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第11話 ポーション売りの親子

転生45日目


所持金: 0G 16S 45B


 翌朝起きた俺を、階段の下でリフェの笑顔が出迎えた。シュラム夫妻はいつものように早起きして仕事に取り掛かっている。


だいたい仕込みが終わったころ、ドンフィルド老人が起きて、俺はまたシュラム夫妻に別れを言い、ギルド近くの厩舎にムスカトゥールを迎えに行った。


「帰る前にこいつらをさばいてしまおう」


 ドンフィルド老人が言った。そういえばスライムたちがまだいたんだ。


 その店はギルドのすぐ向かいの通りにあった。


 一見何の変哲もない商店。看板が店の上部に打ち付けられていて、幅の広い観音開きの扉が中央についている。ただ一つ他の店と違うのは、鎧の兵士が一人、扉の横に立って怖い顔でこちらを睨んでいる事。


 スライムの入った桶を店の前に降ろすと、ドンフィルド老人は扉を全開にした。


「おーい、フールさん!」


 奥の扉がばたっと開いて、中から主人が出てくる。


「ドンフィルドさん。これは、これは、これは。いやぁお久しぶりだなぁ。どうぞ中へお入りくだせぇ。あっ、そりゃわいが手伝わせていただきます」


 珍しく肌が焼けたフールは俺と一緒に桶を店の中へと運び込んでくれた。内装は驚くほど簡素で、奥の商品棚にガラス瓶や革の水筒のようなものが置かれている。


「こりゃあ大量だぁ。いやぁ、本当にいつもいつも本当にありがとうごぜぇます」


 恭しく頭を下げるフール。樽一杯のスライムがうねうねと動いている。


「早速奥に運びましょう。若い方、もう一度お手伝いくだされ。はい、いち、にっ、さんっと」


「アンテル! ドンフィルドさんがいらっしゃったぞ!」


 奥の扉を通った先にいたのは、俺と同じくらいの年齢の男だった。濃い紺色の長袖のチュニックを着て、袖をまくっている。椅子にかかっているローブが目についた。


 部屋の中央には大きな作業台が置かれ、その上に様々な器具が散乱している。そして部屋の壁のうち3辺には、3段の棚が打ち付けられていて、見たこともない数のガラス瓶の中に、干からびた植物の根、まだ肉が引っ付いている骨、小鳥サイズはある虫たち、あらゆる色のキノコ、そして植物が漬けられた、赤やら緑やらの液体。有形無形、ありとあらゆる材料を揃えているかのようだ。


 ただ一つ、俺の左隣にある、小さな木の鉢植えがぎりぎり俺でも見たことがありうる唯一のものだ。俺はなんとなしに手を伸ばした。


「触らないで!」


 俺は反射的に手をひっこめる。


「素手で触ると体の中の骨から溶けて腕がスライムみたいになってしまいますよ」


 苦笑いで言う若い男。


「あ、ありがとう」


 俺はどっと出た冷や汗をぬぐった。


「あっ、ご、ご紹介します。これはわいの“せがれ”でして、アンテルと申します。ど、どうぞお見知りを。え、えーと」


「おお、すまん、すまん。こいつの名前はトーリ。外国人でな、わしの牧場の手伝いをしてくれている」


「噂には聞いてます」


 アンテルはそう言って微笑する。そうだろうとも。


「そりゃあ、ほんとにご立派だ! 今日もこんなにスライム持ってきてもらって、本当にありがたい限りだ」


 フールがまるで宝物かのように高々とスライムを持ち上げるのを、一歩引いて見つめるアンテル。食堂に来る客とは雰囲気が少し違う。その時アンテルが俺の視線に気づいて、目が合ってしまった。慌てて目をそらす。


 彼は眉も切りそろえられて垢ぬけた風貌だ。スラっとした鼻に、理性的な目つき。多少のそばかすはみえるが。俺と同じ黒髪、前髪の一部を二本の三つ編みにして後ろで縛っている。


「本当にいつもありがとうございます」


 桶の中のスライムを見て、頭を下げるアンテル。


「どうだい、いいポーションが作れそうかい?」


「ええ、もちろん。これだけのボワスライムがあれば20人分のポーションが作れますよ」


 朗らかな笑顔。俺は鉢植えの隣に、同じような桶がいくつかあるのに気付いた。中を覗くと、そこにいるのもスライムだった。少しオレンジがかった体で、とげとげの、ウニのようなものが体にいくつも付いている。あれがボワスライムだとすると……。


「そこにあるマダリスライムは治療用なんです。それも触るのはお勧めしませんけどね」


 言われるまでもなくスライムなんて触る気はない。ただ一つ気になっていることがある。


「スライムってどこから入手するんですか?」


 俺の質問に、アンテルはうーんと一瞬上を見ながら考えた後、


「だいたいは冒険者の皆さんがたまに持ち帰られるものを増やして使うことが多いですね」


「スライムって増えるんですか?」


「そんなもん簡単じゃい。ぶったぎりゃ増える」


 口をはさむドンフィルド老人。


「ハハハ、そのとおりです。切断すれば増えますよ。ただその分成長に時間がかかってしまうので、実際のところあまり使える手でもなくて」


「わしはあのスライムたちを2匹から増やしたんじゃぞ。忍耐の問題じゃわい」


「その話はうちの親から何度も聞いていますよ、ドンフィルドさん。子供でしたけど父が文句を言っていたのを覚えています。あの人は魔物を持ち込んだ! 俺たちも襲われる! ってね」


「こらっ! アンテル、余計なことを言うんじゃない。そんなのは何十年も前の話だろうが」


 顔を赤くしてアンテルを叱りつけるフール。アンテルは気まずそうに謝った。


「魔物を持ち込んだらまずいんですか?」


 そういった俺を三人が一斉に凝視した。いらんこと言ったカモ。


「そりゃあ魔物を所持すること自体、王国によって禁止されていますからね。魔物に襲われないよう王国が領地に魔法をかけて防御しているわけですから。わざわざ持ち込んだら元も子もありません。スライムは危険性も低いしポーションの材料になることもあって例外的に飼育が許されることもありますけど……」


 少々の間があって、まあ冒険者は手当たり次第狩ってきますけどね、とアンテルは苦笑いで付け加える。


「そうなんですか……物を知らなくて。説明していただいてありがとうございます」

 

 何も知らないことへの若干の屈辱感を抱えながら、俺はクールな笑みをくれてやった。


「お支払いがまだだったぁ! 申し訳ない、申し訳ない。ちょいとお待ちくだされ」


 作業台の引き出しを開けるフール。


「いつもどおり、一匹20ドミで買わせてくだせぇ。んですからぁ、えーとぉ……」


「全部で400ドミですね」


「あー、そうそう。そうだ、アンテル。それで正しい」


 フールはドラクラーク銀貨を20枚、一枚一枚数えながらドンフィルド老人に手渡した。


「しかと受け取りました。では、そろそろ牧場に帰らなければ。いや、お二人とも元気そうでよかった」


「ポーションに興味があったらいつでも遊びに来て下さい」


 にっこりと笑って言うアンテル。作業台にある器具をじろじろと見ていたのがばれたらしい。


「何を言っとるんだアンテル。トーリさんだって牧場のお仕事が忙しいに決まってるだろうが」


 あっ、そうでしたね、とアンテルはすまなそうに肩をすぼめた。


「じゃあ、また! 行くぞい」


「あっ、ちょっと待って! ちなみに……」


 ぎりぎりで思い出した。給料もらったのに何も買ってないんだった。


「ポーションって僕でも買えます?」


「何だ、おぬしポーションが欲しかったのか」


 ドンフィルド老人は開けかけたドアから手を離した。


「ええ、まあ。作業中に怪我をするかもしれないし」


 こじつけだけど、ありえなくもない。


「じゃあ傷治療に使えるポーションがいいですね」


 アンテルは作業台についた大量の引き出しからいくつかを開けた。そして液体の入った小さなガラス瓶を取り出す。


「こちらのポーションはボワスライムの体液のみで作ったものです。値段もそれなりに安いですし軽い怪我なら十分効果はありますよ。2週間の傷なら数日で治ってしまいます。100ドミでお売りできます」


 彼は透明な液体が入ったのを指さしながら言った。


「こちらは毒消しの草と爆発ネズミの心臓を加えて煮込んだもので、より深刻な怪我、例えば裂傷にも使えます。値段は300ドミと張りますが」


「高い……」


「僕ももっと安く売りたいんですけどね。上が決めた価格ですから、どうしようもありません。それでも買っていく冒険者はいますよ。どうです、買っていきますか?」


 うーん、悩む。100ドミで傷薬を買う必要性は感じないけど、高級品は買える値段じゃないし……。


「こういうのはどうです? そうですね……80ドミほど前金として頂ければ、持ってきていただいたスライムを使って、次に来ていただけるまでにそれなりのポーションを作っておきます。それならこちらとしてもお礼ということで面目が立ちます」


「でも、そんなことをして大丈夫ですか?」


「万が一ばれたところでそんなに大した問題じゃありません。どの道この町でポーションを作れるのは私一人ですからね」


 笑顔で言うアンテル。……ならお言葉に甘えさせてもらおう。


「じゃあ、そういうことで。次までにお願いします」


 俺は80ドミを払って、店を出た。かなり長居してしまった。日光にあったって肌がじっとりと熱くなるのを感じる。店先に繋いでいたムスカトゥールに乗り込み、再び東門へと向かう。


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