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第二話 勇者、旅立てる?

 死んだ魚のようにうつろな三白眼を湛えたまま、元より重かった足取りはさらに重く、猫背だった背中はさらに丸く、腰に携えたグングニル……じゃなくて、勇者の剣も心なしか(しお)れているように見える。

 生来のヤル気なし根性を丸出しにしているランドと、その腕を掴んで御機嫌な様子のパンジャ。二人の後方、約五メートルの距離を取って、ジニーバ、ルスタオ、サユの三人が歩いていた。


「はぁ……なんでこんな事になっちまったんだよ……あの国王(クソマッチョ)の口車なんか乗るんじゃなかったぜ」

「それ以上お父様の悪口を言うなら、アンタの〇ン〇ぶった切るわよ?」

「ふざけんなーっ! 俺のグングニルは誰にもヤラせん!」

「一生童貞確定じゃん、ウケる」

「童貞じゃねーもんねーっ! 俺だって……俺だって……俺……えぐっ、えぐっ」

「もう、二人ともちょっと言い過ぎよ?」


 その場にうずくまるランドの頭をぽんぽんしながら、ルスタオがジニーバとサユを諭す。


「ランド様、私の胸でよければいつでもお貸ししますよ? それとも犯します?」


 無邪気な笑顔を見せるパンジャだが、その言葉の意味を理解してはいないのだろう。もし、理解しながら言ったのであればワールドクラスの確信犯である。


「だ・か・ら! 俺は幼女を抱く趣味はねーつってんだろーがっ! そんな事を言ってっとホントにヤッちまうぞ、ゴルァ!」

「ホントですか!? ホントに私を抱いてくださいますのね? きゃっほーい! これで私がこの国の王妃になれるのですね!」


 ワールドクラスの確信犯だった。

 城下町の中央に位置する城下のシンボルでもある噴水広場の中央には、国王の銅像が立っている。その国王の銅像にパンジャが飛びついてハグをする。

 ……極悪な笑みを浮かべながら。


「アンタ、ホンット最低ね」

「幼女キラー」

「ランド様……」

「待て待て待てっ! 最低なのはあのクソ幼女の方だろーがっ! おめーらの妹は相当のゲスだぜ?」


 国王の銅像に抱きつき、時折「うへへ、ぐへへ」と恍惚の表情を浮べるパンジャを指差しながらランドが訴える。


「パンジャがああなったのはアンタのせいでしょ! 勇者だったらちゃんと責任とんなさい!」

「都合の良い時ばっか勇者を引き合いに出すなよなっ! 大体、俺だって勇者になりたくてなった訳じゃねーんだぜ? オヤジが勇者だからって俺も勇者とは限らねぇだろ? つーか、オヤジだってその辺をうろついてた獣魔を二、三十匹フルボッコにしただけだぜ? それで勇者だなんておだてられて、挙句の果てには調子に乗って魔王討伐だか何だか分かんねーけど旅立って今じゃ行方不明。アホの所業もいいとこだ。お陰で俺はアホの子呼ばわり……まったく、いい迷惑だぜ」


 勇者の紋章を与えた私の立場が無いではないか。

 え、何? ニーズ家を勇者の家系にした私が悪いの? そんな事言ったってしょーがないじゃん。だって、あみだくじで決めたんだもん。コイツでいいんじゃね? みたいなノリだったんだもん。いーじゃん、だって私、神だよ? それくらいの権利持ってるよ。適材適所だよ。それが証拠に、ニーズ家の初代勇者『トリゾー・D・ニーズ』はめっちゃヤル気あったもん。お前を勇者にしてやろう、って言ったら「え? マジっすか! 勇者になったらめっちゃ女にモテるんじゃね?」とか言ってたくらいだし。

 まぁ、ハーレム作ったかどうかは知らないけど、結果としては一代で莫大な財を成したのだから、ニーズ家は私に感謝するべきだと思う。


「ところでよぉ、サユっつったか? 俺からカネの匂いがしねぇみてーな事、言ってなかったっけ? わりーけど、俺んち、カネだけはあるんだわ。メイドも千人いるし」

「はぁ? 嘘つけし。そんなむっさいジャージ着てる奴が……」


 大通りの先から一人の女性がサユの言葉を遮るように全速力でランド達の元へと駆け寄ってくる。


「ランド様ーっ! お待ちくださいませーっ!」


 箒と塵取りを両手に、笑顔の鉄面皮を崩さずに土煙をあげて猛ダッシュで走り来るメイド服姿の女性は、ランド達に追い付くと両脚を思いっ切り踏ん張って急ブレーキをかけた。


「ス、スーニャ?」

「ランド様、いよいよ旅立たれるのですね! ようやく決心がついたのですね! あぁ……スーニャはこの時をずっとずっと心待ちにしておりました。どうかこのスーニャもランド様の旅に連れて行ってくださいまし!」


 前髪パッツンのお下げ髪を素早くセットし直したスーニャがランドの前に(ひざまず)く。


「……マジでアンタ、金持ちなワケ?」

「サユ……アナタはもっとこの国の世情を知るべきよ。ランド家は代々勇者の家系であり、莫大な私財を誇る貴族なの。まぁ……彼が今のランド家の当主なのだから、没落するのは目に見えてるけど」

「ジニーバッ! てめ、この……マジで犯すぞ!」

「やれるもんならやってみなさいよ。そんな度胸もないくせに、口だけは達者だわね」


 歯ぎしりしながら勇者の剣の柄を握り睨みつけるランドと、腕を組みながらも巨大なハサミに手をかけ、その視線に真っ向から対峙するジニーバ。一触即発の中、両者の間に割って入ったのはスーニャだった。


「ランド様、ジニーバ様……双方ともそのアタック・ウェポンをお納め下さいませ。お二方が争ったところで何も得るものはありません。むしろ失う物の方が大きすぎます。ジニーバ様、ここはこの私の顔に免じてご容赦願えませんか」


 スーニャはジニーバの前に立ち、じっとその目を見つめる。その目を真っ直ぐに受け止めるジニーバがおもむろに口を開く。


「思い出したわ……その鋼の箒と塵とり、そしてその赤髪……アナタ……『赤髪の千人メイド長』スーニャ・K・パルパね?」

「私ごときを見知っていらっしゃるとは恐悦至極にございます」


 深々と頭を下げ、スーニャは片膝をつく。


「おい、スーニャ。お前の主人は誰だよ?」

「それはもちろんランド様です。ですが、ジニーバ様はこの国の王女様であらせられます。ジニーバ様だけでなく、ルスタオ様もサユ様もパンジャ様も、私達国民が遇拝すべきお方なのです。さ、ランド様も先程の非礼を詫びてくださいませ」


 スーニャはランドの頭を強引に下げさせようとするが、彼はその手を払い除け全力で拒否する。


「俺はコイツらのオヤジである国王(クソマッチョ)からコイツらのお守りを押し付けられたんだぜ? 非礼もクソもあるかっ! それにだな……この辺の獣魔をテキトーにぶっ倒しゃあ俺は次期国王なんだぜ? お前も城付けのメイド長になれる。コイツらも国王の第一、第二、第三、第四夫人だ! おい、お前ら。今までの無礼な発言は水に流してやる。だから、この俺とハーレム……もとい、この国を盛り立てていこうではないかっ!」


 両手を広げ、天を仰ぐランドを憎悪の目で睨みつけるジニーバ、ルスタオ、サユ、そしてスーニャの四人。パンジャは自分が第一王女になる事にしか興味がない、というより自分が第一王女になると確信している様子でランドの腰にしがみついている。


「パンジャ……ちょーっとだけソレから離れてて」

「えー? ジニーバ姉様、どうして?」

「ソレにくっついてると変な病気を伝染(うつ)されるわよ?」

「変な病気ってなんだーっ! そんなモン持ってねぇーっ!」

「ウチもさっきまではアナタと同じ気持ちだったけど、姉様もサユもスーニャさんもこのクズの性根を叩き直さなあきまへんと思ったんよ。こっちにいらっしゃい」

「ルスタオ……てめーまで……お前は普通だと思ってたのによぉ……」

「無駄に金持ってるヤツってやっぱクズ。二、三回死ねば?」

「一回死んだらおしまいじゃーっ!」

「ランド様……ニーズ家の当主として相応しくなられますよう、立派に更生なさって下さいませ」

「人を犯罪者扱いすんじゃねーよっ!」


 ランドのツッコミはあまりにも身勝手で見苦しいものだった。上手く空気を読んだパンジャは、そろりそろりとランドの元を離れ、女性陣の輪へと入っていった。

 五人の女性はそれぞれアタック・ウェポンを手にし、ランドを取り囲む。噴水広場は一瞬にして公開処刑場と化した。三白眼を大きく見開いたその表情に勇者としての姿は見る陰もないが、あのクズ発言では自業自得というものだ。

 激しい土煙が巻き起こったそこには、無様な醜態を晒した勇者(クズ)が打ち捨てられていた。

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