第8話 一時の別れ
転生14日目
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当日、ペイエは馬車に乗ってきた。
別れを言うときもっと悲しくなってしまうかと思ったけど、リフェは俺にパンの入った袋を渡し、いつものようににっこりと笑って「がんばってね」と言ってくれた。
トーリが手伝って、もし収穫が増えたらまた親父さんのところから買い付けるから、別れ際にそう言うイシと、深くうなずくペイエ。
俺が後ろに乗ると、ペイエは両足で馬に合図する。少しずつ遠くなっていく食堂とシュラム夫妻。
角を曲がると、俺は前を向いた。ペイエの肩越しに見える、道を行き交う人々。
ペイエは東門を出て、ゆっくりと街道を下った。
「この街道はピョンデキ港と繋がっていてね、年がら年中かなりの輸入品がカーデに運ばれるんだ。人通りも多いから、ならず者が少ない。この道さえ通っていけば安全だからね。覚えておくといいよ」
俺にとっては初めての外の世界。
南には見渡す限り畑が広がり、北を見ると畑をせき止めるかのように、低い山々が連なっている。
その光景の中を正午すぎまで進むと、左に小さな丘が現れた。ペイエは街道からそれて、丘の反対側に回り込むように砂利道を進む。
「さあ、着いたぞケイゴ! ここがドンフィルド牧場だ!」
複数の丘の間に位置するその盆地に入っていくと、煙突付きのとても大きな三角屋根の家が一軒、その横に長い平屋根の建物が見えた。
「この時間なら親父は放牧場にいるはずだ」
ペイエは家を通り過ぎぐんぐんと丘の方へと進んでいく。緩やかな勾配の丘を青草が埋め尽くしている。
その頂上に着くと、眼下に同じような丘がいくつも面を合わせて連なっているのが一望できた。その丘の一つ、草原の中に、何頭ものムスカトゥールが身を寄せ合って立っているのが見える。そして少し離れて立つ人物。
「親父!」
ペイエはそう叫んで大きく手を振った。相手も気づいたようで、ゆっくりと手を振り返してくる。ペイエはまた馬を走らせた。
「元気そうだね、親父」
馬を降りてそう言うペイエ。
「そいつが例の若者かい」
早々に話を切り出すペイエの父。田舎のおじいさんというのは得てしてそうなのか、毛という毛が伸び放題で、髭はきれいな逆三角形を描き、髪は肩にかかるほど長い。眉が伸びてほとんど目を覆い隠している。
麻ひものサンダルの上に頑丈そうな丈の短いズボン。上着は袖の長い薄手の上着を裸に一枚羽織ってボタンで留めているだけの格好だ。背丈は俺より少し低い。
「そう、手紙に書いただろ。紹介するよ。彼はトーリ。ケイゴ、この人が僕の父、ハモ・ドンフィルドだ」
「よろしくお願いします」
握手を済ませるなりドンフィルド老人は歩きだす。
「もっと力のあるやつを想像しとったが、なんだか痩せっぽちじゃの」
「何を言ってるんだい、手紙で書いたろう、見た目はひ弱そうだけどって」
そんなこと書いたんかお前。悪かったな……。
ドンフィルド老人は少し曲がった腰にも関わらず、杖もないのに丘をグングンと登っていく。
彼に従ってしばらく歩くと、水の音が聞こえてきた。牧場の横には川があるのだ。
そして不意に木の柵で覆われた池が見えてきた。そのわきに置いてあったバケツを手に取り、緩慢な動作で柵を乗り越えるドンフィルド老人。
柵を乗り越えると池の中に、うねうねと動く何か。
透明の膜に覆われたそれらは、ほとんど池の水に溶け込んでいる。
想像と違うがおそらくこれがスライム。
ドンフィルド老人がバケツから取り出したのは……花。
それをうごめくスライム集団にパラパラと放り込んでいく。
花が餌なのか……。しかし、スライムたちは一向に食べに行く気配がない。
「食べないですね」
「スライムそのものは口がないからね、ハハ。花に含まれた魔力をスライムが栄養にするのさ。だからポーションが作れるってわけ」
ポーションってあのポーションだよな。ペイエは続ける。
「トーリは知らないんだよね。説明すると……ポーションていうのはね、魔力の含まれた薬で、それはまあいろんな治療に使えるんだ。傷にかけて癒したり、風邪薬にしたりね。で、その製造に必要なのがスライムってわけ」
餌やりが終わると、ドンフィルド老人は俺たちを家に招き入れた。
「わしは一人でも大丈夫だと言ったろうに」
お茶をすすりながら言う。
「意地を張るのはやめてくれよ親父。どんな人間だって70を超えればガタがくる。それにたった一人でこんなところに住んでるのも心配だよ」
熱心に言い聞かせるペイエ。
「うむぅ、まあその若者も困っているようだし……世話してやらんではないが」
「そう、そうさ! ありがとう親父! 二人で頑張ってね。僕はもう帰るよ、邪魔したね!」
ドンフィルド老人が承諾した途端、そそくさと出て行く。
「あいつはいっつもあんなじゃわい。本当にわしのこと考とるか怪しいもんじゃ」
ぼやくドンフィルド老人。溜息をつきながら彼は立ち上がった。
「ようし若者、働くぞい」