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第4話 イシ亭での奉公初日

転生3日目

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 翌朝、俺は鉛のような体を引きずって階段を下りた。二階は夫婦の家と宿で、空き部屋を使わせてくれた。


 食堂ではイシが大きな肉塊を、豪快に抱きかかえて運んでいる。リフェが外から野菜で一杯のかごを持って入ってきた。


 昨夜は壁だと思っていたが、実際は店の通りに面した部分はシャッターのようになっていて、昼間は全開にしているらしい。まだ人通りの少ない街路から日の光が差し込んできた。


「おはよう! ケイゴ」


「おはようございます」


 昨日はそれどころじゃなかったけど、改めてみるとリフェはやはり美人である。30歳くらいだろうか、目元に少ししわが寄っているけれど、笑顔はとても若々しくて、ちょっと年上のお姉さんのような温かみがある。黒っぽい茶髪を後ろで一結びしてるのは料理の時に邪魔だからだろう。


 なんかこう……かわいい。ここまでそれっぽいことがほとんど起こっていない異世界ニューライフにも、やっと正統派テンプレが有効化されたんだろうか。


 彼女が着ているのは、この世界では標準らしい丈の長いワンピース。使い古されてはいるが、青みがかった生地が似合っている。袖を短く着こなしているのもなんだからしいという感じがする。


 イシの服装はもっと粗野で、革エプロンの下にだぼだぼのシャツを裾はズボンに入れ込んで紐で上から縛っている。蓄えたひげに太い腕、くせ毛を後ろに流した頭。ちょっと料理人には見えないな。


「持ちますよ、それ」


「うわっ! あなたって最高に優しいのね、ダーリン♪」


 色々と不適切なリフェを無視しつつ俺は代わりに野菜かごを運んだ。あとダーリンってなんだ。


 カウンターの裏が調理場なのかと思っていたが、そこは酒瓶やら食器やらの棚になっている。


 その一つ奥の部屋が調理場で、壁に沿ってかまどが4つ作られてあり、今はそのうち3つに大鍋が二つと、底が浅くて分厚いフライパンのような鍋が並んでいる。また勝手口の横には樽がいくつか並んでおり、おそらく酒が入っているのだろう。


「うっし! 俺は仕込みに入るからリフェの手伝いをしてやってくれ。野菜はそこで切ってくれりゃいいから」


 イシは部屋の中央にある大きな木製の台のほうに目配せして言った。


 その言葉通り、もろもろの食材を運び終わったら俺は野菜切りを任された。


 それにしてもほとんどは見たことのない食材ばかりだ。大通りにいた牛のような生き物だってそうだったし、見たことがあるのは馬くらいだろうか。


 そう考えているうちにリフェが野菜一杯のかごを台の上に乗せる。パイナップル大のそれは、ビーツのような赤黒い色をしている。なんだかすごく柔らかい。言われたとおりに切ってみると、中は白っぽくて、腐っているんじゃないかと思うほど水分がしたたり落ちてきた。


「あめふらしって呼ばれてるのよ。生だとちょっと気持ち悪いけど、スープに入れたら最高なんだから!」


 面食らっている俺を見て、リフェは快活な笑顔でそう言った。


 うん、俺の中でのリフェさん、天使度が急上昇中。


 とはいえ、俺も無能ではない。その後もやたら細いとげの生えたキャベツのようなのや、どれを切っても中が虫だらけで、リフェの「それがおいしさの源よ♪」という言葉もさすがに真に受けられなかったものまで、割り合いサクサクと切り分けていった。


 何を隠そうバイト代を節約するためにほぼ毎日自炊してたんだ。家庭料理くらいなら自信はある。


 その間も、イシはスープに調味料を足しては外に出て肉を切り(大きすぎて台には載らないのだ。)またスープの様子を見にもどってくる。


 そんなこんなで、最初のお客さんが入ってきた。平鍋に油を引いて、片側だけに肉を並べ、調味料を振りかけたと思ったら、イシは食堂に出て行ってお客さんと談笑し始めた。


 リフェさんは仕事モードに入ったようで、床下(貯蔵庫なのだろう)から壺を取り出しながら


「スープ温めてくれる?」


 俺は薪をくべてスープの載っているかまどの火を強める。いい香りが立ってきた。味見と称して少し手に付けてペロリ。


 ひとなめしただけなのに、舌全体に広がる野菜の旨味。それから鼻の奥までハーブの香りが広がってくる。どっちが作ったのか知らないが、ここはそれなりに上等なレストランらしい。


 この香りが客寄せパンダになっているのか、お客さんがどんどんと入ってくる。イシのガハハという高笑いが聞こえる。いいご身分だぜ。まあこっちは居候の身なんだから働くが。


「トーリ、お肉ひっくり返してくれる?! あとそこの野菜も並べてちょうだい。入る分だけでいいから! ああ、お鍋の半分は開けといてね!」


 野菜を投入しながら、我慢できなくなった俺は調味料の入った壺からすこし拝借して味見してみる。

 

 こっちは塩だな、やっぱり。こっちは黒胡椒……ではないと思うが近い風味がある。


 リフェさんは平鍋のもう片側にケーキ型のようなものを5つほど並べて、その中で紫のイモを炒め始める。


「お酒だしてちょうだい!」


 待ってましたとばかりに、俺は樽に備え付けの蛇口(といっても栓がしてあるだけだが)から木のコップに酒を注いでいく。


「ちょっと飲んでみていいですか?」


「いいけど美味しくないわよ」


 自分で言うんか、と思いつつすこし飲んでみるが、とにかく薄い。これなら朝っぱらからでも飲めそうだ。


 炒まったイモに卵を割り入れて、型の中で固まるまで混ぜ合わせる。リフェはそれを皿の上に移し、その上にさらに肉と野菜を載せた。そしてどこから取り出したのかソースをたっぷりとかける。


 そのタイミングで俺もスープの盛り付け。早くもリフェとは連携が取れるようになってきた。


 気づいたら完成させてしまった。名前をつけるなら「トルティージャと肉野菜炒め、季節のスープ」みたいな感じか。まあ豪勢な朝飯だこと。金持ち相手の商売に違いない。


 実際皿を持って出ていくと、トルコ帽のようなものを被った男たちがすでに8人ほど座っている。みんな髭を蓄えていて(イシと違って整っているが)役人か何かだろうか。さっさと皿を置いて戻りたいのだが、イシにつかまった。


「こいつが話してた若造よ。今日からしばらく働くことになったんだ。かわいがってやってくれな、お前ら。ガハハハハハ!」


 愛想笑いでごまかす俺。お客さんたちの談笑が止まる。凍る空気。次はもう知ってる。


「こりゃ珍しい顔だな。どこの人間だい?」


 細身でそばかすのついた男が俺を見上げて言う。かなりかっちりとした深緑のコートを前で留め、その下にベージュのシャツが見える。シャツと同系色のズボン。襟に幾何学的な刺繍。そして帽子。他の男たちも同じような格好だ。


「おぉ、そうだな、えっと……」


 どもるイシ。


「よその国から来たんです。でも働き先がなくて、ここで暫く使ってもらえることになりました」


「喋れるじゃないか! こりゃたまげたな。俺はあちこちの地方を回るが見たことないねえ、君みたいな人」


 少し腹の出た、白髪の男が言う。


「遠くから来たんです……はは」


そんなやりとりをしているうちに、お客さんたちのまた何人かお客さんが入ってきて、即座に談笑の輪に加わる。戻ると、リフェは早くももう一枚平鍋を取り出しているところだった。

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