冷たい雨が滴る夜に
ぽつぽつと降り出した雨が、アスファルトに黒いシミを作り始めた。
篠宮ケイ高校2年生。学校帰り、持っていた折り畳み傘を鞄から取り出し、パッと頭上に赤を開かせる。微かな風が、彼の細く柔らかい髪を揺らした。
「寒いなあ…」
そう零したとき、後ろからふわりと柔らかく温かな感触が首にかかった。
「雨宿りさせてよ」
いつの間にか、すぐ近くまで来ていたらしい男の声と共に、彼はケイの傘の中に遠慮なく入ってきた。
「マフラー貸してやるからさ」
立ち止まったケイの顔を覗き込むように、彼は少々バツが悪そうに笑った。
「太一…」
鈴森太一。ケイと同じクラスで、ケイより少し背が高く筋肉質な体育系の男子。ケイの彼氏だ。
覗き込んで来る太一の顔を見るや否や、ケイはその整った顔をこれでもかといわんばかりに歪ませた。
細い眉は釣り上がり、口は「への字」に曲がっている。
「ごめんってば……」
太一は眉を下げて謝りながら、マフラーでケイをぐるぐる巻きにしていく。
「あのさぁ、俺がそんな簡単に許すとでも思ってんの?太一君?」
嫌みたっぷりに、いつもはしない「君付け」で彼の名を呼ぶ。ケイの方が背が低いはずなのに、鋭い視線のおかげでケイが太一を見下しているようだ。
それは昼休みの出来事だった。
クラスでは、ケイと太一、その他につるんでいる仲間が数人いる。その昼休みもその仲間たちで一緒に昼食をとっていた。見目麗しいケイはその中でも、かわいがられる存在で、今日も一人の男子がケイに絡んできた。
「ケイちゃん、マジ可愛いよな〜、女だったらソッコー告ってるわ」
「草次、俺は女でもお前とは付き合わない」
鋭く睨むケイに、草次は「いやん、そんな目でみられたらぞくぞくしちゃう」とふざけて体をくねらせる。
こんなことは日常茶飯事なので、太一ものほほんとその様子をみて笑っていた。
――なにをのほほんとしているんだ。
そんな太一に、内心ケイは日々苛立ちを覚えていた。
「お前みたいなバカ、ケイが相手にするわけないだろ。俺みたいに頭がいい方が好きに決まってる。」
もう一人の仲間、島本が言った。眼鏡をかけ、短い黒髪を手で掻きあげる。
草次に気を取られていたケイは、突然島本に腕をひっぱられ、抵抗する事が出来なかった。
そのまま、島本に抱き寄せられ、唇の端に『ちゅっ』とキスをされた。
「――!?」
もちろん、草次と島本はケイと太一が付き合っていると言うことを知らない。
「……いいかげんにしろ!」
さすがのケイも、度が過ぎた悪ふざけに怒りを爆発させた。島本を蹴り倒し、草次に右ストレートをお見舞いして、憤慨しながら太一を目の端にとらえた。
もちろん、怒り心頭のはず――
――しかし、太一はへらへらと笑っていたのだ。
「……!!太一!お前も笑ってんじゃねえよ!」
その整った顔からは想像のつかないドスのきいた声で怒鳴り、ケイはその場を去った。
「ケイ、ごめん……!」
傘を持ったままのケイを太一は抱きしめた。
「離せよ……!お前、俺があんなことされても平気なんだろ!?俺の事、本当は好きなんかじゃ……っ」
いいかけた言葉が喉につっかえる。鼻の奥がつんとして目が潤う。涙がこぼれ落ちそうになるのをぐっとこらえて睨みつけた。
「好きだよ!さっきはすげー腹立ったけど……突然だったから対応できなくて……ホントごめん」
そう言うなり、太一はケイの冷えた頬を両手で包み、半ば強引に口づけた。
「んん……っ!!」
抵抗するケイに構わず、角度を変えては何度も口づけ、唇を舐める。
「太一……」
こんな強引な太一は初めてで、ケイは頭がぼうっとなってしまった。
「……あ、あの……」
見詰め合う二人の後方から、聞き慣れた声が遠慮がちに声をかけた。咄嗟に振り返ると、そこには草次と島本が肩を寄せて立っていた。
「え、なんで……」
濃厚なキスシーンを見られてしまったことに戸惑うケイとは裏腹に、覚悟を決めたような表情の太一。
「二人も謝りまりたいっていうから、連れて来た」
「は!?」
太一は二人がいることを分かっていて口づけたのだ。
ケイは思わず赤面する。
「っつーことで、俺ら、付き合ってるから。お前ら今後一切ケイに絡まないでくれよ?」
勝ち誇った笑みを浮かべる太一に、ケイは青筋を立てて、再度怒りをぶちまけた。
終わり。
読み切りでさっと読めるBLを書いてみたものです。この後、続編(漫画)がありますが、キャラメイクが微妙に変わっていたりします。小説として書き直すかどうかは検討中です。