第14話 アンテルと再会
転生93日目
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俺が牧場を管理するようになってから、一月ほどが経った。今まであまりにも怒涛の勢いで物事が起きていたから、牧場で汗を流すだけの日々は、のどかな気さえする。
今日は、ウィマルマに来ていた。最初は怖かったけど、慣れてくるとムスカトゥールの上にいるのも気持ちがいい。目的はチーズと野菜の卸し。チーズのホールが150個と畑にできていた野菜をもろもろ。熟成されていないのもあるけど、できたチーズはすべて持ってきてしまった。
チーズは一個100ドミだから、全部で1万5000ドミ。それに野菜も500ドミくらいにはなるだろう。ただ、干し草に一月で4500ほどの経費になる。これだけならかなりの利益が出る計算なのだが、冬季はミルクが採れなくて、干し草の経費が垂れ流しになる。しかもそこにギルドと王国に対する税金がそれぞれ10%乗ってくるのだ。税金を満額払っていたら毎回赤字だから、ドンフィルド老人は収穫をごまかしたりして脱税して、なんとか損失がでないくらいにしている。
放牧地はあるのだから、これからは俺が使って少しでも経費を削減するか、もしくはせめて人を雇って干し草を生産しようと思っている。それでも利益は微々たるものだ。
ただ卸売りはある意味口実で、本当のところはアンテルに依頼していたポーションを受け取りに来たのだ。彼は律儀にも手紙で完成したことを知らせてくれた。
「こんにちは~」
店に入ると、ちょうどアンテルはお客さんの相手をしていた。俺の姿を認めて少し口元を緩める。
調合室の机の上には待ち構えたように三角形の小瓶が置かれていた。
「トーリさんは牧場で働いていると言っていたからできるだけ外傷に強いものにしておきました。ちょっと張り切りすぎて強力になってしまったけど」
「強力に?」
「ちょっと実験してみたくて、頂いたボワスライムに上級のスライムを混ぜてみたんです。かなりの効き目ですよ」
「具体的にどのくらい効くんですか?」
「そうですね、例えば誰かに襲われて全身滅多切りにされても、失血死しない限りこれで完治します」
「嫌な例えだな……。でも80ドミしか払っていないのにそんなもの貰っていいんですか?」
「いいんですよ。どの道正規の取引じゃないし、僕が勝手にやったことですから。まあ、本当に売ったら、たぶん10万ドミくらいしてしまうかもしれないけど」
「じゅうまん?!」
「いや、ばれやしないですよ! 持ち込まれた上級スライムを個人的な研究として増殖させてみたんです。それで増えたのを使ったので、記録には残ってません。どうせ高く売ったって僕の給料に反映されるわけじゃないですからね。なら知ってる人に使ってもらった方がいい」
でもそれ闇で売れば懐に10万入るんじゃ……。
「なんでそんなに高額になってしまうんですか?」
「ボワスライムは一番低級のスライムで、捕獲も増殖も容易です。でも上級のスライムだとやたら魔力を蓄えているせいで冒険者たちのほうが殺されることも多いですから。それなのに殺すとすぐに魔力の流出が始まって、町に着いたときには干物になってた、なんてこともざらですよ。ただ、どうやったのか知らないけど、ある冒険者のパーティーがデブスライムを生け捕りにしたらしくて、手に入ったんです」
「なるほど。……10万かぁ」
確かに命がけの仕事なんだろうが、10万もあったら一撃で牧場の借金が返せてしまう。
「でも一匹捕まったわけだし、これからそれを増やしていけばいいんですよね?」
「そうですね……。理論上はそうなんですが、スライムっていうのは上級であればあるほど増殖が遅くなるんです。例えば今回のデブスライムだと、成体になれば人間と同じくらいの高さになるんです。ただそこまで育てるのには最低でも数十年かかってしまって、とてもじゃないけど量産はできませんよ。あ、その、というのも僕の学院時代の研究がスライムの増殖法だったわけですが」
「じゃあ相当難しい技術なんだ」
「手掛かりは掴んだんですよ。ただ政府や軍部の人たちはそういう長い期間かかる研究にはあまり興味がないみたいで、もっぱらもっと派手で即効性のある軍用魔法とかそういう研究に資金をつぎ込むんです」
「俺が王ならポーションの研究にお金つぎ込みまくるけどなー。だってポーションさえあれば負傷兵でもすぐ治療できて戦場に送り返せるわけでしょ?」
「ハハハ、トーリさんが王じゃなくて残念ですよ。ただ戦場でどちらが役に立つかって言ったらやっぱり攻撃魔法の方でしょうね。いくらポーションがあっても敵の兵士を焼き殺すほうが速いですから。それにカーデは正規兵をあまり出さないで保護国から徴兵する方が多くて、高価なポーションがたくさんあってもむしろ出し渋るかも。むしろポーションは冒険者の方々に需要があるんです。自分の命はお金には代えられないですからね。でも国が制定している価格があまりにも高すぎて、結局のところ闇市場で手に入れている人が多くなってしまっているのが現状です」
「なるほどなぁ。で、話を戻して申し訳ないんだけど、アンテルさんはその、学院で学んだんですか? そこで魔法使いになったの?」
アンテルは一瞬しかめ面になって俺を見つめたが、やがて何か納得したように笑みをこぼした。
「いやぁ、僕は魔法使いじゃないですよ。確かに勉強はしましたけど、失格。劣等生です」
「え、じゃあ何なんですか?」
両腕を広げて肩をすくめるアンテル。
「見ての通り、調合師です」
……なるほど。おそらくは魔法使いは調合師より高位、というか調合師が魔法使いになれなかった人たちがつくポジションの一つなのだろう。でもアンテルは今まだ会った誰よりも物を知っている。
「あっ、いけない! あまりにも長く引き留めてしまいました。すいません、話し相手があまりいないくて、同世代の人と話すとつい喋りすぎるんです」
「いや、全然そんな! 逆にすごい勉強になりますよ。っていうか、どうですかね、もしお時間があったらもう少し話しませんか? 俺、誰かに聞きたいことがたくさんあるんです」
こっちの世界に来て数か月か。質問リストの山が出来そうだ。
俺の誘いを聞いたアンテルの嬉々とした様子といったら。明るい笑みを隠しもせず、革のエプロンを放りなげるのと同時に逆の手で掛けてあったローブをつかんでいた。
「僕もちょうどそう考えていたところですよ! イシさんの食堂に行きましょう。馴染みの店でしょう?」




