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魔法使いは知らない  作者: もとび
魔法使いを知らない
2/41

これって、私いらなくなくなくなくなくない?

第二話です。書き溜めたものを投稿すると、どこの部分で切るか迷ってしまいます。難儀だなあと思いました。

「…………」

 柑記は、手にした空のペットボトルを、アスファルトの上に叩きつける。こつ、ぽんぽんぽんという音がして、地面をはねる。もとは、その辺に落ちていたものである。その場にあったものを拾い上げ、その場に捨てたというわけであった。「地産地消、か」とぽそりと呟いた。少し――いや、かなり違う。その後彼は嘆息したかと思うと、「いや、的外れだな――弓道部の射った矢が地面に突き刺さったときくらい的外れだ」と言った。それは確かに、『的外れ』ではあるのだが例えにはまるで適していないわけで。彼は喋ったほんの一言二言で、自分の馬鹿さを露呈してしまっていた――独り言であったことが、安心されるほどである。

 彼はふー、と息をつくと、さらに転がっているペットボトルを追いかけて、蹴っ飛ばした。

 無論、この一連の動作に、ペットボトルを拾い、地面に叩きつけ、わざわざ転がって行ったところまで行ってさらに蹴りつける、なんて動作にまるで意味はない。ただの八つ当たりである。

 気が済んだのか、彼はのそのそと歩き出した。

――……それにしても、さっきから同じところをばかり歩いている気がする。あの黄色い家なんて、もう見るの三度目だしな。

 四度目だ。

事実彼は、先程から同じ場所をぐるぐると回っていた。それはもうベイブレードのごとく……じゃない、おもちゃの列車のごとくだ。これもそんなにいい例えとは言えないが――とにかく、彼は方向音痴なのだった。加えて、緑枝台はやたらと入り組んでいる。自転車と修理代を先払いで預けて自転車屋(本来はオートバイを売っている店なのだが、柑記は自転車修理のためによくここを訪れ、ここはそう呼んでいるので、それに合わせることにしておく)をあとにし、歩きで真琴と紗絵が来たのと同じルートで、坂を乗り越え西々高校の前にたどり着くまではよかったのだが、彼はうろうろととにかく奥へ奥へと歩き、この始末である。彼は既に、無事ここから帰ることすらままならないだろう。

 朝にはまだ人がそこらにぽつりぽつりと点在していて、彼も偶にあいさつされなどしながらうろついていたのだが、今となってはどうしてあの時に魔法使いのことを訊かなかったのかと昼前の自分を呪う。現在、人はまるで見当たらない。時計を見ると、一時十二分……。緑枝台に到着したのが十一時位の事だったので、もうかれこれ二時間は歩き回っているということになる。

――あー、誰かいねーかな。

 いたとしても話しかけることなどできはしない。そしてさらにはできたとしても、彼は生来、他人とのコミュニケーションにどこか欠陥を持っている男なので(短気、無愛想、口下手の三連コンボである)ましてや見知らぬ人間である。まともな会話が成り立つはずもなかった。

 黄色い家がぼんやりと見え始めたころ(五度目)、タイヤがアスファルトをこすった時の音――ブレーキの音のようなものが鳴り始めた。それは数分間、鳴りやまない。何やら不安を掻き立てるような、そんな音だった。

――交通事故か?

――もうこれ以上、時間を無駄にするのもごめんだ。

 次第に柑記は歩く速度を上げ、いつしか走り出していた。彼は流石に、六度目の黄色い家を見ることはなかった。そして、自転車がパンクしていなければ、と彼は心の中で苛つきながらも自分の聴覚を信じて駆けるのだった。

 


 *


 

 3



 令代が、小声ながらも嘆願してくる。

「できれば、維澄さんのことをどうにかしてほしいんですが」

「できない」

 あの後、なんとか紗絵を説得して令代を放してもらい、叩き起こした。そして令代の家はどうやらこの辺りだということが判明し、どうしても行きたいと紗絵が言うので案内してもらっているのだ。令代はもちろん拒否したが、ほんの少しの揺さぶりですぐに屈した。いや、弱っ。この世で最も自分というものを持ってそうなくせに、自分というものがないのか、こいつは……。

 そんなわけで、三人で令代の家に向かって歩いていると、先程のように、今度は腕ではあるが紗絵に抱きつかれながらも、令代が話しかけてきたのだった。(因みに、ずっと顔は真っ赤。人並みに照れてんなよ)いや、いくら小声でも流石に抱きつかれてたら聞こえちゃうと思うんだけど。っていうか、間に挟んじゃってるからね。車道側から令代、紗絵、私の順番で並んで歩いてるからね。

「いや、本当、なんとかしてください。ジュースおご、ろうかと思ったけど金ないので一生のお願いなんで」 

「いや、見ず知らずの人間に一生のお願い使わないでよ……それに、ジュースじゃ軽すぎるし」

 それにしても、この二人はいったいどういう関係なのだろう。付き合ってるの? 違うような気はする。複雑な感情は知らないけれど、取り敢えず紗絵は令代のことを好き――っぽい。うん、見ただけの感想。で、令代は? 令代巧は、維澄紗絵のことをどう思っている? 好き好き大好き超愛してるとあの紗絵から求愛され、ぎゅーぎゅー抱きつかれ、さほど悪い気はしていないだろう。いや、良いもののはずだ。良いものであれ。胸とかご多分に押し付けちゃってるからね、あれ。淫乱ですか。まあ、そんなにないんだけどさ。何がとは言わないけど、たった一つだけ言わせてもらえれば、私が唯一彼女に勝っているところともいえる。まあそれは置いといて。閑話休題って言うんだっけ? 小説で見た。

 令代は、悪いものだとは思っていないにせよ、やめてほしいという意思表示自体は示してるわけで。ほかの男子だったら、「もっとやってくださいお願いします」と土下座をしてしまうレベルで羨望の的となるだろう行為なのに。しかし今日の印象では令代はちょろそうなんだよなあ。もう落ちちゃってるんじゃないか。

「令代くんはさ、紗絵のこと、どう思ってるわけ?」

 訊いてしまった。先程まで令代の腕に頬を擦り寄せていたスケベな紗絵も「お」と声を漏らして、令代の顔を見る。

 令代は余っている方の手で頬を掻き、

「はあ。良い人ですよね。美人ですし、人気者ですし」

 紗絵の腕を抱きしめる力が強くなる。みしみしとでも音を立てそうな勢いだ。でもちょっとにやついてる。嬉しいのかな。それを見かねて、

「そういうことが聞きたいんじゃなくてさ」

「ああ……」

 令代は紗絵を見ながら納得したようにうなずいて、少し考えるようにする。シンキングタイムに入った令代を、紗絵が「お? お?」と令代を煽るようにして……この、残念美少女め! 最近ずっとそう言いたかったけど、今も実際言えてないけど、とにかく、この、残念美少女め! なんかもう、見てらんねえっす。

 数秒空を見上げるようにして、令代は右の人差し指を立てた。

「ずばり友達? でしょう」

 紗絵は「ふんっ」と鼻を鳴らして、その令代ズ腕を抱きしめている力がますます強くして、「あいてててててて!」と令代が叫ぶ。そうだよね、やらかい部分少なめだから痛いよね、そりゃ。

「どうしてこんなことするんですかあ、放してくださいよ、イタイイタイ痛い痛い、痛い」

「令代くんなんて知らないよ、もう! この、鈍感系主人公!」一旦、令代の腕を解放して、紗絵はまた、「ふんっ!」と言って、ありゃ。そっぽむいちゃった。つーん。

 令代は息を吐きつつ腕をぶらぶらさせて、

「はあ。主人公じゃないですけど……って、なんですかそれ」

 と的外れなことを言う。

 紗絵は拗ねてしまったのか令代の顔を見ようとはしない。令代は嘆息して、「どうしたんでしょうね?」と、無関心そうな表情で私に訊ねてくる。知らなくねえよ。けど、こちらにおはします維澄紗絵さんが短気なだけで、お前はそんなに悪くねえんだから、き、気にする必要は、無いと思うんだからねっ。単純に乱暴な物言いからのツンデレ風味台詞。

「まあ、そうですねー……思い出話じゃないですけど」と彼は前振りをして、突然話し始める。

「昨年度僕たち、友達ごっこなんてことをしてたんですよ」

「どーいうことよ、それ?」単純に疑問符。

「はあ。維澄さんに誘われまして。入学して間もない僕に、〝友達いないんだよね?〟と、妙に決めつけたような物言いで話しかけてきてですね。いたんですけどね、一人」

 気まずそうに明後日の方向を向く紗絵。まあ、わかるけどさ。その気持ち。いなさそうだもん、友達。

「で、『友達ごっこ』やろうってなりまして。友達いないならどんな感じか教えたげる、みたいな感じで少々押しつけがましく、維澄さんが」

「ううっ」紗絵が呻く。おい、ちょっと今日だけでダメっぷりを発揮し過ぎじゃない?

「で、一年も結局遊んだんでこれはもう『友達もどき』ってよりは『友達』かな、と思いまして。勝手に判断しちゃいましたけども」 

 ランクアップしました、と令代はこっちを向いた。勿論、私は目を逸らすのだけど。

 紗絵としては、もう一段階ランクアップしたいところなんだろうけど……令代は鈍感なのだろうか。あんまりそんな印象は受けないような……。というか、これで紗絵の好意に気付いていないのだとしたら鈍感どころの話じゃないんだけど……わざと、そういう態度をとってるのかな? ……理由はわかんないけど……。

「あ、ここです」

 令代が指さしたのは、何の変哲もない一軒家だった。彼は先行して、ポケットの中から鍵を取り出そうとしている。

「ね? あいつ、あんな感じなんだよ? 私、頑張ってるのに……」

「まあまあ」

 まったく、なんて奴だ。これは我らが串間高校全生徒を敵に回したと言っても過言ではない。

 まあ、一応励ましの言葉でもかけておこうかな。

「令代くんちに入れるんだからさ、もっとウキウキ気分で行こうよ。いつも通り。ね」

「うん……」

 がちゃりと錠の落ちる音がし、扉は開かれる。きっと何の変哲もないのだろう、と油断した私にそんなに世界は甘くないぞ、と釘を刺すように、扉の向こうには思いもよらない光景が待ち受けていた。

――――……なんてことはなく、令代の家に入ると、何の変哲もない玄関が広がっていた。スニーカーや革靴、スリッパなどが何足かきれいに並べられていて、横の壁には花の絵が飾ってある。「ただいま戻りましたー」と令代が何の変哲もない帰宅の挨拶をした後、何の変哲もない廊下を通ってドアを開けるとそこには何の変哲もないリビングルームが広がっているのかと思いきや、無数の紙が床に散りばめられており、とても、今から客を迎え入れられるような仕様にはなっていない。

「……………………」

 令代の反応からいって、多分、これは故意なんかじゃないのだろう。きっと自分で散らかしたとかじゃないのだろう。令代は上を見上げて、「あちゃー」と言った風に苦々しげな顔をしつつ頭を手で抑えていた。そんな令代を、紗絵はなんだか微笑ましげに見ている……ような気がする。私の経験則では、その後いつもの紗絵なら「仕方ないなぁ」とか言って散らばっている紙を片付け始めただろうし、実際そのような挙動をしつつ「しか」までは言いかけたのだが、それよりも先に令代が

「すみません」

 と、私たちに向かってぺこりと頭を下げた。

「どうも、不手際っていうか……今すぐ、片づけさせますんで。師匠、シショオー! 片づけてくださーい!」

 令代は今私たちが歩いてきた廊下を少し戻って、そこにある階段の前で二階に向かって叫んだ。

 『師匠』? ちょっと疑問符。ふと目に入った維澄は、少々忌々しげな顔をしていた。少なくとも美人さんが台無しだよ、とか声をかけられる雰囲気じゃあ、とてもない。

「師匠、師匠ー? まだ寝てるんですかー、いや、朝はあんなに散らかってなかったはずだから一度起きてはいるんですよねー、二度寝ですかー、とにかく師匠、起きてくださーい!」

 令代の呼びかけは、尚も続く。しばらくして、「わかってるって、今起きようとしてたんだよー」という、女性の声が聞こえた。なんか、子どものいいわけみたいだ。

 ふと、そこでよぎったのは、令代は果たして、家族とどうやって共生しているのか、という疑問。維澄のような例外はいるとしても、性格はただの陰キャラだとしてもやはり、あの令代巧だ。一体どんな家族間となっているものなのか。まあ性格は異常でもなさそうだとわかれば接しようもあるのだ。そう、目を逸らし続けるとか。しかしそのような行為に至らせるのは、やはり、令代の存在に対する生理的嫌悪感が存在するからなのだろう。それが『家族愛』の一言で何とかなるものなのか。私は『ならない説』を提唱するけど。理由は特にない。まあ、そういうものだろう、という感覚だけだ。それとも、令代の家族は維澄紗絵と同じように『特別』である可能性もあるだろうか――否定はできない。なんせ、令代を生み出したのは紛れもない、令代の両親なのだから。

 声がして数秒後、「ごめんごめん、散らかしっぱなしにしちゃってたの忘れてたー」という声とともに、とたとたとた、と階段を降りてくる音がした。

 令代の家族と、ご対面だ。

「すぐ片付けるからさー…………って、あれ、友達?」

 現れたのは、ぼさぼさの長い黒髪で、茶色のパジャマのお姉さんだった。寝起きなのだろう。一目でわかる。多少目の下に隈がある以外は、まるで令代と似通った点は見つからない。眼は死んではいるけども、令代ほどじゃあない。どうやらもとがよさそうなので、身なりを整えればすさまじいことになりそうだ、とか思ったり。

「えー、しかも女の子二人じゃん! へえ、巧も隅に置けないなあ」

 お姉さんはふんふんと私を見て、その後、紗絵と目が合う。なんだか、心なしか紗絵、このお姉さんのことを睨んでいるような……? 気のせいかな。なまじお姉さんも不敵そうにその瞳を見つめ返すものだから、二人の間にバチバチと火花でも散り始めそうな勢いなんだけど。

「どうもぉ、巧のお姉さんの、(はい)(みや)()()だよーよろしくー」と、ひらひらーと手を振りつつゆるーくフレンドリーに自己紹介をする灰宮さん。

「はあ……笹井です」

「へー、パンダに好かれそうな名字だねー」

 どうでもいいんすね。あまりにもどうでもよさそうすぎて、「いや、下の名前です」とでも言ってやりたい気分だった。言わないけど。それにしても、彼女。令代のお姉さんだと自称してはいるものの、名字は違うんだな……何か、複雑な家庭事情が隠されているのだろうか。そんな私の疑問に答えるかのごとく、令代がどこへともなく、 

「お姉さん、って言っても、血がつながってるわけじゃありませんよ。近所のお姉さん、くらいの意味合いでとらえてほしいです」

 と、言った。ええ。でもそれって……。

「えー、巧ってば冷たいなあ。一緒に暮らしてるってのに、近所のお姉さんレベルってことはないと思うな、私」

「はあ。わかんないですけど、ならどうすればいいとお考えで」

 不機嫌そうな意思を見せる令代に灰宮さんは、

「えー、お姉さん的にはねえ……」

 ぽりぽりと頬を掻いて、少し考えた後、

「こんな感じかなあ!」

 と言って、令代に抱きついたのだった。……ああ、そういう。こんな感じの奴だろうことを予期して、紗絵はさっきからこの人にガンを飛ばしてたってわけだ。運動できて、頭も良くて感も良ければ、もう、無敵じゃん。うんうん、と私は一人頷く。

 ふと見ると、私はとあることに気付いて、戦慄する。いや、なんというか。でかい、ぞ。何とは言わないけど。令代の腕に押し付けられて、むにゅう~、というオノマトペが今にもここまで聞こえてきそうな感じ。さ、紗絵とは大違いだ! おっと、隣から鋭い眼光を感じると思ったら紗絵だった。私の考えていることがわかってしまったのだろうか。だ、だいじょぶだいじょぶ、今よりも、さっきアンタに抱きつかれてた時の方が令代、顔赤かった気がするし。だから、本当、だいじょぶ。多分。

 令代は先程の灰宮の台詞の意味がいまいち判別し辛かったらしく、

「こ、こんな感じ、って、……仲のいい姉弟ってことですか、恋人同士ってことですか、友達同士ってことですか、仲の良い近所に住む幼馴染ってことですか。師匠がどう思ってるかは知りませんけど、僕にはどれも違うってわかってます」

「んな解り切ったこと、聞かなくてよーし!」

「わかんないんですけど……真剣ゼミの漫画の塾の先生じゃないんですから、簡単なこともわからないかわいそうな子にも、ぜひ説明をしてほしいですね」

「例えがわかりにくいんだけど!」

 いちゃいちゃ――もとい、仲睦まじい光景を延々と見させられる私たち。あのー、維澄紗絵さんが鬼のような形相で親指の爪をかみしめてるんですけどどうしたらよいんですかー。……なんかこの人、独占欲強いよね。幼馴染の意外な一面を知ることができた一日でした。ということで、もう帰っていいですかね。


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