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祭りの後・上

 星ヶ峰動乱ほしがみねどうらん――二百名を超える負傷者を出し、後にそのように呼ばれる一大抗争は、『葛原麗華くずはられいか親衛隊』中等部・高等部構成員の九割が戦闘不能になり、残り一割が葛原麗華の呼びかけに応じて降伏することで終結した。


 俺はと言えば、早々に風紀委員に重要参考人として連行されかかったところを親衛隊遊撃部隊とやらに救われ、その護衛と犠牲によって麗華の説得を行うことに成功した。


 高等部全域に爪跡を残した戦いも終わり、今、俺は校長室にいた。


「うーん……ああ、どうすれば……」


 この部屋唯一の傷跡である割れた窓ガラスからの風に寂しい頭髪をなびかせ、腕を組んで冷や汗をかく小太りのおじさんこそが、星ヶ峰学園高等部校長。

 そこに、デバイスを取り上げられただけで拘束もされていない麗華、デバイスすら取り上げられなかった俺が並んで向き合っている。

 そんな中で校長は、両脇に男女一名ずつの戦闘系実技教員を従え、麗華の処遇に頭を悩ませていた。


「軽傷とはいえ負傷されているそちらのお二方を始め、教員・警備員・風紀委員らに多大な被害を与えた『葛原麗華親衛隊』の所業。さらに、私自身の坂成紗希さかなりさきに対する所業。悩むまでもなく退学処分でよろしいのでは?」

「いや、でも、扉の向こうのアレもあってだね……」


「お願いです! 先生たちに襲い掛かったのは僕たちの独断なんです!」

「そうです! ちょっとおつむが残念だけど、麗華様は良い人なんです! 悪気はないんです!」

「名門のお嬢様なのに一人で武装集団にカチコミするような考え足らずの向こう見ずだけど、熱くて真っ直ぐな立派な人なんです!」

「麗華様が助けて下さらなかったらモルモットとして無為に死んでいたはずの第七研究所の生き残り一同、二十七名! 麗華様のためなら、この命も惜しくない! どうか、我らの首でご勘弁ください!」

「私たちのせいで麗華様が責任を負うなんて……そんな……」


 ……発言内容は置くとして、親衛隊の立ち位置が話を難しくしていた。

 てっきり、原作のように麗華自らが集めた団体だと思っていた親衛隊。俺もこの場の校長の発言で初めて知ったのだが、この世界では、麗華は一切かかわっていない組織なのだそうだ。

 だと言うのに、親衛隊の分も自分の責任だと、当の麗華が主張し始めた。

 なんでも、『葛原麗華親衛隊』の行いに、当の葛原麗華が責任を負わない訳にはいかないそうだ。

 親衛隊幹部に重罰を科し、麗華の分は適当に誤魔化すことを提案した校長も、これには絶句してしまった、ということだ。

 そして、室内を盗み聞ぎしていたらしい親衛隊はもっと驚き、慌てて押し寄せて現在の騒動である。


「そのだね。先ほども説明したとおり、君の覚悟には感服するが、葛原家に説明を求められたら――」

「今回の件は、葛原麗華という個人の問題。家のことは関係ありません。それでも葛原家が校長先生に不当な干渉を行うのならば、私が止めてみせます。例え、葛原をつぶすことになろうとも」

「あー、うん。……はぁ」


 そこでチラチラと救いを求めて視線を向けられても困ります、校長。

 真剣な表情で真っ直ぐ校長を見据みすえる我が妹。

 たまに何も言わずにしばらく家を空ける直前に似た表情だが、もしかすると、それはさっきの親衛隊員の言っていた『武装集団にカチコミ』前の覚悟を決めた表情なのかもしれない。


 そうしてどうしようもなくなり、空気が停滞してしまっている時のことだ。


「お取込み中のところ、失礼します」

「誰だね? 今ここは関係者以外立ち入り禁止――」

「でしたら、わたしにも立ち入る権利があるのではないでしょうか」


 入ってきたのは、坂成紗希。

 制服のはしから包帯が見える少女は、今回の件の被害者第一号であり、麗華が直接傷つけた唯一の人物である。


「今回は、葛原さんの減刑を、その、お願い……したく……」


 自らを擁護ようごしに来た人間を威圧するなどという暴挙によって、威勢よく飛び込んできた紗希ちゃんをビビらせる非常識。

 我が妹ながら、情けない限りである。


「まあまあ。とりあえずだね。今日はここまでにして、頭を冷やしてから後日改めて話し合うということで……ね?」


 校長、流石さすがの年の功。

 どうにもならないと見て、誰も口を開けなかった重苦しい空気に戻りそうなのを、自ら斬った。


 麗華はそれを聞き、何も言うでもなく退出する。

 ただし、紗希ちゃんに一にらみを忘れずに。


「おい、麗華!」


 何を言おうというのでもなく、反射的に妹の背を追いかける。

 親衛隊員らしき生徒たちが脇にどいて作られた道を行くその肩に手を掛けた。

 しかし、向けられるのは冷たい目。

 今まで向けられたことのない、絶対零度。


「……お兄様、ごめんなさい」


 人の群れの只中ただなか、立ち去る背をもう一度追うことは出来なかった。


「えっと、幸成ゆきなりくん! ちょ、ちょっと、歩きませんか!?」


 そして、なぜか変に気合が入っている紗希ちゃんである。


「ああ、うん。別にいいけど」


 いつの間にか人影がすべて消えているのが謎だが、だからと断る理由にもならない。

 激戦の跡が残り廃墟のような校舎を抜け、校内の並木道を歩く。


「えっと、妹がごめん。そのケガとか、弁護に来てくれたのにあんな態度だとか」

「ふぇ? ああ、えっと! きききき、気にしないで! ほら、わたし元気だし! むしろ、校内で戦ってた人たちの方が重傷な人が多いくらいだし!」


 確かにそうだ。

 一方的に痛めつけられていたにしては、包帯なんかの量も多くないし、そもそも数時間で出歩けているのがおかしい。

 なんだかんだで、麗華のやつも手加減はしていたらしい。


「それにしたって、麗華がしたことは許されることじゃない」

「……それはそうなんだけどね。幸成くんだけは、もう少し大目に見てあげてほしいんだ」


 急に落ち着いた雰囲気に戸惑う俺に、紗希ちゃんは言葉を続ける。


「葛原さんは、良くも悪くも真っ直ぐだから。お兄ちゃんが好きで好きで仕方ない気持ちを、そのままぶつけちゃったんだよ。ただ、それだけ」

「いや、それだけって――」

「それだけだよ。――幸成くんはさ、親衛隊が出来た理由って知ってる?」

「理由? 何というか、アレが麗華の作った組織じゃないことすら今日知ったばかりで……」

「親衛隊の初期メンバーをやってるわたしの友達が言ってたんだけどね、麗華さんは確かにすごいけど、何でも一人でしようとするんだって。実家の力すら最小限しか使わなくて、常に自分が立ち向かう。そんな無茶ばかりでいつか何かが起きないように、全力でサポートする。そのために、彼女に救われた人たちが自発的に作ったのが親衛隊なんだって」

「マジで?」

「マジで」


 このこと……少なくとも、父さんは知っているんだろう。最小限は実家の力も使っているのだから。

 昔は俺の後を付いてくるだけだった麗華も、俺に隠し事をするようになったのか。


「年月が過ぎるのは、早いなぁ……」

「ふふ、ジジくさすぎるよ、幸成くん」

「ほ、ほっといてくれ。それより、あいつ、そんな無茶をしてやがったのか。せめて俺に相談するとかしろってんだ」

「無茶だから、相談しないんだよ。幸成くんも、逆の立場だったら葛原さんにだけは相談しないないでしょう?」

「……まあ、うん。そうだな」


 確かにそうだ。

 確かにそうだが、それで納得できるかは別問題である。


「それにしても、武装集団なんかと戦うんだろう? せめて、陣頭に立つのだけでもやめてくれないかなぁ。どこでそんなことを学んだのやら」

「親衛隊の人たちも何回も言ったらしいんだけどね。『正々堂々全力でぶつかって、全部終わったらみんな友達なのです! これこそが「燃え」なのです! 人任せだとか、袋叩きだとか、そんな小賢こざかしいまねは出来ません!』って言うだけで、全然聞いてくれなかったんだって」


 『燃え』なんて教え込んだバカは、どこの誰なんでしょうね。

 ……俺でしたね。知ってます。


 まあ、麗華も遠近どの距離でも戦える優秀な戦闘能力を持っている。

 父さんだってさり気なくフォローしているだろうし、必要とあらば、俺にも知らされるはず。

 心配しすぎず、自我を順調に形成する少女を温かく見守ってやろう。


 と、人の心配はここまでにして。

 落ち着いて考えると引っかかることがある。


「でもさ。それで、何でぶつける先が紗希ちゃんなんだ?」

「え……? はわわ! な、なんでかなー、わ、わっかんないなー」


 その後もまともな答えは得られず、結局、逃げられてしまった。


 そして、一つの決意を固める。

 なんで麗華が紗希ちゃんに目を付けたのかは分からない。

 けど、『燃え』の心を失っていない麗華のことだから、何の理由もないってことはないはず。

 だったら、正々堂々全力でぶつかる機会を用意してやろう。

 今回みたいな拳で語り合う方法じゃなくて、もっと建設的な舞台を整えてやるのだ。


「父さん、失礼します」

「ああ、幸成か。入れ」


 そうしておもむいた先は、父さんの執務室。

 今日がたまたま休日だったのは、実に運が良い。

 普段通り落ち着いた雰囲気の中年紳士がそこにいた。


「今日は、麗華のことで話があるんです」

「ああ、麗華か。あの子も、立派になったものだ」

「えっと、立派、ですか?」


 珍しく上機嫌になり、麗華をめている状況に戸惑とまどう。


「あの、お怒りではないんですか?」

「怒る? ……ああ、やらかした規模を考えれば、それも一つの感想ではあろうな。だが、幸成。あの子は、それだけのことを『やらかせた』のだ。葛原の一族として、これは快挙と言っても良い」


 何を言いたいのか分からず首を傾げていると、笑みを深くした父さんが話を続ける。


「聞けば、事件の始まりは、麗華が同級生と決闘をしたいというだけのことだそうだ。ところが、問題があったらしく教師が介入しようとした。普通は、そこで終わり。だが、そうはならなかった。あの子の思いをげさせるためだけに、またたく間に百人以上が立ち上がったというではないか」

「はい。麗華の親衛隊が大立ち回りをして、校舎が廃墟同然に……」

「そう。例えそれが世間的に間違っているのだとしても、百人以上が麗華のために戦い抜いた。九割までもが倒れても、戦い続けた。正義だと信じるならばともかく、自らが悪であるのが明白であっても共に戦う人間は、普通はいない。しかし、あの子は、それをくつがえす人望があった。――将来人の上に立つ者として、これはめられるべき資質だよ」

「な、なるほど」

「麗華の陣頭に突っ込みたがるクセは、将来の当主としてお前がカバーしてやりなさい。あれだけの人望があるなら家を割られることも警戒すべきだろうが、あの子は高校生にもなってブラコンが抜けていないようだからな。シスコンとして、うまくやれるだろう?」

「はい。そこはお任せ下さい」


 麗華に対する怒りをしずめるところからする覚悟だったが、この評価の高さは嬉しい誤算だ。

 これなら、麗華と紗希ちゃんの関係を何とかするための協力も簡単に得られるだろう。


「まあ、それはそれとして。随分と騒ぎが大きくなったからな。麗華には、しばらく留学してもらうことにした」

「……え? 留学?」

「ああ。このまま日本にいても、雑音が大きくなるだけだろうからな。無茶をして多くを得た分、麗華には敵も相応に多い。麗華以外は軽い処分で済ませることで、本人とも話が付いている」

「参考までに、いつごろつのですか?」

「明日の夕方の便を押さえた。留学先をどこの国にするかは決めていないが、とりあえずはハワイの別荘に行かせる。とにかく日本から出しておけば、余計な手出しもしにくいだろうからな」

「あの、麗華の外出なんかは問題ありませんよね?」

「……あの子は行動力がありすぎる。正直、あの子の性格からして、これだけの大事件が片付いていないのに自分だけ逃げ出すような提案を大人しく受け入れた理由が不明だ。逃亡防止のためにも、一切許せん」


 最低一年は日本を離れるのに、友達と別れをさせてあげられないのを申し訳なく思う父さんの話を聞きながら思う。

 怒り狂っているよりも、面倒になった。

 丸一日も残っていない中で、政治的配慮まで加味した冷静な判断をした父親を説き伏せ、協力を取り付ける? こっちが何かたくらんでいることを教えて、警戒される危険をおかす?


「どうかしたのか、幸成?」


 これは、思っていた以上にハードモードだ。





今日はここまで。


近々、続きを投稿します。

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