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魔法使いは知らない  作者: もとび
魔法を知らない
8/41

親睦を深めよう

「おい、真琴」 

 先程、名字で呼ぶことを拒否られたので名前で呼ぶことにしたら、相手もそうすることに決めたようで、「俺の呼び名は、〝柑記〟で統一だ。くん、とか間違えてもつけるなよ。むず痒いからな。俺もお前のことは、名前で呼ぶ。そう言えば、名前は?」と言ってきたのだった。出会って数日で、一気に下の名前で呼び合う仲である。そっちの方がむず痒い。というか、恥ずかしい。

それにしても普通、隣の人の名前ぐらい覚えないかな。

「どうしたの、柑記」

「何だ、あの美人は」

 柑記は、紗絵のことを指さしてそう言った。

「人のことは指さしちゃダメだよ」

 正直、いまだ同学年に紗絵のことを知らない人間がいるらしいことに驚きだった。

 昼休み、屋上。私たちは約束通りそこに昼食を食べに来ていた。予想していた通り、紗絵はやはり令代を連れてきている。

 因みに、串間高校の屋上へと通じるドアには通常鍵がかかっており、一般生徒は入れない。ならばなぜ私たちがここにいるのかという話になるわけなのだが、実は一年生の頃にこっそり鍵を盗み出して合鍵を作ったのだ。柑記もさすがにここに来るのは初めてらしく、少しの間感慨にふけったりしていた。

「お、来たねー、座って座って! ほらほら弁当食べよう。おなか空いちゃったよー。初めまして、木下くん! 私は維澄紗絵。令代くんとは仲良くさせてもらってるんだ。よろしくね」

 微笑みをたたえてそう話しかけた紗絵を柑記はじっとみつめてから、「ああ」とだけ言ってその場に腰かけた。おやおや。紗絵の美しさにやられちゃったか。そんな勝手な想像をしながら私もその隣に座って、私と柑記と紗絵、令代とで円を作っているような状態になる。

 あれ、なんか違和感。

ま、いっか。

些細なことは気にするな、っていう意味で私の名前は両親に授けてもらったもののはずだし(多分違う)。

何やら柑記から視線を感じたので、どうしたのかと訊ねると、

「さっきは奢れ、とか言ったけど、ちゃんと金は返す」当たり前だっつーの。


「以前にもああいう不思議な力を持つ連中に襲われたことが何度かあったんだ。だいたい襲撃に遭う度に、テレポートして別の地区に移り住んでたんだけどね」と、魔法使いの弟子。

「緑枝台なんかでお前と遭遇するなんて想像もしてなかったぜ。あそこ、ヒチューの校区じゃねえだろ」そう、令代の旧来からの親友は語る。

因みにヒチューとは、日喜津中学校の略称。断じて電気ネズミが炎ネズミになってしまったとかじゃない。

「うん。けどまだ、今回は引っ越してない。師匠の体調が戻らないから……無理させ過ぎたんだ。まだ、寝込んでる」

 原因の一端は、私にもある。灰宮さんが魔法使いだと知って、安易に魔法を使うことを要求してしまったのだ。灰宮さんは快く応じてくれたけれど、実際のところ彼女はあの後すぐに自分の部屋に戻って寝込んでいたらしい。少々の罪悪感が、胸に芽生える。知らなかったんだから仕方ないんだけどね。

「師匠、ってああ、あれか。あの長い髪のか」と、何かに納得したように頷いて、パンを齧る柑記。

「不思議な力を操る連中はこれまでにも、たくさんいました。昨日のは結構久々だったんですけど。今までのは、割と簡単に攻略できたんですよ。師匠の魔力も満タンでしたし――とはいえ、昨日の少女は別格のような気がしたけど……。そうだな、どんな能力があったかっていえば、銃弾に触れた物体を粉々にするという状態を付加する能力、地面に触れたら刀が出てくる能力、指が伸びる能力、髪をつんつんにしたりモーツァルトヘアみたいにしたりする能力、眼力が凄まじくなる能力、欠伸を遠くの人にまで伝染させる能力……」

 あとになればなるほど、しょうもなかった。

「そして昨日のは、鉄を操る、ってとこかな」そう言って、令代はハンバーガーを咀嚼した。「師匠はあれを、単純に能力者、って呼んでる。もうちょい漢字にルビが付く感じのかっこいいのを考えたいところだけど、僕にはその手の才能はなかったみたいでして。つけてみませんか? 名前」

 私たち三人は令代のその言葉を華麗にスルーして、昼食に没頭する。しかし、令代はそれを特に気にした様子もなく、別の話題に移った。

「ああ、能力者、っていえばですけど、笹井さん。先日、公園にあったという死体や緑枝台の惨殺事件は意外とまるで話題にならないですよね。一応通報、したんですよね?」

「…………? うん……なに、それ」

「……そうだよ、令代くんってば、何言ってんのー。平和な我が町でさー。物騒な脳内設定? だねー」と、紗絵。

何の話だろう? ミステリーかホラーか。どちらでもいいがなんにせよ、物騒な話ではあるらしかった。令代が、何故かこちらをじっと見つめてくる。私は目を逸らす。やがて令代は「そうですか」と言って再びハンバーガーに意識を向けた。

パン、と紗絵は手を叩いて、弁当箱を片付けだした。もう、食べてしまったのか。スマートフォンで時間を確認すると、まだ昼休み終了までには時間があった。急ぐ必要はなさそうだ。

「令代くんて、中学時代はどんな感じだったの?」

「え」

 弁当も食べ終わって手持無沙汰になった紗絵が、令代に絡みだした。令代は、何か知られたくない痛い過去でもあるのか、非常に困ったような表情を浮かべている。多分。

 私はと言えば、中学時代の思い出はほとんど何も残っていない。刺激も友達も何もない毎日をただただ惰性で送ってきたのだ、当然といったようなものだろう。そんな自分を、変えたいと望んだりもしたがしかし、従来の諦めの良さが祟って、結局高校デビューも、高二デビューもできないままに高校生活はどんどん過ぎてゆく。維澄紗絵という最高の親友を持って尚現状打破云々とか言うのは少々贅沢といったものかもしれないが、友達がいい奴だからといって、自分が変わるというわけでもないだろう。

私は、変わりたい。夢を持つでも、趣味を見つけるでも何でもいい。高二デビューして表面の性格だけでも明るく勤めようとしたけれどもすぐに断念してしまった。始める前から諦めるのは、私の悪い癖だ。そんな私も、変えたい。

しかし、魔法や能力なんて、わけのわからない者に絡むのだけは御免だ。そんな異常な非日常は、私のいないところで展開していてほしい。令代はどうやら然程、私が予想していたようなヤバい奴ではないようだが逆ベクトルにヤバい奴ではあるようで、やはり私は出来るだけ奴に関わるのはよした方が良いのだろうと感じていた。

「ねー、木下くんはどうだったの? 中学生のころ。あと、令代くんのことも教えてー」

「…………………」

「えー、無視―?」きゃらきゃらと笑う紗絵。

 明らかに後者の方にしか興味がない事のバレバレな口調で柑記に紗絵は話しかけるも、柑記は相変わらず紗絵に対して無愛想で、彼女からは若干視線を外して、黙々とパンを食べ続けていた。つまり、無視をしていた。美人好きそうな反応をさっきはしていたというのに、不思議だ。緊張したり、照れているんでもなさそうだ。一体どうしたのだろう。

「話題がずれたんで、修正しますね。師匠によると、昨日の女の子は――女の子に限らず、ですけど。能力者は、そのほとんどがとある組織に所属しているのだそうです。〝神の涙〟って宗教団体、知ってます?」

「……ああ」

 学校からの帰り道に、串間支部とやらが存在する。なんというか、見るからに怪しい真っ白の建物で、決して近づきたくないと思わされるようなものなのだ。いや、帰り道だから近寄らざるを得ないんだけどさ。配られる(つい受け取ってしまう)チラシに書いてある教義などの内容も、怪しさ満点のものとなっている。『信仰対象は世界の外にいる神様で、その神様の流した涙が人をかたどったものとなった。そして、その子孫こそが現在の教祖であり――……』みたいな。勿論、本当はもっと難しくかっこいい威厳に満ちてそうな文章で書いてあるよ。でも内容は大方一緒。何にせよ、このご時世、神社や寺への参拝以外で宗教に関わっても何もろくなことはない。

「……んで、奴らの目的は、師匠の魔法です。使い方がわかれば、能力に応用できるから、らしいです」

「……ふーん」

「そんなわけで、もう僕に関わらないようにしてもらえるとありがたいです。……危ないんで」

「うん」

「わかった」

 正直令代は怖いので関わらないでよいというのなら安堵の気持ちしかないわけなのだが、中学時代からの友人であるという柑記までも頷くというのは、少々意外だった。

 彼は変わらず、つまらなそうな顔でパンをもしゃもしゃと咀嚼する。

「柑記、ジャムついてるよ、ほら。動かないで、ああもう」

 ジャムをズボンにこぼしていたのでティッシュで拭き取ってあげようとしたら、柑記に「やめろ、恥ずかしいだろ!」と、思春期の息子みたいな反応をする。何よまったく、折角の善意からの行動なのにさ。


「なんか、紗絵に対して冷たくない?」

 紗絵、令代と別れた後、私は柑記にそう訊ねた。あの後も、柑記は紗絵に話しかけられても、「ああ」とか「さあな」とかの気のない返事、もしくは無視しかしていなかったから。そういるものではないが、柑記はもしかすると紗絵のような人種が苦手なのかもしれない。そうじゃなければ、ブス専か、ゲイかのどっちかだろうと思う。

「苦手なんだよ。人づきあいってやつがな」

 と、そう言って、彼は誤魔化した。




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