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13番目の魔女  作者: くろえ
4/7

ソラムとお母さん

13番目の魔女は高いポプラの木の上で、時を告げる鐘の音を聞いていた。

街の学校が終わる時間である。校舎から小さい学年の子供達が飛び出してきた。

大きい学年の子供達は少しのんびりだ。友達とおしゃべりしたり、ふざけ合ったりしながら帰路に着く。

この楽しそうな光景を見る度に、魔女は少しだけ寂しくなる。

もしも私が人間の女の子だったら、みんなお友達になってくれるかしら?

もしも私が・・・。

「ソラム! 今日もダメなのかい?」

物思いにふけっていた魔女はハッと我に返り、慌てて茂ったポプラの葉の中に隠れた。

ソラムと呼ばれた少年が立ち止り、ボールを持った数人の友人達に振り返った。

「うん、ごめん。父さん今日も徹夜なんだ。家に帰って家事しなきゃ。」

「・・・お前、大変だなぁ。」ソラムに声を掛けた子が同情した。「親父さん、早く仕事終わるといいな。じゃ、行こうぜみんな!」

少年達はかけだしていった。

ソラムは彼らの後ろ姿に手を振って見送り、小さくため息をついて街外れの家に向かって歩き出した。


ソラムは弦楽器職人の父と2人で暮す、13才の少年である。

父は非常に素晴らしい楽器を作るが、良くも悪くも職人気質で仕事に没頭する人だった。

そんな父の元から母が出て行ったのは3年前。以来ソラムが家事を引受け父を支えている。

家事に追われて友達と遊べなくても、仕事に打ち込む父が顧みてくれなくても、この少年が愚痴や不満を口にする事は無い。

しかし、13番目の魔女は知っている。

彼が、いなくなった母親に会いたがっている事を。

「お母さんに、会いたい。」そう言うと悲しそうに黙ってしまう父に遠慮して、いつも我慢してきた事を・・・。

シャラーーーーン・・・

13番目の魔女は腕飾りを鳴らした。


街の広場に差し掛かった時、ぐにゃり、とソラムの目の前で風景が大きく歪んだ。

「えぇ!?」 立ち止まると、今度はふわりと浮き上がる感覚を覚え、慌てて目を閉じ身をすくめる。

何が起こったのかわからないままじっとこの異変が収まるのを待っていると、空気の匂いが変った。

ざわざわと人の話し声がして、周りをたくさんの人が行き交うのを感じる。ソラムは恐る恐る目を開けた。

「・・・えええぇぇぇぇえ!!?」

そこは、まったく知らない場所だった。

綺麗に石畳で舗装された道を、たくさんの人々が行き交っている。どの人も趣向を凝らした服を着ていて裕福そうだ。

立派な馬に引かせた馬車が走り、商店や露店では野菜や肉と言った食料品はもちろん、様々な衣類に靴や帽子、陶器や金物、敷物、家具、酒やタバコといった嗜好品まで、溢れんばかりに並べられている。

質素でこじんまりしている家が多いソラムの街ではお目にかかれないような豪邸が並び、色とりどりの屋根が連なる向こうには、高くそびえる美しいお城が見える。

お城!? まさか、ここは大魔女様がいる、王都!!?

僕はなんでこんなところにいるんだ!??

夕方の買い物客で賑わう王都の広場の真ん中で、ソラムは1人立ち尽くした。

「・・・ソラム?」

すっかり混乱して固まるソラムの耳に、自分を呼ぶ懐かしい声が飛び込んできた。

まさか、そんな!?

息が苦しくなるほどの人混みの中、辺りを見回し必死に捜す。

「ソラム!まぁ、ソラムなのね!!」

声はすぐ近くで聞こえた。慌てて振り向くと、そこに1人の婦人が立っていた。

「・・・おかあ、さん・・・?」

美しい外出用のガウンを着た婦人は、高揚させた頬を涙で濡らし、レースの手袋をはめた手でソラムをしっかりと抱きしめた。


「元気そうで良かった。すっかり大きくなって・・・。」

母は温かいミルクティーを注いだカップを椅子に座るソラムの前のテーブルに置いた。

それを啜りながら、部屋の中を見回す。母が今住んでいる家は、王都の広場から少し離れた閑静な住宅街だった。

ソラムは居間に通された。美しい絨毯、クッションが置かれた座り心地のいい椅子と立派なテーブル、壁にはたくさんの絵、暖炉や棚の上には様々な置物。居間には贅沢なものがいっぱいだ。

「綺麗な、家だね。」

「ふふ、ありがとう。」

母は笑った。薄く化粧をしていてとても綺麗に見える。

「でも驚いたわ。いったいどうしたの?」

「・・・」

説明に困っていると、バタン、と居間の扉が開き、小さな男の子が走り込んできた。

「お母さん、ただいま!」

栗色の髪をくしゃくしゃにしたやんちゃそうな男の子は、母に抱きつこうとしてソラムに気付き、ビックリして立ち止まる。

「あ、あぁ、お帰りなさい。

・・・ソラム、この子はね、その・・・。知ってると思うけど、私ね、再婚したの。その方の、お子さんで・・・。」

「お母さん、このお兄ちゃん、だぁれ?」

男の子が母に聞いた。しげしげとソラムを眺めながら、母に歩み寄りその膝にしっかりと抱きつく。

「前に少しお話したでしょ?お母さんがここに来る前に、結婚した人の子よ。」

「ふーん・・・・。」

よくわからないらしく男の子が首を傾げる。その時、玄関の扉が開く音がした。

「お父さんだ!」 男の子が元気に走り出していく。

「ちょ、ちょっとだけ待っててね。」 母も慌てて立ち上がり、男の子の後を追った。

取り残されたソラムは黙って俯き、自分の手の中でカップのミルクティーが冷めていくのを感じていた。


背の高い、立派な服を着た男性が、和やかな笑顔を浮かべて居間に入ってきた。

「君がソラム君、だね? 初めまして。私はマイルズ。君のお母さんの再婚相手だよ。

この子は私の前の妻との子で、トム。君の弟、になるのかな?」

マイルズ氏は母と一緒に後から居間に入ってきた男の子を紹介した。

挨拶しなさい、という父親の言葉に、トムはサッと母の後ろに隠れてしまった。

「やれやれ。すまない、まだ小さくってね。悪く思わないでくれ。

よく訪ねてきてくれたね。君の事はお母さんから聞いていて、とても心配していたんだ。

これからは困った事があったらいつでも相談に乗るし、援助や協力は惜しまないつもりだ。

遠慮せず、何でも言って欲しい。いいね?」

ソラムは冷めてしまったカップをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。

穏やかで、誠実そうなマイルズ氏の笑顔。しかし感受性の豊かな少年は、見抜いてしまった。

マイルズ氏が初めてソラムを見た時に、瞳の奥に一瞬浮かんだ感情の色。驚愕と困惑と、嫌悪。

それと同じ感情を、母にしがみついた小さなトムは隠そうともせずソラムに投げかけてくる。

そして、母は・・・。


「・・・ありがとうございます。」

ソラムは礼儀正しくお礼を言った。

マイルズ氏ではなく、13番目の魔女に。

「魔女様、もういいです。僕を街へ帰して下さい。

お母さんが幸せだったら、もう充分ですから・・・。」

ぐにゃり、と風景が歪んだ。

驚き目を見張るマイルズ氏と小さなトム、そして母に、ソラムは静かに頭を下げる。

「急に来てごめんなさい。もう来ません。さようなら。」

最初から、わかっていた。

僕が「会いたい」と望むほど、お母さんは僕に「会いたい」とは思っていない。

だってお母さんは3年前、僕を残して家を出た。

お母さんの人生に、僕は必要なかったんだから。

ソラムが顔を上げると、ハラハラと涙を流して自分を見つめる母と目が合った。

「ごめんなさい、ソラム!!」最後に母の声が聞こえた。

しかし、握りしめたその両手がソラムの方へ差し伸べられる事は、なかった。


「・・・ソラム!!」

誰かに呼ばれてハッと我に返った。

振り向くと、よれよれの作業着姿の父が息を切らして立っていた。

慌てて周囲を見回したソラムは、自分が元の街の広場に佇んでいるのに気が付いた。

しかも、もうすっかり日が暮れて辺りは真っ暗になっている!

どうしよう!買い物も洗濯物の取り込みも、晩ご飯の仕度も何も出来てない!!

ごめんなさい、父さん!!そう言おうとして口を開いた途端、一気に感情が爆発した。

ソラムは、父の目の前でワッと泣き出してしまった。

泣いちゃダメだ、我慢しなきゃ! 父さんが困ってる!! 父さんは忙しいんだから困らせちゃダメだ、しっかりしなきゃ!!

そう思えば思うほど悲しみがわき起こる。

追い立てるように溢れくる涙に、ソラムはなすすべ無く泣きじゃくった。


不意に、温もりがソラムを包み込んだ。

驚いて顔を上げると、悲しそうな父の目が見えた。

素晴らしい音色を奏でる弦楽器を作る器用な父の手が、不器用にソラムを抱きしめている。

「・・・すまん、ソラム。すまん・・・。」

号泣する我が子に何を思ったのか、父が小さく詫びてきた。

その一言で、決壊しつつあったソラムの心の最後の堤が崩れ去る。

父の作業着にしがみつき、ソラムは小さい子供のように泣き続けた。

ずっと、ずっと我慢してきた涙は、いつまでも枯れる事がなかった。


13番目の魔女も、泣いた。

高いポプラの木の上で、抱き合う父子を見つめて静かに、声を殺して泣き崩れた。

こんなつもりじゃ、なかったの。

貴方の願いを叶えたかったの。貴方に喜んでもらいたかったの。

笑って欲しかっただけなのに。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。

13番目の魔女は、父子と一緒にいつまでも涙を流し続けた。


後悔に泣く小さな魔女を、じっと見つめる者がいた。

燃えるような赤い髪。挑むような鋭い目。

彼女は、2番目の魔女。

1番目の魔女を堕落させ、大魔女が忌み嫌っている、2番目の魔女である。

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