第六話 勇者、占いにハマる?
前途多難な旅の始まりとなってしまったランド達一行は、次なる目的地として北を目指す事にした。
聖・パーテマクー王国の北方には同盟国である『タームセーゲン王国』が治める領土がある。
タームセーゲン王国は別名『占師の国』とも呼ばれ、国の政や大事などは全て占いによって決められてきた。王国であるからには王室が存在するのだが、占い師としての能力の高さが求められるこの国においては占い師が摂政を務め、摂政が政治の実権を握っていた。その摂政を選出するのは四年に一度、王国を上げて開催される『天下一占い師大会』であり、その優勝者が四年間摂政を務めるのである。
「なんつーか……普通じゃねえ国だよな」
ランドの呟きはある意味、言い得て妙である。占い師が政治を行うなど通常ではありえない事だ。
「アンタの言いたい事は分からなくもないけど、それがこの国の戒律なのよ。アタシ達がとやかく言う筋合いは無いわ」
「そりゃそうだ。んで、何でこの国に来たんだよ? この国に何かあんのか?」
「この国にいらっしゃる世界最高の占師……つまりこの国の摂政様に会います。先程ジニーバ様と相談したのですが、宛もなく旅を続ける訳にも参りません。ですので占師様にこれからの指標をさずけて頂こうと思います」
「占い頼みかよ……自分の進む道くれぇ自分で決めさせてくれよな」
「アンタに任せたら進むものも進まなくなるわよ」
「そうですねぇ」
「ワロス」
「ランド様ぁ、お姉様達の言う通りですぅ」
「く……テメェら……」
全くその通りである。不貞腐れたランドは背中を丸め、勇者の剣をずーりずーりと引きずりながら歩く。その後ろ姿を見て四姉妹達はケラケラと笑い、ランドは姉妹達を恨めしそうに睨む。
そして一向は城下町へとたどり着いた。
いざ城下町へ入るやいなや、ランド達は異様とも言える熱気を帯びた街の雰囲気に呑まれる。城下町の中央にある大広場では、四角く区切られ三本のロープが張られた舞台を囲む大勢の人だかりがひしめき合っていた。
「な……なんじゃこりゃ?」
「うーわ、うっざ」
「活気があってよろしおすなぁ」
ジニーバは呆気に取られ声も出せずにいたが、パンジャは初めて見る光景に目を輝かせていた。
「ランド様ぁ、今からどんなお祭りが始まるの?」
「いや、俺にも分かんねぇ……スーニャ、こいつぁ一体何だぁ?」
「天下一占い師大会が始まるのです」
さも当たり前のように答えるスーニャだったが、ランド達の目は文字通り『点』になっていた。
「はぁ……? ちょっと意味が分かんねーんだけど……何? 占い師同士が闘ったりすんの?」
「いえ、占い師ですから体術に秀でている、という事はありませんし、掌から破壊光線的な何かを出すという事はありません。占い師にとって必要且つ重要な事は『未来を予見する』という能力です。その能力がなければこの国の政治を執り仕切る事など出来ませんから」
『点』になっていたランド達の目は『線』になった。
「アホくさ。ンなの見てたって面白くねーや。とっととその摂政とやらに会いに行こーぜ?」
会場に背を向け歩きだそうとするランドだったが、スーニャに素早く後ろ襟を掴まれ悶絶する。
「へぐっ! な、何すんだよっ、スーニャ!?」
「その摂政を決めるのがこの大会ですよ?」
「だから、今の摂政に会いに行けばいいんだろ?」
「その摂政がこの大会に出場してます」
「ふぁ?」
スーニャの説明によると、現職の摂政はディフェンディングチャンピオンとして参加を余儀なくされており、とどのつまりランド達は否応なしに『天下一占い師大会』を観戦せざるを得ないのだ。
「やってらんねーなぁ、ったく。面倒くせー」
「ブツクサ文句ばっかり言ってないで。それに、見るだけなんだからいいでしょ」
「じゃあ、オメーらだけで見て来いよ。オレは寝る」
「寝るって……何処でですのん?」
「どっかその辺で」
そう言うなりその場にゴロンと寝転がり、両手を枕にランドは寝てしまった。
「あらまあ、ホンマに寝てしまはりましたわ。困ったお人どすなぁ」
「ちょっと! そんな所で寝たら皆の邪魔になるじゃないの!」
そう言うなりジニーバは、寝転がっているランドを起こそうとそばに寄りしゃがみ込む。ランドは目を開けたものの、ある一点を見つめたまま立ち上がろうともしない。
「もう! 早く起きなさいよ!」
「いや……もうちょいこのままで……」
「何言ってんのよ、子供じゃあるまいし」
「いや、それがな……この状態だと良い感じの眺めが、いや、絶景が拝めてだな……」
ランドの視線の先にはジニーバのスカートの奥で眩く光る純白があった。それに気付いたジニーバの顔は見る間に紅潮し、己の油断を恥じたのか、それとも単純に辱められたと思ったのかはいざ知らずだが、声にならない叫び声を上げながらも素早く脚を閉じると、間髪入れずランドに目潰しを喰らわせた。
今度は野太い叫び声が辺りに響き渡った。
「あがぁぁぁぁぁっ! 目がっ! 目がぁぁぁぁぁっ!」
「どーせ見ないんでしょ? なんなら永遠にその目が光を見る事の無いようにしましょうか? あぁん?」
ジニーバの脅しに屈する形となってしまったランドは名ばかりの勇者へと成り下がり、姉妹達からは変態ランド、エロランド、クズランド、ゴミランド、ゲスランド等、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられる事となってしまった。ざまぁ……いや、合掌。
観念したエロランドは、舞台近くにいる観客を金で買収して席を奪い特等席に陣取ると、占師達の戦いを渋々と観戦する。
「こんなの見たってつまんねーって、絶対」
「仕方ありません。この大会で決まる摂政に会う事が目的なのですから」
「へいへい……お、そろそろ始まるか!」
マイクを持ったド派手なラメの入った紫色のスーツに身を包んだ金髪の男が、ムーンウォークをしながら舞台中央にやって来た。どうやら女子人気が高いらしく、彼が登壇するなり、あちこちから黄色い声援が聞こえてくる。その声援にいちいち応える彼の姿に黄色い声は更に強くなる。
「なんだぁ? 派手な登場して来た所でタダのモブキャラだろうが。いちいち騒ぎやがって」
「自分がモテないからってひがんでんじゃないわよ。って言うか、そんな態度だからモテないのよ」
「うっせー! 色気もへったくれもねぇ奴に言われたかねんだよ」
毒づくランドの両目に再びジニーバの指が突き刺さったのは言うまでもないだろう。
「ぐおぉぉぉ!? て、てめぇ……覚えてろよ……」
「はいはい、忘れるまで覚えててあげるわ」
舞台の上では占い師同士の戦いが始まっていた。赤いローブを纏った若い女と黒い鎧に身を包んだ中年の男が睨み合いながら、互いの動向を伺っている様子を観客は固唾を飲んで見入っていた。
先に動いたのは黒い鎧の男だった。
男が両手を天にかざし素早く手を動かすと、掌からは光の玉のような物が現れ、その光球をローブの女に向かって投げ放った。しかし、女はその光球を片手で受け止めると、そのままその光球を握り潰してしまった。驚愕の声を上げた男は、次の瞬間にはその身を遥か上空へと飛ばされてしまう。ローブの女が振り上げた右手をそのまま下ろすと同時に上空の男は勢いよく地面へと叩きつけられてしまった。男はそのまま立ち上がる事もなく、ローブの女は高々と右腕を上げ、勝ち名乗りを上げた。
呆気に取られ言葉を失っていたランドは、退場していく赤いローブの女をあんぐりと口を開けたまま見送っていた。
「……なぁ、スーニャ」
「何でしょうか?」
「これのドコが占いなんだ?」
「よく見て下さい。向こうに座っている人達が占い師です。あの人達が今の戦いの勝敗を占いで当てるのですよ」
「「そっちかいっ!」」
スーニャに対して口を揃えてツッコミを入れたランドとジニーバ。息の合った二人を見てニヤニヤと下世話な笑みを浮かべるルスタオ、サユ、パンジャの三人の視線に気付いたジニーバは、顔を紅潮させたまま三度ランドに目潰しを食らわせる。
「バ〇スッ!」
訳の分からない言葉を発したランドは直立不動のまま後方へと倒れていった。