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八話

「……暗くなってしまったな、話を変えようか。……そういえば、エレミアの様子はどうなんだ?」


 アリシアは何かを振り払うように軽く頭を左右に振ると、こちらに笑顔を向け唐突に話題を変えてきた。


「え?……まあ、その、……うん」


「……? 何か問題でもあったのか? ……いくら君とはいえエレミアを悲しませるようなことは、姉として許さないぞ」


 今朝の様子を見る限り、元気だと言っていいものだろうか……。


 思わず言葉に詰まる俺の様子に不信感を抱いたのか、アリシアは眉をひそめ、釘を刺してきた。


「いや、別に問題というほどのことではないんだが……」


「ならいいんだが。……まあ、君を信じよう」


 俺の言葉を聞いて、アリシアはまだ完全には疑念を拭えてはいないようだが、不審のまなざしはやめてくれたようだ。


 とりあえず、ここは話題を変えなくては。そう考えてはいるのだが、そんな話題がポンポンと出てくるわけもない。いろいろと考えているうちに、ずっと疑問に思っていたことが、思わず口から飛び出してしまった。


「……でもよかったのか? 王の妹と俺なんかを結婚させて? もし、王家が途絶えたりなんてしたら……」


「ん? ああ、そうだな。……私は、王にとって本当に大切なのは王家の血筋そのものではないと思う。高貴な血筋などと言われるが、所詮私の血筋などと言うものはヨシュア・レトナークの子孫であるというだけのことだ。その血筋自体が神聖なものではないし、名君の証であるわけでもない。そもそも高貴な血筋などと言っても、ヨシュア・レトナークは一介の市民だったわけで、それを考えればどちらかと言うと下賤な血筋であるとも言えるな。……少なくとも帝国の皇帝よりは」


 少なくとも三百年前までをはっきりとさかのぼれる時点でそこそこ高貴な血筋だと思ってしまうのだが、まあ彼女の言う事も分からなくはない。


「結局のところ、王家の血筋などと言うものはその者が民衆にとって頂く価値のある人物かどうかが重要なのだろうな。……今の私は国を建国した初代国王ヨシュア・レトナークの子孫だからこそ、王に祭り上げられているのだろう……」


「それに何か問題があるのか?」


「……つまり今現在、まだ王として何も成し遂げていない私が、国を率いる王であることを民衆から認められている理由。それは、民衆にとって私はヨシュアの血を引いている人間だからという一点に過ぎない。……ヨシュアの血を引いてさえいれば、別に王が私である必要はないのだろう。少なくとも今の私は、まだその程度の王だということだ」


 自嘲するようにアリシアはそう言った。


 ……だが、本当にそうだろうか。先日行われた俺とエレミアの、国を挙げた絢爛豪華な結婚パレードを思い返しても、彼女の人気は絶大なものだったように思えるのだが……。もっとも俺はパレードなど初めてで普通のパレードなど知らないので、あくまで俺の主観ではの話だ。



 その煌びやかなパレードは、王都ディアリスに住むすべての人が参加しているような、大規模のものだった。


 俺とエレミアは馬車のようなもの――ごてごてと飾り立てられすぎて、何なのかよく分からなくなっていた――に乗せられ、完全武装した数多の兵士に周りを囲まれながら、都市の中を見世物のように引きずり回された。


 もっともその馬車は屋根があるタイプのものなので、窓から身を乗り出して民衆に手を振っていたエレミアはともかく、中でじっと目をつぶり早く終わるのを祈っていた俺のことなどよく見えなかっただろうし、誰も気にしていなかっただろう。


 だが、果たしてそのパレードの主役は本当に俺たちだったのだろうか。どうもそうは思えなかった。もちろん俺はともかくとして、手を振っていたエレミアに歓声が上がっていたのは間違いない。エレミアもその大きな歓声に対して手慣れた雰囲気だったのは、さすが王女様と言いたいところだが、その主役であるはずの彼女より――もちろん俺などは言うに及ばず――歓声を浴びている人物がいた。それが馬車の近くで一人、馬に乗って行進していたアリシアだ。


 真っ白な馬に乗り、馬車の隣を同じスピードでゆっくりと行進するアリシア。エレミアのように手を振っているわけでもないのに、人々の歓声と注目を一身に浴びていた。この民衆は俺たちの結婚を祝うために集まったのではなく、アリシアを見るために集まったのではないかと思えるほどの注目と歓声を集め、完全に主役を食っていた。


 ……最初は俺のために民衆の注目を集めてくれているのかとも思ったが、どうも彼女は目立とうとしているわけではなく、ただ俺たちの近くを行進しているだけのようだった。


 その日は俺とエレミアの結婚パレードだというのに、俺はともかくとして、主役のエレミアよりも注目と歓声を浴びているアリシア。馬に乗るためにどちらかといえば凛々しい格好をしてそれなりには着飾ってはいたが、特に注目を集めるような突飛な服装や行動は何もしていない。


 さすがに周りの兵士たちよりは服装だけは上等な服だろうが、それ以外は周りと同じように行進しているだけなのに、あんなに目立つものだろうか。時折あまりの歓声にどうしていいのか困った様な表情を浮かべていたアリシアが印象的だった。



 彼女があそこまで歓声を集めていたのは本当に初代国王ヨシュア・レトナークの血を引いているからという理由だけだろうか。いやそれだけではないだろう。もしヨシュアの血を引いているならば、エレミアだってそうだ。だが、現実には明らかにアリシアの方が民衆の注目を集めていた。


 麗しい外見で民衆に好かれているのだろうか。……間違いではないだろう。確かにアリシアの凛とした佇まいや気品のある顔立ちは視界に入るだけで目が覚めるような美しさであり、それでいてどこか優しさと儚さを秘めているような柔らかさもある。まさに多くの人に好かれるべき資質を生まれつき持っているのだろう。


 だが、それを言うならエレミアだってそうではないのか。全体的に線が柔らかい上に繊細で細く、触れたら壊れてしまいそうなほど華奢であるが、心の奥にはどこか芯の強さというものを感じる。彼女もまた多くの人に好かれるべき資質を持っていると思うのだが、実際には歓声に大きな差が出来ていた。ならば、あそこまで歓声を浴びていたのは容姿だけではないということだ。


 ではアリシアとエレミアの差は何なのか。いわゆる人を引き付ける目に見えない魅力、カリスマというものだろうか。……確かにそれはあるかもしれない。アリシアもエレミアも人の目を引き付けるのは確かなのだが、エレミアはまず大丈夫かなという心配が先に来て、守ってあげたいという気持ちを起こさせる。


 それに対してアリシアは、しっかりとした目標を持ちその実現に向かって歩いている。人々は彼女の思い描く夢を彼女と共に見てみたいと感じ、彼女について行こうと決意するのだ。まあ、彼女もエレミアと同じようにどこか抜けていて危なっかしいのは確かだがそれゆえに人を従える際に嫌味がない。彼女について行くといっても絶対服従するのではなく、彼女と共に歩いて行こうという気持ちを起こさせる。


 だがアリシアにそのようなカリスマがあるからと言っても、何もしていない王を民衆があんなに熱狂的に崇めるだろうか。いや、それはあり得ない。あのように民衆が熱狂した一番の理由は、彼女の業績を皆が認めているからだろう。まだ王になって数か月しかたっていないが、その間に彼女が成し遂げたことを民衆が評価してくれたのだろう。


 だが、よき王になることよりも、よき王であることを維持し続けるのが本当に難しいことである。特にこれから起きるであろう戦争。それの推移によっては、王国という国そのものの存在が揺るぎかねないし、何かあれば王など一瞬で処刑台にまで送られかねない。まさに今は王国の、そして彼女がよき王であり続けるための正念場ともいうべき事態だろう。


 ……などとつらつらと考えてはみるが、そんなこと俺に言われなくても彼女はわかりきっている事だろうな。



「……そこまで自分を卑下しなくてもいいんじゃないか? 君はよくやっているよ」


 多分。……本当はよく知らないけど。


「……もし仮に、誰か王になりたいと思うものがいて、王国の国民たちがその人物を支持するのなら私は喜んでその人物に玉座を明け渡そうと思っているんだ」


 彼女のいきなりの爆弾発言。彼女は至極当然のことのようにそう言ったが、その真意がつかめず、何とも間抜けなことを間抜けな面で聞いてしまった。


「そんなんでいいのか?」


 少々無責任ではないだろうか。いくら初代国王のヨシュアがやむにやまれず興した国とはいえ、この国の歴史は先人たちが血と涙をもって作り上げたものではないのか。それを簡単に手放すなど、この国の礎となった先人たちに対して失礼な気がする。


「国とは何か。君は考えてみたことがあるか? ……私は、国とはただの人々の集まりに過ぎないと考える。規模が大きくなっているから分かりづらいが、国なんていう“もの”が存在するわけではない。そこにはただの人々の集団があるだけだ。国としての歴史も文化も誇りも全て、国という“目に見えないが確かに存在する何か”から生まれたわけではなく、国を形作っている人々、つまりこの国の国民たちが独自に創り出したものである。国とは何か普遍にそして不変に存在するものではなく、所詮は人々の集まりに過ぎないのだ……と私は考える」


 ……そういうものか。確かに国にこだわって、国を形作る人が滅びてしまうなら何の意味もないのかもしれない。それならば、国としては滅ぶことになっても国を形作っていた人たち――その国の魂を受け継いでいるとも言える――だけは生き延びればいい。そうすれば、そのような人たちの集団であった“国”も生き残ると言えるのかもしれないな。


「そうなれば、王もただの指導者に過ぎない。民衆は自らの未来を託そうと思える人物を王として頂けばいいし、王が信じられなくなたら別の人物を王にすればよい。ただそれだけのことだ」


 王とはただの指導者。……でもそれはどちらかと言うと、封建的な王と言うよりも民主主義的な首相や大統領と言った存在だろう。


 ……だが、はたしてその考えを彼女以外が理解するだろうか。彼女を王として頂く国民たちに理解しているものがいるだろうか。いや、いないだろう。もしかしたら、彼女の近くにいる側近たちでさえ理解できないかもしれない。


 民衆が考えるのはまず自分自身の明日のことであり、自分自身の未来のことである。国や王などと言うものは彼らに直接関わることがなく、彼らがわかるのは暮らしが前より良くなったかどうかということだけだ。彼らにとって重要なのは数百年先までの展望ではなく、今日の食事なのである。


 もしそうだとしたら、彼女を本当に理解する者もいないこの国のために、なぜ彼女は王であり続けるのか。生まれによって王になることを決められ、自分の欲に権力を使う事もなく国のために自らをささげ、国のためなら自らの生まれを否定することも厭わない。


 ……全く理解できないな。まあ、この国は彼女の国であって俺の国ではない。ならば俺が口を出すべきじゃないのだろうが……。


「……何なら君が王になってみるか?」


「……えっ?」


 彼女の思わぬ発言に一瞬呆けた表情をしてしまった。そんな俺を見て、彼女は笑みを浮かべていた。……どうやらからかわれたようだ。


「ふふふ、冗談だよ。まあ、君がやりたいというのなら考えなくもないが……」


「……申し訳ないが俺に王なんて無理だよ。娘たちの事で精一杯だ」


 自分では当たり前のことを言ったつもりだったのだが、彼女は意外そうな顔をしていた。


「そうか? 案外素質はあると思うがな。千人もの娘たちに囲まれながら、不平不満が出ないようにあの子たちに接する姿を見ている限り。あの子たちの声を聴き、あの子たちの希望をできるだけ叶え、あの子たちの幸せを願って苦労を苦労とも思わない。一人二人ならともかく、千人もの人数を従えている君は王にしか見えないけどな」


「親が娘に接するのと王が民に接するのとはわけが違うだろ?」


「そんなに変わらないよ、実際にやっていることは。彼らが望んでいることを知り、その実現に向けて人々をまとめる。誰かに肩入れすることはなく、完全に公平でなくてもいいが平等感を感じさせ、不平不満を取り除く。……君があの子たちを愛しているように、私もこの国の民を愛している。私にとって民とは家族のようなものだ」


 理解されなくてもいい。どこか遠い眼をした彼女は、そう言っているように思えた。


「……そこまで思っているのに、いつでも王をやめていいと思っているのか?」


「それが民のためならば。……もし、その皇帝が私よりも王にふさわしく、王国の民もそれを望んでいるのなら、帝国の一部に戻るのもありかもしれないな」


「……その、家族に、……裏切られてもかまわないというのか?」


「愛なんてものは、見返りを求めるものではないよ。……ただの自己満足さ」


 そう言ったアリシアがその顔に浮かべていた、寂しさと孤高さ。どこまでも孤独な彼女の姿を美しいと感じてしまった故に、俺はそれ以上彼女に話しかけることができなかった。

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