第6話 凱旋式
転生10日目
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イシ亭で働き始めてからちょうど1週間が経った。
朝起きて食材を搬入(毎朝イシが市場を回って仕入れをしてくる)し、夕暮れまでほとんど絶え間なく席をうめるお客さんたちのために料理を作り続ける。イシは毎日営業が終わった後銅貨を5枚くれる。
2日か3日に一回は公衆浴場に行く。入浴料はタダだし、これが案外気持ち良い。
店じまいをしたら後は寝るだけだ。これ以上ないシンプルライフ。
ただ良いことばかりじゃない。俺が働いているという事はイシの客たちには評判が悪いらしく、不気味な若造は叩き出せと客に言われ、イシが喧嘩をしたこともあった。
あの夜の事はいまだに二人には教えていない。あの男と騎手が何者だったのか、いまだ見当もつかない。誰かが目撃したという噂も聞かない。
今日は戦争の勝利を祝う式典があるらしい。いわゆる凱旋式というやつだ。買い出しの途中町の飾りつけに気付いた俺に、イシが教えてくれた。
なんでも、この国、カーデ王国は多くの近隣の小国と同盟を結び、軍事力を提供する代わりに資金を供与させていたそうなのだ。話を聞く限りほとんど支配関係に近かったようだが、その小国らが連合を組み反旗を翻したのだとか。
当初彼らの勢いは強く、王国領内までも侵攻されるのではないかと危惧されたが、指揮官をすげかえてから王国は反撃に転じ、ついに全反乱分子を制圧した。
そして今まさにその最後の戦いから帰還した兵士たちがこのウィマルマに留まっており、市民たちは式典の準備に追われているという事だ。
昼頃、俺はイシと一緒に店を出た。大通りではすでに町中の人が道の両側を埋め尽くしている。群集の中でリフェがニコニコしてこちらに手を振っているを見つけるのは容易かった。
彼女は道沿いの公園の中で、最前列ではないが少し高台になっている場所を取っている。あそこなら木も生えていないし、隊列が歩く姿を一望できそうだ。公園の中から良い匂いがしてきた。出店か、お祭りだな。
隊列は入り口から中心の王宮まで練り歩くことになっているから、今どこを通り過ぎたとか、今どこにいるとかいう話はちょくちょく聞こえてくるのだが、なんだかんだかなりの時間待って、やっともうすぐそこまで来ているという声が聞こえてきた。
遠くでラッパの音がして、人々が歓声を上げ始める。
俺もだんだん緊張してきた。初めて見る異世界の軍隊、どんな姿をしているのだろう。
ついに隊列が見えると、人々の歓声は最高潮に達した。立ち並ぶ建物からは隊列に向かって花が投げ落とされる。待ち構えたようにラッパの音楽隊による演奏が始まり、一気に盛り上がりを増した。
最前列には、サイのような、角を生やした獣が背中に煌びやかに着飾った鎧の兵士を乗せて歩いている。ただ目を引くのは、一つ一つが大きな鱗に覆われた体。そして、その角のところどころから垂れ下がった毛。目や関節からも長い体毛を生やしている。
人間の三倍はあろうかというその高さに、最前列にいた人々は恐れおののいて引き下がった。
あんなのが戦場で暴れようものなら……。
「スコッティよ。あの魔獣が突っ込むだけで相手の歩兵は弓兵の位置まで吹き飛ばされるな、ハハ」
俺に耳打ちするイシ。
「魔法使いがいない限りは、だが」
続いて歩兵隊、騎兵隊や、宝物を満載したムスカトゥールなどが、人々の前を通り過ぎていく。兵士たちは全員磨き上げられた鎧を着て、カーデの軍旗――片足を上げ、どこかを見つめるトラのような獣――が数えきれないほど掲げられている。
そしてその瞬間が来た。
歓声はほとんどただの叫び声の集まりに代わり、音楽隊は一層音量を上げる。
指揮官が姿を現したのだ。
俺は目を凝らして、歩兵隊の真ん中で一人だけ離れ、馬に乗って進むその人物を見た。
そして確信した。
――ここは絶対、異世界だ。
群集に向かって笑顔で手を振る姿。その顔貌は、自然の掟に反していると言っていいほど均整がとれている。毛の一本一本まで手入れされているかのような眉が目の上に美しい線を描き、透き通るような碧眼が民衆を見渡している。マントと共に風になびく長い白銀の髪、体の曲線を隠さない白金の鎧。
これが異世界美女か。
腰に付けた剣が飾りにしか見えないような、白い肌。本当にこの人が指揮官なんだろうか。あまりの美貌に圧倒される俺の耳元で、イシがちょくちょく解説を入れてくる。
「ローゼ・マスチェリエ・バリエント王女。国王の第3子であり長女、彼女は生まれたときから特別だ。10歳で哲学者と議論し、16歳で天文学の学位を得たが、ご活躍の場に選んだのは戦場だ。18歳にして初陣、リュード川まで迫っていた異民族を一掃。それからというものこの4年であげた戦果は数えきれない。今回にしてもハムタイの小国連合をいつまでも平定できない国を見かねて外遊から急遽お戻りになったんだ。彼女が采配を取ったとたんにこれよ。そして極めつけはあの美貌だ。彼女より神のご加護を受けている人間はこの世にいないだろうな」
たとえ異世界でもそんな人間が存在するものだろうか。彼女の一挙手一投足に目を奪われているのに気付いて、俺はなんとなく目をそらした。
イシが注釈をつけるように言った。
「ただ与えられなかったものある。彼女は女の子でしかも第3子だ。王位継承権が与えられることはないだろう。あれだけの実力があっても、いつかはどこかに嫁がなけりゃならない。国民の支持は圧倒的だが、それだけじゃ回らないのが王宮という場所だな」
あんた意外に教養あるんだな。そう俺が口を滑らせそうになったのを、リフェの狂気的な叫び声が遮る。
「ローーゼ様ァァァァァァァァァァァァ!!!!!! こっちみてェェェェェ! こっっちィィィィィィィ!」
俺とイシは思わず耳をふさいだ。勘弁してくれよまじで。
リフェは構わず叫び続ける。が、いくら叫んでも聞こえるはずもない、この騒ぎの中だ。王女の視線は民衆の間を機械的に移動する。
そして俺たちがいるあたりに彼女の視線がやってきたとき。
一瞬、どこともなく揺れ続けていた彼女の視線が、俺を捉えた――ような気がした……。
「今こっち見たわよね??!!! 見たわよね!!! ねぇ! ねぇ! きゃああああああああ!」
……まあ気のせいだろうけど。