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番外編・星ヶ峰動乱 ~葛原幸成、斯く駆け抜けり~

「た、大変だ! 葛原麗華が、坂成紗希に決闘を挑んだ! 『お前はあの完璧なお兄様に相応しくない! 並び立ちたいのなら、それに相応しいことを証明して見せなさい!』とか言って登校してきたところを無理矢理に戦闘訓練アリーナまで引っ張っていって、『まだ分かり合えない!』とか言いながら葛原が一方的に痛めつけてるらしい! しかも、邪魔しようとした教師たち相手に、葛原の親衛隊がアリーナ前でバリケード組んで戦闘になってる! 今まで目をかけてくれた恩を返すって、葛原が本懐ほんかいを遂げるまで親衛隊は徹底抗戦の構えだ!」


 そんな事実を聞かされて、どれだけの時が経っただろうか。


 涙を涙腺に押し返し、今後の動きについて考えていた。


 とにかく、一刻も早く麗華を止めねば話にならない。

 原作に比べれば明るい材料も多い。

 権力を振りかざして嫌われてるわけでもなければ、多数で一人を袋叩きにするような卑怯ひきょうなまねをしたわけでもないんだ。

 ……時たま聞こえてくる、まるで校舎の一角が吹っ飛んでいるかのような謎の爆発音は無視の方向で。

 げ、原作でも紗希ちゃん一人が被害者だった程度の規模だし、き、気のせいか勘違いだろう。そうに違いない!


 ――結論、アリーナへ行こう。


 しかし、その思惑は初手からつまづいた。


「そこにいるのは葛原幸成だな! 風紀委員だ! 重要参考人として風紀委員会執務室まで同行願おう!」


 そんな威勢のいい女生徒に続いて教室に突入してくる生徒たち。

 学年章からして三年生ばかり七人、全員が風紀委員のあかしであるバッチを胸に付けている。

 七人ともが多かれ少なかれ汚れや負傷があるのは、外では少々のことで戦線を離れさせる余裕がないということだろう。


 さて、戦いが小規模なものでは終わってくれてないと思わせる悲しい情報を得たところで、選択せねばならない。

 剣だの銃だの様々なデバイスで二重に包囲を築かれた状態で、大人しく降伏すべきであろうか。

 正直、学校支給の現行の最新型デバイスで武装した三年生七人なら、すでに完成が見えている葛原製の次世代型試製デバイスと名家の英才教育にかかれば、勝率は五分五分。戦えないことはないのだ。

 強行突破で麗華を止めに行くか、敵対を避けて降伏するか……。


「いやぁ、お疲れ様です、先輩方。ええ、もちろん協力は惜しみませんもの、ゲヘヘヘヘ」


 いやいや、答えは一択でしょ。

 ここで倒せようと倒せなかろうと、攻めかかった時点で主犯格が一人増えるだけ。何を得することがあろうか。


「え……ああ、うん。じゃあ、ついてきて」


 見ろ、あのアテが外れたようななんとも言いがたい顔。

 ふっふっふ、ちょっとやそっとの挑発で軽率な行動に出てやるものか!


 武器こそ下げてもらえたものの、先輩方に囲まれたまま教室を出た、正にその時だった。


「警戒があまーいっ!」

兄君あにぎみの気持ち悪いゲス笑いに、気を取られすぎましたね?」

「……油断大敵」


 一人、二人、三人と、右側から飛来した勢いを乗せた蹴りを叩き込む女子生徒。

 一瞬にして、前方を歩いていた先輩がいなくなる。


「目標確保!」

「本当にやれてしまいましたか」

「……奇襲成功」

「え……?」


 気が付けば、無駄に元気な少女に手を握られ、連れ去られようとしている。


「ま、まて、貴様ら何者だ!? 止まらんと撃つぞ!」

「ほう! 何者かと問うか!」


 学年章からして全員一年生な襲撃者たちは、そこで残った先輩たちに向き直る。


「我ら、葛原麗華親衛隊中央館防衛部隊所属、第一遊撃小隊!」

「ただいま東館への出張中です」

「……要人警護」


「「風紀委員が怖くて親衛隊やってられっか!」」

「……上記同意」


 元気娘を中心に三人でポーズを決めると、爆音とともに背景に三色に色づけられた煙幕が派手に広がる。


「てなわけで、行きますよ、兄君!」

「先輩方、おさらばです」

「……急速退避」


 また手を引かれ、煙幕の中へと突っ込まされる。

 煙幕を抜けて駆けていると、後ろからはいくつもの悲鳴が聞こえてくる。


「なあ、あの悲鳴――」

「トラップです!」

「先輩が、あんな胡散臭うさんくさくて見てるだけで身の毛もよだつ演技で引き付けてくれたおかげで、奇襲からの誘因までの流れが上手くいきました」

「……感謝感激」

「へぇ……。そうか、うん……」


 生まれ持った自分の顔について考えていると、教室の一つ上の階である三階の空き教室に連れ込まれた。


「では、自己紹介を手短に! 中田由美です!」

「あ、塚口桜です。あと、今は隠密活動中だから。由美ちゃん、うるさい」

「……川田凛子」

「これはこれは、ご丁寧にどうも。葛原幸成です」


 最低限の礼儀を果たし、ここからは真剣な話だ。

 向こうが俺に求めるものが分からない以上、味方とは言い切れない。刻一刻と移り変わる状況の中、手早く話をつける必要がある。


「で、お前たちは何がしたい? 悪いが、戦力に数えられても期待にはこたえられんぞ」

「いいえ! あたしたち、麗華様を救っていただきたいのです!」


 思わぬ言葉に、言葉が詰まる。


「麗華様が何を求めているか、私たちはお伝えできません。それでは、麗華様のご意思に反してしまうからです。でも、麗華様のやり方が間違っていることは分かっているんです」

「じゃあ、親衛隊のやつらが言えば――」

「……我等不能」

「残念ながら! 指摘された誤りを認める度量もありますが、麗華様はそれ以上に信念の人! あたしたちの言葉じゃ、あの人の生き方まで曲げられない!」

「もう、麗華様がもっとも敬愛する兄君に期待するしかないのです」


 真剣な表情で頼み込まれ、思案する。

 目的としては、俺と同じ騒動の早期終結なんだろう。

 それでも麗華のために今この瞬間も戦線を拡大しているあたり、親衛隊の忠誠心も大したものだ。


「分かった。協力して、こんなバカげた騒動をさっさと終わらせよう」

「……委細承知!」

「ありがとうございます!」

「助かります。では、アリーナまで行く計画をお伝えします」


 それぞれの持つデバイスを同期させて索敵情報を共有させながら、簡易の作戦会議となる。


 まず、アリーナに通常の方法で入るのはなし。

 大規模だったり高威力な攻撃によって万が一外にまで被害が及ばないよう、三階部分までは窓もなく、出入り口も正面の一つ。つまり、最激戦区を越えることになるのだ。

 狙うは、中央館西階段の三階と四階の間の踊り場である。

 そこから身体強化をしてギリギリ飛び移れる位置にある倉庫の屋根をつたうと、アリーナ四階部分の窓に飛び込むことが出来るらしい。

 そのために、全体的に激戦の続く下の階を避け、四階五階六階を越えて屋上から中央館西階段に回り込むのが計画らしい。


「分かった。同期も終わったし、行くか」

「……性能驚嘆」

「まったくだ! 当たり前のように壁を越えて索敵してるじゃないか!」

「って、起動中のデバイスがとんでもない数じゃないですか……」


 人間の数を調べても大多数の無関係な人間が映って話にならないので、東館の地図に起動中のデバイスの位置だけを出しているわけだが、その数がおかしい。

 基本的に授業時以外は原則としてデバイスの使用は禁止されていることもあり、東館各階にうようよいる起動中のものはほぼすべて関係者とみて間違いないだろう。


「……全員敵勢?」

「うむ! 親衛隊会員サイトのリアルタイム戦況図も、東館二階以上にいる親衛隊陣営は、あたしたちだけだって書いてるわ!」


 正直、数人で統制のとれた警戒行動を見るに、部屋から出た瞬間に索敵魔法に引っかかる。すき間を見つけるのは、不可能だ。


 「比較的マシなタイミングで、強行突破。それでいいか?」


 全員が頷くのを見て、デバイスを戦闘モードで起動。左腰に小太刀状のデバイスが装備される。

 残りの三人も杖型のデバイスを構えるのを見て、飛び出す準備を始める。


「タイミングは凛子ちゃんにお願いします。分析系、得意ですよね?」

「……任務了解」


 そう言って、東館の索敵映像を食い入るように見つめだす。

 そして、そう時間が経たないうちに右手がそっと挙げられ……振り下ろされた。


「くそっ、後ろだ! 追え!」


 飛び出した瞬間、そんな声が聞こえた。

 だが、誰一人気にする余裕はない。

 立ち止まれば、物量にすり潰されて終わるだけだからだ。


「うわ! やっと五階だってのに、六階の連中の集結が早すぎる!」

「教師や警備員込みっていっても、高速移動系の魔法を使いこなせる精鋭が多すぎですね。主戦場に投入したいでしょうに、葛原の試製次世代型デバイスと一年生主席の組み合わせはそれだけ脅威なんでしょう」


 冷静な分析をされても、状況はかわらない。

 いくらなんでも、前後共に十人以上に挟み撃ちで、突破するのは骨が折れる。

 と、そこでやけに物静かな少女、川田凛子が前に出る。


「……みんなは先に行って。ここは私が食い止める」

「そんな! 凛子を見捨てるようなこと出来るわけがない!」

「そうだよ。そんなこと……」


 六階を目前にした踊り場、もうすぐ上と下から敵が突入してこようかという時である。

 別に殺し合いでもあるまいに大げさなやり取りだが、突っ込むと長引きそうなので黙っておく。


「……終わりは、誰にでも平等に来る。私はそれが今で、二人はまだ。それだけのこと」

「分かった! 凛子の覚悟、無駄にはしない!」

「凛子ちゃんの意思を尊重します。分かっているとは思いますが、親衛隊会員サイトからのログアウトは忘れずに。機密は、守られなければなりません」


 話は付いたらしい。

 三人は頷き合うと、川田凛子を先頭に、今まさに階段を下りようとする敵勢へと突撃を開始する。


 そして、突破した勢いのままに屋上へと駆け上がる俺たちに、最期の言葉が投げかけられる。


「……教師も警備員も風紀委員も、誰一人として通しはしない。だから、ここは任せて。――生徒指導室ヴァルハラで会おう」


 そのまま扉をくぐり、屋上を進み始めてすぐのこと。

 轟音と爆風が俺達を襲い、体勢を維持できずに地面を転がる。


「チッ、逝ったか……!」

「そうみたい」


 突然口数が増える無口系キャラ、死を覚悟したようなやり取り、目の前でがれきと化している屋上への階段、今の言葉……。

 いやいや、ないない。

 ハハハ、死人なんか出てたら、麗華の立場とかシャレになんねぇところだった。そんなこと、あるわけねぇって。


「行くぞ桜! 戦況を確認しつつ、兄君を確実にお送りせねば――凛子のためにも!」

「ええ、凛子のためにも」


 なんだかシャレにならないやり取りが聞こえてきた気がしつつも、周囲の警戒をしながら、二人について走り出す。


「で、どうだ桜! 何か変化はあるか!?」

「変化ってものじゃない。西館が制圧された。西館遊撃隊は渡り廊下も放棄して、遅滞戦闘を繰り返しながら、中央館一階C階段前に最終防衛線を構築中……」

「そんな、五分で警備員の半数以上を行動不能にした精鋭が!? 指揮官の鈴木浩平先輩も、『サバゲ部をなめるな。西館にこの世の地獄を顕現させてやる』って、ありったけの魔術式トラップを持ち出していただろう!?」

「それが 、同じ部隊に愛理あいり先輩がいて……」

「良いところを見せようとしたのか! 独り身の悲哀だな……無茶しやがって!」

「これで、西館に封じ込めていた2年風紀委員と実技系教員が自由に動ける。こっちの目的地も、安全圏じゃなくなった」


 もうなんだか、話の規模だけで胃が痛くなる。

 これ、終結後は大体が麗華のせいなんだろ?

 もう、ダメかもしれんなぁ……。


 そんなこんなで限界を迎えそうな精神を抱え、ついに目的の踊り場に到着した。


「やはり、こちらにもそれなりの規模の兵力が来るか!」

「ざっと、二十三人。中央館の部隊に、上からも圧力を掛けるつもりなんでしょう」

「兄君を追わせない意味でも、守備部隊を掩護する意味でも、見過ごせん! 桜、抽出可能兵力は!?」


 一瞬の沈黙。

 手元の携帯端末から顔を上げた塚口桜は、神妙な表情で告げた。


「西館遊撃部隊は、残党が何とか一階のアリーナ直通通路につながるC階段前を死守するので限界。中央館遊撃隊はまともに戦えてるけど、早々に三年風紀委員たちに殲滅された東館の分も受け持ってて余裕がない。中等部の子たちは、アリーナ正面の防衛線に行くために強引な進軍して、罠にかかってさっきまで包囲されてた。強行突破こそ成功したけど、ほぼ壊滅状態で進んでる」

「――つまり!?」

「抽出できるのは、私たちだけだね」


 黙って頷き合った二人は、俺に向き直る。


「申し訳ない! 護衛はここまでのようです!」

「ここは二人で止めてみせますから、兄君は麗華様のところへお急ぎください」

「アッハイ」


 事後処理を考えて色々と処理限界を超えた俺の頭脳は思考を止め、ただひたすらに前進命令のみを出し続ける。

 そうして、さあ窓ガラスごと突き破って突入という時、後方からのどこかで聞いたような爆音。

 振り返れば、窓ガラスどころか壁ごと吹っ飛んだ、無残な姿をさらす校舎だったもの。


「あっははー、まってろよ、れーか。おにーちゃんが、いまいくぞー」


 俺は、ただ無心にアリーナへと突入した。





これにて完結。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


これからも『異世界白刃録~転生先で至高の斬撃を目指す~』など、他の作品でもお楽しみいただければ幸いです。


では、読者あってのネット小説、ここまで読んでいただき、改めて本当にありがとうございました。

よろしければ、これからも応援のほど、よろしくお願いします。

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