頑張った結果(短編版と同内容)
俺、葛原幸成は転生者である。
双子の妹は乙女ゲーの悪役令嬢だ。
前世から男だった俺が、なぜ乙女ゲーなんて知っているのか。
それは、記憶にある前世最後の夜のことだった。
その日は、当時の妹の部屋があまりに汚いことにブチ切れた母親の命令で、妹の部屋の掃除を手伝っていた。
昼から始めた作業も夕食を挟んでほとんど終わらせ、最後の一仕事だと一歩踏み出したそのとき。
「あっ!」
「え?」
足元を見れば、ゲームのパッケージ。
そこには、イケメン男子たちの制服姿のイラストが。
「あー、ごめんごめん」
「ごめんごめん、じゃない! それは足蹴にして良いようなもんじゃないの! 神ゲーなの!」
「ほんとごめんねー。神ゲーは踏んだらダメだよねー」
思えば、内心はともかく、このときにもっと誠意あるふりをしておけば良かった。
「なにその態度! ――分かった。神ゲーに男女の垣根なし! おにぃにもこのゲームの素晴らしさを教えて進ぜよう!」
彼の暴虐の前に抵抗する気力が残されていたのは、一時間というところだっただろうか。
「文字が出たらクリック……文字が出たらクリック……選択肢選んでクリック……」
「よっしゃー! これでエンディングコンプ! どうどう? 面白かったでしょう?」
「アッハイ」
「やっぱり! で、男の子的にはどこが良かった!?」
うぜぇ……。
だが、残念なことに、この忌まわしき記憶が前世の最後。この後、寝て起きたら現状である。
正直、機械のようにただ進めていた俺は細かいことは覚えていないが、大きな事件やゲームの舞台なんかは流石に頭に焼き付いている。
近未来、魔術を科学で解き明かしたその時代には、魔術師を育成するための特区が各地に作られていた。
そこでは、プログラム化された術式を起動する杖となる『デバイス』を用いて自らの魔力を操る術を学ぶため、才ある若者たちが日々研鑽に励むのだ。
物語は、日本最高峰の魔術師育成機関『星ヶ峰学園』、その高等部に主人公が入学するところから始まる。
同級生で悪役の我が妹がまだ五歳なので主人公の入学もまだまだ先なのだろうが、他の設定はそのまんま現実になっていた。
それに気付いたときの衝撃は、言わずもがなである。
「おにぃたま~」
「ああ、麗華。走ったら――」
「ふぎゃっ!」
「……ああ、言わんこっちゃない」
この、庭の真ん中で転んでも必死に泣くのを堪える愛らしい幼女こそが、我が妹の葛原麗華。
どこに行くにも「おにぃたま~」とトテトテ駆け寄ってくるかわいらしいやつなのだ。
――そして、学園のアイドルの隣に当然のようにいるのが気にくわないとか、あれこれ事件を解決して有名になって調子に乗ってるだとか、葛原グループの持つデバイス技術を凌駕する新技術を開発しそうだとか、ルートによってさまざまな因縁をつけて原作主人公を暴力に訴えて物理的に排除しようとし、惨めに返り討ちに合うことが宿命づけられているのである。
その末路も悲惨なものだ。
悪事をすべてばらされて学園追放は当然。
ルートによって、原作主人公がルートに入ってる男の実家に目をつけられたり、こっそりと原作主人公のバックにいる政府の大物を怒らせたりと、お家が傾くような事態に発展し、葛原麗華は社会的に完全に抹殺される。
お家が傾いて俺まで巻き込まれるのは御免こうむる。
だが、それ以上に、こんなかわいい妹がそんな過酷な運命を歩むと知って放っておけようか、いやおけない!
「ほら、麗華。言うことがあるだろう?」
「うん、おにぃたま。――ぶつかって、ごめんなさい」
「そ、そんな、お嬢様! 頭を上げてください! 恐れ多いです!」
お金持ちのお嬢様との立場上、誰にでもへこへこすることも許されないだろう。
でも、相手が使用人だとしても、悪いことをしたら謝る人間性を身に着けることは重要だ。それが、相手を思いやり、下の立場の人間に対しても一人の人間として絆を紡ぐ切っ掛けとなるだろう。
原作の葛原麗華のように、立場が弱くなったからと取り巻きたちから一気に手の平を返されるような恐怖政治は行うまい。
「お兄さま! これ、面白かったです! これが『燃え』なのですね!」
「そうさ。分かり合えない相手でも、正々堂々全力でぶつかって、全部終わったらみんな友達なんだよ」
熱血系少年漫画も読ませてみた。
この反応を見る限り、原作のように、気にくわないからと取り巻きを使って原作主人公を袋叩きにしようなんて外道なことはしないだろう。
「ほら、麗華! もう終わりか!?」
「いえ……もう一本お願いします、お兄様!」
『健全な精神は健全な肉体に宿る』との格言もあるし、武術を習わせてみることにした。
普通にスポーツでも良かったのだが、学園では魔術戦も履修科目に入っており、どうせ必要になるからと両親に兄妹そろって武道を習いたいと頼んだら、ガチな古流武術の道場にいる。
精神性よりもいかに敵を制圧するかに主眼を置く修行は、戦闘イベントが結構多い学園入学後の生活で大いに役立つだろう。
そして、原作開始日となった。
「以上。新入生代表、葛原幸成」
「キャー! お兄様、ステキ!」
「あれが今年の首席か……」
「ああ、葛原家の御曹司ね」
「双子の妹が三位ですって。やっぱり、名門の一角は違うわね」
原作では、主席の原作主人公に次席の麗華が目をつけるきっかけとなったシーンである。
どっちかが主席になって麗華と原作主人公の繋がりを防ごうと、麗華を煽って兄妹二人で努力した結果、何とか目論見は果たされた。
もちろん、『いざ』が無いように、『いざ』となってもどうにかなるように、原作キャラとの繋がりを持つことも忘れない。
仲の良いやつの妹が相手なら、少しくらいの手心は期待できるかもしれないのだから。
「おっす、幸成。帰りに、みんなでカラオケ行こうぜ」
「おう。じゃあ、放課後に教室で待ち合わせな」
『学園のアイドル』君は、入学式の日にむしろ向こうから話しかけてきてくれた。
原作の三位から四位入学と一つ席次は落としたが、葛原に並ぶ名門の家の出で、社交的な性格、運動神経抜群、イケメンと来れば、人気も出ようものだ。
原作主人公とのフラグを潰して、麗華が嫉妬するイベントを阻止するとの目的を抜きにしても、友人として魅力的なやつだ。
「あ、幸成先輩。また来たんだ」
「ほれ、焼きそばパン。お前は本当に屋上が好きだな」
原作攻略キャラの一人である中等部の後輩は、好物持って指定席の屋上にお邪魔させてもらったら、あっという間に仲良くなった。
人懐っこくてかわいげがある上、実家が魔術戦闘技法に秀でた一門で、よく手合せの相手をしてくれる。
やっぱり、昼休みに原作主人公が屋上に訪れてフラグを建てるのを防ぐとの目的がなくても交友関係を築きたいやつだ。
「おや、幸成君。今日は来ないはずでは?」
「実家で預かった書類を渡しに来ただけですよ、先輩。この後、友達とカラオケの約束があるんです」
この魔術工学部所属の白衣の先輩も原作攻略キャラ。
魔力が足りなくて魔術師になれないことから『できそこない』の烙印を押された弟のため、これまでよりもずっと少ない魔力で魔術を使えるデバイスを開発しようとしている人。
原作では、攻略ルートに入ると原作主人公の協力で完成させてしまい、葛原のデバイス生産部門に大きなダメージを与えるわけだが、入学前から準備はしていた。
全く形になっていないものを持っていっても大人には相手にされないだろうと、入学前に魔術工学について学び、入学後すぐに迷い込んだふりをして研究に関わって共にある程度形にすることに成功したのだ。
そこから、実家に企画を持ち込んで資金援助を引っ張り出し、原作主人公が関わる余地を潰してお仕事は終わり。
今では週に二、三度ここを訪れ、魔術工学についての面白い話を聞かせてもらっている。
「あ、あの……! 幸成くん!」
「あれ、紗希ちゃん。何か用?」
「そ、その! くくくく、クッキー! クッキーを、こここここの前のお礼!」
「ああ、先週のテロ事件か。ありがたくもらうよ。――そういえば、コンタクトにしたんだ。似合ってるよ!」
「! あ、ありがひょう! ……ぁぅぅ」
これが原作主人公。坂成紗希。
元が研究者向きで一対一の戦闘には向かないのに、よく戦闘に巻き込まれるかわいそうな人。
原作ではルートごとの攻略対象と共にその戦火をくぐり抜けており、万が一イベントの中で攻略対象の誰かと出くわして麗華の社会的抹殺フラグが建たないように、日常・戦闘問わず、覚えている限りのイベントに介入させてもらった。
最初は内気だったのが、原作では段々と芯が通り、垢抜けるキャラである。
最初のころよりも段々おしゃれになっていくのは、原作通り。ただ、少しずつ改善していたはずの人見知りが最近悪化してる気がしているのは気のせいだろうか。
そんなこんなで、万事順調である。
もう、暴力沙汰や過剰な嫌がらせで麗華が社会的に抹殺されるフラグは残っていまい。
このまま平和に卒業し、美人な嫁さん貰って、麗華に良い嫁ぎ先を探して、幸せな人生を謳歌しよう!
そして今日も学校である。
いやぁ、良い天気だなぁ、なんて自分の席でのんびり考えているときだった。
「た、大変だ! 葛原麗華が、坂成紗希に決闘を挑んだ! 『お前はあの完璧なお兄様に相応しくない! 並び立ちたいのなら、それに相応しいことを証明して見せなさい!』とか言って登校してきたところを無理矢理に戦闘訓練アリーナまで引っ張っていって、『まだ分かり合えない!』とか言いながら葛原が一方的に痛めつけてるらしい! しかも、邪魔しようとした教師たち相手に、葛原の親衛隊がアリーナ前でバリケード組んで戦闘になってる! 今まで目をかけてくれた恩を返すって、葛原が本懐を遂げるまで親衛隊は徹底抗戦の構えだ!」
俺の涙腺が崩壊した。
すぐに次話を投稿します。