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六話

 話し合いはあれで終わったらしく、皆解散して言った。部屋に残ったのは俺とアリシアだけだったが、そのアリシアに連れられてとある一室へと案内された。


 その部屋は、白を基調とした内装をしており明るく清潔な印象を受けるが、特にそれ以上の感想を持てないような個性のない部屋だった。まあ確かに部屋のもの一つ一つを見て行けば、価値があるものばかりなのかもしれないが、部屋全体の印象としては地味としか言いようがなかった。


「座ってくれ」


 そう言われたのは木で出来た椅子だった。触ってみると滑らかでしかも重厚感がある。そのイスの前には同じような素材で出来たテーブルがあり、向かい合うように置かれたもう一つの椅子にはアリシアが座っている。……その後ろには一人用にしては大きなベッドが存在感を放っていた。


 ……だが、そんなことよりも問題なのは、この部屋は明らかにアリシアのプライベートルームだろうということだ。この部屋に二人きりで過ごすというのは、アリシアが俺に気を許してくれているというアピールなのだろうか。だが、正直あまり落ち着かないし居心地も悪く、言い方は悪いが罰ゲームのような気もしないではない。


「何とも薄いリアクションだな。乙女の部屋に入った感想とか何かないのか?……この部屋に家族以外の男の人が入ったのは初めてなんだが」


「……どう反応するのが正解なんだ?」


「……それを私に聞く時点で間違っていると思うぞ」


 彼女は肩を竦め、とぼけたように言い放った。その口元には隠し切れない笑みが浮かんでいる。俺はそんな彼女から目をそらすようにあらためて部屋の中を眺めてみた。


 決して粗末な部屋というわけではないが、俺が女王の部屋と言われて考え付くような豪華なシャンデリアや、天井や壁の緻密な装飾、あるいはなんだかよくわからないような金ぴかの調度品などは存在していない。


 いかにも高級そうな大きなベッドや、歴史を感じさせるような重厚感のある家具、壁にはいくつか絵が飾られている。一つ一つを見て行けば、価値があるものばかりなのかもしれないがどうも部屋全体の地味な空気に染められて目立たない。


 部屋は大部屋というほど大きくはないが、少なくとも一人用の寝室としては大きい。大きな部屋に対して、ベッドや家具の類が常識的な大きさと数しかないからか、何もない空間が多くがらんとした印象を受けた。


 はたしてここまで部屋を大きくする必要があったのだろうか。あるいはもう少し必要ないと思うものであっても調度品を置いたりすればましになるのかもしれないが、何となく帯に短したすきに長しといった中途半端な印象も受ける。……だがまあ、彼女自身が落ち着けるのならいいのではないでしょうか。


「……それで、君の部屋に連れて来て何の用だ?」


「……別に二人で悪だくみをしようとしているわけではないぞ。……だが、君に頼みたいことが……二つほどあってな」


 そう言って苦虫を噛み潰したような渋い顔をするアリシア。


 確かにアリシアは俺に頼みごとばかりをしているような気もするが、決して彼女が自分自身の望みを叶えるために頼んではいない。彼女はレトナーク王国の事を第一に考え、自分でもできうる限りの努力をしている。だが、俺に借りを作っていることは確かであるし、そしてその借りを返せていないことに対して、彼女の性格上、罪悪感のようなものを感じているのだろう。


 そう考え、ふと何か違和感のようなものを持ったが、それが何なのかは分からない。


「……内容によるな」


「一つ目は、……ほら、私はもうすぐパントレアンにまで行くだろう? ……私がパントレアンに行っている間だけこのディアリスにいてほしいんだ」


「?……別にいるだけなら構わないが、何もできないぞ。いきなり何かしろとか言われても困るんだが……」


 俺が彼女の代わりに城にいたとしても彼女の代役などどうやっても務まりそうにないし、そもそも戦争に参加するつもりもない。だいたい俺が戦争でできることなど、敵の総大将との一騎打ちくらいじゃないのか。……まあそんなことするつもりはないが。


「それなら大丈夫だ。私が前線に行くという事はつまりヴィクトル、……元帥が留守番ということだ。何かあった時は彼が何とかするだろう。私が君に頼みたいことはそういうことではない」


「……つまり?」


「……まあ、簡単に言うとだな、母様の話し相手をしていてほしい」


 アリシアの口から出た言葉は意外なものだった。


「クラウディアさんの?」


「ああ、私が戦場に行ってしまったら母様は一人になってしまうからな。エレミアが君の所に行ってしまって、ただでさえ元気がない様子だったのに」


 ……なるほど。確かにクラウディア殿にとっても戦争など慣れているものではないだろう。ましてや、大事な娘がその最前線に行くというのなら。それを慰めるはずのもう一人の娘も嫁いでしまっていることだし……。


「別にエレミアがここで暮らしててもいいんだが……」


「何を言ってるんだ。あの子は君に嫁いだんだから君の家で暮らすべきだし、嫁に行った娘がそう頻繁に帰ってくるものではない。……それにあの子も戻って来たがらないだろうし」


「?……でも、それは俺がいる事で何とかなるものなのか?俺と話したって寂しさが紛れるわけじゃないだろ。自慢じゃないが俺は話し上手じゃないし、話す人なら他にもたくさん……」


「何言っているんだ、君は義理の息子だろう。……それに、エレミアの様子は君からしか聞けないしな」


「……なるほど、確かにそうかもしれない。まあ、そのくらいなら別にかまわないが……」


「ありがとう。……それから、私のことを別にお義姉さんと呼んでくれてもいいんだぞ」


 アリシアを見ると、笑みを浮かべていた。だが、どこかその笑い方はぎこちなく、何となく元気がないような様子に見える。ふと目線を下げると、膝の上で組まれた彼女の指先はかすかに震えていた。そこでようやく、二人きりになって感じていた違和感のようなものが何なのか、はっきりと理解した。


 ……アリシアが何か動揺している?


 いつもは内面を俺に悟らせないアリシアが、どうもその感情を抑えきれていないように思えた。少々思案するが、理由となりそうなものは一つしかない。


 彼女だって戦争など初めてだろう、怖くて当たり前だ。誰だって怖いはずなのに、その上彼女は王でもあるのだ。一兵卒ならば自分の命だけに気を配っていればよい。彼の責任は自らの命だけだ。指揮官なら自分の部隊のことを気にかければよい、彼の責任は彼自身と部隊全員の命だ。将軍なら戦場の動きを気にすればよい、彼の責任は戦場にいる全ての味方兵の命だ。


 ……ならば王はどうか。彼女が責を負わねばならぬのは、王国の全てである。戦争が起こってしまった時点でどうやっても少なからず犠牲が出てしまう。戦場によって直接的に、あるいは経済や産業に間接的に。彼女が背負わなければならないものはその犠牲すべてであり、その心中は平静ではいられないだろう。だが、だからといって逃げ出すわけにもいかない。なぜなら別の人に変えることができる他の役職と違って、国民にとって王とは彼女一人しかいないのだから。


 その重荷は彼女が生まれた時から背負うことが義務付けられていたと考えると、王家とはまったく難儀な生まれだな。……まったくの他人事だが。冗談でも言って少しでも彼女の緊張を紛らわせようか。


「……それもそうだね、お義姉さん」


「……え?」


 言葉に詰まり、目を見開いてこちらを見るアリシアの顔は驚きに彩られている。……こんな間抜け……というか感情を素直に出した彼女の顔は初めて見たな。新鮮だ。


「冗談だよ」


 そう言うと彼女は顔を赤くして下を向き、黙り込んでしまった。……怒らせてしまったかな。まあ、新しい彼女の一面が見れたから良しとしよう。……自分で思うのも何だが、今のセリフはまるで付き合いたての恋人同士の言うような甘い言葉みたいだな。心の中で思っただけなのに俺までちょっと恥ずかしくなってきた。



「……それで、もう一つのほうは?」


 なんか変な空気になってしまったのをごまかすように話を強引に元に戻すと、アリシアもまた真剣な顔に戻って口を開いた。今度の顔は先ほどとは違って苦渋の表情ではなく、どこまでも感情のない能面のような表情だった。


「……あの子たちの力を貸してほしい」


「……それは戦争に、ということか?」


「戦争にではない、とは言えないな。……さっき話していた件ともつながるのだが、ジュリグとブルトワに十人ほどずつでもあの子たちを派遣してくれると助かる。もちろん最大限、君の要望も受け入れる。……考えてはくれないだろうか」


 ジュリグとブルトワとは、それぞれブレジアス共和国とルズベリー教国との国境付近の都市だったな。


「……さっき話していたのは、確かその二つの都市にいる軍もパントレアンに送るって言ったことだったか。……その二つには攻めてこないはずじゃなかったのか?」


「……確かにヴィクトルやファビオの言う通り、共和国や教国が攻めてくることなどありえないとは思うのだが、念には念を入れておきたい。私の一存に何千何万という人の命がかかっているのだから。だが、かと言って私のわがままで前線に行かせてもらう以上、私から軍を戻せとは言えないし……」


「……なるほど」


 さてどうするべきか、断るのは簡単だが……。帝国とやらが俺の家の周辺まで征服しようと来ても困るし、レトナーク王国に勝ってもらいたい。戦闘の起こる可能性の限りなく低い都市へあの子たちを派遣するだけで、王国のためになったという功績がもらえるのなら、戦後も今のように平穏に暮らすことができるだろうか。


 ……だがもし王国が負けたらどうするか。仮に最も悪い結末、帝国がレトナーク王国を滅ぼし、大陸を統一したとして考えると……。一番いいのは家を捨てて逃げだすことだ。だが、俺一人ならともかく娘たちは千人もいる。都市に隠れ住むことなどできるはずもなく、エルフたちみたいに未開の土地で人と関わらず隠れ住むしかない。


 もし、俺と帝国が戦争になったらどうだろうか。娘たちに戦争などさせたくはないが……戦争になったら勝てなくもないだろう、犠牲を考えなければ。……だが、勝ってどうするのか。


 大陸を統一した強大な皇帝を殺せば、力によってまとめられた国は再び乱れ、内乱が起きる可能性が高い。火の粉がこちらに来る可能性もあるし、もしかしたら平和を乱した元凶として民衆に目の敵にされるかもしれない。そうなればこの大陸全体が敵に回るようなものだ。


 俺が王になって大陸を支配するのは……あり得ないな。そんなことをする意欲もなければ国を治める才能もない。


 ではどうする。その皇帝が戦いを挑んでくるならば、皇帝がいる以上この大陸に安息の地はない。殺したとすれば国が乱れ、内乱が起き火の粉がこちらに飛んでくる可能性がある。……ここは思い切って大陸の人間を皆殺しにしてしまうというのはどうだろうか。…………自分の考えながらまったくナンセンスだな。


 では、帝国が統一する前に皇帝を殺す。……暗殺にしても戦場で討ち取るにしても、できないことはないだろう。だが往々にして、戦時における英雄は平時において邪魔にしかならないものだ。飛鳥尽きて良弓蔵れ、狡兎死して走狗烹らる。アリシアが生きているうちならどうにかなるとは思うが、もし仮に彼女が死んでしまったら危険だな。


 それにあまりに大きすぎる功績を残せば、期せずして祭り上げられてしまう可能性もある。このレトナーク王国初代国王ヨシュアのように。特に俺は王家の人間と結婚したりただでさえ微妙な立ち位置なのに、これ以上刺激することは誰のためにもならないだろう。王家に対して永遠の忠誠を誓うか、あるいは自らが王位を簒奪しようとしない限り、名声は邪魔にしかならない。


「……まあいいだろう」


 ……うん。やっぱり王国が帝国を倒すのを、できるだけ目立たないような方法でサポートするのが一番だな。


「……ありがとう。もし、何か困ったことがあったら何でも言ってくれ。私にできうる限り協力するから」


 ……俺が貸しを作りすぎるというのも良くないかもな。彼女の精神安定上も、王国としても。ここらへんで何か一つ見返りをもらったほうがいいかもしれない。……後で考えておくか。


「……そうだな、困ったときは相談するよ」


 そう言うとアリシアがほんの少しだけ嬉しそうな顔をしたような気がしたのは、俺の見間違いだったのだろうか。

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