第五話 勇者、マジでヤバクね?
聖パーテマクー王国から旅立ち、獣魔の残党狩りという大義名分を引っ提げて足を踏み入れた洞窟。「ザコしかいねーよ、だりーな」と、ヤル気の欠片も見せず鼻くそほじりながら挑んだランド達だったが、そこで待ち受けていたのは上級獣魔のドラゴンであった。合掌。
「ちょ、マジふざけんなよ! 何でこんなトコにこんなヤツがいんだよっ! スーニャッ! てめ、後でマジ犯すかんなっ!」
「でしたらパンジャも御一緒にど・う・ぞ♪」
全くもって末恐ろしい十歳児である。
「オメーはあと五、六年待て!」
ゲスもここまで来れば逆に清々しいものがある。これが世に言う『光〇氏計画』というヤツか……
「ご安心ください、パンジャ様。ランド様のこの発言は日常茶飯事ですから。実際に犯された事など今まで一度たりともございません」
「何だ、やーっぱりただのヘタレじゃん。乙」
「ぬあーっ! ヘタレってゆーなーっ! テメーも犯すぞ、んなろー! その無駄にでけー乳揉ませろっ!」
「ギロチン刑な」
「……マジでか」
「やっぱり大きい方が良いんだ……」
「あん? 何か言ったか?」
「な、何でもないわよ、アホランド!」
「アホとかゆーな! このクソメガネ!」
「メガネは顔の一部なんですー!」
下劣極まりない言い合いをしている今も、後方からはドラゴンが追いかけてくる。動作は鈍いものの、ゆうに十メートルは越すであろう巨体の一歩の歩幅は人間の十歩くらいはあるだろう。巨体が歩を進める度に洞窟内はその振動で少しづつ瓦解していく。
「おい、コイツぁマジでヤベェぞ! 早く外に出ろっ!」
「分かってるわよ! でも、外にドラゴンを出すのもまずくない?」
ジニーバの言い分はもっともである。上級獣魔であるドラゴンを洞窟外に出すという行為は即ち、危険を拡げる事に他ならない。ドラゴン討伐に失敗すれば聖パーテマクー王国は一夜にして死の街と化すだろう。
「ンな事言ってたら俺らが死んじまわぁ! 俺らが死んじまったら元も子もねぇだろーがっ!」
「ランド様、何かお考えがあるのですか?」
「んなもんねぇよ。ただ、こんな狭い所でやり合うより広い所の方が陣形を組みやすいだろ?」
つまりは行き当たりばったりの作戦とも呼べぬ作戦である。言い換えるならば背水の陣を敷くと言ったところか。このヤル気無し勇者が考える策など所詮は浅はかな考えなのである。いや、むしろヤル気を出して作戦を捻り出したのだから、ここは褒めてやるべきか。
「よっしゃ、出口が見えてきたぜ。ルスタオ、サユ
、パンジャ、魔力付与の準備をしとけよ! 外に出たら一気にキメるからな!」
「ランド様、私達はどうすれば?」
「あん? 決まってんだろ。ありったけの力でアイツをぶん殴れ! ジニーバは俺と共に来い!」
「な、何よそれ!? な、なんで、ア、アタシがアンタについていかなきゃ……なんないのょ……」
顔を紅潮させてしどろもどろになるジニーバをランドは怪訝そうに諭す。
「おめぇ、何か勘違いしてねぇか? 六人の中で俺とお前のアタック・ウェポンだけが斬る事が出来るだろ。俺らはヤツに止めを刺す役割だ。それまではスーニャ達にヤツをフルボッコにしてもらう」
つまりは美味しいとこ取りである。
転がるように洞窟の外へと出てきたランド達は素早くその身を翻し、臨戦態勢を整える。次いでドラゴンがその巨体を揺すりながら大きな雄叫びを上げた。耳を劈く程の雄叫びはもしやとすると城下町にまで届いているかもしれない。
「ここで仕留めないと……」
「はい……街の人達に危険が及びます」
「それだけは絶対にあきまへん! 行きますえ!」
「ルス姉のそーゆー猪突猛進なトコ、好きだわー」
「ちょとつもーしん、ってブタさんの事でしょ?」
「だーっ! こんな時に何やってんだっ! さっさと準備しろよ! あとブタじゃねぇっ、イノシシだっ!」
ヤル気無し勇者がヤル気を出すとは、明日は天変地異が起こるであろう。雨や霰どころか槍が降る……槍は槍でも蜻蛉切や日本号が降ってくるかも知れない。
赤黒い宝石のような瞳をギラリと光らせ、鋭い爪を振り回すドラゴンの隙を伺いながら三人の王女は魔力付与の呪文を詠唱する。荒れ狂うドラゴンの攻撃をひらりとかわしながら良く出来るものだ。
「ランド様、準備出来ましたえ!」
「こっちもおけ」
「ランドさまーっ! パンジャも出来ましたー!」
「よっしゃ、そんじゃおめーら、全力でヤツをぶん殴れっ!」
三人の王女達にスーニャを加えた四人は、ランドに言われるが早く、赤黒い瞳を湛えたドラゴンの四方を取り囲み一斉に飛び掛る。魔力を帯びたアタック・ウェポンの一撃は予想を越える威力を発揮し、ドラゴンは苦悶の雄叫びを上げる。
「やれやれー! もっとぶっ叩けーっ! スーニャ! もっと腰を入れてフルスイングしろーっ!」
「……アンタ、ホンット最低ね。ところで本当にアタシ達は加勢に行かなくてもいいの?」
丘陵の上であぐらをかきながら拳を突き上げるランドを呆れ顔で見つめるジニーバは、姉妹達を心配しながら事の成り行きをただ見ている自分に憤りを覚えていた。そして、それ以上にこの無気力勇者に対してもフツフツと怒りのゲージを溜めていった。
「だからさっきも言ったろ。俺らはヤツにトドメの一撃を刺すだけだ。十分にダメージを与えたところでヤツを確実に仕留める」
「そのダメージをアタシ達も与えなきゃならないんじゃないの?」
「何で?」
「な、何でって……え? アンタ、自分が何を言ってるのか分かってるの? ルスタオ達を見殺しにするつもり!?」
ジニーバの怒りゲージは更に溜まっていく。今にも爆発しそうな雰囲気だが、逆にランドに一喝されてしまう。
「うるせえぞ、クソメガネ! 何でテメーは自分の妹達を信じてやんねーんだ!? 俺はスーニャの強さを良く知ってる。スーニャだけじゃねえ、ルスタオもサユもパンジャも……そしてジニーバ、おめぇの強さも知ってる。だから信じろ。アイツらは必ずやってくれる」
「アンタの言う事なんか信じられないわよ」
「俺の事は信じなくていいけどよ……せめておめぇの妹達くれぇは信じてやれ。あと、スーニャもな」
長い尻尾をムチのようにしならせるドラゴンの反撃を辛うじてしのぎながらも攻撃の手を緩めない四人は、滝のように流れ出る汗を拭いながらドラゴンの進撃を食い止める。城を、街を、人々を守るために今自分達が出来る事を必死にやり遂げようとしているのだ。
ジニーバはそんな彼女達の姿に一瞬目を背けようとしたが、すぐに視線を戻す。それはランドに言われた言葉が脳裏を掠めたからに他ならない。
「……アンタの言う事も一理あるかもね。ちょっとだけ見直したわ」
「あん?」
「何でもない。アタシがあの子達を信じてあげなくちゃダメよね」
「さっきからそう言ってんだろ」
「ついでだからアンタの事もちょっとだけ信じてあげるわ」
「何だよ、気持ちわりーな」
「はいはい。ところで……そろそろ頃合いなんじゃない?」
スーニャ達の必死の攻撃が功を奏したか、ドラゴンは明らかに動きを鈍らせていた。
「ランド様、そろそろ出番です! ルスタオ様達の魔力付与の効力も切れかかってきてます!」
「へいへーい」
スーニャの言葉に応えたランドは勇者の剣を鞘から抜き出す。太陽の光を受けて輝く勇者の剣は、その太陽の光を力に変えたかのように刀身に炎を纏いだし、それはまるで魔力付与されたかのようでもあった。
「っしゃ! 行くぜ、ジニーバ!」
言うが早くランドが丘陵から飛び降り、ドラゴンの喉元目掛けて斬りかかっていく。次いでジニーバもその巨大なハサミの鋭い切っ先をドラゴンの背中へと突き刺す。
けたたましい雄叫びを上げたドラゴンは、二度三度と尻尾をしならせる。とどめとばかりに隙を付いたランドがドラゴンの懐に飛び込み、胸へと剣先を突き刺すとドラゴンは断末魔の雄叫びを上げ巨体を大地へと沈ませていった。
「ふぃー……いっちょ上がり」
「ランド様、お疲れ様でした」
「おう。おめーらも良く頑張ってくれたな、サンキュー」
「何とか倒せましたけど、いきなりドラゴンやなんてしんどいわぁ」
「マジ勘弁してよね」
「ランド様ぁ~、パンジャ頑張りましたぁ!」
駆け寄り飛びつこうとするパンジャを手の甲でぺいっと払い除けたランドは、隣で放心してへたりこんでいるジニーバの頭を軽く撫でた。
「おめぇもよく頑張ったな」
「アンタが本物の勇者だって事がよく分かったわ。いつもそうやってればカッコいいのに……」
「あ? 何か言ったか?」
「別に。何でもないわよ。それよりこれからどうするの? スーニャ、何か情報はない?」
頭上の手を払って立ち上がりスーニャと相談するジニーバを見つめるパンジャは、ランドの横にぴったりとくっつく。
「ランド様、モテモテですね」
「ンなわけねーだろ」
「ジニーバ姉様、ランド様の事を好きになってるですよ?」
「……ンなわけねーだろ」
次の目的地も決まり、一行は再び歩き出す。彼らの旅はまだまだ始まったばかりなのだ。
「何かめんどくせー事になりそうだな……」
頭上に浮かぶ白い雲を見上げ、ランドは小さくため息をつくと誰に聞かせるでもなく独りごちた。