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魔法使いは知らない  作者: もとび
魔法を知らない
9/41

手紙の差出人

 一通の手紙が下駄箱に入っていた。

 久しぶりだな、修了式以来だ。柑記はそう思いつつ差出人を確かめるも、それらしきものはどこにも記載されてはいなかった。内容は、『体育館裏に一人で来い』というもの。所謂、果たし状というやつだ。柑記は中学生の頃から、他人に喧嘩を売られることが驚くほどに多かった。口下手なために他人に誤解されることはかぞえられないほどあって、それも他人に恨まれる原因のひとつとなっているのだろうと、柑記は自己分析する。

「どうしたの、立ち止まっちゃって。さっさと行こうよ」

 そう言ったのは、つい最近知り合ったばかりの笹井真琴だ。彼女とは、今日も一緒に帰る約束をしていた。既に靴を履き終えて、ドアの外に立っている。

「……いや、やっぱり今日は一人で帰っててくれ」

 あっという間に何故か仲良くなってしまった柑記と真琴は、途中まで道が同じで、ともに自転車通学生だからといって既に一緒に下校をする仲となっていた。仲良くなったと言っても、真琴が何故か積極的に絡んでくるからなのだが……。

「なんでー……ま、いいけどさー」

 内心、ほんの少し罪悪感のようなものが芽生えて、心の中で、すまない、と一応謝っておく。

 喧嘩を売られることが多いとはいえ柑記は特に好戦的というわけでもなく(物事を解決する際に暴力を用いようとすることは多いが)、今回のような果たし状は、大体無視して家に帰っているのだが(偶に校門に待ち伏せされてたりもする)、今日はいつものようにはいかないようだった。もう一つ記されてあった内容は、『令代巧がどうなってもいいのか?』というもの。まさか、巧に手を出そうなどという強者がこの学校にいるとは、とても思えないが――……。

 念のためだ。そう思いつつ、柑記は指定された場所に駆け出していた。


 いつもの体育館裏は薄暗く、周りには背の高い木が生い茂っていて、とても静かだ。但し今日はその限りではない。どう言い繕っても柄のいいとは言えないような連中たちが複数名、煙を吹かせながら、蟹股で座って談笑しているからだ。そんな彼らの頭はとてもカラフルだが、純白のものは誰一人として、存在しなかった。

「おい。巧の奴はどうした」

 そう柑記が睨みを若干利かせながら訊くと、

「知らねーよ、バーカ!」

「この間抜けがァ~~~~~」

「あんな恐ろしい奴に手え出せるわけねえだろうが、このボケ!」

「関わるだけでも恐ろしいってんだよ、この野郎!」

 中々に愉快な面々らしかった。もの凄く意気込んで見せるも、彼らの口から出てくる言葉は情けないものばかりだった。最初から疑ってはいたのだ、令代巧を人質に取ったって言ったって、証拠写真も何もないじゃないか。ただ、一応心配だから見に来ただけなのだ。

 あいつが、何かしないかどうか――……まあ、嘘だったというのならそれはそれでいい。もう、どうでもいい。

 じゃあな、そう言って来た道を戻ろうとすると、「きゃあ!」という悲鳴が、背後から聞こえた。若干驚きつつ振り返るとそこには、不良に腕をつかまれて身動きの取れなくなっている笹井真琴が立っていた。不良は、目の前にいるやつらだけじゃなかったのだ。大方奇襲攻撃でもするつもりだったのだろう、背後にもいくらか人を置いておいたのだ。

 柑記は呆れてため息を吐いて、

「……ついて来てたのか」

「ごめん。助けて」

 勝手について来ておいてこの言い草である。勘弁してほしい。

「おいおいおい、木下さんよお、あんたの彼女ちゃんかい?」

「かっこつかねえなあ、ええ?」

「令代はいないから、ちょうどいいので人質にさせてもらいますけれども」

 最後の情けない一言は無視して、柑記は真っ先に背後に駆け出し、真琴の腕をつかんでいた不良二人を叩きのめした。彼らは特に真琴に何をすることもできず、悶絶しその場に倒れこんでしまう。二発のパンチが二発とも不良の鳩尾にクリーンヒットしたのだ。恐らく偶然の産物ではあるのだが、柑記の攻撃は、やたらと的確だった。

「何勝手について来てんだよ。先に帰ってろって言ったろ」

「なんか、古典的な不良ってかんじだね」

「おい」

 柑記は、巧を恐れるような連中を最早怖いとは微塵も感じなくなっていた。彼の中での不良は既に、〝恰好だけの半端な奴ら〟という認識である。ただ、厄介なものは厄介なので、けして関わり合いになりたい相手ではないのだった。

 ピンチを切り抜けたところで、さて、帰ろうか。そう思うもしかし既に周りを敵に囲まれており、その想定外の人数に柑記の額から冷や汗が滴る。十数人の不良たちは、鉄パイプなどの道具を片手にじりじりと距離を詰めてくる。真琴に自分から離れるな、と伝えようとするも彼女は既に物陰に隠れてしまっていた。逃げ足だけは早い。余計な問題を運んで来ておいて自分だけは助かろうなどと、都合のいいものだ。お前さえいなければとっとと帰れたかもしれないのに。そう、あるはずもないことを恨み言のように呟くと、柑記は学ランの上着を体育館の壁辺りに投げ捨てて、首と手首をぽきぽきと鳴らしつつ、

「まあいいさ。最近、身体の調子がやけに良いんだ」

 不良たちは柑記に向かって襲い掛かってくる。

「久々の運動だ、相手になってやる」

 そう言った彼のシャツの中身は、実の所未だに包帯でぐるぐる巻きにされており、真っ白であるはずのそれには、うっすらと血が滲んでいる。傷は塞がりきってはいない。強がりにもほどがあった。


「柑記、シャツ裏表だよ」


「え」

 その言葉に気を取られた隙に、不良たちの攻撃をまともに食らう柑記。そんな彼を、ああ、どうにも締まらないなあ、という眼で、そんな目に遭わせた張本人は見つめている。

「お前、何でここにいるんだ?」

 息を切らし、鼻頭を押さえながら、そう問う。どうやら、柑記はそいつの指摘に気を取られたのではなくて、そいつ自身に気を取られたらしかった。

「なんでって、助っ人だよ」

 パーカーを脱ぎ捨て、若干のハスキーボイスでそう答えた彼は総白髪に白い肌、男子の平均より小柄な体つきに、病的なほどに濁り切った瞳。そしてその下には深々と隈が彫られている。そんな彼を、柑記以外のその場にいる誰もが困惑し、呆然と見つめることなどできない。ただただその場には恐怖そのものが存在しているように感じられるからだ。恐怖の前では、目を背けることしか、出来ない。

「こんなタイミングで助けにやってくるなんて、少しヒーローっぽいだろ」

 つまらなそうに言った彼がヒーローたり得る要素など、異形の者であるという一点のみにしか存在してなどいなかった。

「てめえの助けなんかいらねえよ! やばそうになるまで、すっこんでろ!」

「ええ、かっこいい登場が無駄になってしまった」

 そんな軽口を叩きつつ、素直に真琴のいる物陰の辺りまですごすごと引き下がる巧はそれでいてしかし、何故だか少々嬉しそうに、ただその中に若干の寂しさの色も交えて微笑んでいた。

 巧が関係ないと知った途端に、不良たちは元気になり柑記との喧嘩を再開させる。

 体格差や人数差をものともせず奮闘する柑記を、巧と真琴はじっと、野次を飛ばしつつ鑑賞していた。




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