表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/86

七話

「でも、これからのことか……」


 やはり、考えなければならないだろう。このまま人と関わらずにこの森の中で過ごしていくというのはあまり現実的ではない。だとしたら、どこかの都市で働いて生きていくのだろうか。

 幸いにも、生産スキルがあるので、職業は何とかなるだろう。鍛冶屋にも装飾屋にも大工にもなれる。でも、それで本当にいいのだろうか。そんなことを考えながら娘たちの顔を眺めていたが、ふと気になることを思いついた。


「そうだ、みんなに聞いておきたいことがあるんだけど」


 そう、今言われたばかりだった、自分一人で抱え込むなと。そういえば、朝起きてから決めてきたことは、この子たちの父親になるという決意を含め、全て自分がどうするかということだった気がする。自分のことばかり考えて娘がどう思っているのかを全く考えてこなかった。父親ならば娘のしたいこともできるだけ叶えてやらなければならないだろう。そう考え、娘たちがこれからどうしたいのかを聞いてみることにした。


「みんなはこれから何がしたい? もし俺が叶えてあげられるようなものだったら、努力するからさ」


 そう言われた娘たちは、皆一斉に唸りながら考え出すがなかなか意見が出ない。しばらくして、ふわふわと癖のある黄蘗色の髪を二つに縛っている、幼い少女たちの中でもひときわ背の低い少女セレネがおずおずと答えた。


「あの……なんでもいいんですよね? ならお父様ともっとお話ししたいです」


「あー! 私もそれ」


 ほかの娘たちも一同に賛成する。そう言うことではないんだが……。どう反応すればいいか迷っていると、セレネが泣き出しそうな顔で言った。


「ダメ、ですか?」


 泣き出しそうになっているのを見て、慌てて否定する。


「いや、そうじゃないよ。うーん、別に話すぐらいいつでもするけど……それ以外はないのか? 例えば学校に行ってみたいとか、どんな仕事をしてみたいとか。夢みたいなものはないのか?」


 口ではそんなことを言っているが、俺も夢など持っていなかったただの大学生だった。いきなりそんなことを言われた娘たちも困惑しているようである。


「イヴはどうなんだ?」


 さっきからずっと一人で考え込んでいるイヴに問いかけた。イヴは何かを思いついたように顔を上げる。


「まずは開拓をしたいです」


「開拓?」


 いきなり言われた言葉に反応できず、聞き返してしまった。


「ええ、開拓です。まずは家の周りの木を全部切り倒して安全を確保します。そのあとは徐々に森を更地にして、出てきたモンスターは皆殺しです。そうすれば、魔石もモンスターの素材や肉も、果実や植物だって手に入るし、お父様が襲われる可能性も減らせます。まさに一石三鳥といったところです」


 イヴは得意げな表情をして、何かを期待するようにこちらを見てくる。もしかして褒めてほしいのだろうか。しかし、皆殺しって……。まあわざわざ逃がすこともないからその通りなんだが。だが、開拓か……勝手にそんなことをしてもいいのだろうか、そもそもここは誰かの領地とかにはなっていないのだろうか。

 そんなことを考えている間にも、イヴはちらちらと目線を投げかけてきていた。ここで褒めるとなんだかんだで全員褒めなきゃならないような気がするのでやめようか、とも思ったが、まあ褒めるくらいで喜んでくれるならそれでもいいかと考え、一応褒めることにした。


「開拓か……とりあえずはそれでいこうかな。まずは家の周りの伐採から始めよう。それから森の外から家まで続く道は作ったけど、もう少しきれいな道にもしたいから、その二つだな」



 食事を一人ですべて食べ終え、後片付けを終えるとイヴが話しかけてきた。


「このまま家に帰ってすぐ開拓を始めるのですか?」


 そうすることも考えたが、やはり何が起こるか分からないこの世界では保険が欲しい。


「いや、できればイオレースを取りに行きたいな。森の中の家からは木が邪魔で見えなかったけど、ここからはちゃんと山が見える。鉱脈もあるだろう……多分」


 『エイジオブドラゴン』の世界では、マイホームの北にあるのはラルズール山と呼ばれる山でここからイオレースが産出される。ラルズール山の北にはサルグレット山脈、別名を竜の巣とも呼ばれるゲーム内でも最高峰の山々が連なる山脈があり、その対象レベルはラルズール山がレベル七十、サルグレット山脈の奥地になるとレベル百というゲーム内でも特に難易度の高いフィールドの一つとなっていた。

 正確には、サルグレット山脈の南端がラルズール山であり、イオレースはサルグレット山脈のどの山からでも採掘することが出来るが、ラルズール山がサルグレット山脈のなかで最も対象レベルが低く安全なフィールドであったので、イオレース以外に興味がなかったクリスはラルズール山で採掘していたのである。

 また、そのサルグレット山脈のさらに北には、世界の裂け目を挟んでヤンクロット山脈がある。このフィールドも対象レベル百で、別名は竜の墓場であった。世界の裂け目とは、このゲームのラストダンジョンにあたるダンジョンで、南のサルグレット山脈と北のヤンクロット山脈に挟まれた地底へと続くダンジョンであった。設定ではこの世界の裂け目からあらゆる竜種が生まれ、外に出ていくらしい。

 ちなみに、マイホームの南には海、南東にはルグミーヌがあり、東はサルグレット山脈から流れ出るスペリナ川、西は平原が続いている。平原を更に西に進むと最西端に蠱毒の洞窟という、対象レベル七十で、毒をもったモンスターばかりが生息するダンジョンがあった。そのさらに西は、もともとは海で行き止まりだったのだが、発売三周年の大型アップデートで海の向こうに新大陸ラグナクアが追加され、ルグミーヌは新大陸への入り口となる港湾都市になって、ラグナクアに船で向かう人たちでにぎわっていたこともあった。

 この先に新大陸はあるのだろうか。そう考えて西を見てもそこにあるのはどこまで続くかわからない密林である。マイホームを覆っている密林は、東はおそらくスぺリナ川の手前まで、西はそのままずっと向こうに向かって続いているようであり、南の海の手前から眺めているとどこまで続いているのかわからないほど大きなものであった。


「まあ、ここからまたラルズール山まで歩いて行くのは面倒だから、家までは【リターン/帰還】で一気に戻ろうか。家に帰ったら《コーリング》でよびだすから」


 【リターン/帰還】とは、クリスが使うことのできる数少ない魔法の一つで、マイホームに帰還できる魔法である。使用が可能になる条件も、マイホームを買うか作ることというとても簡単なものなので、ほとんどのプレイヤーが使えた魔法だった。

 《コーリング》は、人形遣いのスキルで、人形がどこにいたとしても、自分のそばに召喚できるスキルだ。とても勝てないような敵に出会った際、人形をおとりにして自分は逃げ出し、人形が行動不能になる前に召喚してどうにか逃げ切るという戦法も使えたが、あまり実用的な使い方ではない。そもそも、人形遣いが人形と離れている状況があまりないので、使いどころの少ないスキルであった。


「そっちのほうが安全かもしれませんね。ついでに家の周りだけでもきれいにしておく様に皆に言っておきます」


 イヴがそう言い、娘たちも賛成してくれるようだ。


「じゃあ、すぐ呼ぶから準備しといてね」


 そう言って目をつぶり、【リターン/帰還】の魔法を発動させる。すると、その姿はその場から忽然と消え去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ