振り子時計
「すみません。二時に予約した松岡です。」
「こんにちは、松岡さん。確認の為にフルネームと生年月日をお願いします。」
一か月に一回の通院。慣れた気持ちで受付をする。
「松岡 成美。平成4年、四月十六日です。
「……はい、確認が取れました。時間までお掛けになってお待ちください。」
周りを見渡すが、人影が見えない。
少し小奇麗な振り子時計の前の小さなソファーに腰掛ける。
カバンの中に入れていた小説を取り出して開いてみた。文字の羅列を追いながら、耳に入る音が目障りだと感じた。
カチカチカチカチ……
振り子の音。
正確に言えば、動力を振り子の等時性によって調整されているときに発生する干渉音。
一定の間隔で音が鳴り続ける。
耳障りなものだ。町中の群衆の声のような。機械や車の音のような。誰かの声のような。
耳障りなのに、聞いていて不快にならない音。
再び、小説を広げ、読み始める。
時を刻む音。文字を読む音。息をのむ音。
気が付くと、何もない空間で、空気の椅子に座りながら本を読んでいた。
先ほど以上に読む速度が速くなる。読んだ部分が、まるでテレビドラマのように目の前に広がるようだった。
進めば進むほどに、私は世界に落ちていく。
草原の世界を走り回る自分の姿。今とは違う姿。想像の姿であるここの私は、草原を駆け回っていた。
音が続いていく。一歩一歩深くへ潜っていく音。
「松岡さん。診察ですよ?」
ハッと顔を上げる。
目の前に居座る顔。受付で見た女性だった。
「すみません。呼んだんですけど、反応がなくて……大丈夫ですか?」
「あ……すみません。集中していて」
真っ赤な顔をしながら荷物をまとめ、診察室に、パタパタと入っていった。






