第七話 勇者、すンごいの?
本日三度目の目潰しを主人公に食らわせたジニーバは、メインヒロインは自分であると誇示するかのように自分の隣にランドを座らせた。首根っこを引っ掴み、強引に正座させ、挙句の果てには簀巻きにするなど少々手荒な感は否めないが。
「おいっ、クソメガネ! ここまでするこたァねぇだろーがっ! 解け! 今すぐ解けぇぇぇ!」
「お断りしまーす。アンタみたいなヤツを野放しにしておけないから」
「野放しっつーか、野ざらしになってんですけど……?」
素っ気の『そ』の字も感じ取れないジニーバに対し、ランドは少しだけ態度を改めようと試みるが、姉妹達の追加コンボを喰らうだけだった。
「ざまあ」
「自業自得ですねぇ」
「ランド様ぁ、かっこいいですよー?」
「てめぇら……自由の身になったら覚悟してろ……〇〇を〇〇して〇〇からの〇〇にしてやる!」
態度を改める事にも失敗し、尚且つ放送禁止用語を連発するような奴に自由などというものがそう簡単に与えられるはずもなく、ジニーバは簀巻きの紐をさらにキツく縛った。
「あっはぁぁぁぁーんんん!」
ランドの気色の悪い嬌声が会場に響き渡り、ちょっとしたざわめきが起こった。
補足情報としてだが、この時にランドの隠れスキル『ドM』が覚醒したのだった。
天下一占い師大会はあれよあれよと進行し、気付けばすっかりと日も傾いていた。
「皆さんお待ちかねーっ! 只今より決勝戦をおこないまーっす!」
何故か四回、五回と後方宙返りを跳びながら舞台へと上がってきたド派手な衣装の司会者がマイクパフォーマンスと共に観客を煽りだす。この大会に主旨はないのかもしれないが、彼のパフォーマンスによって観客席のボルテージは最高潮に達していたのだから司会者としての腕はあるのかも知れない。
舞台では武闘家らしき屈強な男と薄汚いローブを纏った魔法使いと思しき老婆が相対していた。
「何だァ? こんなの占うまでもねぇだろ」
「そうどすなぁ……これは戦力差があり過ぎやわ」
相手を睨みつける男の視線を一瞥した老婆はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。屈強な武闘家は一瞬たじろぐ仕草を見せたが直ぐに態勢を整えた。
ランド達の予想を裏切る展開となった舞台上は一進一退の攻防を繰り返していた。
魔法使いが放った火球を素早くかわした武闘家が一気に間を詰め、渾身の蹴りを放つ。確実に入ったかに見えたが老婆の姿はゆらゆらと陽炎の如く掻き消える。次の瞬間、武闘家の背後に姿を現した魔法使いの火球が武闘家の背を捉えた。立ち昇る炎を鎮火させるべく道着を素早く脱ぎ捨てるも、その背中に受けた一撃のダメージの深さは赤黒く変色した皮膚が物語っている。
悲鳴や怒号が入り交じる中、観客席の何処からともなく驚愕の声が生まれる。しかし、それは深手を負いながらも立ち上がる武闘家にではなく、再び姿を現した魔法使いに対してだった。
「あれぇ? あの魔法使いのおばーさんはどこに行ったの?」
「何あれ、マジ?」
「ルス……アタシ達って何を見てるの?」
「ウチにもよう分からしまへんわ、お姉様……」
そこにいるはずの老婆の姿はどこにもなく、代わりに立っていたのは漆黒のドレスに身を包んだ見目麗しい若々しい女性だった。
「うおっほーう! きゅっと引き締まった艶かしい腰、白くてすべすべして美味しそうなフトモモ、けしからん尻にけしからん乳、ぷるんとした唇の下の泣きぼくろがすぇくすぃー! あぁ……その切れ長の目で睨みつけて蔑んでく……ぐぇぇぇ!?」
ガマガエルのような声を上げもんどりうつランドの横では、鬼の形相のジニーバが足蹴にした簀巻きランドの首を力の限り紐で絞めあげていた。
「やめ、やめ、ジニーバ、死ぬ、死ぬから! それ以上やったらもれなく死ぬからっ!」
「この世に足跡を残すこと無く死ねぇ! 死んでおのれの業を洗い流してこぉぉぉいっ!」
「あぁっ、締まるぅぅぅ!」
漢字が違う気もするし、表情も何故恍惚としているのか理解に苦しむ。そして、そんな状態のランドを見て悪寒が走ったらしく、ジニーバはそっと紐を緩めた。ジニーバの隠れスキル『慈愛の心』のレベルがこっそりと上がり、ランドのスキル『変態』のレベルも上がったのだった。
舞台上の異変を予見する事が出来なかったのか、舞台袖に陣取っている占い師達は、一様に互いの顔を見合わせざわついていた。
ただ二人を残して。
「決まりましたね」
そう言って立ち上がったスーニャは、スカートの裾を正しランドの簀巻きを外しに掛かる。
「決まった?」
「ええ」
「え? まだ試合は終わってないよ?」
「いえ、終わったのは試合の方ではなくて大会の方ですよ、パンジャ様」
舞台上では、背中にダメージを受けながらもまだ闘う意志を見せる武闘家とそれに応じる魔法使いが睨み合っていた。周囲の喧騒など意に介さず、そこだけは静寂に包まれ、まるで透明な壁を隔てた先に見える別世界のようであった。
「まーだやろうってのかよ、好きだねぇ」
晴れて自由の身となったランドは大きく伸びをしながら身体のあちこちの関節音を鳴らし、あくび混じりに舞台を見る。
「アンタはこの一戦をどう見てるの?」
「どーもこーもねぇだろ。勝負はとっくに決まってら。あの占い師どもを見てみろ」
ランドに促され舞台袖に目をやったジニーバは「なるほどね」と納得し軽く頷いた。
数人いたはずの占い師は二人だけを残し、何処かへと消えていた。おそらくは控室にでも戻ったのであろう。
残された二人の若い男と壮年の男の占い師は、舞台の成り行きを見届けると、どちらともなく席を立ち控室へと消えていった。舞台上では武闘家の男が勝利の雄叫びを上げ、魔法使いは元の老婆の姿に戻っていた。
「え? あの魔法使い負けちゃったの?」
「あん? お前、あの魔法使いが勝つと思ってたのかよ。煙霧の蜃気楼でケリを着けられなかった時点で魔法使いの負けは確定した。まぁ、あの武闘家のタフさが想定外だったってのもあるがな」
「ミラージュ・ヘイズ?」
「タフさが想定外って何?」
矢継ぎ早な質問攻めを受けたランドは一瞬、旋毛を曲げかけたが、何かを閃いたかのように口角を上げその問いに懇切丁寧に答える。
「あの魔法使いが武闘家の蹴りを喰らった時に掻き消えて再び美女になって現れたろ? それが煙霧の蜃気楼って魔法だ。かなり高位の魔法だから誰にでもおいそれと使えるモンじゃねーけどな。魔力付与とは違って魔力増幅の効果に加え、使用者によって色々あるが、まぁ、様々な効果を得る事が出来るらしい。本来ならあの一撃で倒せるはずだったが、それを凌ぎ切った武闘家の根性は大したもんだな」
「それが想定外って事?」
「だな」
「なんだか最初から分かってたみたいな言い方ね?」
「ったりめーだろ、俺は勇者なんだぜ? 勇者なめんなよ?」
ジニーバはランドの態度が鼻についた……というよりもランドが何かを企んでいる事に気付いたようで、無意識にこっそりと後ろ手に簀巻きに使っていた紐を隠し持った。
「まぁ、魔力付与が使えて一通りの体術もこなせるお前らならあの武闘家程度にゃ勝てると思うぜ? なぁ、スーニャ。どっかで武闘大会とかやってねぇか? 賞金稼ぎまくろうぜ! いや、待てよ、何か新しい商売を始められるんじゃねえか、コレ……」
ぶつくさと呟きながら自分の世界にトリップしてしまったランドに冷たい視線を浴びせるジニーバ、ルスタオ、サユの三人は、半ば呆れつつもスーニャの承諾を得てランドの性根を叩き直す決心を固めた。
「あのさぁ、アンタは自分の使命っての、ちゃんと自覚してんの? いちおボクら、その辺は自覚してんだけど?」
「あ? 使命だぁ? んなモン決まってんだろ! ハーレム作って酒池肉林の日々を送るのが俺の使命だ!」
一点の曇りもない、無垢な目を輝かせて熱弁するランドの姿はある意味神々しくも見えた。
「あー、コイツダメぽ。ボク無理。ルス姉かジニ姉にあげる」
「……ウチも無理どすわ」
「ふぇ? い、いや、あげるって言われても……じゃなくって! アンタの使命は勇者として魔王からこの世界を救う事でしょ!? は、ハーレム……とか、しゅ、酒池……肉林とか、そんなのは世界を救ってからでもいいでしょ!」
「魔王討伐だとか世界を救うだとか、ンなのは親父がやってくれるって。なーに、あの親父なら殺しても死なねーって。今頃どっかで獣魔相手に暴れ回ってらぁ。俺はじいさんの残してくれた遺産を有効活用するだけだ」
およそ主人公にあるまじき言動にとうとうブチ切れたジニーバは、鬼をも超えた悪魔の貌を覗かせる。
「……こンのすねかじりがぁっ! アンタがどんだけ強かろうが金持ってようが、やっていい事と悪い事の区別くらいつくでしょうがっ!」
「すねかじり大いに結構! 何なら骨の髄までしゃぶり尽くしてくれるわっ! うはははは」
「やっぱいっぺん死んで来いっ! この変態どスケベクズ野郎っ! 骨も残さず消え去れぇぇぇっ!」
「げべすっ!」
再び簀巻きにされたランドは、姉妹達に引きずられながら会場を後にした。