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第13話 牧場を任される

転生52日目


所持金: 0G 8S 40B



 新たな魔法石が埋め込まれ、防御魔法が修復されるのに1週間を要した。そんなに長いあいだ家畜を放っておけなかったから、俺は2日のうちに牧場に戻ってきた。俺は街道の路肩に立っていた。今日は風が強い。伸びた草が膝を擦って踊る。


 向こうからゆっくりと馬車の姿が見え始めた。埋め合わせというべきか、市民のために領主が用意したのだ。


 馬車は俺の目の前で止まり、ドンフィルド老人が杖をついて下りてくる。さすがにまだ痛みは引いていないようだ。


「変わりないか?」


 心なしか彼の顔も明るい。俺たちは並んで歩きだす。俺は空を見上げた。まあ何にせよひとまずは平和な日々が戻ってくるはずだ。


 夜半、俺は外の切り株に座っていた。周りは真っ暗で何も見えない。かすかに風で木々の葉がすれるのが聞こえる。こうして一人で自然の音を聞くのがここでの日課になっている。この暗闇の奥の、どこにあの狼もどきはいるのだろうか。


 その時ドンフィルド老人がランプを持ってこちらに歩いてくるのに気付いた。彼は俺に背を向けて切り株に座った。


「大変じゃったな」


「やっと帰ってこれましたね」


「帰って来たかったか? 力仕事ばかりして」


「俺はここが好きなんです。……ここは、自由な場所ですね。ムスカトゥールたちも草の上を好きに歩き回って、あいつらを見ていると和みます」


「そうじゃな……。わしも若いころは自由が欲しかった。因習を嫌って、元いた場所を捨てて、逃げ出してな」


「今は違うんですか?」


「結局あの時わしには失うものがなかったんじゃ。今はこのぼろ屋がある」


「なら逃げだしたのは正しかったんですよ」


「わははは。生意気な口をきく小僧だ。人間守るものがないと威勢が良いものよ。しかし、乳も絞れなくなるとは思わんかったわい。わしもついにガタがきたかのぅ」


「あなたくらい元気なおじいさんは見たことないですよ」


 俺は言ってしまった後、怒られると思って身構えた。が、ドンフィルド老人は「うむぅ」と唸って沈んだ顔をしたままだ。


「……トーリよ」


「な、なんですか?」


「わしは引退しようと思っての」


「引退?」


「ああ。若いのが働いてるのを見とったら、なんだか現実を突きつけられたわい」


 突然の表明に、俺はたじろいだ。


「引退って、おじいさんがいなくなったら……」


「うむぅ。明日ペイエを呼んだから、あいつも交えて話し合おう。今日は早く寝てしまえ」


 ドンフィルド老人は膝を叩き、立ち上がってゆっくりと家に戻っていった。


 引退ということは彼はこの牧場を捨ててペイエと暮らすのだろうか。そうしたら俺は……せっかくこの場所にも慣れてきたのに……。


 急に俺は周りの暗闇が怖く感じた。ドンフィルド老人の持つ明かりが見えなくならないうちに、立ち上がって後を追った。


「急に呼びつけて、どうしたんだい親父」


 テーブルにつくと、いつものように深緑のコートを羽織ったペイエは眠そうな目をして言う。


「うむ。トーリにはもう話したがな、わしは引退しようと思うんじゃ」


 ペイエは一気に目が覚めたようで、早口でまくし立てる。


「そ、そうかい! やっと決めたんだね、親父。前々からそう言ってきただろう? しかも今時は魔物まで出るんだ。その方がいい。これで俺も安心できるよ」


「……そうじゃな」


 いつになく元気がないドンフィルド老人。


「この牧場は……もう売ってしまった方がいいんじゃないか? 親父を俺のところに迎えるにも費用が掛かるし、ここは土地が良いからかなりの値で売れるだろ?」


「それがな――」


「でも!」


 俺は思わず口を挟んだ。


「ムスカトゥールとかスライムはどうなりますか? それに、悪いけど俺も働いているし……」


 ペイエは考えているふうな動作で緩慢に周囲を見回し、低い声で言った。


「そりゃあ家畜は全部売ってしまえばいいよ。それに君は、働いているというより居候だろ? 悪いけどここは君の所有じゃないからね。この機会に国に帰ればいいんじゃないか? ここにいる理由もなくなるわけだし。なんなら牧場を売った利益で多少の援助くらいは――」


「それなんだがな!」


 ドンフィルド老人が怒鳴るようにいったので、ペイエは体をびくつかせた。


「悪いが……わしは方々に少し借りがあっての」


「借りって、お金かい?!」


 ペイエの顔色が変わる。


「い……いくらあるんだい?」


「計算してみんとわからんがな。20万、いや30万はあるだろうな。借金を返すのにも……どうじゃろうな」


 ドンフィルド老人は口を一の字に縛って、手をクリクリと回しながら言う。この人……。


「30万って……どうすんだよ! そんなもの継いだら俺は破産しちまう!」


 机を叩きつけて立ち上がるペイエ。


「なに、心配するな。お前には迷惑が掛からんようにしてある。しかし牧場を売ったとなれば話は別だ。その利益もあわせて借金を回収しにくるじゃろうな」


「くっそ、親父が俺に残すのはそんなものばかりかよ」


 ペイエは吐き捨てるように言った。


「すまんな。しかし現実にあるもんはどうしようもない」


「じゃ、じゃあ」


 俺は意を決して切り出した。


「俺が牧場を回しますよ。仕事は大体教わりました。牧場がある限りは借金の返済も引き延ばせるみたいだから、今売ってしまうより良いのでは? それにもし利益がでれば返済に充てられる。俺も住むところを失わなくて済みます」


 ペイエは胸にかけた眼鏡の鼻当てを掴み、額に拳骨をあてて考えている。悪くないプランだと思うんだが。


「この土地なら……きっと30万で買うやつはいるよ。ちゃんと探せばね。トーリが経営したとしてもあまり上手くいくとは思えないし、下手にやってさらに借金がかさんだらどうするんだい?やっぱり、できることなら今すぐ売りたいけど……俺は仕事でしばらく留守になるんだ。もしかしたら1年は返ってこれないかも。まあ1年後には自分の家が欲しいと思っているし……うん、そうだね。じゃあ1年間だけ君に任せるとしよう。俺が帰ってき次第、買い手を探すよ。それなら君も新しい仕事に就く準備ができるだろう?」


 1年か……。1年あれば俺も見通しが立つはずだ。悪くない。


「そうですね。それはありがたい」


「その間もし利益が出たら、どうかな、1割は君にあげても問題ない――」


「あー、あー、あー、あー」


 ドンフィルド老人が手を挙げて制止した。


「まだわしの牧場だからな。その辺のことはわしが決めよう。今のおぬしらの案、わしも気に入った。ちょうどわしもここを離れるのは惜しいと思っていたところじゃ。わしが見守っていればケイゴもヘマをしでかすこともない。ペイエも安心できるじゃろう」


 ペイエは両手を挙げて、


「分かった。それでいいでしょう。これで俺の肩の荷も下りた。じゃあ、今日はこれで。俺が発つ時にまた寄るよ」


 そう言って、ペイエは帰っていった。しかし、長い話し合いで疲れた。俺はテーブルを離れて自分の部屋へ戻ろうとした。するとドンフィルド老人が口を開いた。


「利益の話じゃがな、今は損失が出とるが、お前がやって放牧地を全部使えば、トントンくらいにはなるじゃろう。利益を出したかったら、家畜の数を増やすことだ。利益は全部くれてやる。それを報酬だと思ったらええ。それならもうイシから給料をもらう必要もあるまい」


「全部ですか?」


「人間働いた分だけ金を貰うのが筋じゃろう。わしはもう働けんからな。金なんぞ貰っても仕方ない」


「でも……あなたが作った牧場ですよ」


「まあそうじゃな。代わりと言ってはなんだが、わしゃ余生の楽しみにお前に指図しながら一日中寝かしてもらうわい。もう一生分働いたわ」


「借金はどうするんです?」


「そんなもんは大した問題ではない。わしが払えずに死んだら、ペイエは牧場を手放すだけじゃろう。それにな、もしお前が利益をあげて、借金を返済できるだけの金を貯めたら、この牧場ごと買い取ってもいい。わしは……ただこの牧場が愛おしいだけじゃ。息子に渡ったところでなくなってしまうなら意味がない」


 彼の声は真剣だった。そしてその気持ちは、俺には痛く理解できた。1年で30万ドミも稼げるわけがないが、俺もこの牧場がずっと残ればいいと思う。


「わかりました。やるだけやってみます」


 もう彼は何も言わなかった。


転生55日目


所持金: 0G 8S 40B


 朝、俺は書斎にいた。何十年か分の書類が机の上にところ狭しと置かれ、さらにはその下にも散乱している。ドンフィルド老人によると、収量の記録、税金の申告から、個人的なメモまであらゆるものがごっちゃになっていて、どこに何があるかは彼にも分からないらしい。


 まあ、これは想定内。どの道俺には読めないから、とりあえず大きさごとに分けて一階に運んだ。


 とにかく、経営を任されたはいいが、今どのくらい売り上げがあるのかも知らないし、本当のところ財政状況がどうなっているか知りたい。


「ちょっと手伝ってくれませんか!」


 ドンフィルド老人に無理やり読ませる。


「なんじゃこんなもの……3190年6月、今年の大麦の収穫は悪くなかった。ただ雨がもう少し降ってくれれば過去最高になっただろうに――」


 年代がバグっているがこの際無視しよう。探し続けるうちに借用書らしきものが1枚出てきた。


「10万ドミ……」


「自分で掘り出してきたんじゃろうが。眺めたって数字が変わるわけじゃあるまいし」


 宣言通り一日中寝椅子にいるドンフィルド老人が、仰向けで答える。10万ドミといえば、ドミ銅貨10枚でドラクラーク銀貨1枚、ドラクラーク銀貨100枚でニッシヨ金貨1枚だから、銀貨にして10万枚、ニッシヨ金貨でも100枚だ。俺は金貨を見たこともないのに……。


「借金の額を覚えてないんですか?!」


「人間都合の悪いことは忘れるものよ」


「そんなんじゃ――」


「トーリ!」


「なっ、は――」


「お前分かっとらんようじゃな」


 ドンフィルド老人は目を開け、体を起こして俺を睨みつけた。


「な、なにを……」


「お前この世を生き抜くのに必要なもの、三つ言ってみい」


「えっ……食べ物と、仕事と、あとは……住むところ?」


「違う! 教会と金貸しと馬じゃ」


「は……」


「10万ドミ程度でうろたえるな。分かったら片付けて飯の用意をせい」


 ……なんで俺が怒られてんだよ!


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