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三話

 窓から日光が差し込み、明るく照らされている王城の中を歩く。石造りの堅牢な城はよく言えば荘厳で重厚な、悪く言えば暗く堅苦しい印象を与えるものだが、入り込んでくる日光がその悪い印象だけを消し去って、いい印象だけを照らし出しているようだった。



 ……相変わらず大きくて立派な城だなこの城は。はっきり言って建築の勉強などはしたことがないが、そんな俺にでも凄さがわかる。歩いているだけで何とも言えない、緊張というか興奮というか、身の引き締まるような思いになる。


 昼とはいえ光源は日光だけなのに、外と変わらぬほどの明るさを誇っている。かといって壁の全面が日光を取り入れやすいようにガラス張りになっているわけでもなく、むしろ防衛を重視した堅牢な壁が大部分を占めていた。いざというときに城の中に籠城し戦えるように、すぐ壊れるようなガラスで出来た窓はできるだけ少なくしてあるのだ。


 だが、ところどころに窓があるだけの城の中は、普通なら光源が限られている故、日中でも薄暗いはずなのにそんなことを微塵も感じさせない。ここで注目すべきなのは日光以外の光源を使っているわけではないということだ。窓から入ってくるその日光を反射して分散させるように、金属やガラスで出来た調度品あるいは鏡があちこちに置かれ、あるいは白く塗られた壁によって少しでも明るく見えるような努力がされている。


 何よりもすごいのは、太陽は動くものなのに一日中明るさを保てるように設計されているというところだ。同じ窓からは一定時間しか日光が入らないというのに、いつも同じような明るさを保つことができている。もちろん太陽の光が無くなってしまう夜はきちんと光晶石を使うのだろうが、日中だけでも日の光だけで十分明るくできるというのは、計算されつくしたであろう城の設計に脱帽するしかない。


 こういう建物を建てることができるのが、本当の職人というものなのだろうな。……少なくとも、俺はなれそうにもない。まあ、あまりなりたいとも思っていないのだが。こういうものはやはり見て感動するだけなのが一番楽しいのだ。


 ただただ純粋にすごいなという、感じたまま思ったままの子供のような感想を持つことが、一番楽しめるような気がする。大人になるとどうしてもその純粋な心を忘れ、視野が広がったせいで何かにつけてけちをつけないといけないような気がしてしまう。積み重ねた知識ばかりを編重し、心や感情を軽視するようになり、それらが悪いものであるかのように錯覚する。


 物事に動じなくなるということは悪いことに惑わされないようになると言う意味であるが、良いことにも動じなくなるということではない。ありのままをありのままに受け入られるようになることこそが本当に大人になるという事ではないだろうか。


 ……なんて大人ぶって詩的なことを言ってみたり。



「おい!」


 感心しながら、キョロキョロとあちこちを眺めているといきなり背後から声をかけられた。今日はトレードマークと言うわけではないがいつも着ているローブも着ていないし、知らない人が遠目から見たらただの一般市民だ。そんなやつがしきりにあちこちを見回しながら城を歩いているから、もしかして不審者と思われただろうか。でも、これでも一応女王様の関係者ではあるんだが。そう思いながら後ろを振り返ると一人の男がこちらに向かって歩いてきた。


「……やっぱりそうか。よお、久しぶりだな」


 そう言って、親しげに声をかけてくる男。褐色の肌に、緑色の短髪。顔に特徴的な傷のある男は確かにどこかで見たことのあるような、以前会ったことのあるはずの顔なのだが……。どうもはっきりと思い出せないという事は、俺にとってあまり重要な人物ではなかったのだろう。でも、この世界に俺の知り合いなんてほとんどいないはずなのだが……。


「……てめぇ、まさか俺のこと忘れやがったのか」


 そんな俺の雰囲気が伝わったのか、男は顔をゆがめ一気に不機嫌……というか、殺気を振りまき始める。剣こそ抜いてはいないが、いまにも襲い掛かってきそうな猛獣のような雰囲気だ。だが、そんな男を前にしても、俺の心は自分でも驚くほど動揺していなかった。


 ……こんな殺気を浴びせられて平然とできているのは、心が強くなったんだろうなぁ。まあ、いろいろあったからな。本当にいろいろ……。


 決してこの男を侮っているわけではないんだが、何とかなるだろうという根拠のない楽観的な思考。一歩間違えれば死につながる殺伐した危険な世界のはずなのに、平和ボケしているのだろうか。


「……確か、クロード……だっけか?」


 殺気を振りまくこの男を見て、ようやく記憶の奥底から浮かび上がってきた。この男は、アリシアがジルベールと戦っていた時に俺と戦っていた男だ。レトナーク王国で最強の剣士……だったっけ? いまいちよく覚えていないが、確かクロード……なんちゃらとかいう男だったはずだ。


 というか死んでなかったのか……、相手の生死なんて考えずに手加減なしの本気の一撃を喰らわせてしまったのだが。……まあ生きていて良かった、のか?


「……ふん、ちゃんと覚えてやがったか」


 覚えているといっても俺と戦って負けたこと以外何も思い出せることはないけどな。特に何かされたというわけでもないし……。……そう言えばこいつはジルベールに命令されてエレミアを殺そうともしたんだったか。


 上官の命令に従っただけであり、王族というものは国が滅びた際には殺されるのが宿命とはいえ、何の抵抗もしていない少女を本気で殺そうとするとは。……思い出したら今になって怒りが込み上げてきた。


「……お前、生きてたのか。てっきりあの時に死んだと思ってたんだがな」


 クロードに多少殺気を込めた視線を放ち、先ほどよりも低い声でまるで彼を挑発するような口調になってしまったのも仕方のないことだろう。だが以外にも、クロードは俺の挑発じみた口調にも反応せず、殺気も軽く受け流してしまった。


「……まあお前にやられたときはこれで死ぬのかと思ったけどな」


 てっきりクロードも喧嘩腰になるかと思ったのだが、軽く受け流されてしまった。別に喧嘩がしたかったわけではないが、何となく肩透かしを食らった様な釈然としない感覚だ。……別にサンドバッグがわりにまたぶん殴りたいというわけではないのだが。


「でも、俺は悪運にだけは自身がある。どんな危機的な状況に追いやられても、どんな無様な負け方をしても、絶対に死ぬまであきらめない。這いつくばりながらでも生き残って、最後には勝つ。それが俺の流儀だ」


「……そ、そうなのか。……でも、よく生きてたな。処刑とかもされずに」


 俺が割って入らなければ、こいつはエレミアを殺していたんじゃないか。俺の一撃で死ななくても、そんなやつを反乱の後も生かしておくなんて……。今の姿を見る限り牢獄で囚われているわけではなさそうだし、周りに見張っているような人もいないから特に拘束されているわけでもなさそうだ。完全に自由の身に見えるのだが……。


「女王陛下は反乱に参加した者を処罰したことなどないぞ、ジルベール以外はな。将軍たちは自ら死を選んだだけだし、ほぼすべての武官が何の処罰も受けずにまた陛下に忠誠を誓っている。……それに、俺はジルベールの思惑なんてどうでもよかったからな。俺はただ強い奴と戦わせてやるっていうからあいつに従ってただけだ」


 そんなんでいいのかアリシア……。仮にも君に反乱を起こして、権力を奪おうとした奴らを。……とも思うのだが、確かにどこまで処罰していいのかという問題もあるな。国を守る軍隊である以上、それが機能しなくなるような苛烈な処罰をすることはできないし、彼らの中には上官の命令で無理やり参加させられた人も少なくはないだろう。


 それに、確かジルベールとそれに賛同する将軍たちがみんな死んで武官不足になったんだっけ。確か将軍たちの後任に苦労したとか言ってたような気もする。クロードはレトナーク王国最強の剣士らしいし、反乱に参加していたとはいえ使いどころはあると判断されたのだろうな。


「最初からあいつの思想に殉じる気なんてないし、俺はまだまだ強くなりてえ。……超えたい目標も見つかったしな」


 やっぱりこいつはただの戦闘狂か。関わらないに越したことはないだろうな。……俺のことを、獲物を狙う猛獣のような目で見ているのは、きっと、……多分、…………おそらく、気のせいだろう。………………気のせいだといいなぁ。


「……あの時はいろいろあって紙一重の差で負けたが、次に戦うときはぜってえ負けねえからな」


 そう吐き捨てるように言い、何とも苦々しい表情を浮かべ去っていくクロード。悔しさを隠そうとしているようだが、俺にもわかるほどバレバレな演技しかできない彼は、ものすごく単純な性格なんだろう。裏表がないから信用できるのは確かだな。……出来るだけ関わりたくはないが。


「……俺も行くか」


 アリシアに呼ばれていることだし、待たせても悪いしな。そんなことを考えながら、再び光の差す廊下を歩き始めた。

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