始り
「愛してるよ」
そのストレートな愛情表現は、
私にとっては、ただの鉛のついた足枷のようだった
ゆっくりと目を閉じると
今でも、ふと思い返すの
あなたに出会ったあの日、
母に手を引かれ連れていかれたのは
いつもの喫茶店だった
大好きな母は、いつもより笑顔で明るい声をしていたから、
子供ながらになんとなく予想はできていたんだ。
「初めまして、ゆいちゃん」
そういったあなたは、とても綺麗な目をしていて、
今にもどこか違う国の言葉を喋りそうな風貌に
少し驚いたけど
第一印象は、優しそうで綺麗な男の人だった。
"ハーフだけど、僕は日本で生まれたから
日本語のほうが上手なんだよ”と、
屈託のない笑顔の男性は、
笑って私と母と向かいの席に座った。
母の恋人だと紹介された彼は、子供の目から見ても
恰好のいい人だった
まだ10歳だった私は、いつも忙しそうな母が嬉しそう笑っている姿をハンバーグを頬張りながらただ眺めていた。
私の母は、21歳の時に、未婚で私を生んだ
働き者で、面白くて、綺麗で優しい母が大好きで、私の自慢だった。
そんな母は、いつからか結婚をして父も母もいる”普通の家族”のように
暖かい家庭を築きたいとよく話すようになった
私自身何も不満はなかったが、
いつも私の為に一生懸命な母の望むことはなんだって叶えてあげたかった
だから、別に子供ながらに再婚に反対という気持ちは微塵もなかった。
それから、暫く少しいつもと違う空気と普段よりずっと、楽しそうな母の横顔を見ながら、3人で食後のデザートを食べていると、母は少し遠慮がちに
「凄くいきなりで、びっくりしちゃうかもしれないけど、来月から、一緒に暮らそうと思うの、どう思う?」
と言ってきた。
あまりに突然で、けれど心配そうな母さんに向かって
「嫌だよ」なんて、言えるはずもなかったんだ。
「お母さんがいいなら、結衣はいいよ」
二人が顔を見合わせて、笑顔になったのを覚えてる
何より、母が笑う姿がとても嬉しくて何の不安もなかったんだ
もしも、あの時に違う答えを出してたら、何か少しは違った未来になっていたのかな。
その時ならお母さん、あなたはまだ、あたしの手をしっかり握ってくれたかな。
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