わたしだけだと目なんか届きませんね」


 ライチェが寂しそうに呟く。

 あまりに巨大すぎる畑、案山子を置くなら何十と必要になるだろう。

 リレックが一人でこなせる作業量をはるかに超えている、

 人を使って作る手入れの行き届いた畑。

 最高に近しい畑なのだろうが、自分の求める最高の畑とは何かが違う気がした。


「さて、そろそろ行こうぜ。村で勇者の事を聞いてみないと」


 村に向かって歩き出す。しばらくすると一人の男が村の方から歩いてきた。

 小太りな体形。それ以上に目立つのは、あまりにもうさん臭い紳士すぎる顔だ。

 整えられた容姿、美しい逆への字に整えられた口髭。

 まさしくうさん臭い紳士としか形容しようのない容姿。

 それなのにボロの農業服に身を包んでおり、絶望的に似合っていない。

 リレックは自然と顔を逸らし、男を視界に入れずに通り過ぎようとしてしまう。


「旅のお方、村にご用ですか?」


 しかし男がそれを許してくれない。気さくに声をかけてきた。


「あ、ああ。人を探していて」

「いきなり声をかけて申し訳ない。随分と珍しいお連れに目を奪われまして」


 ライチェを見ている男のいい声に一瞬聞き惚れてしまった。

 なぜうさん臭い紳士がボロ布を着ているのか

 問い詰めたい衝動に襲われたが、辛うじて抑え込んだ。

 観念したリレックは、男に話を聞いてみようと二人に待ったの合図を送る。


「オレたちは勇者を追ってきたんだ」

「勇者? 御伽噺の?」


 怪訝な顔の男。

 この時点でリレックは勇者がこの村に来ていない可能性が高いと考えた。


 ツィブレの性格からして、自分が勇者だと大々的に喚き散らすはずだ。

 歪んだ自己顕示欲と自尊心を満たす行為、やらないはずがない。

 村に着いたなら必ず王都で暴れたように悪行をしでかす。

 大人しくなどしているはずがない。


 畑はともかく、村の規模は小さい田舎村。

 勇者がやった行為は迅雷のように伝わる。

 この男が村八分にでもされていない限り

 村人である彼が勇者を知らないのなら、ツィブレはこの村に来ていないだろう。

 後は村に行って情報収集し、可能性を更に確実化するべきだ。


「この村で勇者に関する話が伝わっている場所を知らないか?」

「村の奥にある祠の湧き水かな。それを飲んだ勇者が聖なる力を得たとか。

 試しに畑に撒いて野菜を育ててみたけど、ただの水でしかなかったよ」


 洗礼の儀式というなら恐らくそこで間違いないだろう。

 何らかの儀式を行わなければただの水でしかないのかもしれない。


「近くにこんな凄い畑があったら、畑が小さく見えちゃいそうですね」


 しみじみと言うライチェ。

 隣の花は赤く見えるというが、それを差し引いても格差が凄まじい。

 周囲にはいくつか他の畑があるが、

 城と掘っ立て小屋を比較しているような気さえしてくる。


「はっはっは、よく言われます」

「貴方がこの大きな畑の持ち主という事かな」


 男の言葉に微妙な違和感を覚える。

 それはシュペナートが答えを言うまでのわずかな間だった。


「ええ、五枚とも」


 男は誇らしげに畑を見つめる。

 彼こそが豪農である事に驚いたが、その行動には疑問も多い。

 聞いてもいいかどうかは迷ったが二度会う事もないだろう人物。

 疑問をそのまま放っておきたくはなかった。


「畑には奴隷しかいないみたいなんだが、いいのか?

 あと、自分で言うのも何だがオレたちは武器持ってる旅人だ。

 こんな所じゃ自警団だっていないし危ねえぞ」


 リレックの質問と忠告を聞き、男は微笑んだ。


「わざわざ忠告してくれる貴方がそんな事をするとは思えないし、平気だよ。

 彼らもね。あれでいいんだ」

「そうですかぁ……」


 男に空返事を返すライチェの意識は、もう村の方に行っているらしい。

 男がそれでいいと言うのなら

 旅人に過ぎないリレックがわざわざ言うべき事ではない。


 湧き水のある祠を早く見てみようと男に別れを切り出そうとした時、

 小さな悲鳴と何かが倒れる音。

 畑で働いていた奴隷の少女が、転んで野菜に突っ込んで潰してしまっていた。

 野菜は棘のある物だったようで、肌には傷ができて血が滲んでいる。


「何をやっているんだ!」


 男は見た目に似合わない素早さで少女の元へと向かう。

 リレックたちも男と少女の元へ向かう。

 商品を駄目にしてしまった奴隷。

 主人の怒りに対してじっと耐えるしかできない。

 あまり酷い事をされると気分が良くないので、その時は諫めようとしたのだが。


「棘があるから気をつけるように言ったろう。大丈夫か? すぐに手当てしよう。

 お前たち、すまないがこの辺りは任せるぞ!」

「はい!」


 男は優しく少女を抱き上げて他の奴隷に指示を出す。

 奴隷たちははっきりと肯定の返事を返した。

 そのまま駆けだそうとする男をシュペナートが止める。


「ちょっと待ってくれ、癒しの魔術をかけるから」


 シュペナートの指が印を結び、力ある言葉を数言。

 少女の出血は止まり傷も見えない位に癒えた。


「ありがとう。村に来たら私、グアントを訪ねてくれ。お礼をしたいからね」


 グアントはそう言って少女を抱いたまま急いで村へと走っていく。

 少女はグアントにしっかりとしがみ付き、その様はまるで親子のようだった。


「奴隷って、もっと酷い扱いされてると思ってました」

「せっかく買った家具を乱雑に扱う馬鹿はそういないぞ」


 何気なく呟いたライチェに答えるシュペナート。

 奴隷は金を出して買うものだ。

 わざわざ痛めつけて壊す者がいたら馬鹿か、嗜虐趣味の変態くらいだろう。


 それを差し引いてもグアントの態度は、

 奴隷と主人のそれとはまた違う気がした。


「とにかくオレたちも村に行こうぜ。宿で休みたい」

「足が棒になりそうですからね。足が、棒に」


 得意げにリレックの前で足を見せつけるライチェ。

 言って欲しい言葉ははっきりと分かったが、

 あえて何も言わず頭を撫でてから村へと歩き出した。


 ライチェ自身も少し狙い過ぎたとでも思ったのか、

 恥ずかしそうにリレックの隣を歩いていた。



 ***



 聞き込みをすると、グアントの家は最初に会った村人が教えてくれた。

 村では知らぬ者がいない豪農で、村のまとめ役。

 村で唯一の宿も経営しており、領主と懇意にしている。

 実質的には地主、徴税吏のような存在といったところか。


 勇者が来たならば、まず挨拶に向かうであろう人物。

 彼が知らないのであれば勇者がこの村に来ていない事はほぼ確実だろう。


「なら、グアントさんに会いに行ってみるか」

「宿も一緒の所ですし丁度いいですね」


 村人に聞いた一番大きな家を目印にして歩く。

 距離が狭まるにつれ、村の規模からすれば

 ありえないほどの大きな家だという事が分かった。


「変わった家ですね、王都で見た家とは違って豪華じゃないですよ」


 村にある他の家と隣り合わせても風景に馴染む素朴な家と宿。

 百人は住める巨大さである事を除けば、だが。

 ライチェの言う通り、

 このような大邸宅は豪勢に飾り立てるものではないのだろうか。

 装飾が排された佇まいは大きな倉庫のようにすら見えた。


 宿に着くと店主らしき老人が出迎えてくれる。

 グアントから、案山子を連れた旅人が来たら

 祠へ連れていってあげてほしいと言われたのだという。

 グアントは夕方まで忙しいので、夕方になったら会いたいとの事だった。


「何か貰えるんでしょうかね?」

「恩を押し付けるために癒したわけじゃないんだ、催促は止めてくれよ」


 目の前で傷ついた者がいれば放ってはおけないだけ。

 斜めに構えているつもりでも性根が優しい男なのは知っている。

 ライチェも当然知っているので笑顔で何度も頷いている。


「それじゃ、道案内をお願いするよ」


 リレックの言葉を聞き店主は青年を呼んだ。彼が案内してくれるらしい。

 少し山の方に入るが、夕方までには十分に行って帰ってこれる距離だという。


 旅の疲れはあるが先に祠を見てみたかった。

 洗礼とはどんなことを行うのか。ツィブレが黙って実行するような事なのか。

 復讐のため、それを知っておかなければいけない。




 案内された祠は小さな石造りの物だった。

 手入れは全くされておらず、祠には苔が生え、蔓が巻き付いている有様。

 山に入る猟師たちが通る道が近くに無ければ雑草で埋もれていただろう。

 その隣に勇者に聖なる力を与えたという湧き水があった。

 リレックとシュペナートは祠を見て困惑する。


「リレックさん、シュペさん? どうしたんですか?」


 湧き水を知識でも知らず違和感を覚えないライチェは、

 リレックたちの反応に首を傾げる。


 聖なる水の祠というからには小奇麗な場所を想像していたのだが、

 全く手が入っていないのは想定外だった。


 青年によると、数百年前の御伽噺など誰も信じておらず、

 祠も湧き水も捨て置かれているという。

 リレックの腰ほどまでしかない小さな祠。自然のままに放置されている湧き水。


「調べてもいいかな?」


 シュペナートに聞かれ、あっさりと頷く青年。

 ついでに掃除もしてほしいと冗談も交えてくる。

 その冗談には苦笑を返し、祠に触れ、

 書かれているであろう文字を確認するシュペナート。

 何事か呟きながら時折簡素な印を結んだりしている。


 ライチェはそれをじっと見つめている。

 魔力に何か変化があれば、すぐにリレックに教えてくれるだろう。

 しばらくそうしていた後シュペナートが戻ってくる。

 何とも言えない表情をして。


「今は使われていない古語の共通語だな。

 勇者という単語もある、この祠で間違いないと思うんだが」

「何かおかしな所でもあるのか?」


 リレックの問いかけに首を捻り微妙な顔をするシュペナート。

 青年は祠に何か問題があるのかと不安そうにリレックたちを見ている。


「逆だ、全く何もない。本当にただの湧き水と祠だ。魔力も一切感じない。

 これは敵を欺く偽物で本物は隠されているのかもしれない」


 青年の方に視線を移すと、彼は腕を組んで怪訝な表情を見せた。

 村にも山奥にも、これ以外に湧き水はないという。

 隠しているという素振りもない。本当に知らないのだろう。


「それじゃ、明日には出発だな」


 リレックはそう言ってため息をつく。

 シュペナートは疲れた顔をして顔を覆い、

 ライチェは二人を心配そうに見ている。


 この村で待ち伏せをするのは避けるべきだと判断した。

 もし祠が偽物だった場合、入れ違いになる可能性がある。


 この村にいないという事は、ツィブレは南西を選んでいると考えていい。

 そうなると、ここは最後の洗礼の場。

 もしここで逃してしまえば王都まで一直線、ぶん殴る事は非常に難しくなる。

 強行軍になるが南東にある洗礼の場には先に着きたい。


「一日くらい休みましょう。わたし、もう疲れてくたくたです」


 肉体的に疲労する事がないライチェがそう言ったのは

 リレックたちを案じての事だろう。

 竜人の忠告を思い出す。

 自分だけではない、全員の命を預かっているという責任を。

 疲れ切った状態で野盗や獣に襲われたらひとたまりもない。


「そうだな。グアントさんに挨拶くらいはしたいし、一日ゆっくり休むか」

「はい、ありがとうございます」


 礼を言いたいのはリレックの方だったが、ライチェの笑顔に甘える事にした。

 調べる事はもうなさそうなので宿に帰る事にする。


 青年に村の特産品を聞いてみると、

 グアントの畑と家以上に珍しいものはないという。

 確かに、あの畑を見てしまっては多少の珍しさなど霞んでしまう。


 せっかく会ってくれるというのだから畑について話を聞いてみてもいい。

 凄い畑だったが、漠然と自分の求める最高の畑とは違うと感じた。

 その理由が分かるかもしれない。




 宿に帰ってしばらくすると、グアントの使いがリレックたちを呼びに来た。

 使いは首輪をつけている奴隷の少年。

 宿には他の旅人もまばらにいたがライチェが目立つのですぐに分かったようだ。


 少年は色々とリレックたちに聞いてくる。

 旅の事、この村の外の事、訪れた村や町の事など。

 しかし、己にない自由に憧れる現実逃避とは違う。

 聞いてくる事が具体的で、まるで旅の予習をしているようにすら感じる。


 違和感はあるが気にする事もないだろうと思い直した。

 彼がもし逃亡奴隷となってもリレックたちには関係のない事だ。



 ***



 少年に案内され巨大な家の中に入る。

 庭では奴隷たちが体操のような事をしている。

 その近くには、何重にも布を巻かれた板が地面に刺さっている。


「武器は見当たらないし、格闘術の稽古場か?」

「やっぱり旅人さんにはすぐ分かるんですね。

 僕もあそこで稽古をつけてもらっています」


 誇らしげな少年。そう言われて見れば

 がっしりとした体格をしており、鍛えられているのが分かる。

 農業をする者ではない、その身を武器とする者の鍛え方だ。


 そんな少年の後についていくと、

 今度は幼い奴隷の子供たちが家の一室で何かを書いていた。

 何かの作業でもさせられているのかと思ったが、

 あまり上手ではない文字を見て気が付く。


 共通語の基本的な単語。その単語を小さく呟き記憶しようとする子供たち。

 リレックにも覚えがある。

 幼い頃、シュペナートが少々強引に教えてくれた時の事を思い出す。


「共通語の読み書きの練習か」


 そのシュペナートが言うと少年は頷く。

 グアントの所有する奴隷は、

 必ず共通語の読み書きと簡単な計算を学ぶのだという。

 習得しておいて困る事はないというのが理由らしい。


「本当にそうなんだよな。

 できなかったら困る事はあっても、できて困った事はねえし」


 同じ理由で読み書きを覚えさせられた身として実感を込めて言った。

 少年が何度も頷く。普段の生活でリレックと同じような実感があるのだろう。


「変わっているな。普通なら奴隷に読み書きは教えないものだが」

「知っていた方が便利じゃないですか?」

「文字を知らない方が都合がいいんだよ、支配者層にとっては」


 少年に聞こえないよう、小声で話しているライチェとシュペナート。

 読み書きができなければ手紙を出すにしても代筆が必要になる。

 検閲どころか内容を勝手に書き換える事さえできてしまう。


 契約書も読めない。

 白紙でなければ、まるで違う文であっても気が付く事さえできない。


 文字を教わる際、面倒だし読めなくても困らないと拒否していたのだが、

 色々と理由を説明されて覚えさせられた。

 当時は嫌々教わっていたが、今では感謝しかない。

 文字を書くのに苦労している彼らも後にそう思うのだろうか。


 そんな事を考えながら結構な距離を歩くと、小さめの客間に案内された。


「畑ではありがとう。怪我がほとんど治っていて医者も驚いていたよ」


 そこにはグアントが座っていて、テーブルにはお茶が置かれていた。

 促されるまま椅子に座る。


 ライチェはリレックの後ろに立つ。

 姫が一緒に座っていたのを見て驚いていたので、

 魔導人形まで座ったら失礼になるかもしれないと彼女自身が提案してきた。


「魔術師さんに聞きたい事があるんだが、いいかな?」

「俺に答えられる事でしたら」


 シュペナートの返事に笑顔を見せるグアントは、率直に聞きたい事を口にする。


「魔術師の素質を見極める事はできないかな。

 魔術を使ってみたいという子が三人ほどいてね」

「その子たちが文字さえ読み書きできれば半日ほどあれば調べられますよ。

 俺が使える土と水の魔術なら」


 魔術師の素質は天賦の物。

 どれだけ望もうと生まれつきの素質がなければ魔術は使えない。

 土の魔術を手足のように操るシュペナートも、火と風の魔術を扱う素質はない。


 大抵の魔術師は火、水、風、土のどれか一つ。

 二つ使える者は少なく、三つはごく稀。

 四つ全てともなれば稀代の才を持つ魔術師とされる。


 リレックも幼い頃は魔術に憧れて彼の母に素質を調べてもらった。

 魔術そのものを扱う素質がなかったが。


「なら、調べてもらえないだろうか? 勿論、報酬は出すよ」


 グアントが提示してきた報酬は、

 一日で終わる魔術師の仕事としては相場の少し上。

 その上宿代も出してくれるという。悪くはない。


 シュペナートはリレックに視線を送る。

 いつもの通り決定権を譲ってくれるようだ。


「どうせ一日休むつもりだったし、いいんじゃねえかな」

「お引き受けします、グアントさん。

 明日までに用意してほしい物がいくつか……」


 リレックの賛成を聞いてシュペナートは頷き、グアントに必要な物を話す。

 必要な物と言っても大した物ではない。

 水を入れたコップを人数分と、文字を書ける羊皮紙を何枚か。

 そして土のある開けた場所。

 元々家にある物なのでグアントはすぐに快諾してくれた。


「わたし達はその間どうしましょう?」

「やる事もないし、勇者について聞き込みでもしてみるか」

「南から来た人とかいたら勇者の噂を聞いてみてはどうでしょう?」


 ライチェと共に何をしたらいいのか考えるが、そのくらいしか出てこなかった。

 素質を調べる方法はリレックも知っているが手伝うような事がない。

 湧き水を調べてもシュペナート以上の成果は上げられないだろう。

 ならばせめて、自分たちにできる事だけでもやっておこうと思った。


「そういえば、貴方たちはなぜ勇者を追っているので?」


 純粋に興味からだろう、グアントが笑顔のまま聞いてくる。

 話してもいいものか迷ったが、包み隠さず話す事にした。

 勇者を殴るために旅をしている事を。


 王城での事は一切言わなかったが。

 リレックたちは王城に忍び込んで盗み聞きをした事になっている。

 わざわざ言う必要がない。


 話を聞いたグアントは何とも言えない顔をしてリレックを見た。


「そういえば自己紹介をしていなかったね。

 私はグアント。ビリエット村のまとめ役をしている」

「オレはリレック。魔術師がシュペナート、こっちの案山子がライチェです」


 自己紹介が終わると、グアントは深く息を吐き、話し始める。


「気持ちは分からなくもない。私だって同じ事をされたら憎くてたまらない。

 それこそ二度と立てないくらいに痛めつけるかもしれない。

 だけど一瞬の達成感のために時間を費やすのなら、

 人生を豊かにするものを見つけ育てた方がいいと思うよ」


 真剣な眼差し。心からリレックを心配して言っているのが分かる。

 その目を見つめ返す。はっきりとした意志をもって。


「最高の畑を作りたいという夢はあります。でも、その前にやらなきゃいけない。

 背を向けて生きられるなら、オレは村を出て旅なんかしていなかった」

「……余計なお世話だったようだね、すまない」

「いえ、ありがとうございます」


 頭を下げようとするグアントを止めて礼を言った。

 リレックのために言ってくれたのだと分かっている。

 悪感情はまったくなかった。


「そうだ、勇者は南の方から来るのかい?」

「オレたちより先にこの村にいないという事は、多分そうなります」


 この村から南にあるトリステ村が第二の目的地なので、

 勇者の情報があるかどうかで行動が変わる。


 南から来た者が村に勇者がいたと証言してくれれば、

 行き違いにならないようこの村で待機するのが最善策となる。

 勇者の事を知らなければ、行き違うかどうかは賭けをするしかないのだが。


「なら、ここで二日待ってみないかい?

 南西のベンターナに使いを出していてね、二日ほどで帰ってくる予定なんだ。

 噂話も仕入れるように言ってあるから、勇者の事も分かるかもしれない」

「リレックさん、ベンターナって……」


 驚くライチェ。ベンターナは三番目の目的地だ。

 当然、二番目の目的地も通ってくる。

 シュペナートに視線を送る。魔術師は暫し考えた後、小さく頷いた。


「そうします。慣れない旅で疲れているので丁度いい休憩だと思って」

「気が向いたなら子供たちに旅の話でも聞かせてやってくれ。

 宿の食事をちょっと豪華にするよ」


 笑顔でそう言うと、グアントはシュペナートと明日の段取りを話し始める。

 彼の言う子供たちとはやはり奴隷なのだろうか。


 奴隷に旅の話。自由や外への憧れを抱かせるような行為。

 まるで奴隷にここから巣立っていって欲しいような。

 そんな奇妙な考えが浮かんだ。


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