第15話 事業計画
俺たちが席に着くと、イシが器を二つ持ってきてくれた。今日のメニューらしい。大きめの椀に薄くて硬いパンが、かぶせられている。それを外すと、芳ばしい香り。キノコのスープだ。土色になったスープの中に、粗く切られた数種類のキノコがごろっと入っている。相変わらずうまそう。
「調合師に異邦人か。きな臭い組み合わせだな。悪いことを企んでるな? いいや、その顔で分かる。詳しくは聞かないがな。聞く気もねえ。まあゆっくりしやがれってんだ、ガハハ」
イシは厨房に引っ込んでいった。妙なところで勘のいいおっさんだよ。
「それで、さっきの話だけど、アンテルさんはその学院で魔法の勉強をしていたんですよね?」
「ええ、そうですね……どこから話そうか」
「その学院ていうのは誰でも行けるんですか?」
「もちろん才能がある人だけですよ、カーデ王国魔法学院に行けるのは。魔力っていうのは誰にでも発現するものじゃないんです。昨日まで普通だった子供が、突然魔法を使う能力を現します。全く偶然にね。しかも魔法使いの子供でも魔力があるとは限りません。魔力を現した者は“エンデュティオの子”と呼ばれますが、王国は彼らを見つけるために国中に網を張っていますよ。魔法使いの数っていうのは軍事力に直結します。敵の手に渡ったら大変ですからね」
じゃあ完全ランダムなのか。
「アンテルさんも子供の時に突然目覚めたんですか?」
「ええ。僕は元々本当に貧しい村の出で、6歳かそこらの時に手の中で木の枝を燃やしたんです。僕はどうやってそんなことをしたのか分からなかったけど。持っていると木のほうがひとりでに燃え始めてね。次の日には僕を役人に引き渡して、村の人々は報奨金を貰ったようです」
「それで、どこに連れていかれたんです?」
「魔法学院ですよ。そこから魔法に関するあらゆることの勉強が始まって、自分の魔力をコントロールして思い通りに使えるように、25歳で卒業するまでずっと叩き込まれました。でも奴らが一番教育熱心だったのはカーデの歴史についてなんですけどね。いかにカーデが神の恵みを受けていて、素晴らしい国なのかそれこそ気が狂うくらい教えられましたよ」
「なるほど。それで卒業した後は?」
「ウィマルマに配属されました。4年前にね。ただ座学は良かったんですけど魔法の実技がだめで、それで最終試験を受験する資格がもらえなかったんです。それで魔法具の修繕師とか、まあ色々ありましたけど、調合師の働き口を紹介してもらって」
アンテル苦労してる……。
「スライムの研究をしてたって言ってましたけど」
「昔から興味がありましてね。ブヨブヨしていて、力強くて、他の何とも違って。僕は勉強ができたから、魔法具を研究している教授の手伝いに回されて、で空いた時間にスライムの研究をちょこちょこと。研究したくても増えるのが遅すぎましてね。どうにか成長を短縮できないかと思って色々と実験していました」
「で――」
「手掛かりでしょう? トーリさんは面白いですね。こんな話に興味を持つ人なんて学院時代以来ですよ」
柔和な笑みだったのが、少し挑発的に口角が上がる。
「疑問だったのは、切断したスライムは成長が劇的に遅くなる、ということです。例えばボワスライムは切断しても成長するでしょう? しかしもう一つ増やす方法があって、完全な成体になるまで成長を続けさせるんです。すべてのスライムは成体になると自動的に二つに分裂します。分裂したスライムと切断したスライムを比べたとき、自然に分裂したほうが圧倒的に早く成長することが分かりました」
「つまり、切るのではなく、何らかの方法で強制的に分裂する方法を見つけたってことですか?」
「その通り! 勘がいいですね」
アンテルは真直ぐ背筋を伸ばして座っていたのを、体勢を崩してテーブルに肘をついて前のめりになった。手を対にしてクルクル回しながら話し続ける。
「なぜ成体になると分裂するのか考えたんです。多分スライムは自分の魔力を感じ取っていて、ある時満杯になると分裂する本能が活性化する。ならその状況を疑似的に作りだせばいいんじゃないかと」
「でもどうやって?」
「つまり……一から説明した方がいいかな……まず、この世には二つ魔力を弾く物質が見つかっています。一つは水、そしてもう一つはカロコルド」
「水……だから牧場のスライムは防御魔法の範囲内にいても死なないのか」
「そういうこと」
それでドンフィルド老人はスライムを水に入れていたのか。
「続けますよ。カロコルドは一種の金属ですが、純粋なカロコルドは魔力を完全に弾きます。そこで、カロコルドを使って箱を作りスライムを入れます。そして中を水で満たし、カロコルドでさらに蓋をします。これによってスライムの周りは魔力を嫌う物質で埋まるわけです。この状態で上部の穴から魔法石を突き刺し、魔力を送り込みます。するとどうなると思います?」
「水とカロコルドは魔力を嫌うわけだから……魔力が行き場をなくす?」
「そう。おそらく魔力は箱の中を彷徨い、唯一魔力が留まれる場所で落ち着きます」
「スライム?」
「そうです! 魔力はスライムの表面で蓄積するんです。そうすると一時的にスライムの表面だけが非常に魔力の濃度が高い状態が作れます。そうすると――」
「スライムが自分の魔力と勘違いするわけだ」
「おっしゃる通りで、スライムが自分の成長限界だと誤解して分裂を始めるんです。僕はこれを魔力誘引と呼んでいます」
「自然に分裂したスライムは成長が早いわけだから――」
「切断するのに比べて大幅に育成期間を短縮できるんです。おそらく切断されたスライムは見た目は普通でも魔力の道筋が切られてしまっているんです。血管のようにね」
スライムの育成が短縮されるならそれはそのままポーションの製造スピードも上昇するということ……。
「その魔力誘引を学院時代に発見したんですよね? で、評価されて何かに使われたりしなかったんですか?」
「それが残念ながら……。発見自体は評価されたんですが、例えば100年かかっていた育成が50年になったとして、それがどのくらい有用なのかというのはあまり理解されませんでした。彼らの考え方としてはスライムは森で殺してきて、すぐにポーションにしてしまえばいいじゃないかという事のようです。彼らは魔法使いですから、スライムも容易に倒せますしね。まあポーション自体まだ新しい技術ですから」
「……それも一理あるか。でもそれは強者の論理ですよね。市民はたとえお金を持っていてもスライムと戦う力はない」
「低級のスライムでも簡単な傷薬は作れるんですけどね。でも治りが早くなる程度で、上級のスライムでできるような傷口をふさいだり、解毒したり、瞬時に治したりっていうことはどうしてもできなくて。つまり作りたいポーションの質によりますが……でも例えばかなり上級のスライムを捕獲できたとして限界まで分裂させれば……2年、ないしは1年程度でずっと性能の良いポーションが作れるかもしれない、というのが僕の結論です」
「少なくとも切断して育てたボワスライムで作るよりずっと良いのでは?」
「でもあくまで理論上は、ですよ。それに問題がいくつかあるんです。まずスライムを増やそうにも土地がありません。魔法使いには財産の所有が認められていないのでね。あと箱に使うカロコルドの入手がまた難儀で。値段はポーションの比ではありませんよ。なんでも古代文明の遺物とかなんとか……」
「でも使うのは増やすときだけでしょう?あとは大きな池さえあれば育成できます」
「おっしゃる通りです。あとは……」
アンテルは親指で顎をかき、声を潜めた。
「僕にも話が見えてきましたよ。もしもの話ですが、“もしも”僕たちがポーションを売るとして、正規で売ってもそれほどの金額はつきません。予算がないですから。だから闇市に行かないと。ただ僕は行けない。正規の販売者が闇市にいたら笑い話ですからね」
「俺が行きます。ただ一人で行ってもどこでどう売れば良いのやら……」
「冒険者のパーティーに知り合いがいます。彼らを頼りましょう。ただ冒険者は気難しい。必ずしも信用できる人たちではありません。気を付けないと」
「……つまり俺の案には賛成ですか?」
詮索するような目つき。それも当然だ。しかし、ただ数秒の逡巡、そして彼は鼻を鳴らして笑った。
「そうですね。安月給にも嫌気がさしていたところです。そろそろ“副業”くらいしても罰は当たらないでしょう?」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
「早速例の冒険者たちに連絡を取ってみます。スライムは、とりあえずうちの調合室にあるのを使いましょう。カロコルドの箱も一つだけ持っています。時期をみて牧場に運び、増殖させます。あとは使えるようになるまでそちらで。トーリはドンフィルドさんに話を聞いてみてください。後……一応僕たちの取り分についても決めておきたい」
「じゃあ役割が半々なわけですから、取り分も半分ずつでは?」
「公平な塩梅でしょう。トーリが話の分かる人で良かった。盗賊が仲間割れするのは取り分の交渉だからね」
「俺らは盗賊じゃないんだから。じゃあそういうことで、今日は解散にしましょうか。手紙をください。近々また来る」
「待ってるよ。商売を抜きにしてもトーリと話すのは楽しみだから」
アンテルはイシにお礼を言って、店を出て行った。新しい計画の始まりだ。




