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二話

「あら、こんな時間にまだ家にいるなんて珍しいわね」


 廊下を歩いていると、前方からレベッカが歩いてきた。隣の少女たちと話をしていたようだ。時間は朝の十時。確かにいつもなら外出している時間だ。


「今日は用事があるからな」


「ふーん。……何の用事なの?」


 あまり興味もなさそうな様子だが、一応といった様子でレベッカが尋ねてきた。


「さあ、アリシアに呼ばれたんだけど……要件は知らない」


「私たちもついて行ったほうがいいかな?」


 そう言うのは、象牙色の短い髪と大きなリボンが特徴的な少女、ヴァーユだ。その両隣では鳩羽色の強い癖のついた髪を肩まで伸ばしている少女アグニと抹茶色の緩やかなウエーブのかかった長い髪の少女ルドラも何か期待するような目線でこちらを見ている。


「いや、いいよ。城に行くだけだから……」


 そう言いかけた時、遠くの方で何かが壊れるようなガシャーンという音が鳴った。ほんの刹那だけ訪れた静寂は時間が止まったかのようだったが、次の瞬間には三人の少女が目の前から消えていた。周りを見回すと三人は既にはるか遠くを走っている。あまりの速さにあっけにとられていた俺とレベッカは数瞬出遅れて後を追った。


 三人に追いついたのはとある部屋の扉の前だった。レベッカは途中で脱落した、……というか三人があまりにも早すぎて俺も見失ってしまいそうだったので、俺も全力で走ったのだが、それについてこられなかったようで、気がついたらいなくなっていた。


 ……まあ、それは置いておいて、どうやらこの部屋の中から物音がしたらしい。だが、三人はわざわざ俺たちを待ってくれていたのだろうか。何か何とも言えないような微妙な表情をしているが……。まあいい、この部屋は確か空き部屋だったはず。特に何か大切なものを置いておいた記憶はないが……。


 とりあえず扉を開けて部屋の中を確認してみることにしよう。


「ひぅっ!」


 部屋の中から聞こえてきた変な声に一瞬身を強張らせるが、部屋の中にいたのはエレミアただ一人だった。なぜか床に座り込んでこちらを不安そうな顔をして見つめている。


「何してるの?」


「え?え~と、掃除、しようと思って……」


「掃除? この部屋を? ……別にそんなことしなくても良かったのに」


「ご、ごめんなさい!」


 ……なぜ謝るのだろうか。よく見ると座り込んだエレミアの後ろには割れた陶器の破片が散らばっている。さっきの音はこの……壺のようなものを割った音だったようだ。


「ちょっと、大丈夫なの?」


 息を切らせながらようやく追いついたという様子で部屋に入ってきたレベッカ。彼女は床に散らばった破片とその前に座り込むエレミアを見て、慌ててエレミアを立たせて怪我をしていないか身体を調べた。そんなレベッカにエレミアは沈んだ様子で答える。


「いえ、私は大丈夫ですが……」


「そう、それならいいけど……」


 どうやら怪我はしていないらしい。だが彼女は落ち込んだ様子のまま俺と割れた壺の破片を交互に見ている。……どうやら、壺を壊してしまったことを気にしているようだ、別に大したものでもないのに。そもそも重要なものならこんな誰も来ないような部屋に飾ってないはずだし、俺がわざわざ高い金を出してこんなものを買うはずもないから、高いものでもなかったはずだ。……とりあえず、なんでこの部屋に置いたのかすら覚えてないほど俺にとってはどうでもいいものだということは間違いがない。


「ああ、この壺?たいして重要なものでもないし、別に壊しても問題ないよ」


 全く気にしていないよと笑いかけてアピールしてみるも、それを見たエレミアはさっきよりも落ち込んだように肩を落としている。……あれ、何かまずいことしたかな。


「……そう、ですか。割ってしまって本当にごめんなさい」


「じゃあ、俺が片付けるから……」


「いえ、自分が割ってしまったものの後片付けぐらい自分でしますから」


 そう言ってエレミアは俺に背を向けて座り込み、一人で片付けを始めてしまった。拒絶するような彼女の背中に何と声をかけていいのか分からず、俺は逃げるように部屋を出て行くしかなかった。



「はぁ。……女の子がああいう時に声をかけられる男がモテるのよ」


 部屋から出てきた俺にいきなり浴びせられたのは、先に部屋から出ていたレベッカの溜息だった。


「別に父様はこれ以上モテなくてもいいからね」


 ヴァーユがそう言ってくれるが、果たしてその言葉は慰めなのかどうか。


「それにしても、……エレミアさんは空回りしているみたいですね。何か焦っているような感じでしたが……」


 ルドラは頬に手を当てながらそう言った。


 エレミアが焦っている? そうなのか? ……確かに朝からどこかおかしいが、それが原因なのだろうか。朝食は味がないし、掃除では壺を割るし。


「……そもそも王女様、いえ元王女様が家事なんてできるわけないでしょ」


 レベッカから冷静なツッコミが入る。……別に何も言っていないのだが。


 だが、そう言えばそうだった。元王女様に家事なんてさせたのが間違っていたのか。……って俺は別に家事をしろなんて言ってないよな。それなのになんであんなに家事にこだわっているんだろうか。


「あたしたちが家事を教えようかって言ったんだけどな~。断られちゃった、なんでだろ?」


 アグニが両手を頭の後ろで組み、不思議そうに首を傾げる。


 そう言えばレベッカもこの子たちにいろいろ教えてもらってるんだっけ。エレミアも家事ができるようになりたいのなら一緒に教えてもらえばよかったのに。……家事ができるようになりたければの話だが。


「まぁ、分からなくもないけどね。……私とあなたたちと、あの子とあなたたちじゃ違うから」


「そ~なの?」


「う~ん。よく分からないな~」


「……なるほど」


 レベッカのその言葉の意味をアグニとヴァーユはよく理解できないようだったが、ルドラは納得したように頷いている。……できれば俺にも教えて欲しいのだが。



「……でも、あの子とアリシアってやっぱり姉妹よね」


「どういうこと?」


 おもむろに口を開いたレベッカにヴァーユが真意を掴みかねた様子で尋ねる。


「責任感が強いっていうか……。とにかく自分が何とかしなくちゃって思って突っ走っていく感じ」


「……何となく分かる気がするかも」


 ヴァーユは腕を組みうんうんと頷く。


 ……確かにアリシアは責任が強いと思うが、エレミアのどのあたりから責任感を感じているのだろう。今までの会話の流れからすると、責任感が強いと家事をするということなのか。


「結局、完璧主義なのかもしれないわね。自分の中で理想像を思い浮かべて、自分がそれにならなくてはいけないんだって思いこむ」


「なるほど~。今のエレミアは自分自身が思い描いた自分になろうとして空回りしてるってわけか」


 ヴァーユは何かすっきりとした表情になってそう言った。


「アリシアの方はまだ世間というものを多少は知ってるから、まだ融通が利くって感じだけど……。エレミアは世間をあまり知らない深窓の令嬢だった上に、コンプレックスが大きくてさらにそういう傾向があるわね」


「……コンプレックスって?」


 俺のその言葉に、アグニがフフンと鼻を鳴らし勝ち誇った様な顔を見せる。


「パパそんなことも知らないの?コンプレックスっていうのはね~、つまりは劣等感ってことだよ」


「いや、それは知ってるけどエレミアが誰にどういうコンプレックスを抱いているのかが分からないんだけど……」


「え? それは~……。う~ん……。わかんない」


 頭を抱えだしたアグニに対して、先ほどのアグニと同じような、人を馬鹿にしたような顔をしたルドラが口を開く。


「エレミアさんの持つコンプレックスといったらアリシアさんに対してのものに決まってるでしょ。優秀な姉を尊敬しつつ、心のどこかで嫉妬し劣等感を抱いている。……そんなこともわからないからあなたはお子様なのよ」


「む~、そうなの?……でもあたしと身長もほとんど変わらないくせに」


「身長とか言ってるからあなたは子供なのよ」


「でも、パパだって分からなかったじゃん!」


「お父様は別にわからなくたっていいんです!」


「ほら、けんかしないの~」


 アグニとルドラの言い争いがヒートアップしそうになった瞬間、絶妙なタイミングでヴァーユが仲裁に入った。


「……まぁ、エレミアのコンプレックスはアリシアだけにではないけど……。大体あってるわね」


「……でも、そんなこと俺にはどうしようもないしな」


「……やっぱりあなたはモテなさそうね」


 ポツリとそうつぶやいた俺の胸に、レベッカの言葉が突き刺さった。


「モテなくていいんです」


 ショックを受ける俺の隣でヴァーユがそう言うと、さっきまで喧嘩していた二人が同じように腕を組み、全く同じタイミングでうんうんと頷いていた。

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